Act.9-473 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜真夏の海と緑の試練の開幕〜scene.1
<三人称全知視点>
ダイアモンド帝国の四大公爵家の親睦を図るためのお茶会――「四煌金剛会」。
最近は、すっかり参加者が減ってしまったこの会では、今日も一人、エメラルダが紅茶を啜っていた。
「あれ? 今日もサファルス君はお休みかい? それに、イエローダイアモンドの姫君もやっぱり欠席か……」
そこに現れたのは涼しい笑みを湛えたルヴィだった。部屋の中を見回して、肩を竦める。
「というか、今日もなんだか機嫌が悪いみたいだね、エメラルダ」
「別にそんなことはありませんわ。ええ、この私が機嫌が悪い? ありえませんことよ」
眉間に皺を寄せ、不機嫌そうにケーキを粉々になるまで解体しつつ紅茶を啜るエメラルダにルヴィが苦笑いを浮かべてエメラルダの前に座った。
「ああ、不味い。このお紅茶、どこのものかは知りませんけれどとっても不味いですわね……。次から仕入れ先は変えませんと」
「そう? とてもいい匂いだと思うけど……。で、さっきから何をそんなに不機嫌になってるんだい?」
「サファルスの奴、ミレーユ様と一緒に図書室で勉強なんてしてましたのよ?」
「テスト前だからね。生徒会の役員は一緒に勉強してたんじゃ……って、そんなことが聞きたいんじゃないか……」
まあ、実際は進級に響く期末テストを控えていたタイミングで、リズフィーナから「成績の良い生徒の試験結果を廊下に貼り出すキャンペーンをすると共に、主導する立場の自分達の姿を示す必要がある」という話を聞いてしまい、半分より下、最下層よりは上の位置というお世辞にも良いとは言えない成績を貼り出されないために、百点満点中十点というセントピュセル学院始まって以来の最低点を叩き出したミラーナと共に生徒会のメンバーを巻き込んで必死に図書館で勉強していただけなのだが……。
ちなみに、アモンの用意した的確なメモとライネによる睡眠学習法によって学年十五位というミレーユ史上初の大記録を記録することに成功した。
一方のミラーナは頑張ったものの結果は平均四十点――やはりこのままでは進級できないということで、夏休みの間、学園に残って勉強することになってしまったのであった。
廃墟と化した帝都に比べれば、この学園は楽園のようなもの――そのためミラーナはそれほど嫌がってはいなかったのだが……。
「全く、何を好き好んであんな連中とつるんでいるのやら……。しかも、平民やレイドールの小娘まで一緒でしたわ。あの憎っくきグラリオーサの姉妹はいなかったみたいですけど」
「ああ、あの人はこのところ忙しくしていたみたいだからね。それなのに、全教科満点叩き出しちゃうんなんて本当に流石だよねぇ」
エメラルダとルヴィが声に驚いて窓の外に視線を向けると、そこには神父服姿の青年の姿があった。
ちなみに、ここは二階である。足場になるものは何もないにも関わらず平然と空中に立っている神父を思わず二度見してしまう二人。
「こ、ここがどこか分かっていらっしゃるの! ダイアモンド帝国の四大公爵家のみが使うことを許された神聖なサロンですのよ!」
「ああ、もっちろん知っているとも。初めまして、僕はヨナタン=サンティエ。フォルトナって海を越えた国の公爵家の生まれだよ。まあ、訳あって家を出て神父になったんだけどね。さて、うふふふ、ルヴィ君だっけ? ――君は恋、してますね?」
口調こそ神父然としていたが、そこにはシューベルトを手玉に取る時のような少しだけ小馬鹿にしたような感情が込められていた。
しかし、ルヴィはそれに気づくことができない。たった一瞬で心の中をぐちゃぐちゃに掻き乱されてしまったからだ。
「なっ、ななな、な……そんな、こと……は」
「いいねぇ、うちの総隊長と違って初心な反応で、これはこれで楽しいなぁ。で、ええっと、相手は大柄の、男性でぇ〜」
「やっ、やや、やめてくれ!!」
「ここまでにしておこうかな? それでは、エメラルダ嬢とルヴィ嬢、悩みや懺悔したいことがあれば是非僕のところに来てね。いいかい、ジョナサンの方ではなく僕の方だよ?」
そう言い残してヨナタンは姿を消してしまった。
「な、なんだったのかしら? ……それで、ルヴィ、貴女が恋をしているって本当なの?」
「……」
「無言なのね。まあ、普段とは違う貴女が見れたから少し気持ちも晴れたわ」
「……そういえば、話は変わるけど、君の狙いは失敗だったみたいだね、エメラルダ」
「……強引に話を変えてきたわね」
ルヴィは何も無かった風を装い、自分の分のティーカップを持ち上げながら話を向けた。
「……狙い? はてさて、なんのことかしら?」
「ここでの話は他言無用が不文律……とはいえ、将来の政敵にそんなこと話さない、か」
「口にする必要もないことではなくって? それより、貴女の方は動きませんの? 何かやるようなこと言ってましたけど……」
「あはは、私はどうも裏工作って苦手だからね。正々堂々と姫殿下に挑む機会を待ってるんだけど……」
「あら、挑むだなんて勇ましい。殿方のように剣の勝負でも挑むおつもり?」
「私と姫殿下が剣で斬り結ぶのか、それはそれで楽しそうな気もするけどね。でも、手加減ができなさそうだからやめておくよ。うっかり姫殿下に怪我でもさせたら、我が公爵家と皇帝陛下とで戦が起きてしまう」
「……ちなみに、姫殿下と貴女の因縁に、その恋って関係あるのかしら? あの胡散臭い神父、絶対にタイミングを見計らって現れたよね」
「……………………。それより君の方はどうするんだい? 緑煌の姫君。まさか、学園都市の妨害失敗で諦めるわけじゃないんだろう?」
