Act.9-480 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜真夏の海と緑の試練の開幕〜scene.8
<三人称全知視点>
「あれがエメラルドジーベック号ですのね……なんだか予想していたよりもチャチですわ」
「……あのねぇ、ミレーユ姫殿下。セントピュセル学院との横断用に使われる異世界版フェリーみたいな大型船か、ボクの保有する飛空艇、どっちと比較しているかは知らないけど、そもそも用途が違うからねぇ。大きければ良いってもんじゃないんだよ。状況によって相応しい最適な船を使うのが正しい在り方なんだ。大量に荷を運ぶ商船ではないから巨大である必要はなく、軍艦ではないから大砲などの武器を積む必要もない。寧ろ、必要な機能を維持した上で可能な限り小型化を目指し、小回りが効くように職人達が技術の粋を集めた極めて先鋭的な船なんだよ。……間違いなくグリーンダイアモンド公爵家が誇る船なんだろうねぇ」
「あら、圓様がそこまで褒めるなんて珍しいですわね」
「ああ……あくまでこの世界の水準で、という話であることを断っておくよ。ジーベック船はボクの前世の世界では主に十六世紀から十九世紀頃に主に交易のために使われていた船。エメラルドジーベック号もその系譜に属する船ではあるんだけど、ボク達の現代技術からすれば時代遅れの産物ってことになる。この船よりも高性能で小型な船でも、巨大な船でもスキル【万物創造】さえ使えば一日で造船は可能だよ。スキル抜きでも藍晶さん達なら一週間もあれば造船できるんじゃないかな?」
「まあ、多種族同盟……というか、圓様の技術力と比較してしまうのは確かに少し可哀想な気がしまいますわね。圓様はその……色々と狡いですから」
「その狡い技術の恩恵を大なり小なり享受しているミレーユさんにだけは言われたくないねぇ」
腕組みをして偉そうに船を見上げるミレーユと、そんなミレーユにジト目を向けるアネモネ姿の圓。
そんな二人の後方にはミレーユを守るように護衛の兵団が立ち並び、ミレーユのほんの後ろには、すぐにでも前に出られるようにアモンが控えていた。その隣には銀縁の伊達メガネに紺のスカートスーツという出立ちですっかりアネモネの秘書のような風格を漂わせているソフィスの姿もある。
こちらは帯刀はせず一見すると非戦闘員のようにも見える……が、時空騎士の象徴たる『時空魔窮剣』や『時空魔窮腕輪』こそ装備していないもののソフィス本人の戦闘力は弛まぬ自己研鑽を経て既に多種族同盟内でも中位層の猛者に数えられるほどの成長を遂げているため、護衛としては十二分な戦力である。……まあ、そもそも圓は護衛が必要ではないくらい強いので、あまり関係のない話ではあるのだが。
◆
ミレーユを守るように並び立つ護衛の兵団やアモンを遠巻きに見ていたリオンナハトは、ルードヴァッハに声を掛けた。
「……やはり、圓様は海洋国マルタラッタに現れたか。……ルードヴァッハ殿、この状況をどう見る?」
「ミレーユ姫殿下によれば、これからミレーユ姫殿下達が向かわれる無人島には『這い寄る混沌の蛇』に関する何かしら……例えばオルレアン神教会で言うところの聖地のような場所があるのではないかと思われます。恐らく、臨時班が赴いた『諸島の地下遺跡のスクライブギルド』や地下都市ケイオスメガロポリスとも関係があるのでしょう。……もしかしたら、無数の島々が玄関口のような役割を果たしているのかも知れません。……そして、そこでは『這い寄る混沌の蛇』の邪神に纏わる何者かが待ち受けているのでしょう。……その際に圓様が助太刀に入ってくださるということであれば、自然と行動範囲もグラレア海の周辺に限られてきます。このタイミングで海洋国マルタラッタに現れたとなると、考えられる可能性は一つ。ティ=ア=マット一族はペドレリーア大陸では主に海洋国マルタラッタの人々に迫害されてきたという歴史があります。ラスパーツィ大陸の海洋都市レインフォールでも同様の扱いを受けていたようですが、こちらはタイダーラによって率いられて出ていった者達を除いて全員圓様の手によって解放され、今はビオラ商会合同会社の庇護下にいるようです。…….圓様は海洋都市レインフォールで行われたことと同様のことをなさろうとしていらっしゃるのではないでしょうか?」
「……概ね、俺の推理と同じだな。正直、何故、このタイミングで、という疑問もあるが、それ以外には考えられない」
「リオンナハト殿下の仰る通り、疑問もあります。……海洋国マルタラッタにとってティ=ア=マット一族は使い勝手の良い労働力です。それを素直に手放すとは思えない。……普通に交渉を行うとしても、夏休みの間に解決するような話ではないでしょう。況してや、多種族同盟は部外者と呼ばれても致し方のない立場で交渉の席に座ることになるでしょう。……タイダーラに率いられていた海賊達の動向は不明のままです。もしかしたら、圓様はこのタイミングで海賊達の襲撃を受けることを読んでいらっしゃるのか……もしくは、海洋国マルタラッタを脅して説得できるだけの切り札を用意しているのか、どちらの可能性もあり得ないと切り捨てることはできませんね」
「……なるほど、だからミレーユはルードヴァッハ殿をこの地に連れてきたのか?」
