Act.9-498 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜到着! 呪われし無人島〜Vol.1 scene.2
<三人称全知視点>
すっかり陽が落ちた頃、砂浜の一角でパチパチと火の粉が爆ぜる音がしていた。
エメラルダの護衛達がせっせと準備して作った巨大な焚き火――キャンプファイアーは、ゆらゆらと風に煽られながら周囲を仄かに赤く照らしていた。
その炎を、砂浜に敷かれた敷物の上に座ってミレーユはぼんやりと見ていた。
瞼は少しすつ、少しずつ下がってくる。地獄のようなカレンとの水泳練習ですっかり削られた体力で、ミレーユは襲い来る睡魔と懸命に戦っていた。
とはいえ、既に就寝前にやるべきことは終えている。海水でベタついた身体も清め(カレンが空間魔法で檜製の風呂桶と温泉湯を持ち込み、魔法で沸かし直すという荒技で無人島ながら完璧な入浴体制を整えてしまった)、流石はグリーンダイアモンド公爵家というディナーに舌鼓を打ったので、すでにミレーユのお腹は充実していた。
後は、浜辺から少し離れた場所にある幕屋に戻って寝るばかりではある。
しかし、この寝る前の焚火の淡い明りに照らされて過ごす微睡のひと時が、幕屋に入って寝ようというミレーユの気持ちを鈍らせるのであった。
だが、流石に眠さが勝り、ミレーユが重い腰を上げて幕屋へ向かおうとする。
丁度その時、静寂を打ち破るようにエメラルダが口火を切った。
「では、そろそろ始めましょうか?」
「始めるって……何をですの?」
「こいついきなり何言い出しているの?」というミレーユの視線に気づいているのか気づいていないのか、エメラルダは意味深に頷いてから、意地の悪い笑みを浮かべる。
「勿論、怪談噺ですわ」
「…………はぇ?」
不意打ちにもほどがあるエメラルダの提案に、ミレーユの眠気は風に舞う塵紙の如く吹っ飛んだ。
ミレーユは決して幽霊の存在など信じていない。圓は幽霊は実在するなどと至極当たり前のように語り、転生の原理と幽霊の存在によって生じる矛盾を解決する魂魄の理論などという小難しい話をしていたが、ミレーユは決してその実在を確かめた訳ではない。幽霊だと言われていたものも、実際は未来の世界から来たミラーナだった。
そう、決して怖くない。怖くはないのだ!!
(……幽霊なんて怖くないですわ! 寧ろ……そうですわ! 怪談など馬鹿馬鹿しい話じゃないかしら! そんなのが楽しいなんてとんだお子様ですわ! 別に聞いているだけならどうということもございませんけど? でも、そんなお子様と一緒にされたくありませんし? ここは、反対しておこうかしら? 少し強めに反対しておくのがよろしいのではないかしら?)
などと心の中で唱えつつ、微かに引き攣った顔で、懸命に笑顔を作るミレーユ。
「そっ、そそ、そんなのが楽しいだなんてエメラルダさんはとんだお子様ですわね……おほほほ」
「あら、ミレーユ様……もしかして怖いんですの?」
「こここっ、ここ怖くなんかないですわ。そんなの、ぜーぇんぜん怖いなんて思わないですわッ!!」
「あら? では、問題ないですわよね? どうぞ、子供っぽいお話を聞いて、お笑いになってくださいまし」
「うぐ、ぐぬぬ……」
軽ーく丸め込まれてしまうミレーユである。更に……。
「あら? 怪談? 面白そうなことをしているわね」
薄暗く不気味な森の方から焚き火の方へと近づいてくる人影が一つ。
炎の灯りに照らされたその人物の顔を見て、ミレーユの顔が引き攣る。
現れたカレンはエメラルダ以上にドSな性格で怖い話をして脅かしてきそうだ。それに、怪談噺を楽しそうに話してきた圓から何かしらのネタを仕入れてきている可能性は高い。
「あら? カレンさん、お姿が見えないと思っていたら森の方に行っていましたのね」
「えぇ、先程ちょっと連絡があって……あっちの方は無事に片が付いたそうですわ。それで、こちらに戻ってきたら面白い話が聞こえてきまして……怪談、実はお嬢様から色々と聞いているんですよね。よければ私も混ぜてくれないかしら?」
「あら? そういえば貴女の仕えているお嬢様って……誰だったかしら?」
「学園にはエイリーン様付きのメイドとして来ているけど、本来の私はブライトネス王国のラピスラズリ公爵家に仕える使用人よ。今、私が言っているお嬢様ってのは、ラピスラズリ公爵のお嬢様、ローザ様のことね」
「でも、それって、結局どちらも圓様じゃないかしら?」と心の中で思いつつも、エメラルダ達もいるため口には出せないミレーユ達。
そんなことを知ってか知らずか、カレンはエメラルダに怪談への参戦を提案。あれだけカレンのことを嫌っていた筈のエメラルダはなんとカレンの参加を許可してしまった。
既に逃げ道は塞がれてしまった。これだけ自信満々ということはエメラルダは怪談噺が得意なのだろう。
なんでも卒なくこなしそうなリオンナハトは怪談噺も上手そうである。カラックは女性にモテそうな見た目をしているため、女性にせがまれてこういった話をする機会があるのかもしれない。
アモンもプレゲーム王国伝来の怖わぁい怪談を知っている可能性がある。
そして、カレンは圓から体験談を交えた怪談噺を大量に仕入れている可能性が高い。それに、圓が見聞きしたものだけでなく異世界――地球に伝わる怪談噺も伝え聞いている可能性がある。
(……うむ、ここで危険なのはやはりカレンさんとエメラルダさん。なるべく二人には話を振りたくありませんわね。ただ、他の方々もみんなこういう話は得意そうですの。……もっ、勿論! わたくしが怖いのではありませんわ! エメラルダさんに嫌われているライネが、エメラルダさんから怖い話で脅かされて、夜眠れなくなるのが可哀想だから致し方なく、ですわ!)
