Act.9-472 大商会時代の前日譚〜エナリオス海洋王国とカエルラ〜 scene.4
<三人称全知視点>
ビオラ商会合同会社への傘下入りを希望する漁師達の意思を上司であるモレッティに伝え、漁師達とビオラ商会合同会社の幹部達との間で交渉をして無事に傘下入りが決定した日の翌日、カエルラの姿はエナリオス海洋王国の海岸にあった。
既にエナリオス海洋王国国王であるバダヴァロートの依頼の半分を終えていたカエルラは残る半分の仕事を完遂するためにバダヴァロートに依頼して海岸に新商会設立を希望する漁師達を集めたのである。
「本日はお忙しい中、お集まりくださりありがとうございます」
カエルラが漁師達を集めたということで「良い返事がもらえるのではないか」と期待する漁師達の視線を受け、カエルラはほんの少し罪悪感に駆られた。
しかし、既に多くの協力者の助力を得て準備は全て整えられている。後は自分の考えが正しいと信じ抜いて駆け抜ける以外に道はない。
「皆様の希望されているものが、ビオラ商会合同会社の融資であることは理解しております。ですが、私は本当にそれで良いのかと思いました。ですので、ビオラ商会合同会社との間で一切、融資に関する話は進めておりません。これから私の話を聞き、それでも、というのであれば上司と相談の上、融資の話を正式に進めさせて頂きたいと思っております」
期待していた融資の話ではないと知り、明らかに落胆する漁師達。
その落胆はあまりにも大き過ぎるだったようで、「何故、それならばこの場に漁師達を集める必要があったのか」という疑問を持つに至った漁師の数は片手で数えられるほどしかいなかったようである。
「既にビオラ商会合同会社への傘下入りを希望する漁師の方々とビオラ商会合同会社の幹部の顔合わせは終わり、そちらの漁師の皆様はビオラ商会合同会社に入社しています。彼らもまたビオラ商会合同会社の力を借りる道を選んだ者達です。……皆様の自分達の手で新鮮な魚を届けたいという志は確かに立派です。ですが、それはビオラ商会合同会社の一員になることを選んだ皆様も同じではないでしょうか? 彼らはその最善の手段がビオラ商会合同会社を頼ることだと考えてビオラ商会合同会社に入社しました。では、皆様はどうでしょうか? 先立つものは必要……しかし、それをビオラ商会合同会社の融資に頼るなら、ビオラ商会合同会社に入社する道を選んだ漁師の皆様と何ら変わりません。では、仮に融資を受けて会社を設立したとして、輸送方法はどうなさるおつもりですか? まさか、ビオラ商会合同会社のインフラに頼ると仰られる訳ではありませんよね。ビオラ商会合同会社に依存して新商会を設立したとして、それは本当に皆様が理想とする新商会となるのか、私にはそれがずっと疑問でした。それは、ただのビオラ商会合同会社の傘下の商会と何ら変わらないのではありませんか?」
「……だが、ビオラ商会合同会社に頼る以外に方法はないではないか!! 手段もお金も持っているビオラ商会合同会社に頼らずして、理想を叶える方法はない。……カエルラ殿、そなたの考えは夢物語だ。現実を直視すれば、それが決して叶わぬものであることが分かる筈だ」
エナリオス海洋王国で最高齢のベテラン漁師としてその名を知られる老齢の魚人族の男――エスパドン=メデューズの言葉は諦めに染まっていた。
それは、高い理想を掲げながらも決してそれが叶わぬと知っている……否、信じこんでしまっているものの言葉であった。
「ビオラ商会合同会社に頼らない方法はあります。重要なのは、商会設立に必要な費用と輸送方法、この二つです。前者についてはこれから考える必要がありますが、後者については既に準備を進めています。私はエナリオス海洋王国で仕事を進める傍ら、ド=ワンド大洞窟王国とルヴェリオス共和国を訪問しました。その目的はあるものを再現する技術と技術者を得るためでした。ある物語に登場する銀河鉄道、それをモチーフとした陸海空、ありとあらゆる場所を走ることが可能な鉄道を作る研究を我々は進めています。この鉄道が完成すれば、新鮮な魚介類を運ぶことができるようになる筈です。いえ、魚介類だけではありません。恐らく、輸送という分野に革命が起こることになるでしょう。もし、皆様に新商会設立の意思があれば、ノーツガンド工房は惜しみなく技術を提供してくださると約束してくださいました。……より正確に言えば、新商会に加わりたいと仰っています」
「今のカエルラ殿の言葉、この我が保証しよう」
カエルラにとっては追い風に等しいその言葉と共に現れたのはディグランであった。
その側には何故かメアレイズとサーレの姿もある。
「ディグラン陛下……何故、陛下がこちらに!? それに、メアレイズ閣下とサーレ閣下まで……」
「我にも無関係な話ではないからな。この最後の関門の結果を直接この目で見たくなったのだ」
「ユミル自由同盟としても流石に見過ごせない話なのでございます! 来たる大商会時代、そのビッグウェーブに乗り遅れる訳にはいかないでございますからね!」
「メアレイズと同意見なのです」
「カエルラ殿の覚悟に敬意を表すると共に、希望溢れる新たな商会への投資として我も個人的に融資をしたいと考えている」
「メアレイズとサーレも新商会への投資のために来たでございます。……実は仕事が忙しくて給与が溜まっていく一方で、正直お金には全く困っていないのでございます」
「寧ろお金よりも休暇が欲しいのです」
