Act.9-466 大商会時代の前日譚〜オルゴーゥン魔族王国への訪問者〜 scene.1
<三人称全知視点>
「……何? 我を名指しで面会希望の客じゃと」
その日、久しぶりにオルゴーゥン魔族王国に戻り、執務室で書類仕事をしていたアスカリッドはエイレィーンから面会希望の来客の知らせを受けて困惑の表情を浮かべた。
「その者はエルフ族の女性のようです。アポイントはありませんでしたが、どうなさいますか?」
形だけはアスカリッドの意見を尊重しているが、エイレィーンの表情は不快感に染まっていた。
多種族同盟に加盟したことで人間族や亜人種族に対する差別は表向き消えた……が、それでも偏見や差別意識は残念ながらなかなか消えるものではない。
以前から生粋の魔族至上主義者であったエイレィーンも現在はアスカリッドの意思を尊重して差別意識を克服しようとしているが、無意識の領域にまで染みついてしまった差別意識はなかなか消えてはくれない。
まあ、それを抜きにしても訪問者のエルフの女性の行いは魔王を軽んじていると受け取られても致し方ないものではあるが。
「……まあ、多種族同盟ではよくあることだ。特にせっかちな性分の圓殿は先触れも無しに即日突撃することもままある。……しかし、エルフの女性か。名前は聞いているのか?」
「シリェーニ=エフロレスンスと名乗っておりました」
「……やはり、聞いたことがないな。だが、折角遥々オルゴーゥン魔族王国まで来てくれたのじゃ。流石にそのまま帰ってもらうのは申し訳ない。エイレィーン、謁見の準備をしてくれ」
「……よろしいのですか?」
エイレィーンは不服だったが、アスカリッドの決定であれば従う他ない。
執務室を後にしたエイレィーンは応接室に通されていたシリェーニを謁見の間へと案内した。
「ようこそ、オルゴーゥン魔族王国へ。シリェーニ=エフロレスンス殿だったな。楽にして良いぞ」
「勿体なきお言葉です。お初にお目にかかります、アスカリッド魔王陛下。私はシリェーニ=エフロレスンスと申します。まずは、アポイントもなく突然訪問する形となってしまい、申し訳ございませんでした。必要なことを面倒臭がって省いてしまうのは悪い癖ですね……上司の良いところを吸収できれば良いのですが、似てしまうのは駄目なところばかり。……決して魔王陛下を軽んじているとか、そういうことではありませんのでご理解頂けると助かります。偏に私の落ち度でございます」
「……せっかちな上司。……いや、まさかな。……シリェーニ殿、まさかと思うが、その上司というのは百合薗圓殿か?」
「はい……より正確には元上司ですけどね。私は数日前までビオラ商会合同会社の人事秘書課で秘書として働いていました。ですが、現在はビオラ商会合同会社を辞めて新たな会社を興し、その社長に就任しております。名乗るのが遅くなりましたが、アルヴヘイムインダストリアル社長のシリェーニと申します」
その言葉はアスカリッドだけでなくエイレィーンにもかなりの衝撃を与えたらしい。
エイレィーンも圓に対して思うところはあるが、ビオラ商会合同会社がかなりの優良物件であるかは理解していた。そのビオラ商会合同会社を辞したという言葉の意味をエイレィーンは一瞬、理解できなかったのだろう。
「……アスカリッド陛下、この者が嘘を言っている可能性も」
「分かっているじゃろ、エイレィーン。今の言葉に嘘はない。……正直、正気を疑いたくなる話じゃがな」
「驚かれるのも当然のことです。……私は緑霊の森が多種族同盟に加盟してすぐにビオラ商会に入社しました。社員の中ではかなり古株の方でした。その成長を社内からずっと見守ってきた人間の一人ですから、この選択がどれほど無謀かは理解しています。それに、私は圓様に多大な恩がありました。この独立は圓様の顔に泥を塗る行為と捉えられても致し方のないことです。アスカリッド陛下、陛下はエルフ族が卑金属を苦手としていることはご存知でしょうか?」
「……知識としては知っているが、最近その話は聞かないな」
「それは、卑金属の大部分がエルフ族にとって無害な合金で代用されるようになったからです。様々な合金が作られていますが、その最初の品である精鉄は圓様の支援を受けた研究チームが開発しました。その研究チームのリーダーを務めていたのが私です」
「……圓殿への恩義もあり、ビオラ商会合同会社の強大さも理解している。しかし、それでもビオラ商会合同会社に弓を引くような真似をした……正直、理解に苦しむな」
「私は特殊合金研究部門を解散した後、ずっと圓様に恩を返すことだけを考えて働いてきました。秘書の仕事を選んだのも、圓様のお力に少しでもなりたいからでした。しかし、秘書として働く私の中で、本当にこれで良いのかという問いがずっと渦巻いていました。もっと圓様のお力になれる方法があるのではないかと……その答えがアルヴヘイムインダストリアル社の設立です。圓様は寡占市場を何よりも嫌い、競争社会を好みます。一つの会社が市場を支配していれば、市場は停滞して新しいものは生まれなくなり、価格は高騰して消費者にとって辛い環境となります。……アスカリッド陛下も薄々気づいているのではありませんか? 三大商会などと呼ばれるものの、ビオラ商会合同会社は明らかに頭二つ分以上抜きん出ていることを」
