Act.9-495 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜海賊団の襲来と、多種族同盟の内政干渉と、海洋国マルタラッタ国王の選択と〜scene.8
<三人称全知視点>
「タイダーラ・ティ=ア=マット……いや、タイダーラ・ロウワ・マルタラッタと呼ぶべきかな? 彼は死んだ。ボクの目的の一つはその訃報を届けることだった。……本当はボク達多種族同盟が殺すつもりだったんだけどねぇ。ただ、奴らの方が一枚上手で全く想定していないタイミングで出し抜かれて殺害されてしまった。まあ、あれは不慮の事故だ。対応した者達に非はない。ボクの言葉が信用ならないというなら……そうだねぇ、ライズムーンのリオンナハト殿下、プレゲトーンのアモン殿下、聖女リズフィーナ様、この辺りに確認を取ればいいんじゃないかな? 彼の焼死体を実際に見ているらしいからねぇ」
人の死を淡々と語るリーリエにカルダリアとアウロニアは戦慄を覚える。だが、それ以上にカルダリアは愛する女性との忘形見の躊躇なく殺す気だったと語るリーリエに激しい怒りを覚えた。
「仮にお前の言葉が真実だとして、それは我が息子タイダーラを殺す気だったということに偽りはないということだな!!」
「まあ、そうだねぇ。……でも、さぁ。少なくとも君がボクに対して怒りを覚えるのは筋違いだと思うけどねぇ。親として彼に接したことがない君にとっては血の繋がっているだけの赤の他人じゃないか? 『這い寄る混沌の蛇』の思惑を成就させないために海洋国マルタラッタの安寧を守るか、ティ=ア=マット一族を迫害した海洋国マルタラッタに怒りをぶつけるかの二者択一を迫られ、何もしないという選択肢を選んだ消極的な王。……まあ、その気持ちは分からない訳でもないけどさぁ、愛する人が『這い寄る混沌の蛇』の思想に染まっているなら、その呪縛も、愛する人を迫害する国も全て破壊して仕舞えばいい。その上で『這い寄る混沌の蛇』の支配に置かれていない国を創ればいい。君は王という力ある立場にあったんだ。その程度の我儘を慕って許されるだろう? じゃなかったら、こいつらはなんだって話になるからねぇ」
「……おいおい、親友。俺達の方に視線向けるなよ」
「まあ、ラインヴェルドやオルパタータダみたいになれとは言わないけどねぇ。というか、そもそもタイダーラなんていう人間はとっくの昔に死んでいるんだ。彼を救える転換期があったとすれば、それはシャリセルスと別れるまでの僅かな時間だけだったんだよ」
「何を……言っている?」
タイダーラの死はリーリエ曰く直近。しかし、リーリエは「タイダーラはとっくの昔に死んでいる」と語った。明らかに矛盾している。
「アウロニアさん、死とは具体的に何を指すと思う?」
「えっ……あっ……それはー……」
「……アウロニアさんはそれ以前のところでパニックに陥っているし、あまりにも酷な質問だったか。まあ、親子の確執は後々解決してもらうとして……まあ、ボクの知る限りだとカルダリアは君の母親や君に対して欠片も愛情を抱いていない。君という存在を生み出したのも、世継ぎを生み出さない方が不自然だと考えたからだろう。カルダリアは君という存在に対して何も期待していない。結局、彼の心の中にあるのはシャリセルスという一人の女性の存在だけってことだ。……彼の生き方の指針は世界に影響を与えないこと。そのために変化が起きないように振る舞ってきた。暗殺者を使ってルードヴァッハさん達を消そうとしたのもその一つ。……でも、さぁ、そのカルダリアの思惑にわざわざ従ってやる必要はないと思うんだよねぇ。世界に影響を与えない存在なんてものは存在しない。小さな蝶の僅かな羽撃きが、世界の裏側で竜巻を起こすかもしれない。カオス理論、あるいはバタフライ・エフェクトなんて呼ばれる理論だ。自分を愛さない父親に対し、君ができる最も効果的な復讐は一体なんだんだろうねぇ?」
今のアウロニアの心の中はぐちゃぐちゃだろう。
しかし、時を経れば感情の整理もつけられるようになる。事実と向き合う余裕ができた時、彼女の悩みを打破するための種をさりげなくリーリエは撒く。願わくば、彼女が父親の呪縛を破り去り、自由な王女として振る舞えますように……と願って。
「さて、話を戻そう。死というものの定義の仕方は様々だ。大きく区分しようとすれば肉体の死、精神の死、この二つに区分できるとボクは考えている。肉体の死というものは、君達が想像するような死だ。心の臓を刺されて血を流して死ぬ……そういった死に様だよ。重要な臓器が死ねば人は死ぬ。だが、魂というものが実際あってねぇ、その魂が輪廻転生し、記憶を持って転生を果たしたとすれば、ある意味においてその精神は死んでいないということになる。別の身体で転生した場合、二つの生は陸続きとなる。前世の精神が生き続けているなら、前世のその人物は死んでいないと定義することができるかもしれない」
「親友が言うと、深みが増すよなぁ。……百合薗圓という人間は死んでいないってことだろう?」
「まあ、そういうことになるねぇ。カルダリアさんとアウロニアさんには何を言っているかさっぱり分からないと思うけど、その辺りの説明は後々させてもらおう。ただし、かなり本質に近い話だ。世界の秘密と言い換えてもいい。守秘義務を守ってもらえなければ物理的に命を奪いに行くことになるから、その辺り覚悟を決めて聞いて欲しい。……じゃあ、もう一度話を戻そう。アウロニアさん、貴女を貴女であると定義できるもの、それは一体何かな? 或いはアウロニアさんがアウロニアさんであると証明できるものと言い換えてもいいかもしれない。実体を伴っていなくてもいいよ」
