Act.9-484 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜出航! エメラルドジーベック号〜scene.2
<三人称全知視点>
「ミレーユ様、楽しんで頂けておりますかしら?」
アモンとイチャイチャしていたミレーユは、その声にハッとした。
いつの間に来たのかエメラルダが側に立ち、いかにも上機嫌そうに笑みを浮かべていたのだ。
一体いつから見られていたのだろうか? カレンにアモンと揃って揶揄われて顔を赤くしていた姿を見られたのも恥ずかしいが、船首に立って大はしゃぎする姿はそれ以上に悶絶級の所業であった。楽しんでいた時には全く感じなかった気恥ずかしさが急に込み上げる。
しかし、それをエメラルダに見せる訳にもいかない。ミレーユは堂々とした風を装って微笑を浮かべた。
「ええ、まぁまぁというところですわ。最初に見た時はこの船、少し貧相かなと思いましたけれど、こうして実際に乗ってみるとなかなかに快適ですわね」
「おほほほ! ミレーユさまにそのように評していただけるなんて光栄なことですわ。父にもそのようにお伝えしておきますわね」
「ところで、エメラルダさん。船遊びというのはこうして船に乗って移動するだけなんですの? てっきり泳いだりするものだと思っていたのですけど……」
今回、ミレーユがエメラルダの提案に応じた理由はいくつかある。グリーンダイアモンド公爵家と『這い寄る混沌の蛇』の関わりの調査もその一つ。また、ミレーユ達を隠れ蓑にルードヴァッハ達に海洋国マルタラッタに働き掛けてもらい、飢饉時に海産物を輸出してもらえるように協定を結ぶというのも一つである。
他にもシナリオに従って行動した方が不安要素が少なくて済み、圓達にとってもミレーユにとっても都合が良いから……といった理由もあるが、それとは別にミレーユが水泳技術の習得に興味があるという理由もある。
陸路は馬という手段がある。しかし、川や海といった場所では馬は役に立たない。
操舵技術の習得も良い手ではあるが、船がない場合もある。やはり、最終的に信じられるのは己の力のみ――だからこそ、ミレーユは水泳の技術をこの機会にエメラルダに教えてもらおうと考えていた。
……まあ、できなかったらできなかったで別のものを思う存分堪能するだけなのだが。
先程のアモンとのラブラブ空間を思い出し、ミレーユは、ほうっと切なげな溜息を吐く。
……しかし、ミレーユはすぐに現実に引き戻された。リーシャリスの言葉を思い出したからである。
(……この旅のどこかでわたくしは『這い寄る混沌の蛇』の関係者と戦うことになるのでしたわね。ということは、やはりどこかの島に滞在することになるのではないかしら? 流石に海の上で戦いになるとは思えないですし)
それに、多種族同盟の臨時班が探索しているのは海の下――地下都市である。その入り口はムシュマッヘ諸島の中に点在するようだが、もしかしたら、その一つがこれから滞在することになる島にあるのかもしれない。
そういったことを考えると、そもそも島に滞在しないという方が不自然である。
「勿論、泳ぐ時間もございますわ。今向かっているのは島なんですの。そこの浜辺で泳ぎますのよ」
そんなことを考えていると、エメラルダがミレーユの疑問の答えを口にした。
どうやら、その島が『這い寄る混沌の蛇』に所縁がある島なのだろう。ミレーユの表情も自然と引き締まる。
「……なるほど、その島が」
そして、それはアモンも同様であったようだ。ミレーユと同様に気を引き締め直すアモンの姿を見ながら、ただ一人何も知らないエメラルダが不思議そうに首を傾げる。
「この私が選んだ島ですもの、そのように気を引き締めるような場所ではありませんわ」
「ちなみに、どのような島なのでしょうか?」
「流石にセントピュセル島ほどの広さはございませんわ。ただ、泳ぐには丁度良い入り江がございますの。白い砂浜に、青く澄み渡る海水、まさにパラダイスのような場所ですわよ」
アモンの頭の天辺から爪先までを視線で睨め付けてから大きく一度頷いた後、エメラルダはニコニコと笑顔でアモンの問いに答える。どうやら、アモンの容姿はエメラルダの目から見ても合格だったらしい。
「それにしましても、ミレーユ様にはとっても良いお友達がいらっしゃりますのね。羨ましいですわ」
「ふふ、まぁ、そうですわね」
自慢のアモンを褒められて満更でもないミレーユだった。
◆
「……こちら、エメラルドジーベック号のカレン。お嬢様、そちらの状況はどうでしょうか?」
