Act.9-490 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜海賊団の襲来と、多種族同盟の内政干渉と、海洋国マルタラッタ国王の選択と〜scene.3
<三人称全知視点>
「肥沃な三日月地帯と呼ばれるこの地には素朴な先住民達が暮らしていました。そこに近郊の狩猟民族が攻め込み、多くの農奴と領地を確保しました。それが帝国の興りだと言われています……って、圓様はご存知ですよね?」
「まあ、一般的にはそうだねぇ」
「一般的には? ……なるほど、そういうことですね」
「何か分かったのかい? ルードヴァッハ殿」
「圓様の意図していることが……あくまで多少ではありますが。では、その近郊の狩猟民族はどこから来たのか。主流の学説では大陸の内陸から来たと考えられています」
「まあ、そりゃ元々大陸に住んでいたんじゃないんですか? まさか、海を越えてきた訳でもあるましい。……ん? いやぁ、まさかな?」
そもそも、何故この海洋国マルタラッタという地でそのような話がされているのか? バノスの脳裏に一瞬その可能性が閃くが、すぐに「それはあり得ねぇ」と否定する。
「しかし、実は少数ではあるが我々の祖先が海を渡って来たとする説も囁かれているんだ。総てではないにしろ、民の一部は海の向こう――即ちグラレア海の向こう側から渡ってきた者達だとね」
「いや……流石にそれは難しいんじゃありませんか?」
「まあ、実際にグラレア海の向こう……というか、ポーツィオス大陸から渡ってきているよ。ボクの設定が現在も生きていると仮定するなら後に初代皇帝となる狩猟民族の族長が率いてねぇ」
「圓様から肯定して頂けるということは俺の推理が的外れではないということですね。……では、海を渡ってきたとして彼らがペドレリーア大陸に上陸する際、一体どのようなルートを通るだろうか?」
「ああ……なるほど。帝国のご先祖様達は必ずこの海洋国マルタラッタを通った筈だと、ルードヴァッハ殿は考えているんだね。そして、圓様にも異論はないと」
「勿論その頃にはまだ国としての形を取ってはいなかった筈だ。帝国と海洋国の建国時期はほとんど同じとされているからな。……その点も今考えると些かでき過ぎているように感じるが。当然、帝国と海洋国とは建国当時から付き合いがあったのだろう。そして、先程の酒場の亭主の言葉を踏まえれば、当時、交渉役を任されていたのは四大公爵家最古にして最弱と言われているイエローダイアモンド公爵家だったということになる。しかし、それがいつの間にかグリーンダイアモンド公爵家が交渉を一手に担うようになっていた。海洋国の民も気づかぬうちに……」
イエローダイアモンド公爵家の役割がある時を境にグリーンダイアモンド公爵家に移されていた。
これだけ民に慕われているならイエローダイアモンド公爵家がパイプ役を続けた方が良かった筈だ。融通も通しやすいだろう。
しかし、実際はグリーンダイアモンド公爵家が海洋国マルタラッタとのパイプ役を引き継いでいる。……海洋国の住民達が違和感を抱かない手際で。
「明らかにこの状況はおかしい」とルードヴァッハだけでなくディオンとバノスもきな臭さを感じていた。
「四大公爵家の全てが『這い寄る混沌の蛇』と関わりがあると聞いた時、俺はブルーダイアモンド公爵家と同程度だと楽観視していました。……しかし、もしかしたら『這い寄る混沌の蛇』と密接に繋がっている公爵家があるのかもしれません。……それが、イエローダイアモンド公爵家であると俺は予想します」
「ふむふむ……で、根拠は?」
「現段階ではまだ確たるものは。……しかし、ミレーユ様の提案で圓様から受け取ったという『這い寄る混沌の蛇』の動向の情報の中で気になるものが。……ブライトネス王国の五つの大公家……その中でもイエローダイアモンド公爵家と同じく最弱と呼ばれた大公家があったそうですね。――フンケルン大公家」
「流石はルードヴァッハさんだ。いやぁ、ミレーユ姫殿下に参考資料としてボク達と『這い寄る混沌の蛇』の戦いの経緯と動向を纏めた資料の提出を依頼された時には想定より早くルードヴァッハさんが辿り着くんじゃないかって思っていたけど、もうここまで辿り着くとはねぇ。……確かに、フンケルン大公家という比較対象を持ってくれば最も警戒するべき対象がどの家かという判断もできるだろう。ただし、ブライトネス王国とダイアモンド帝国で全く同一のことが起きていると安易に考えて本当に良いのかとボクは思う。……焦って勇み足になるのも分かるけど、もう少しゆっくりと情報を精査して、その上で判断すればいいんじゃないかな? ……と、ボクにできるのはここまでかな? それじゃあ、君達の健闘を祈っているよ」
「ああ、ここの隠れ家は滞在中は好きに使ってくれていいからねぇ」という言葉を残し、アネモネ姿の圓とソフィスは再びルードヴァッハ達の前から去っていった。