「…….分からないわぁー」
「答えはいくつかあると思うけど、ボクは記憶であると考えている。先程の輪廻転生の話にもあったけど、記憶というものは極めて重要なものでねぇ。アウロニアさん達が持っていると思っている自我と呼ばれるもの、自分と呼ばれるものも結局は幻想なんだ。記憶を適宜参照し、そこから自己というものを定義している。記憶喪失した人の好みが変わったり性格が変わったりという話、聞いたことがないかな? カルダリアさんの件が分かりやすいと思うけど、今の彼の生き方の指針はシャリセルスという女性との過去に由来する。その記憶が仮に消えたとして、今の彼と同じ『何者にも影響を与えない』という生き方の指針が維持されるとは考えにくい。ティ=ア=マット一族を徹底的に迫害する側に回るかもしれないし、逆にティ=ア=マット一族を擁護する側に回るかもしれない。少なくとも、今の均衡は破壊されるだろう。……まあ、例え記憶が消えたとしても変わらないものもある。もっと根源なもの、因縁という厄介なものが付き纏ってくることもあるんだけどねぇ。……精神の死の一つの例として記憶喪失をあげたけど、脳死というものもその一つの例に挙げられる。勘のいい人ならそろそろ気づいたと思うけど、タイダーラは肉体的ではなく精神的に死を迎えたんだ。随分と前にねぇ」
「精神的に死を迎えた……だと!?」
「タイダーラを殺したのは『這い寄る混沌の蛇』だ。まあ、なんというか、シャリセルスの件と言い、つくづく因縁があるねぇ。……ちなみに、恐らく彼女は元々『這い寄る混沌の蛇』の信徒だ。海洋国マルタラッタを滅ぼすためだけに君に近づき、子を孕み……君の心に深い傷を残し、タイダーラに呪詛を吹き込み、哀れな女として悲しく死んでいった……少なくとも君の目にはそう映っただろう。『這い寄る混沌の蛇』の洗脳とは極めて恐ろしいものだ。理解し難いほどにねぇ。……だが、タイダーラの精神的な死とは単なる精神的な話ではない。クルーシュチャ方程式というものをご存知かな?」
「……聞いたことがない」
「まあ、だろうねぇ。……クルーシュチャ方程式とは、『一般的な思考の持ち主にはまず読み解けない、非情に洗練された量子数学の計算式』と呼ばれるものだ。それを解いた時、ある邪神を召喚することができる。ナイアルラトホテップ、ナイハルルトホテップ、ナイアーラソテップ、ナイアーラトテップ、ニャルラトホテプ、ニャルラトテップ、ニャルラトテプ……様々な異名を持つ神だ。つまり、その方程式は古代エジプト語で『門のところに安息はない』ということを意味する邪神を呼び出すための召喚術ということになる。だけど、それは半分正しく半分間違いだ。クルーシュチャ方程式を解いた時、その存在もニャルラトホテプとなる。解くことによって精神が支配される、洗脳されるというよりは『本当は世界の全ては元を辿れば同じものだったのだと心から実感して頭の芯から論理的に理解することにより、混沌たる存在へと生まれ変わる』と言った方がいいかもしれないねぇ。その時点でかつての人格は失われる。例え記憶が残っていたとしても膨大な情報の海の中に放り込まれて押し流されてしまうか、顧みられることはないかのいずれかだろう。……さて、ここからは公式見解ではないことを改めて断った上で話そう。『這い寄る混沌の蛇』の正体は邪神を崇める教団だ。まあ、ほとんどの信徒達は邪神の実在を知らず、その本質を理解していないけどねぇ。その神の名は蛇神Aponyathorlapetep。そして、その名はアナグラムとなっており、並び替えることで二つの単語に変換可能だ。一つ目はApope、古代エジプト語でアペプと呼ばれる悪の化身を指す言葉で古典ギリシア語転記であるアポピスの名前でもよく知られる。そして、もう一つがNyarlathotep。……彼の本体は『這い寄るモノの書』の原本だ。他の写本とは異なり、その本にはクルーシュチャ方程式と同じある性質がある。ただ、数式を解くよりももっと簡単に、ただそれを読むだけでいい……というのが厄介なことだねぇ。――そろそろ、ボクの言わんとしていることが理解できたんじゃないか?」
「……つまり、タイダーラはその本を読んでしまったということか。その精神は忌むべき邪神と同化し、タイダーラという人間はもう存在しないと」
「そういうことだねぇ」
その事実を理解した瞬間、カルダリアの顔から色が失われた。
お読みくださり、ありがとうございます。
よろしければ少しスクロールして頂き、『ブックマーク』をポチッと押して、広告下側にある『ポイント評価』【☆☆☆☆☆】で自由に応援いただけると幸いです! それが執筆の大きな大きな支えとなります。【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれたら嬉しいなぁ……(チラッ)
もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。
それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