『こっちは順調そのもの……って言いたいところだけど、バカンスに行くと言って消息を絶っていたアルティナと、ダブルクソ陛下に半ば強引に連れてこられたレジーナさんとユリアさんと合流するという少し予想のしていなかった展開に困惑しているよ。まあ、こちらもオーバーキルになりそうな戦力が揃っているから、ティ=ア=マット一族と海洋国マルタラッタへの物理的対処は問題ない。……というか、ラインヴェルド陛下もオルパタータダ陛下もやる気満々でさ、荒事に関してはほとんどやることがないんだよねぇ。ボクも少しだけ身体を動かしたかったんだけどさぁ。ということで、主にボクは頭脳労働方面を担当することになりそうだ。ティ=ア=マット一族の動きも把握しているし、ルードヴァッハさん達の一行にも諜報員を張り付かせている。もうそろそろ動きがありそうだよ。予定しているタイミングには十分間に合うから安心してねぇ。――そちらは引き続きミレーユさん達の護衛をよろしく頼むよ』
「……やはり、陛下達もそちらに合流していらしたのですね。リオンナハト殿下、カラック様、アモン殿下も見気で陛下達の気配を察知していたようですわ」
『報告ありがとう。三人も順調に成長を遂げているみたいだねぇ、嬉しい限りだよ。おっと、そろそろ状況が進展しそうだ。何か可及の要件があればまた電話してねぇ。それじゃあ、そっちは頼んだよ』
「承知しましたわ。……ライネ様、流石に聞き耳はお行儀が悪いのではないかしら?」
電話を切ったカレンは、ゆっくりと背後を振り返りながら笑顔を向ける。
「……そんなつもりは無かったのですが。……今のお電話の相手は圓様ですか?」
「えぇ、その通りですわ。あちらはもう少しで終わるようですね。まあ、こちらがメインイベントですから本番はこれからですわ」
「……一体何が起きるのか、教えて頂けないのですね」
「えぇ、それがライネ様の頼みであっても……それこそ、ミレーユ様のお願いであっても教えられません。それが、巡り巡ってミレーユ様や皆様にとって重要なものとなりますからね。全てを教えられては成長の余地などありませんわ。勿論、不測の事態が起きないように細心の注意を払って行動しますので、ご安心を」
カレンはライネを安心させるようににっこりと笑ってからその場を後にした。
この時はまさか、この時のカレンの言葉を疑うことになるとは思ってもみないライネはそのまま当初の予定通りミレーユの元へと向かう。
「お話し中のところ失礼致します、ミレーユ様」
アモンのことを褒められてご満悦な表情を浮かべているミレーユの元へとやってきたライネはタイミングを見計らってミレーユに声を掛けた。
「あら、ライネ。どうしましたの?」
「はい。リズフィーナ様からお預かりしている水着の準備を……」
「あら? ミレーユさん、きちんとメイドの名前なんか覚えてますのね?」
ちょっぴり小馬鹿にした態度のエメラルダに、ミレーユがほんの僅かに不愉快そうに顔を顰める。
「ええ。彼女はただのメイドではなくわたくしの大切な忠臣ですわ。当然名前は覚えておりますわよ」
「み、ミレーユ様」
ミレーユにとっては前時間軸で返せないほどの恩を受けた恩人であり、現時間軸でも大切な忠臣である。そんなライネの名を「忘れる筈がない!」と心の中で叫びつつも、表面上は感情を荒立てずに澄ました顔で答える。
しかし、心の中ほど感情を荒立てずとも、その気持ちはライネに伝わったようで、ライネは感動に声を震わせた。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございませんでした。私はミレーユ様のお世話をさせて頂いております、ライネ・トリシュタンと申します」
「あら? 別に聞いてませんけど? それにしても、ミレーユ様からそのような分不相応な評価を受けている割に、貴女ってどんくさそうですわねぇ。おほほほ」
大貴族の令嬢に相応しい高慢な笑みを浮かべてエメラルダは続ける。……大貴族の令嬢というよりは少し悪役令嬢っぽい。
「それにしてもミレーユ様は、一々ご自分の従者の名前まで覚えるなんて、変わってますわね。高貴な血筋はもっと堂々と、細かなことを気にしないようにしていないと体がもちませんわよ。おほほほ」
そんなエメラルダをミレーユは複雑な表情で見つめていた。その高慢さの果てに何が待ち受けているのかを――あの断頭台の光景をミレーユは知っているのである。
(……忠告しても聞いて頂けないでしょうね。大事に至る前に気づいて頂ける切っ掛けがあればいいのですけど)
大貴族のやらかしは皇帝一族の連帯責任にされる可能性が高い。ミレーユとしては当然、そんなものに巻き込まれたくないのでエメラルダにはきちんとしてもらいたいというのが本音である。
それに、子供の頃から知っているエメラルダが処刑されてしまうというのも後味が悪い。
(……圓様はこのエメラルダさんのスタンスを変える方法もご存知なのかしら?)
決して聞いても答えてはくれないだろう。だが、ミレーユはそのことを承知の上で、一度圓に聞いてみたい気持ちになった。
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