Act.9-485 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜出航! エメラルドジーベック号〜scene.3
<三人称全知視点>
ミレーユ達一行は順調に海を進んでいった。
エメラルドジーベック号はペドレリーア大陸の、という注釈は付くもののとても俊敏な船である。
しかも、ただ速いだけでなく乗り心地もしっかりと考慮された細工が施されていた。船底に施された特殊な構造が、波による揺れを大きく軽減している。
結果として、ミレーユ達は極めて快適な船旅を満喫していた。
「本当に素晴らしい船ですわね」
「あら、多種族同盟の技術ならばもっと良い船が作れるんじゃないかしら?」
カレンが素直に漏らした感想に、ミレーユが疑問を口にする。素直に思ったことを口にしただけで、別に悪意や他意がある訳ではない。
「ブライトネス王国では海運はほとんど発達していません。ほとんどが陸路ですから、我が国の造船技術は海洋国マルタラッタに遠く及びませんわ。それに、多種族同盟で使われる船は基本的に飛空艇、空を飛ぶ船ですね。波の抵抗は考慮しなくていいそうです。それよりも、もっと別のことを気にする必要はあるみたいですが」
「ということは、カレンさんには海に行った経験は全くないということかしら?」
海で護衛をしてもらう以上、やはり泳げるかどうかという点は重要だ。いざという時に守ってもらいたいという気持ちが透けて見えるミレーユの問いに、カレンはにっこりと微笑んで答える。
「エナリオス海洋王国が多種族同盟に加盟後、海での戦闘も想定されるようになりましたから、我々戦闘使用人も泳ぎや海戦に対応する術を学びましたわ。ラピスラズリ公爵家もあまり詳しくない分野ですから、お嬢様から直接指導を受けましたわね。クロール、平泳ぎ、バタフライ、背泳ぎ……全て一通り習得しておりますわ」
「それはとても心強いですわね」
「……まあ、私が助けなくで大丈夫だとは思いますが。万が一の時には私もいますので、ご安心くださいね」
「頼りにしていますわ、カレンさん」
「あっ! ほら見えてきましたわよ。あれが私が毎年夏を過ごす無人島ですの!」
そんなことを話しているうちに、目的地の無人島に着いたようだ。
エメラルダの声で目的地に到着したことを知ったミレーユは島の方へと視線を向ける。
大きさは流石にセントピュセル島よりもかなり小さいが、周辺の島と比べても大きく住民がいても不思議ではない規模の島だった。
丘というより山と表現した方が良さそうなほど中央部がせり上がっていて島のほとんどを濃い緑が覆っている。どうやらエメラルダの発言通り白い砂浜も存在はしているようだが、目視できる範囲の砂浜はほんの僅かの面積しかない。……まあ、目視できない島の反対側に砂浜にも砂浜はあるのかもしれないが。
島の周囲には船の侵入は阻むように無数の鋭い岩がその切っ先を空に向けている。
「この辺りにホットスポットがあるのかもしれませんわね。今でこそ緑が生い茂る島ですが、海から見える岩を見る限り、恐らく火山島でしょう。基本的に岩は固く侵食されにくい性質ですから、他の島々と同様に海岸は波の当たる部分のみが削られ岩礁になるものです。……となると、寧ろ砂浜があることが不自然ですが……どうやら島に川があって、そこから砂が運ばれているようですね。火山島には川がなく飲み水になる真水が希少ですが、少なくともこの島では水に困ることは無さそうです」
「ということは、過去に誰かが住んでいた可能性もゼロとは言い切れないということですわね」
「……まあ、そうですね」
実際、この島の周辺にはスクライブギルドの役割を話していた巨大な地下都市がある。他の島に人が住んでいたならば、この島に人が住んでいなかったとは言い切れない。
寧ろ他の島よりも好立地のため、その可能性はかなり高そうである。
「……それに、私はきっとこの島で『這い寄る混沌の蛇』の関係者と戦うことになるんですわよね? ……となると、やはりこの島に何かあるのは確かですわ」
「今はただの無人島。でも、過去に何かしらがあったのは間違いありませんわ。……ただ、私に話せるのはここまで。続きは己が足で島を歩き、己が目で真実を見るのです」
「やっぱりズルはダメということですわね。……致し方ありませんわ」
◆
島の大分手前でエメラルドジーベック号は錨を下ろした。岩礁地帯を警戒したからである。
現在のエメラルドジーベック号の停泊地点から目的地の島までは四百メートルほどだろうか? 当然ながら、泳いでの移動は現実的ではないので小舟を使って移動することになる。
「かなり離れていますわね」
エメラルドジーベック号には小舟が三艘あった。
一つ目の船にはミレーユとエメラルダ、ライネとカレンとフィレンのメイド三人、更に漕ぎ手とエメラルダの護衛が一名同乗する。
二つ目の船にはリオンナハトとアモン、カラック、更にミレーユの護衛と漕ぎ手が、三艘目には滞在中に使う荷物と漕ぎ手が乗船しているという構成である。
こうして、順調に島へと向かい始めた三艘だったのだが……。
ここでトラブルが起きた。いや、エメラルダが起こしたという方が正しいだろうか?
