Act.9-491 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜海賊団の襲来と、多種族同盟の内政干渉と、海洋国マルタラッタ国王の選択と〜scene.4
<三人称全知視点>
オルレアン神教会は古い歴史を持つ宗教組織である。
その興りはダイアモンド帝国や海洋国マルタラッタよりも古い。
オルレアン神教会が現在のような宗教組織の形をとる以前の彼らは神の啓示を受ける預言者を指導者とした組織であった。
本当かどうか実際のところは定かではないのだが、彼らは受け取った神の言葉とされるものを『聖典』として纏め上げ、その『聖典』の言葉に従って各地を行脚したという。
彼らは各地を行脚して道徳的・倫理的な共通基盤を築いていった。また、彼らの働き掛けによって各国では歴史が編纂され、人々の歩みが書き残されて後世に伝わるようになったという。一説によると、その役目も神に与えられたものだったという。
彼らの神――女神オルレアンは「人を祝福し、その築き上げたものを自らへの捧げものとして喜ぶ存在」とされていた。
人の築き上げた歴史や文化、秩序を書物に書き記し、それを捧げることは女神オルレアンが信徒達に望んだことである。
当然、神に仕える者達はそれを大切な使命と受け取り、現在に至るまでその教えを絶やさずに使命を果たし続けている。
そのオルレアン神教会に属する教会は、海洋国マルタラッタにも当然存在している。
孤児院も併設されていない、小さな礼拝堂と最低限の設備、そして申し訳程度の小さな書庫があるだけのシンプルを通り越して素朴や質素と表現すべき建物――その小さな地下書庫にルードヴァッハ達が訪れたのは翌日の夕刻であった。
この日も、何人かの元老院議員と接触したものの結果は芳しくなかった。……まあ、既に断られることが想定されていたため、落胆することは無かったが。
そもそも、この日の交渉は前日までと異なり海洋国マルタラッタとの顔繋ぎを主の目的としたものでは無かった。
寧ろ、狙いはルードヴァッハ達が何かに気づいたことを悟らせないことである。その点で言えば、ルードヴァッハ達の狙いは成功していそうだ。
教会堂の入り口で神父への挨拶を済ませたルードヴァッハは、早速、海洋国マルタラッタの歴史を記した書物を紐解いたのだが……。
「……さて……これはどうしたものかな?」
ルードヴァッハは到着早々、歴史書を片手に頭を抱えていた。
その理由は目当ての情報が見つからなかった……からではない。ごくごくあっさりと得られてしまったが故に思わず唖然としてしまったのだ。
その歴史書にはルードヴァッハも知らない海洋国マルタラッタの歴史が書かれていた。
「イエローダイアモンド公爵は海洋国マルタラッタの建国以来ずっとこの国との友好関係を築いてきた。時に私財を投じて国への貢献もしてきたが、それが、ある時からグリーンダイアモンド公爵に引き継がれたか……この事実は恐らく帝国政府でも把握していないだろう。少なくとも、俺は知らなかった。……『無知の知』あるいは『不知の自覚』か。師匠の教えが痛いほど刺さるな……」
秘密とは、隠蔽しようとすればするほどに目立つものである。その行為が違和感を生じされるからだ。
故に秘密の内容そのものを知ることは難しくても、そこに重要な何かを察知すること自体は案外容易い。
この情報を隠した者――恐らくイエローダイアモンド公爵家の関係者はその性質を誰よりも理解していたのだろうか? 秘匿するのではなく、大胆にもあえて隠し立てせずに情報を残していたのだ。
ルードヴァッハの目の前にある事実は秘密でも何でもない。聞くというアクションさえ起こせば出てくる情報で、調べればすぐに分かる話だ。
にも拘わらず、その情報をルードヴァッハが知らなかったのは、それが些細なことだと受け取られたからだろう。
報告に上げるまでもない、どうということもない情報。誰もが当たり前に知っているだろう常識……と少なくとも思われているような情報。
それは、裏を返せば誰かに話す必要性がない情報ということでもある。そして、誰かに伝えない限り情報の伝達は起こり得ない。
「隠される訳ではなく、些細なことだったから仮に誰かが知ったとしても気にかけなかったと……そういうことか」
海洋国マルタラッタという国自体が小さな国である。グラレア海への通過点に過ぎず、その先にある主要な大陸の一つであるラスパーツィ大陸とは不自然なほど繋がりがない。
この地の港は専らポーツィオス大陸との交易のみに使われている。……この時点でも既に不思議な部分はある。まあ、ポーツィオス大陸もラスパーツィ大陸と同じく諸島群の延長線上にはあるのだが、潮流の関係でこの地よりも旧ルージャル王国のプラト港の方がアクセスは良いのだが……。
考えてみれば作為的な何かを感じるが、ルードヴァッハは今回、この件は追わないことにした。