◆
圓達が去っていった後、ルードヴァッハ達の間でしばしの沈黙が流れた。
「……どうやら、ルードヴァッハ殿は本来の時間軸よりも遥かに早く答えに辿り着いてしまったようだね」
「そのようですね。……ミレーユ様の叡智が圓様に優ったということでしょうか?」
「それは流石にないんじゃないかな?」という言葉をミレーユが本当は叡智と呼ばれるような人物ではないことを知っているディオンは呑み込んだ。……とはいえ、別に好感を持てない相手という訳ではなく、寧ろ仕え甲斐のある主君であると感じているのだが。
「あの……フンケルン大公家とはどういった家なんでしょうか?」
「イエローダイアモンド公爵家と瓜二つの性質を持つ大公家だそうです。……異名は最弱の大公家。そして、もう一つ共通点があります。それは、イエローダイアモンド公爵家がダイアモンド帝国にクーデターを起こしたように、フンケルン大公家もまたブライトネス王国に対してクーデターを起こしているという点です。フンケルン大公家の当代の当主アグネルは数十年前に起きたルーセンブルク戦争でいくつかの有力貴族と共に反旗を翻したようです。一方、ダイアモンド帝国でも当時のイエローダイアモンド公爵ギューギオスがいくつかの有力貴族と共に、帝室に反旗を翻しました。どちらも王国と帝国を二分するほどの争いになると目されていましたが、実際は呆気ない結末を迎えています。アグネルは弟のジャイムに、ギューギオスも弟のゲオルグスによって討たれたのです」
「いやいや、それは流石にでき過ぎじゃありませんか? 反乱を仕掛けようとした当主がどちらも味方である筈の弟に討たれるなんて……」
「バノス殿、まだ終わりではないのだ。……イエローダイアモンド公爵の方に話を戻すが、ギューギオスをはじめ、協力した貴族達は全員処刑され、その者達の家の名声は地に落ちた。一方で、本来、反乱を防いだ功績を讃えられるべきゲオルグスもまた苦境に立たされる。……
そもそも、反乱の切っ掛けとなったのは公爵家。その問題を自家で解決しただけではないかと揶揄する者が現れたのだ。それに、ゲオルグスが陰謀に加担した家の者達に対して助命嘆願を行ったのも逆風となった。本来であれば、一族郎党皆殺しの憂き目にあっても仕方のない立場の者達を庇い立てした彼に対する非難は小さくはなかった。……結果として、兄の方は帝国に反旗を翻すほどに覇気に溢れる人物、弟の方は裏切り者の小心者、などという評価まで受けてしまう始末。それでも庇われた家の者達はゲオルグスに感謝し、イエローダイアモンド公爵家の派閥に身を寄せることになる。以来、イエローダイアモンド派閥には抗争に敗れた敗北者や、中央貴族から疎外された辺土伯などが次々に訪れるようになり、最古にして最弱の公爵家と呼ばれるようになったという訳だ。……そして、フンケルン大公家でも同様のことが起こっている」
「……結末まで同じ。となると、作為的なものを感じるね。遠く離れた二つの土地で起こった出来事――両者を結びつけるのは本来不可能だが、彼らに『這い寄る混沌の蛇』という共通項があればどちらかが一方を真似た、あるいはそのメソッドが『這い寄る混沌の蛇』からもたらされた、どちらとも考えられそうだ」
「しかし、圓様の言う通りこれはまだ推理の段階。証拠はあるでない。……それに、私達の状況は集めるべき情報を無視して真実に到達してしまったというものだ。……まあ、あの圓様の口振からしてフンケルン大公家とイエローダイアモンド公爵家の間には俺達が見逃した何かしらの相違点があるのかもしれない。……いずれにしても、一度元の地点に立ち返るべきだろう。重要なのは情報収集だ。……しかし、イエローダイアモンド公爵家のことは、この国の中では秘匿されているような感じがする」
「そういえば、グリーンダイアモンド公爵家の方はいいのかい?」
「あちらは圓様達が対処されると仰っていた。海洋国マルタラッタに攻め込もうと狙っている海賊達と海洋国マルタラッタ、隔離島のシステム構築に関わったグリーンダイアモンド公爵家の間で起こるであろう戦い……現時点で俺達に関与できる余地はない。圓様の話振りからして、俺達が動くことが何らかのトリガーになるようだが……いずれにしても、その件に関して俺達にできることは事が起こってからミレーユ様の代理人として事態の収束を図ることだ。イエローダイアモンド公爵家に関する情報を集めることが先決だろう。……しかし、海洋国マルタラッタでもダイアモンド帝国でも簡単に情報を開示してもらえるとは思えない。――この手の記録を保存している場所というのは通常は二つ。国と教会だ。国が信用できないとなれば……」
「教会の方をあたるということだね」
かくして、翌日、三人はオルレアン神教会の教会堂へと向かうことになった。
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