Act.9-460 大商会時代の前日譚〜犬人族の商人カエルラ、ビオラ商会合同会社に入社する〜 scene.2
<一人称視点・カエルラ=犬弓=コバルティー=カニス>
翌日、ビオラ商会合同会社に出社した私は融資部門の統括長も兼任しているモレッティ殿の元を訪れた。
「アネモネ会長……圓様よりお話は伺っております。深謀遠慮に長ける圓様のお考えなど、私如きには到底分かりませんが、カエルラ殿にメモをお渡ししたのには何か深い理由があったのでしょう。ご指示通り、本日から貴方を融資部門で雇わせて頂きます。一応、上司となりますのでよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ル・シアン商会での仕事は営業と販売だった。といっても、多種族同盟加盟以前は新規の事業者と契約を結ぶことは稀だったため、営業の仕事をした経験は両手で数えられる程度しかない。
まあ、多種族同盟加盟以降は以降で、ビオラ商会合同会社という巨大な商会が根を張っている多種族同盟加盟国の中で商談を成功させることは難しかったので、加盟前も加盟後も実はそんなに状況は変わらなかったのだが。
ということで、私の主な仕事は緑霊の森、ユミル自由同盟、ド=ワンド大洞窟王国を馬車等で巡り、商品を販売したり、逆に商品を仕入れたりといった売買の中継役という表現が最も適切な立場だった。
そんな私にとって融資は全く未経験の領域だが、ル・シアン商会での仕事の経験が全く活かせないということもないだろう。
「アネモネ会長は前世において投資家として巨万の富を築きました。ビオラ商会合同会社においても、投資や融資は重要な仕事です。ビオラで取り扱う融資に関連する仕事は最終的に全てアネモネ会長を通すことになります。では、私達の仕事が不必要なものであるかというと、決してそうではありません。ビオラ商会合同会社には毎日かなりの数の融資の依頼が舞い込みます。それを全てアネモネ会長に確認して頂くというのはあまり現実的ではありません。……まあ、あの方ならやりかねないですか。我々の仕事は実際、融資を希望する者達の元へと赴き、内容を聞き取って融資が必要か不要かの判断をすることです。本当に融資が必要な人まで排除することなく適切に融資が必要な人を見極める篩、それが我々の役割なのです。……といってもいきなり仕事を任されても、どうすれば良いか分からないでしょう。まずは、同じ融資部門の先輩について仕事のノウハウを学んでください。そこで任せても大丈夫だと判断できれば、他の融資部門の社員と同様に一人で仕事を行って頂きます。……では、ジュラーキュル殿、入室してください」
モレッティ殿に呼ばれて部屋に入ってきたのは、人間族の青年だった。
「融資部門所属、ジュラーキュル=ジークレイです。本日から融資部門に所属するカエルラ=犬弓=コバルティー=カニス殿ですね。お話は伺っております。では早速参りましょうか? 詳しい仕事の内容は道中でご説明させて頂きます」
◆
ジュラーキュル殿と共に乗り込んだビオラ商会合同会社の馬車で向かった先はグラッファ子爵家の領地だった。
叙爵されたばかりの新興貴族であるグラッファ子爵はビオラ商会合同会社を頼り、支援を受けながら領地経営を行っているらしい。といっても金銭的なところではなく知識の面での援助であって、そういった仕事は領地経営アドバイザーの領域となる。我々に関わる仕事ではない。
我々融資部門の仕事とは、グラッファ子爵家の領地で商売をしているメイドンヘラ商店に関わるものだ。
元々は小規模な行商をしていたメイドンヘラという商店だったが、友人のアルヒム卿がグラッファ子爵を叙爵するにあたり、グラッファ子爵領に根を下ろすことにしたようだ。かなり交通の便が良い地域で、周囲には有力な貴族の領地もあるため、定住しても問題はないという考えだったのだろう。
だが、メイドンヘラ商店には店を建てるだけのお金が無かった。グラッファ子爵も叙爵されたばかりで様々なものを購入しなければならない。つまり、友人のメイドンヘラ商店にお金を貸せるだけの余力が無かった。
そこで、ビオラ商会合同会社に融資を求めたという状況のようだ。
ジュラーキュル殿はメイドンヘラ商店の社長を務めるエドゥワン殿から必要事項を聞き取っていった。
エドゥワン殿には、融資を行うか否かを決める事前調査と伝えていたが、実際には質問に対する反応や表情から内面を探ることの方が重要らしい。
最も警戒しなければならないのは、ビオラ商会合同会社に詐欺を働こうとする輩で、融資に託けてビオラ商会合同会社からお金を騙し取ろうとする輩は事前に見極めて弾かなければならない。それが、我々融資部門の役割であり、同時に存在価値でもある。
一通り質問を終えたところで調査は終了となった。ジュラーキュル殿は後日ビオラ商会合同会社の本社に足を運んでもらいたいと伝えていたので、どうやらエドゥワン殿やメイドンヘラ商店にビオラ商会合同会社を騙す意図はないと判断されたようだ。
「どうだったかい? 新人君」
「なかなか大変な仕事ですね。あの短い時間で相手に悟られずに観察し、ビオラ商会合同会社を騙す意図がないか探らないといけないとは」
「……そう難しい仕事でもないさ。勿論、最初は人間の本質なんて見抜けなかったし、私にもそんな素質は無かった。微塵もね。だから、見気を必死で習得して誤魔化している。でも、君は商人だ。商人とは目利きの達人だろう? 商品となる品物の価値を見極め、それを最も高く販売する方法を見極め、販売する。本質を見抜く目が無ければできる仕事はない。素人である私が言うことではないと思うけどね、君なら少なくとも私以上の融資部門の社員になることはできるだろう。まあ、モレッティ統括長に勝つのは流石に厳しいだろうけどね」
