Act.9-486 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜出航! エメラルドジーベック号〜scene.4
<三人称全知視点>
その後、ミレーユ、リオンナハト、アモン、ライネはカレンの作り出した氷の小舟で無事に島へと到着した。
ちなみに、エメラルダとフィレンは三艘目のボートで無事救出されていたようである。
「ミレーユ様、ライネ様、リオンナハト殿下、アモン殿下――皆様ずぶ濡れですわね。今、海水の成分を落とした上で乾燥魔法を施させて頂きますので少々お待ちください」
海水の成分を剥離させる特殊な水魔法と水分を瞬時に蒸発させる風魔法を一瞬にして編み出したカレンがミレーユ、リオンナハト、アモン、ライネの四人に向けて魔法を発動する。
船から落下したミレーユとライネ、ミレーユを助けるべく飛び込んだリオンナハトとアモンの服の水分と海水の成分は一瞬にして服から剥離され、海水に溶け込んだミネラルなどの結晶がパラパラと砂浜に落ちた。
「ありがとうございますわ、カレンさん」
「いえいえ、この程度のことお安い御用ですわ」
カレンにお礼を言ってからミレーユは改めて周囲を見渡した。
サクサクと音を立てる白い砂浜、澄んだ青色に輝く海――美しい絶景にミレーユは思わず歓声を上げる。
波は非常に穏やかで、吹き抜ける風も心地よい。人が踏み入れた形跡のない純白の砂浜を見てみると、ここだけ日常から切り離された別世界なのではないかと錯覚する。
「ここは、まるで楽園ですわね」
「本当にここに『這い寄る混沌の蛇』の拠点があるとは思えませんわ」という言葉はグッと呑み込んでミレーユは感想を口にする。
「ふふん! 気に入っていただけたならば、何よりですわ」
いつの間に上陸したのだろうか。振り返ると長い髪から水を滴らせたエメラルダが、浜辺に立って胸を張り、清々しいまでのドヤ顔を浮かべていた。殴りたいこの笑顔! という感じの、凄いウザい顔である。
「あら? ミレーユ様、濡れておりませんわね? 先程、海に落ちた筈ですのに」
「先程、カレンさんが魔法で乾かしてくれましたの」
「魔法って、そんなファンタジーみたいな力、ある筈がありませんわ」
ほんの少しだけミレーユを馬鹿にするような顔をしていたエメラルダだが、ミレーユだけでなく海に落ちたライネ、リオンナハト、アモンの三人も全く濡れている様子がなかった。
俄かには信じ難いが、信じざるを得なくなったエメラルダはミレーユが視線を向けてメイドに声を掛ける。
「そこのメイド、もし貴女の力が本物というならばわたくしにその魔法とやらを使いって見せなさい」
「申し遅れましたわ。私はカレン=エレオノーラと申しますわ」
「貴女の名前なんてどうでもいいですわ。高貴な人間は使用人の名前など覚える必要がありませんもの」
「……同じ公爵令嬢でも、お嬢様には遠く及びませんわね。改めて名乗りますが、私はカレン=エレオノーラ――多種族同盟加盟国ブライトネス王国のラピスラズリ公爵家に仕える使用人ですわ。今はミレーユ様の護衛兼メイドとして同行しておりますが、私に命令権があるのは我が国の国王陛下とラピスラズリ公爵様、そしてお嬢様のみ。ミレーユ姫殿下ですら、私に命令する権限はございません。況してや、グリーンダイアモンド公爵令嬢程度が私に命令? そんなもの、聞く筈がありませんわよ?」
失礼な態度を取るカレンにカッとなって「使用人風情が生意気なことを! それに、グリーンダイアモンド公爵家を軽んじるような発言まで! ここは身の程を弁えさせなければいけませんわ!!」と怒りを露わにしようとしていたエメラルダだったが……実際にエメラルダの口からそのような言葉が飛び出すことは無かった。
カレンが纏う圧倒的な霸気に、力の奔流にエメラルダの生存本能が逆らってはならないと全力で警鐘を鳴らしたのである。
「これは……霸気、ですの!? まさか、カレンさんも!?」
カレンの周囲では漆黒の稲妻がバチバチと音を立てている。
だが、『王の資質』は選ばれし者のみが体得できる力である。ラピスラズリ公爵家の戦闘使用人がいくら特別だと言っても流石にカレンが持っているとは考えていなかったミレーユは一切身構えていない状況で発生した突然の霸気に恐れ慄きながら、必死で意識を飛ばさないように堪えた。
「私も所詮は使用人の一人、ミレーユ姫殿下やリオンナハト殿下、アモン殿下のように生まれながらにして『王の資質』を持つ方々とは違いますわ。ですが、『王の資質』は魂を鍛えることで後天的に獲得することも可能なのです。……グリーンダイアモンド公爵家の護衛の皆様、やめておいた方がいいと思いますわ。今の私を止めるのはこの場で最も強いリオンナハト殿下とアモン殿下の二人掛かりでも難しいですからね」
「……確かにその通りだ。やめておいた方がいい。……ラピスラズリ公爵家はブライトネス王国内外で王家の安寧を守るために王家の敵を暗殺してきた暗殺のプロ達だ。いずれも人間離れした戦闘力を持っているそうだが、近年はラピスラズリ公爵令嬢からの技術提供もあって強さがインフレーションしていると聞く。それに、仮に無理をしてカレン殿を倒せたとしても、その先に待っているのはラピスラズリ公爵家やブライトネス王国、最悪の場合は多種族同盟との敵対だ。正直、そうなればペドレリーア大陸は一日も掛からず地図から消えることになるだろう」
「リオンナハト殿下、ご冗談、ですわよね?」