「あら? ミレーユ様、あちらをご覧になって?」
ふいに島の方へと身を乗り出して指を差したエメラルダに促されるままにミレーユがエメラルダに近づく。
何も知らないミレーユは全く予兆に気づかなかったのだろう。だが、小さな船の中で重さの均衡が崩れ、一方に重さが偏った船がバランスを崩す予兆をカレンは的確に感じ取っていた。
「失礼致しますわ」
「はっ!? えっ!? カレンさん、どういうことですか!?」
状況を飲み込めずに混乱するライネをお姫様抱っこして大きく船床を蹴ったのとほぼ同時にバランスを崩した小舟がひっくり返った。
「み、ミレーユ様!!」
「氷の小舟! ふう、なんとかなりましたね。……さて、王子様達に任せても良い場面だけど、どうしようかしら?」
乗っているのはミレーユとエメラルダ以外は従者だった。
そしてエメラルダは従者のことなど斟酌しない人間である。後は己が身のみ……島までは遠浅で落ち着けば足も付く場所であることを知っていたエメラルダは危険は少ないと判断して船をひっくり返す作戦を実行したのである。
そして、その作戦は見事に成功し、ミレーユは足がつくことに全く気がつかないままパニックに陥っていた。
海を叩きながら今にも溺れようとしているミレーユを助けるべく、既にリオンナハトとアモンは動いていたようだが、それよりも先にカレンが飛び出した。
海の上を走るという人外的な動きを見せたカレンは素早くミレーユを引っ張り上げると、ノータイムで氷の船を生成――ミレーユを船へと乗せた。
「うっ……助かりましたわ」
「もう少し時間があればアモン王子に助けてもらえましたね。申し訳ないですね、ロマンチックな場面を奪ってしまって」
「いえ……助かりましたわ、カレンさん」
「後、この付近は遠浅でミレーユ姫殿下でも地面に足が付きますわ。……リオンナハト殿下、アモン殿下、救出お疲れ様です。今、氷の小舟で船を生成しますね」
「ありがとう、カレン殿。助かったよ」
「いえ、私が駆け付けなくてもお二人が必ずミレーユ姫殿下を救出していましたわ。私はそれを横取りした形、お礼を言われるようなことはありません。……さて、リオンナハト殿下とアモン殿下は泳げるようですが、ミレーユ姫殿下……やはり泳げませんでしたね。島に着いたら一緒に泳ぎの練習をしましょうか? 私がきっちりと圓様直伝の泳ぎ方をレクチャーさせて頂きますのでご安心を」
「圓殿直伝の泳ぎ方か。俺も興味がある。教えてくれないだろうか?」
「えぇ、勿論です。と、その前にまずは島に向かいましょうか?」
にっこりと笑ってドSの顔になるカレンに、「ああ、これ絶対に逃げられなくなる奴ですわ!」とガックリと項垂れぬミレーユだった。
◆
「あのメイド……一体何なのかしら!!」
一方、ミレーユ達を遠巻きから見ていたエメラルダはカレンを睨め付けて怒りを露わにしていた。
「先程、カレンさんは海の上を走っていたように見えました。実際にメイド服が濡れていませんでしたし」
一方、フィレンは人外の動きをしていたカレンに戦慄を覚えていた。
ミレーユを救出するまで、纏うメイド服に一滴も水が掛からなかったのである。
「……本当に嫌な奴ですわ。まだ、王子様方に救出されてロマンチックな雰囲気になっていた方がマシでしたわよ!」
「……やはり、あの方はメイドの領分を逸脱しているように見えます。お嬢様のためにも私がしっかりと警戒をしておかなければなりませんね」
方向性は全く違うが、エメラルダとフィレンの主従はこの時の行動を切っ掛けにカレンに対して警戒を強めていくことになる。
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