あくまで忠臣を守るために毅然として立ち向かうという立場を取るミレーユ。まあ、ライネはそこまで怪談噺が苦手という訳でも無いのだが……。
「では、早速ですが提案者である私から。とっておきの恐ろしいものを……」
「お待ちになって、エメラルダさん」
エメラルダが怪談噺を始めようとするまさにその時、ミレーユは慌てて口を挟んだ。
他の誰かにエメラルダやカレンよりもマシな怪談噺をしてくれそうな人がいない今、ミレーユにできることはたった一つである。
「僭越ながら、わたくしがさせて頂きますわ」
ミレーユが立てた作戦は極めてシンプルだ。
自分の創作怪談を長くすることで、他の者が語る時間を削ること。
流石に自分で作った話であれば、ミレーユ自身は怖くない。夜もたっぷり眠れることだろう……もちろん、ライネが。
既に様々なところで論理破綻が起きているが、ミレーユは全く気づいていないようである。
しかし、ここでミレーユは少しだけ困った。ミレーユはあまり怪談を聞かないのだ。故に、話すことができるような怪談のレパートリーはないのである。
ほんの少しだけ悩むミレーユに周囲を見回すような余力はなく、当然ながらカレンが帯刀していた剣に魔力を流し、怪しげな魔法を発動していたことなど知る由も無かった。
ふーむ、とほんの少し黙考した末、ミレーユの脳裏に天啓が降って来た。
そして、ミレーユは話を始める。――そう、自ら体験談を。滅びゆく帝国の皇女、ミレーユ・ブラン・ダイアモンドの物語を。
「これは、ギロチンに掛けられて殺されたとある国のお姫様の物語ですの」
ミレーユの怪談噺は古城に現れる幽霊の話から始まり、その逸話を語るという話型を取った。
その幽霊が古城を訪れた者達の前に残した血まみれの日記帳。
ギロチンに掛けられるまでの恐怖と、ギロチンに掛けられた瞬間の絶望感。その時に味わった感触。
時に哀しげに……時に恐ろしげに。
語っている内にミレーユは気づく。その場に集う者達の顔が、ごく一部を除いて一様に恐怖に引き攣っていることに。……無論、ライネも含めて。
なお、カレンはその物語は愉しそうにメモしていた……この人の精神は鋼なのだろうか?
(……あら? わたくしの話を聞いて、みなさん怖がってるみたいですわね。うふふ)
ライネを怖がらせないためという大義名分はどこへやら、他の人を怖がらせることがなんだかちょっぴり楽しくなってきてしまったミレーユは、より一層感情を込めて語る。語る語る語るッ!
やがて話し終わった時、その場は静まり返っていた。
周囲の反応を見てちょっぴり満足感に浸っていたミレーユだったが……。
「まるで、ギロチンに掛けられた経験があるみたいな話ぶりでしたわね。実にリアリティがありましたわ。首に当たる刃の感触とか、その冷たかとか、唐突に途切れる意識とか」
カレンの指摘でミレーユはようやく気づく。自分の勘違いに。
そう、彼らは恐怖していたのではない。引いていたのだ! それも、かなりのどん引きである!
何せ、ミレーユの話したギロチン体験談はどこまでも真実なのである。刃が落ちる瞬間の気持ち、その音や匂い、処刑場の空気感――あまりにもリアリティがあり過ぎて、若干、エゲツなくって、高貴なる者達は些か以上に引いていた。
……まあ、この言葉がミレーユが実際にギロチンに掛けられたことを知っているカレンから出るあたり、かなり確信犯的なところはあるのだが。
「ま……まぁ、ミレーユ様は物語がお好きということでしたし、想像力が豊かなのですわね」
その場を取り繕うような、エメラルダの声が響いた。
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