Act.9-467 大商会時代の前日譚〜オルゴーゥン魔族王国への訪問者〜 scene.2
<三人称全知視点>
シリェーニがアスカリッドに謁見を果たした日から三日後、アスカリッドは魔王城の会議室に全ての魔王軍幹部を集結させた。
その目的は、今後のオルゴーゥン魔族王国の方針を決定するためである。
三日前、シリェーニから懇願されたビオラ商会合同会社との敵対の道を選ぶか否かという選択をアスカリッドは未だできずにいた。
一つ選択肢を間違えればオルゴーゥン魔族王国は破滅の坂を転がり落ちるかもしれない。その恐怖から方針を決められずに居たアスカリッドは経験豊富な忠臣達――魔王軍幹部に意見を聞くことにしたのである。
「……我の記憶だと、魔王軍幹部はエイレィーン、ヴァイツァール、ハイゲイン、ランギルド、レイチェル、エドヴァルト、六花の七人。他に声を掛けたのはエリーザベトのみじゃ。……何故、当たり前のようにここにいるのじゃ? ブライトネス国王」
アスカリッドが冷たい視線を向ける先にいたのは、何故か当たり前のように会議室の椅子で寛いでいるラインヴェルドだった。
その手には欠餅の袋を抱えており、周りへの迷惑も気にせずぼりぼりぼりぼりと音を立てながら食べ続けている。
「俺のことはラインヴェルドって呼んでくれ。……ブライトネス国王って呼ばれるのは、なんというかな、イラつくんだ。お前も知っているよな、俺個人がどれほどブライトネス王国という国を恨んでいるか」
「勿論、知った上で呼称を選んでおる」
「昔は随分と純粋だったってのになぁ……フォトロズ大山脈で初めて会った時が懐かしいぜ。……見倣うところがいっぱいある奴だとは思うが、悪いところまで真似しなくてもいいと思うんだけどなぁ」
「では、圓殿にはラインヴェルド陛下が圓殿が性格が悪いと我に言っていたと伝えておくとしよう」
「まあ、親友も優しいし流石に許して……なさそうだな! おい、待て! それだけはやめてくれ!!」
心の底から怯えた表情でアスカリッドを必死に説得しようとするブライトネス王国の国王の姿を見て、この人が国王で本当に大丈夫なのかよ、と少しだけ心配になるエイレィーン以外の魔王軍幹部達だった。
なお、エイレィーンはラインヴェルドが一切の躊躇なくアスカリッドの腕を掴んでブンブンやっているのがよほど気に障ったらしく、青筋を立て、裏の武装闘気で作り出した槍を構えていた。勿論、戦って勝てる相手ではないことは分かりきっているので、無謀なエイレィーンを止めるべく他の魔王軍幹部が協力し、事なきを得ている。
「……それで、今日はサボりに来たのか? 我がもう少し強ければ鎖で縛って宰相殿のところに速達で送り届けるのじゃが」
「俺に対する扱いが酷くね! まあ、午前中に入っていた謁見はクソつまんないからサボったんだけどさ!!」
「よし、ダメ元で圓殿を呼ぶか! ラインヴェルド陛下が魔国で迷惑をかけていると伝えたら急いで駆けつけてくれるかもしれぬし」
「うん、アイツならやりかねないな! やめてくれると助かる!」
「では、圓殿に連絡を――」
「本当に性格悪いなぁ。……で、シリェーニ=エフロレスンスと会ってどうだったんだ?」
ラインヴェルドの口から飛び出した予想外の言葉にアスカリッドはスマートフォンを取り落としてしまった。
ちなみに、慌てたエイレィーンが神速闘気を纏い、床に落ちる寸前に拾ったのでスマートフォンにダメージはない。
「今回の魔王軍幹部の招集……目的は三日前に魔王城を訪問したエルフの技術者から何らかの提案を受けたからだろう? 俺は、その謁見の目的がビオラ商会合同会社に対抗できる新会社設立の依頼だったと睨んでいる」
「流石は面白いことに関しては地獄耳なラインヴェルド陛下というところじゃな」
「……まあ、大商会時代に関する話は完全に後手に回っちまっているんだけどなぁ。ちくしょう、クソ面白い話題で完全に除け者とか最悪だぜ」
「……大商会時代? なんじゃそれは」
「大商会時代ってのは俺が勝手に呼称しているだけだ。……しかしその様子だと雁首揃えて全く気づいていないみたいだなぁ。こんな会議開く時点で。魔王軍幹部といえば、魔族のエリートの集まりだろ? 少々買い被り過ぎたか?」
「……それは流石に聞き捨てなりませんね。……と言いたいところですが、そこまで仰られても皆目見当も付かないのは紛うことなき事実です。後学のために、是非、国王陛下のお考えをお聞かせ頂けないでしょうか?」
「ハイゲイン、そうやって真面目に言われると俺が悪いみたいな雰囲気になるじゃねぇか。……アスカリッド、お前の中での仮想敵はビオラ商会合同会社なんだろう? 少なくともシリェーニの話からそう読み取った、違うか? だが、もっとシリェーニの言葉の裏にあるものを読み解けば別のものが見えてくる筈だ。……お前らにとっても怨敵であるシャマシュ教国との戦いが間近に迫ってきている。学園の騒動とかつて誰も経験したことのない規模の大戦の方が先だろうが、そろそろ射程に入れなければならない時期に来ている。戦いに向けて準備を進めるのも重要だが、それと同じだけ勝った後にも目を向けるべきだと俺は思うぜ」