「……だから、そなたは選んだということか。ビオラ商会合同会社と競い合う敵役――ライバルになるという道を。……それがどれほど過酷な道であるかを理解した上で」
シリェーニの意図することを知り、アスカリッドだけでなくエイレィーンまでもがシリェーニに尊敬の念を抱いた。
エイレィーンはアスカリッドの忠臣を自負し、そのためであれば命すら捧げる覚悟はある。しかし、それでもシリェーニと同じ選択をすることはきっとできないだろう。
ある種の狂気とすら思える報恩心……それが、美しくお淑やかな女性の裡でメラメラと燃え盛っている。その事実を知ってアスカリッドとエイレィーンは揃って戦慄を覚えた。
「……勿論、何も勝機がないのにビオラ商会合同会社を離れた訳ではありません。たった一点ですが、ビオラ商会合同会社に勝ることができると判断した切り札を手にしたからこそ、私はかつての仲間に働き掛けて独立をする決断をしたのです。本日は、我が社の切り札――魔物エレクトプラズマを搭載したスマートフォン、通称エレフォンをお持ちしました」
ビリビリと電気を発する見たことのない魔物がシリェーニの持っていたスマートフォンに飛び込んでいく。
そのスマートフォンをシリェーニはアスカリッドの方へと差し出した。
「……なるほど、確かにこれまでにない品じゃな」
『初めましてビリリ、よろしくビリ!』
「意思疎通ができるスマートフォンか。愛着も湧いて良いな。できれば、エリーザベトにも……いや、そうではなくてな。シリェーニ殿、今回、我の元を訪れたのはビオラ商会合同会社と戦うための支援を求めた故……ということで良いのだな?」
「エリーザベト様のことは勿論、存じております。勿論、エリーザベト様の分もご用意をしておりますよ。……アスカリッド陛下、残念ながら外れです。我々はオルゴーゥン魔族王国の支援を求めてこの地を訪問した訳ではございません。本社は翠光エルフ国家連合ヴァンヤール州に本社を置き、税金も翠光エルフ国家連合に収めますが、翠光エルフ国家連合の支援を受けることは考えておりませんわ」
「……まあ、同じエルフからの支援も拒否するのであれば、オルゴーゥン魔族王国に支援を求める理由もないか。じゃが、それなら何故……」
「それは、アスカリッド陛下、貴女様に作って頂きたいものがあるからです。――ビオラ商会合同会社に対抗できる商会を、このオルゴーゥン魔族王国に」
「……………………なっ、なんじゃと!?」
あまりの衝撃にアスカリッドの思考は完全に停止した。数秒の間を置いてようやく言葉の意味を理解したアスカリッドは衝撃のあまり絶叫する。
「そなた、正気か!?」
「完全に正気ですわ」
「いやいや、それならばオルゴーゥン魔族王国にアルヴヘイムインダストリアル社の支援をして欲しいとお願いされる方がまだマシな話じゃ!! そもそも、何故、オルゴーゥン魔族王国なのじゃ! もっとあるじゃろ、色々と」
「それは、魔族の皆様がまだ多種族同盟に入って間もないからです。実力が未知数だからともいいます。……そもそも、私は古参の商会を全く欠片も信用していません。何故なら、彼らは最も圓様の近くにいながら、早々に戦う意志を捨てたからです! マルゲッタ商会? ジリル商会? ル・シアン商会? あのような骨董品に価値などありはしない!!」
これまでの穏やかな表情が嘘のように激しい怒りを露わにするシリェーニに、アスカリッドは「ああ、ずっとシリェーニ殿は許せなかったのだな」と彼女の心のうちを察した。
競い合うべき位置にいながら、早々に戦う選択肢を捨てた古参の商会……圓の望みとは裏腹に肥大化していくビオラ……そんな光景を歯痒さを感じながらずっと見てきたからこそ、シリェーニは茨の道を歩む決意をしたのだろう。
「……すまなかった」
「申し訳ございません。取り乱してしまいました」
「じゃが、恐らく期待には応えられない」
「……それはどうでしょうか? 魔族は長きにわたって鎖国をしてきた。他国の商会に比べて確かに劣るところはあるでしょう。しかし、それは経験の少なさによるものです。寧ろ、私は未知な部分が大きいと思っています。……決して、ビオラ商会合同会社に全ての分野において勝つ必要はありませんし、そんなことは絶対にできません。たった一点でも良いのです。一つの分野でビオラ商会合同会社に勝る魔族の槍を、新たな商会を、どうか作ってください!」
シリェーニの心からの叫びに、アスカリッドはさてどうしたものかと頭を悩ませた。
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