「……また強引に話を変えてきたわね。あら、妨害だなんて、私がそんな品のないことする筈がないではありませんの? ともあれこのまま黙っているのも業腹ですし、なんとかしたいものですけれど、ふむ……」
「まぁ、なんにしても、早いところ動いた方がいいんじゃないかな? もうすぐ夏休みだし。今年の夏は涼しいようだけどそれでも夏に色々やるのは面倒だろう?」
「ああ……そういえば、もう夏休みなんですのねぇ。ああ、嫌だ嫌だ。私、暑いの嫌いですわ。海にでも行って……海? 良いことを思いつきましたわ。これならば、ミレーユ様と一緒に遊べ……じゃない、ミレーユ様に恥をかかせることができる筈……。ふふふ、今から楽しみですわ、船遊び」
「……素直に夏休みに一緒に遊びに行きたいって、言えばいいのに……」
意地の悪い笑みを浮かべるエメラルダに、ルヴィは呆れ顔で首を振った。
……しかし、この時、内心浮かれ気分であったエメラルダは予想もしていなかった。
この思いつきがダイアモンド帝国の呪いと対峙することとなる最悪の夏休みの始まりであることを。
◆
「へっ? 船遊び、ですの?」
夏休みを間近に控えたその日、寮の部屋を訪ねてきた少女の話を聞いて、ミレーユは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
ミレーユが驚いたその理由はその少女――エメラルダの従者が持ってきたエメラルダの伝言にある。
「わたくしを船遊びに誘うというのですの? エメラルダさんが?」
「はい。エメラルダお嬢様は、毎年夏休みにグラレア海に船遊びに出かけております。非常に穏やかな海で、無数に存在する島々は最高の避暑地にございます。詳しくはこちらの招待状をご覧くださいませ」
従者の少女は伝えることだけを伝え終えると一礼してすぐにその場を後にした。
ミレーユは手の中に残された招待状を眺めて、思わず苦笑いを浮かべる。
「なんとも、エメラルダさんらしいですわね」
先日の学園都市計画への妨害行為などまるで無かったかのような態度に、ミレーユは怒るより先に笑いの方が出てきてしまった。
しかし、ミレーユにとっては苦笑いを浮かべるような話ではあっても、ライネにとっては許し難きことであったようで……。
「信じられません。ミレーユ様の邪魔をしながら、こんなこと言うなんてッ!」
「別に珍しいことではございませんわ。ライネ、そんなに怒ることではありませんわ。しかし、グラレア海……嫌な予感がしますわね」
ペドレリーア大陸とラスパーツィ大陸の中間に位置する無人島――この無数の島々が位置する海域こそ、グラレア海と呼ばれる海であった。
圓によれば、まだスクライブギルドのある島の調査は終わっておらず、夏の間も時空騎士を多数動員して行われるらしい。
「それに、圓様は試練が後三つあると仰っていましたわね。……緑の試練とはてっきり学院設立の妨害のことかも思っていましたけど、もしかしてこの夏、何かが起こってしまうのかしら?」
「もし、ミレーユ様のお考え通りなら尚更今回のお誘いはお断りするべきです」
「ライネ、気持ちはとても嬉しいですわ。……でも、わたくし、この話、断っては絶対に駄目だという予感が致しますの」
以前、ミレーユがすぐにでもラージャーム農業王国の問題を解決しようとした時に、圓はミレーユを制して四つの試練を攻略するのが先であると言った。
今のミレーユ一人の力では問題を解決できないが、四大公爵家の力を借りることができればラージャーム農業王国との関係改善が行えると圓は考えているのだろう。その根拠はやはり圓の有するゲームの知識にある。
『ダイアモンドプリンセス〜這い寄る蛇の邪教〜』という名のゲームのシナリオが異世界化に伴って絶対なものではなくなったとはいえ、何かしらのシナリオに抗おうとする力が働かない限りは有効である。
ミレーユ自身もわざわざその流れに抗って余計に面倒な状況にしたいとは思っていない。寧ろ、楽ができるのであればシナリオをそのままなぞるのも吝かではない……否、寧ろ全力でシナリオに従いたいと考えているくらいである。ミレーユはとにかく楽な方に流されたい水母のような姫様なのだ。
しかし、そうなるとエメラルダの提案に乗る以外の選択肢は無い訳で。
「それに、恐らくですけどグラレア海で起こる厄介ごととエメラルダさんは全く関係がない気がしますの。……そりゃ、なんとも思わないという訳ではございませんけれど……大したことではありませんわ」
前の時間軸でのエメラルダの人となりと照らし合わせてみると、恐らくこれは何か企んでいるのだろうが、『這い寄る混沌の蛇』と関わることかと問われると少し違うような気がした。
それに、ただ単に遊びたいだけという可能性も捨てきれない。
確率としては半々ぐらいだとミレーユは考えていた。
ただ、いずれにしろ素直についていくのは愚行というものだ。
例えエメラルダが罠が仕掛けていたとしても断るという道を選ぶことはできない。それに、エメラルダの用意した罠以上に、緑の試練と圓が呼称する何かが隠されている予感がする。寧ろそちらの方が遥かに厄介な可能性が高い。
ならば、こちらも対処できるだけの戦力を揃えておく必要があるだろう。
「とりあえず、生徒会メンバーに夏の予定を伝えておいた方が良さそうですわね」
翌日、ミレーユは念のために、生徒会のメンバーに夏の予定を伝えた。
その結果、全く思わぬところに影響が出ることになるのだが。
かくして、ミレーユにとって忘れられない夏が始まる。
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