話を戻して、ダイアモンド帝国にとってこの地は、この国は些細な存在であった。だから、誰が交渉の矢面に立っていても気にならなかった。
イエローダイアモンド公爵家からグリーンダイアモンド公爵家へと交渉担当が代わっても、誰も何も気にしなかった。
「もし、これを作為的にやっているとしたら敵はなかなかの策士だな。……しかし、考えたくはないがただの偶然と切り捨てるのはなかなか難しい状況だ。あまりにもでき過ぎている。やはり、これには何者かの意志が働いていると考えるべきだな」
一見すると、確かに「何の意図もなくできた状況」のように思える……が、ルードヴァッハの目には寧ろ不自然なものとして映った。
疑いの視線を持って見ているが故というのも確かにあるだろう。しかし、ルードヴァッハの直感が何かがあることを確かに告げていた。
とはいえ、事前情報が全く無ければルードヴァッハも気づけなかったかもしれない。
ルードヴァッハの背中を押すものは二つ。ミレーユの言葉と、ミレーユが望み、圓が託した『這い寄る混沌の蛇』との戦いの歴史である。
『帝国の深遠なる叡智姫』にして、ルードヴァッハの主たる姫殿下が、この国には何かがあると感じ、ルードヴァッハだけでなく、己が動かせる最強の武力、ディオン・センチネルまで呼び寄せたのだ。
流石にそれで何もないということはあり得ないだろう。
それに、圓はイエローダイアモンド公爵家とフンケルン大公家が類似しているというルードヴァッハの指摘を否定しなかった。意味ありげな言葉を残していた点については気掛かりだが、今はその点を検討できるだけの情報はない。
その点から逆算することで、この状況を創り出している黒幕が何者であるかは検討が付く。
だが、まだ謎は残っている。誰がではなく、何を目的に、という部分だ。
「もしも、この状況が作られたものだとして……その目的はなんだ? グリーンダイアモンド公爵家に交渉を一本化する意図はどこにある?」
まず考えられるのはグリーンダイアモンド公爵が御し易い相手だと海洋国マルタラッタが考えている可能性だ。
手玉に取りやすく、自分達に有利な条件を押し付けやすいから、代えてもらいたくはないという意思が働いているというのはあり得ない話でもない……が。
「だが、一本化することは良いことだけではない。例えば請け負っていたグリーンダイアモンド公爵が暗殺されるようなことになれば、海洋国との取引は一時的に止まることになる可能性がある。そうなれば、ダイアモンド帝国との取引で得ていた利益は。……いや、逆に、取引そのものを停止することが狙いだったら? 貿易の利益を上回る利益がその瞬間に海洋国マルタラッタに生じるとしたら?」
ダイアモンド帝国は食料自給率が低い。周辺の国々に頼ってようやく成り立っている状況である。
外国からの輸入はダイアモンド帝国にとって生命線だ。当然、海洋国マルタラッタも重要な供給源の一つである。
「しかし、海洋国との取引が停止されても魚介類などの輸入が減るだけだ。まだ農作物に頼るという手段が……」
そこまで思考して、ルードヴァッハの背中に冷たいものが走った。
出会って以来、一貫してミレーユが気にしていたこと。近い将来に起こる危機として警戒しておいて欲しいと、再三言われたこと。
そして、圓の口より語られた豊穣の地――肥沃な三日月地帯の性質。
「……ああ、それで飢饉なのか」
もしも飢饉が起き、帝国と帝国と取引のある旧農耕国ウェセスタリス、ラージャーム農業王国――二つの農耕国で食料生産率が極端に下がり、尚且つ港湾国からの食糧の流れも断たれてしまったら。
そうしたら、ダイアモンド帝国は海産物に頼らざるを得ない。
そこで、もし海洋国マルタラッタからの供給が絶たれたら?
「だとしたら、グリーンダイアモンド公爵には死ぬよりも生きていてもらう方がいいな。ミレーユ様が仰るような飢饉があったら、グリーンダイアモンド公爵が国外に脱出しても何ら不思議ではない。海洋国としては、裏で脱出の手引きをしつつ、彼の代理として立てられた者に対してはグリーンダイアモンドを通せの一点張りで突っぱねる。暗殺したならば代理の者が立ってしまうが、国外脱出の場合には大義名分をもって跳ね除けることが可能だ。そして、それだけのことで、海洋国マルタラッタは帝国に確実に多大なダメージを与えることができる」
依存させ、それを断つことによって確実にダイアモンド帝国にトドメをさせるシステム。
それが、ルードヴァッハ……否、ダイアモンド帝国の多くの者達が知らないうちに構築されていたのだ。
「……だが、もしこれが皇帝家と深い関わりのあるイエローダイアモンド公爵家によって構想されたとしたら……まるで、これはダイアモンド帝国そのものを自死へと導く舞台装置のように思えてならないな」
ルードヴァッハは蒼白な顔で教会の書庫を後にした。
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