「……まあ、正直に言えばユミル自由同盟もほんの少し恩恵が欲しいのです。支社の一つでも置いて少し税金を納めてくれたらなぁ、なんて下心もあるでございます。検討よろしくお願いするでございます」
「自国民の夢……それをカエルラ殿が東奔西走して叶えようとし、メアレイズ殿やサーレ殿、ディグラン陛下も融資を提案してくださっているのだ。エナリオス海洋王国の国王として何もしない訳には行かぬ! 我も個人的に融資をさせて頂こう!!」
メアレイズ、サーレ、ディグラン、バダヴァロートの四人が新商会への融資を提案したことで、残されていたもう一つの障害も完全に消え去ってしまった。
「これでもうビオラ商会合同会社を頼る必要はありません。……私のことは会社の末席に加えて頂ければ十分です。話を進めた時点で既にビオラ商会合同会社と袂を分つ決意はできています」
「いや、末席だなんてとんでもない。カエルラ殿、貴方様は我々の願いを叶えるために奔走してくださったのです。ここまでお膳立てされて断る理由はありません。よろしくお願いします、カエルラ殿」
エスパドンの言葉を皮切りにカエルラに賛同する声が海岸の各地から溢れることとなる。
海岸に集まった全ての漁師達がカエルラの提案に賛同したことで、新商会の設立が決定した。
発起人である犬人族のカエルラと、漁師を代表してエスパドン、そしてドワーフの職人であるジュードル――この三者を頂点に据えた三種族合同の新商会であるオーシャン・アンド・テクノロジーは後にアルヴヘイムインダストリアル、シーワスプ商会、魔族商業同盟機構に比肩する商会へと成長するのだが、それはまだ先の話である。
◆
オーシャン・アンド・テクノロジー社設立の翌日、カエルラはアネモネに事情を説明して辞表を提出した。
「……ちょっと気が早いんじゃないかな? まだ設立したばかりでしょう? 輸送技術も完成していない状態でビオラ商会合同会社を退社して本当に大丈夫? 会社が軌道に乗るまではビオラ商会合同会社を上手く利用した方がいいんじゃないかとボクは思うけどねぇ」
「流石にそのような厚顔無恥な真似はできませんよ。お気持ちは嬉しいですが、今が苦しい時期なのは私だけではありません。その中で私だけが良い思いをする訳にはいきませんよ。……ただ、流石に輸送技術が全くない状況では商売できませんからしばらくは空間移動の魔法門を使わせて頂きたいと思います。勿論、しっかりと利用料はお支払いしますのでご安心ください」
アネモネ姿の圓は「本当に君は義理堅いねぇ。もう少し肩の力を抜いた方がいいんじゃないかと思うけど」と言いつつカエルラの辞表を受け取った。
「君が本当にやりたいことを見つけられたこと、心から嬉しく思うよ」
「アネモネ会長は……圓様はこの未来を予測していたのですか? あるいは、こうなるように誘導したのですか?」
「いいや? まあ、シリェーニさんの方は思惑があったみたいだけど。でも彼女は結局、君を巻き込む道を選ばなかった。……なんとなくこういう未来になるんじゃないかとは予測していたけど、実際に選んだのは間違いなくカエルラさんだよ。……ただ、種明かしをすれば今回の件に何も関与していない訳ではないよ。昨日、メアレイズさんとサーレさんが来て驚いたでしょう? あの二人に近々新会社が設立されること、そして、ボクの超共感覚がその新会社が後に無視できないほど巨大な商会へと成長することを教えてあげたんだ。例え、ル・シアン商会の不況を買ったとしても彼らにベットするだけの価値があると、ねぇ」
「それは、とても心強い言葉ですね」
「ボクの見た未来が現実になることを祈っているよ」
◆
アネモネからエールを受け取ったカエルラは融資部門へと向かった。
短い間ではあったが、共に仕事をした仲間に挨拶をするためである。
カエルラがビオラ商会合同会社を辞めて新会社を設立するという話は事情を知っていたモレッティ以外の者達を大いに驚かせたが、最終的には多くの仲間達がカエルラの背中を押す言葉を送った。
恐らく、シリェーニが会社を辞める際にシリェーニに誹謗中傷が殺到したことが遠因にあるのだろう。
ビオラ商会合同会社に渦巻いていたシリェーニを非難する空気感はアネモネの逆鱗に触れ、彼女の口から全従業員にシリェーニの真意と覚悟が伝えられることとなった。
カエルラの目指す先がシリェーニと同じことを社内の誰もが知っているのだろう。だからこそ、その勇気を賞賛することがあっても誹謗中傷を口にすることはないのだ。
誤解されたまま誹謗中傷の言葉を掛けられてビオラ商会合同会社を後にしたシリェーニ、彼女のことを思うとカエルラの心が痛んだ。
「モレッティ殿、お世話になりました」
「カエルラ殿、次は良きライバルとして戦いたいものですね」
モレッティから掛けられた期待に少しだけ萎縮しつつもカエルラは融資部門の仲間達に一通り挨拶をし終えると、ビオラ商会合同会社を後にした。
お読みくださり、ありがとうございます。
よろしければ少しスクロールして頂き、『ブックマーク』をポチッと押して、広告下側にある『ポイント評価』【☆☆☆☆☆】で自由に応援いただけると幸いです! それが執筆の大きな大きな支えとなります。【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれたら嬉しいなぁ……(チラッ)
もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。
それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




