Act.9-468 大商会時代の前日譚〜オルゴーゥン魔族王国への訪問者〜 scene.3
<三人称全知視点>
「先日、我への謁見を希望する一人のエルフが魔王城を訪れた。多忙故に新聞に目を通していなかった我はその時気づかなかったが、その者はどうやら話題の中心にいる人物であったらしい。といっても、あまり評判が良い人物ではない。少なくとも、つい最近の行動で大きく評判を落としている。まあ、それはラインヴェルド陛下曰く大局を見据えることができない小物の評価、彼女にとっては心底どうでも良いことなのかもしれないが。……既にその名を知っている者が多いとは思うが、彼女の名はシリェーニ=エフロレスンス。かつて、エルフ族の最大の弱点であった卑金属アレルギーを克服するべく安価な特殊な合金――精鉄を開発した技術者であり、つい先日までビオラ商会合同会社の人事秘書課に所属していた者じゃ。そして、現在はビオラ商会合同会社への恩を仇で返すように新会社を設立して出ていった卑怯者という謗りを受けている人物でもある。……まあ、実際はアネモネ会長の理想を叶えるべく茨の道を歩むことを決意した真の報恩者と評するべき人物じゃが。さて、何故彼女がビオラ商会合同会社と決別するように新会社を興したかというと、それには現在の市場経済の状況が大きく関係している。既に感じている者も大勢いると思うが、現在はビオラ商会合同会社の一強体制になっておる。お主達もその強大さは身に染みて分かっているのではないか?」
アスカリッドの問いに参加した全ての商会長が心の中で頷いた。
ビオラ商会合同会社の強大さは誰もが身に染みて分かっていた。市場拡大には消極的なためそこまで被害が出ていないが、それでもビオラ商会合同会社の商品を求めてビオラ商会合同会社のある人間の国に足を運ぶ魔族は多い。
「その状況を誰よりも良く思っていないのは商会長であるアネモネ殿自身であるそうじゃ。あの方は市場が一つの企業によって独占され、停滞することを何よりも嫌っている。しかし、現実はビオラ商会合同会社に拮抗する勢力は現れず、ビオラ商会合同会社の力は増すばかり。そんな状況でも方針を変えない老舗の商会に憤りを覚えたシリェーニ殿が重い腰を上げた……それが、シリェーニ殿による新会社設立の真実じゃ。そして、シリェーニ殿は他にも自分達のようなビオラ商会合同会社に拮抗できそうな戦力を育てたいと考えて活動しているようじゃ。実際、我の元を訪れたのもビオラ商会合同会社に対抗できる戦力を用意して欲しいと懇願するためじゃった。……本当は我もシリェーニ殿の力になりたかったのじゃが、残念ながら引き受けるという選択肢を選ぶことはできなかった。そのようなこと、絶対に不可能だと分かっていたからじゃ」
集められた商会長達も、アスカリッドの話を聞いてシリェーニに協力したいという気持ちになった。
しかし、気持ちになっただけで行動に移すことはできない。その道がどれほど険しいかを誰もがありありと想像できたからだ。
仮にその険しい道を歩き続けてもその先に待っているものは破滅かもしれない。そのようなリスクしかない道を選ぶことなど利益を優先する商人という種族には選ぶことはできない。
アスカリッドが無茶な約束を結ばなくて良かったと安堵する一方、商会長達の中には何故、この場に自分達が集められたのかという問いが渦巻いた。
「……その後、ラインヴェルド陛下から話を聞いたのじゃが、どうやら我はとんでもない思い違いをしていたらしい。そもそも、本来の問いはビオラ商会合同会社と戦う道を選ぶか否かというものではなかったのじゃ。……正直、シリェーニ殿からはそのような話、一言も出てこなかったから頭の片隅にすら無かった考えだった。まあ、深読みすれば分かる話だったので、単に我が浅はかだったというだけなのじゃが。……近い将来、アネモネ会長の故郷の者達がこの世界と繋がりを持つ。その時、市場経済は大きく形を変えるだろう。本来、我らが考えるべきことはその時にどのような行動を取るかということだったのじゃ。