「残念ながらグリーンダイアモンド公爵令嬢、リオンナハトが言っているのは嘘偽りない事実だよ。どんな事態であっても多種族同盟との敵対は絶対に避けなければならないことなんだ。況してや、彼女に危害なんて加えたら彼女達のお嬢様の逆鱗に触れてしまう。正直、ラインヴェルド陛下やオルパタータダ陛下と敵対する以上に痛手だからね。いや、最早痛手なんて言っていられる状況でも無くなってしまうという方が正しいか」
「私達のお嬢様は皆様のことが大好きなご様子です。そして、皆様の成長に心の底から期待しています。ここで芽を潰してしまうのは本意ではありませんわ。今回はついつい感情的になってメイドの領分を逸脱してしまうような発言をしてしまいましたし、謹んで謝罪致します。……グリーンダイアモンド公爵令嬢、貴女がどんな生き方をしていても、その結果、どのような結末に至ろうとも構いませんが、私はあくまでラピスラズリ公爵家の人間ですわ。その方針に従って今後も動かせて頂きますので、ご理解よろしくお願いします。……でないと」
カレンはにっこりと微笑み、そのまま背後に向かって蹴りを放った。
その蹴りの軌道がそのまま飛ぶ斬撃と化して森の木の一つを切断する。
「ついうっかり真っ二つにしてしまうかもしれませんからね」
カレンの言葉に流石に命の危険を感じたのかエメラルダも無言で頷きを繰り返した。
◆
カレンの放つ霸気と足を刃に見立てて放った蹴りに怯えていたエメラルダだったが、ミレーユの予想よりも早くいつもの調子を取り戻した。
とはいえ、流石に恐怖は残っているらしくカレンのことは避けているようだ。
エメラルダの方も意固地になって名前呼びをしないようにはしているが、かといって他の使用人と同じように扱えば前回の二の舞になる。
ならば、そもそも関わる機会を減らせばいい。――恐怖だけではなく、そういった考えもあっての行動なのかもしれない。
「私。毎年夏はここにきてバカンスを楽しんでおりますのよ」
「なるほど。……ちなみにエメラルダさん、夜はどうしておりますの?」
「少し離れたところに即席の幕屋を作らせますわ。虫の声を聴きつつ眠るというのもなかなか風流なものですわよ?」
一般的な貴族令嬢は屋外で寝ることを嫌うが、エメラルダは幼少期の頃から無人島を避暑地としていたからか屋外での寝食にも忌避感は無かった。
そして、それは前の時間軸で逃亡劇や牢生活を送って耐性のついたミレーユにも言えることである。
いや、寧ろミレーユは思考を飛躍させ、虫の声を聴きながら、星空を見上げながら、あるいは焚火を囲んで大好きな人と過ごすという状況を思い浮かべて恋愛脳を暴走させていた。
まあ、確かに間違ってはいないのだが……。
なお、ミレーユの思い浮かべる大好きな人はというとリオンナハトと共にカレンと何やら話しているようだった。
ミレーユには聞こえていなかったが、実際の内容がこちらである。
「カレン殿、俺達に修行をつけては頂けないだろうか?」
「ボクからもよろしくお願いします」
「うーん、どうしようかしら? 私じゃ正直力不足だと思うのよね。丁度両陛下がいらしているみたいだし、この一件が片付いたらお願いしてみるのはどうかしら? 霸気の扱いも剣の腕も私よりも断然洗練されているから、きっと勉強になることが多いと思うわ。お二人の希望に沿うならお嬢様に連絡を入れておくわよ?」
「よろしく頼む」
「確かにそれが強くなる一番の近道かもしれないね」
「ああ、二人とも。着替えが終わったら海岸に集合ね。約束通り泳ぎを教えるわ」
話が纏まるとカレンはミレーユ達の方へとやってきた。
「ミレーユ様も覚えているわよね。しっかりと泳ぎを教えて差し上げるわ」
「おっ、お手柔らかにお願いしますわ。……ところで、カレンさんも霸気が使えたんですわね」
エメラルダとカレンの間にギクシャクした空気が流れているのを感じ取ったミレーユは少し話題を変えようと先ほどから疑問に思っていたことを質問した。
すると、カレンはほんの少し顔を赤らめて……。
「実は私にはずっと片思いをしている人が居てね。だけど、その人はずっと私のことを子供扱いするのよ。だから、私は一人前なんだって、貴方を倒せるくらい強くなったんだって思い知らせたくて、振り向かせたくてずっと頑張ってきたのだけど、連敗続きでね。その上、更に強くなるものだから困っていて……お嬢様に相談したら修行をつけてくださったの。これなら、きっと勝てるわ! 執事長に」
「あら、こんな凶暴な人にも可愛らしい恋愛エピソードがあるんですわね」と恋に敏感でミーハーなエメラルダはさも「興味はありませんわ」みたいな顔をしつつ聞いていたが、その想いの伝え方があまりにも直接的というか、暴力に頼ったものであったため「やっぱり分かり合えませんわ!!」と心の中で叫んだ。
お読みくださり、ありがとうございます。
よろしければ少しスクロールして頂き、『ブックマーク』をポチッと押して、広告下側にある『ポイント評価』【☆☆☆☆☆】で自由に応援いただけると幸いです! それが執筆の大きな大きな支えとなります。【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれたら嬉しいなぁ……(チラッ)
もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。
それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