「……つまり、圓殿の故郷――虚像の地球との取引が可能になるということか」
「それに、最終的に虚像の地球が三十一番目のゲームとしてこの世界と統合されるのではないかという考えもある。そうなった時、百合薗グループや萬屋商会がライバル企業となるってことだ。だが、それだけじゃねぇ……この世界の技術水準は中世ヨーロッパと呼ばれるものと同格だと圓は認識しているみたいだが、圓の前世の世界はもっと遥かに技術が発達した世界だ。そんな世界の企業が全てライバルになる……その意味が分かるか?」
「文字通り、市場経済の形が大きく変わるということか」
「対応できない者は淘汰され、強者のみが残る弱肉強食の時代――それが大商会時代だ。ビオラ商会合同会社と戦うとか、そんなものは後で考えればいい。お前達が今、議論するべきなのはそんなことじゃねぇだろ? やり方を変えずにこのまま淘汰されるか、それとも時代に適応するために知恵を絞るか、そのいずれかだ。幸い、この世界には魔法や特殊技術、魔物といった圓の故郷にはないものが沢山ある。そういうものを活かせば勝機があるかもしれないが、それを最善手でやっているのがビオラ商会合同会社だ。まあ、あれと戦おうってのは無謀だな」
「……情報提供感謝する。どうやら、我は重大なものを見落としていたようじゃな。……ところで、良いのか? ブライトネス王国は」
「うちは自由にやっているからな、自国の商会に要請することはなく、個々の判断に委ねるつもりだ。まあ、俺は商会経営に関しては素人だしな」
「商会経営だけでなく国家運営もじゃろ? 全てアーネスト宰相閣下達に任せよって」
「ここにいるとアスカリッドからチクチク言葉が飛んできて精神ダメージが痛いから、俺はもういくぜ。じゃあな!」
ラインヴェルドはそう言い残して《蒼穹の門》を発動し、光の中へと消えていった。
◆
ビオラ商会合同会社と戦うか否か、という二択は会議に乱入したラインヴェルドからの情報提供により全く別種の二択へと修正されることとなった。
時代に適応するか、適応せずにそのままの商売を貫くか……その二択を選ぶ最終決定の権利を会議に参加した者達は有していない。
しかし、選ぶ権利はなくとも促す権利はアスカリッドにもあった。
そのため、アスカリッドは魔王の名の下に三日後、魔王城にオルゴーゥン魔族王国国内で活動する大商会から中小商会まで含めた約二百五十の商会の代表を全て招集した。
このような事例は前代未聞……一体これから何が起こるのかと謁見の間に集められた商会の長達が困惑していると、謁見の間に魔王軍幹部達を引き連れたアスカリッドが姿を見せた。
「本日は忙しい中、我の呼び掛けに応じてくれてありがとう。……正直、まだ魔王になって間もない身、軽んじられて誰も来ないのではないかと心配しておったのじゃが」
「そんなことないと思うわぁ〜。現にアスカリッドさんは自分のできることを精一杯頑張っているし、それは魔族のみんなも知っていると思うわぁ〜」
「エリーザベトにそう言ってもらえるのは嬉しいな。……まあ、中には我を軽んじている者もおるじゃろうが、今後の魔国内での活動をするに当たって次代の魔国を牽引する我に嫌われたくないという打算故に来た者も大勢いるじゃろうが。我はまだ勉強中で未熟な身……理解はできているがのぅ」
魔国は確かに力こそが全てという風土だが、亜人種族に区分される獣人族と同様にそれだけではない部分もある。
確かにアスカリッドは先代魔王オルレオスを倒して魔王の地位を手に入れた。しかし、アスカリッドの見た目は可憐な少女――その戦いの結果を不自然に思う者達も残念ながら国内には一定数いるらしい。
「まあ、大半は我を軽んじている云々より、何故自分達が呼ばれたのかという疑問を抱いている者達の方が多いだろう。実際、御用聞に魔王城を訪れる際は基本的に一対一、挨拶の機会があるパーティの場でもやはり一対一が基本じゃからな。……今回、我は魔国内の全ての商会をこの場に集めた。まあ、大多数は来てくれないのではないかと不安じゃったが、一先ず全ての商会が来てくれたので良いスタートダッシュを切れそうじゃな。では、何故この場に全ての商会を集める必要があったかというと、この場に全ての商会を集めて話さなければならないことがあるからじゃ。だが、話を聞いた上で実際に決定するのは個々の商会であり、我もお主達に何かを強制するつもりはない。それを踏まえて、我の話を聞き、各々が結論を出して欲しい」
アスカリッドの商会長達に向けた演説は、そのような前振りから始まった。
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