つまり、今の形の商売を貫く現状維持の道か、新時代の経済――大商会時代の波に適応するかのいずれかを選ぶ時が来たということじゃな。勿論、完全に仕事が消える訳ではないだろう。しかし、今以上に商売が厳しくなるのは間違いない。それなら、まだ猶予が残されている今から対策を打つのが良いのではないかと我は思った。……魔王である以上、魔族の長として命令を下すことも可能だ。だが、我にその意思はない。これからどのような道を選ぶかはお主達次第じゃ。我は現状と自らの考えを伝えるためにこの場を設けた」
「……つまり、魔王陛下は我々が協力してビオラ商会合同会社や新たな商売の時代に対抗できる一つの商会を築き上げるべきだと、そう仰るのですか?」
魔国内でも有力商会として知られているヴライファレド商会の商会長であるアグネロ=ヴライファレドの問いに、アスカリッドは小さく首肯する。
「商会の規模もまた力。それはビオラ商会合同会社が証明している。シリェーニ殿の築いたアルヴヘイムインダストリアルは少数精鋭じゃが、必ずしも少数である必要もない。……同時に別に協力し合う必要もある訳ではない。個々で対策を練っていくという手もある。……そもそも、魔族だけに限定する話でもない」
「――ッ!? それは、亜人種族などとも協力せよということですか!?」
「……多種族同盟に加盟して亜人種族や人間に対する差別は否定されておる。これは、多種族同盟に加盟したオルゴーゥン魔族王国が決めたことじゃが、異論があるならば聞くとしよう」
「い、いえ……そのようなことは」
亜人に対する差別意識を見せた若い商人はアスカリッドに霸気の篭った視線を向けられ、気圧されてそれ以上の発言をすることはできなかった。
「まあ、我は魔族以外との連携は正直かなり難しいと考えている」
「それは、未だに根深い差別意識故でしょうか?」
「……そもそも、前提として本当に我らだけにその話が来ていると本気で思っておるのか? そんな保証はどこにもない。寧ろ、我ら以外にもシリェーニ殿が期待を寄せている勢力があると考えた方が自然じゃ。そのような者達が、わざわざ共闘を申し出てくるとは思えないし、況してや魔族の商会の傘下に下るとも思えない。それに、残念ながら我らがビオラ商会合同会社に対抗するための鍵を持っている訳でもないのじゃ。それよりも、もっと有意義な相手と組むことを選ぶじゃろう。この場合、もっとも人気が出そうなのはドワーフじゃが、あそこは技術の流出を嫌うからのぉ……我らが求めても協力してくれる可能性はかなり低そうじゃな」
「他の方々と同様でしょうね。……しかし、このままただ滅びを受け入れるつもりは微塵もありません。このアグネロ=ヴライファレド、ヴライファレド商会の存続と繁栄のために、手段を選ぶつもりはありません。それは、皆様も同様ではありませんが? 決して、商会を合併して一つの巨大な商会を作る必要はありません。しかし、現状ではこの先の時代に対応することもできません。ならば、個々の商会が協力し合える新たな組織を作り、その新たな商売の時代に対抗できるように協力して知恵を絞るというのはどうでしょうか?」
一つ一つの商会が個々に戦っていてはこの先の時代に対抗できない。
そのような不安を抱いていた者達にとって、アグネロの提案はまさに甘い蜜のようであった。
アグネロの提案は己が力だけで大商会時代に挑むことを決意した……というよりは、アグネロにいいように乗せられて最終的には強豪商会によって吸収合併されてしまうのではないかと危惧した六つの商会を除いた二百四十六の商会によって可決され、この日、新たなる魔族の商業互助機構である魔族商業同盟機構が成立することになる。
そして、この魔族商業同盟機構はその圧倒的な数の力で大商会時代にその名を轟かせることとなるのだが、それはまだ先のお話。
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