「それだけではありません。……寧ろ、リオンナハト殿下とお話をして、私に想像していたものとはまた別の役割を期待していたことに気づかされたのです。……圓様は世界の創造主、あの方はあらゆる情報を識っている立場から最適解を導き出し、その考えに基づいて活動をなさっています。シナリオによくも悪くも囚われないあの方のやり方は、場合によっては危険であることもあります。私はミレーユ様のいない間、ミレーユ様の代理としてその一部始終を確認し、必要であれば多種族同盟側として海洋国マルタラッタとの関係を取り持ち、万が一圓様のやり方が苛烈極まりなく、海洋国マルタラッタに甚大な被害をもたらす場合は海洋国マルタラッタ側に立って穏便な事態の収束へと向かわせる潤滑油の役割を果たす、そのようなことを求めていらっしゃるのかもしれません」
「……確かに、圓様の根幹には苛烈さがある。慈悲深さと残酷さ、その両方を兼ね備えたお方だからな。……ルードヴァッハ殿はミレーユの信頼する忠臣、だからこそ自分の動けないタイミングでルードヴァッハ殿に代理として動いてもらいたい、その気持ちは分からない訳ではないが、少々負担をかけ過ぎのように感じられる」
「いえ、そのようなことは。寧ろ、頼って頂けることはとても嬉しいことです。その期待に応えられるようにしっかりと為すべきことを成すつもりでいます」
「……ところで、話は変わるが、当初ルードヴァッハ殿が予想していた役割とはどのようなものなのだろうか? 差し支えなければ教えて頂きたいのだが」
「えぇ、勿論でございます。……。実はミレーユ様は、近いうちに大きな飢饉が大陸を襲うと、そのように予想しておられるのです」
「……飢饉?」
「はい。それも大陸全土を襲う、極めて深刻なものです」
「…………なるほどな。確かに荒唐無稽な話に思えるが、ミレーユが生徒会選挙で行った宣言……あの時の言葉を重ねると真実味が増す。ミレーユはその近い未来に起こる飢饉を見据えて行動していたのか。……しかし、何故、ミレーユは俺達に話してくれなかったのだろうか?」
「恐らく、確実性のない話だからでしょう。私とて、そのことには半信半疑だったのです。未来を見通すようなことが人間にできよう筈がない。だから、それは、帝国の食糧供給体制の不備を指摘するための比喩であると、そう思っていたのですが……。圓様によれば、大飢饉の正体は数百年のサイクルで発生する五年から十年程度の異常冷夏によるものだそうです。海面水温が高くなるエルニーニョ現象、その他複合要因によって起こることなので、全て重なる確率はかなり低いようですが、それでも、数百年のサイクルで必ず発生すると圓様は断言されていました。……そして、今年の夏は、とても涼しい」
「異世界の発達した文明の知識、この世界を創造した者故に知る情報……圓様にはそういった情報があるが、その答えにミレーユは自力で至ったというのか!?」
「まだ未来を見てきたと言われた方が納得もできる話ですが、限られた情報からも推理できない訳ではありません。聡明なミレーユ様だからこそ辿り着けたのでしょう。……飢饉を目前としているこの状況において、海洋国マルタラッタからの海産物の輸入は、極めて重要なものになる。しかし、この国との交渉を一手に握っているのは、グリーンダイアモンド公爵家です。その状況を姫殿下は危険視されている、そういうことなのだと私は理解しています」
「では、ルードヴァッハ殿は元々、ミレーユが海に出ている間にこの国の政府と交渉をされるつもりだったのか?」
「えぇ、できる限りのことはするつもりですが……。いずれにせよ、グリーンダイアモンド公爵家の協力を取り付けないことには交渉は容易ではないでしょう。そして、それが分からない姫殿下ではない。だからこそ、ミレーユ様、エメラルダ様の誘いに乗ったのでしょう。……と、当初はそう考えていたのですが、もしかしたら事態は私が想像しているよりも早く進行しているのかもしれませんね」
「……ルードヴァッハ殿、とても有意義な話ができて良かった。俺は、まだ彼女のことを見誤っていたようだ。そこまで民草のことを考えて動いていたとは……飢饉が起きた時の備蓄までは分かる。貧困地区への働きかけも見事としか言いようがなかった。しかし、フィリィス嬢の実家を使った海外からの輸送網の確立、学園都市計画による啓蒙活動、そこまでのことをしているとは思いもしなかった」
「バラバラに見えて、その行いは全て大陸を襲う飢饉への対抗策となっているのかもしれませんね。……そして圓様も、直接的な方法は避けながらミレーユ様への援護を行ってくださっています。スクルージ商会の一件で、ミレーユ様はスクルージ商会の協力を取り付けられただけでなく、他の五大商会に数えられる商会とも繋がりを持ちました。……状況は確実に良くはなっていると思います。それに、最終的には見かねた圓様が、ビオラ商会合同会社が助けてくれるという安心感もある訳ですが、それに甘える訳にはいきません。……ミレーユ様のご期待に応えられるように、最善を尽くして参ります」
「健闘を祈る、ルードヴァッハ殿」
お読みくださり、ありがとうございます。
よろしければ少しスクロールして頂き、『ブックマーク』をポチッと押して、広告下側にある『ポイント評価』【☆☆☆☆☆】で自由に応援いただけると幸いです! それが執筆の大きな大きな支えとなります。【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれたら嬉しいなぁ……(チラッ)
もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。
それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