ジュラーキュル殿はそう謙遜していたが、そもそも見気自体が並大抵の努力では習得できない技術だ。多種族同盟の有力者達は簡単に習得して使いこなしているため、簡単に習得できるように錯覚してしまうが、私が試しても結局習得することはできなかった。
ビオラ商会合同会社の強大さは理解していたつもりだが、改めてビオラ商会合同会社の層の厚さを実感した一日だった。
◆
「相席してもよろしいでしょうか?」
ジュラーキュル先輩(同じ部門の先輩に殿とつけるのもおかしいので、先輩と呼ぶことにした。ちなみに、モレッティ殿のことは今後、モレッティ統括長と呼称しようと思っている)と通算三件目の融資を終えてビオラ商会合同会社の本社に戻ってきた私は、ビオラ商会合同会社に入っている食堂でかなり遅めの昼食を摂ることにした。
本日は時間の関係で昼食が取れなかった。家に帰れば妻と娘が待っていてくれて、温かい食事を用意してくれるが、流石にそこまでもちそうにない。
この食堂はビオラ商会合同会社の社員であれば、なんと半額で食事をすることができる。福利厚生の一環でビオラ商会合同会社が半額分を出してくれるようだ。
幹部の一人であるペチカ殿のもとで修行した腕利きの料理人が腕を振るっているようで、他の料理店に引けを取らない料理が揃っている。
様々な部署の人間が一堂に会する場所だからか、料理のレパートリーが豊富なだけでなく、食事の量も事細かく注文することができるようだ。更にはシェフとの距離感も近く、料理人達と友好関係を築けば多少のことであれば要望や無茶を聞いてもらうことができる。
アネモネ会長はこの食堂を「大衆食堂みたいなお店だねぇ」と評していたようだ。常連客の要望を聞き、メニューにはない品を提供する……そういったお店は私の知る限りこの世界にはないが、アネモネ会長の前世にはきっと存在していたのだろう。
私に相席を提案したのはビオラ商会合同会社人事部人事秘書課のシリェーニ=エフロレスンス殿だった。
私にとっては、ビオラ商会合同会社の本社を初めて訪れた私を案内してくれた親切な人だが、彼女にとっては業務の一環だったのだろう。……そう思っていたのだが、私のことを覚えていたとは少しだけ意外だった。
決して彼女の記憶力を疑っている訳でもない。私が本社を初めて訪れてからまだ一週間も経っていない。
しかし、ビオラ商会合同会社にはそれこそ沢山の来客が来る。それを一々覚えておくのは人の顔を覚える仕事である商人にもなかなか難しいことだと思う。
夕飯時で、食堂はかなり混んでいた。咳も少なく、見知った顔があったので相席を希望したといったところか?
ちなみに、美人揃いと噂の秘書課でもシリェーニ殿はかなり人気が高いそうだ。特に独身の男性社員の中には彼女と恋仲になることを狙っている者がいるとかいないとか、そういった噂もあるらしい。少なくとも、ジュラーキュル先輩はシリェーニ殿を狙っているようだ。
彼女は不思議な経歴の持ち主らしい。元々は技術者畑の出身で、そこから秘書課に移動して現在に至るそうだ。
素晴らしい研究成果を出していた特殊合金研究部門の統括長を務めていた彼女が何故、秘書課に異動することになったのか。そもそも、何故、特殊合金研究部門が絶頂期と言える時期に解散されたのか私には分からない。
そして、恐らく深く立ち入るべき話でもないのだろう。
食堂の男性社員達の一部(女性もいたかもしれない)から嫉妬と羨望が混ざった視線を向けられて少し気分が落ち込んだが、流石にここで断るのも申し訳ない。
断る理由もないので、私はシリェーニ殿の求めに応じた。
「融資部門でのお仕事はどうですか?」
「ジュラーキュル先輩に教わりながら少しずつ学んでいるところです。正直、まだまだ先は長いですね」
「これまでされてきた仕事と全く同じ仕事ではありませんし、仮に同じような部署でもビオラと前職ではやり方も違うでしょう。ですが、頑張っていらっしゃることは伝わってきます。その努力がいつか花開き、素晴らしい果実を実らせることを私も陰ながら祈らせて頂きます」
「……ところで、シリェーニ殿は元々技術者だったとお聞きしています。何故、秘書課に異動したのですか?」
ずっと気になっている疑問を私が尋ねると、シリェーニ殿の表情が一瞬真剣味を帯びた。
しかし、すぐに花のような微笑を浮かべると、その答えを教えてくれた。
「私はある願いを叶えたくてビオラ商会に入りました。アネモネ会長の、圓様の援助を得て、願いを叶えるために研究を続けました。仲間にも恵まれ、その願いは叶いました。当時、そのまま統括長を務めて研究を続ける選択もありましたが、私にはもう十分過ぎました。これまで圓様に頂いた恩を返したい。そのために何ができるかと考え、私は圓様のことを直接お助けできる秘書を志したのです。その後、役目を終えた特殊合金研究部門は自然消滅しました。メンバーもビオラ内で散り散りになっています。……少し寂しいですが、それでも良かったと私は思っていたのです」
彼女もまたアネモネ会長によって救われた人なのだろう。そして、その恩に報いるために生きている。
それが、とてもよく分かった。
食事を終えた私はまだ食事を続けているシリェーニ殿に挨拶をして食堂を後にした。私の大切な家族の元に戻るために。
まさか、これが社内でシリェーニ殿と交わす最後の会話になるとは夢にも思わず……。
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