Act.9-459 大商会時代の前日譚〜犬人族の商人カエルラ、ビオラ商会合同会社に入社する〜 scene.1
<一人称視点・アネモネ・ドゥンケルヴァルト・ライヘンバッハ・ザール・ウォルザッハ・インヴェルザード・ジードラバイル・ヒューレイツ・グラリオーサ・ビオラ=マラキア・クレセントムーン・レインフォール>
オルタンス嬢が希望した視察も無事に終わった。最初は館近辺だけだったけど、それから少しずつ範囲を広げ、最終的にはファンデッド伯爵領の主要な街は一通り回るという大規模なものになってしまったけどねぇ。
そのおかげで、領民達もオルタンス嬢の顔を知れたし、良かったんじゃないかな? 勿論、便乗させてもらったボクも良いお話ができたよ。ファンデッド伯爵領の職人さん達とも話ができたし、結婚式に向けた技術提供も受け入れてもらえることになった。時間は長いようで短い……ここから互いに頑張っていかないとねぇ。
……プライドの高い職人達が、あっさりとボクの話を聞いて技術提供を受け入れてくれたのは少し意外だった。まあ、交渉が難航するよりは良いことか。
さて、シーワスプ商会と港湾国セントエルモの使節団派遣が間近に迫ってきた。
話し合いの結果、両使節団は同日にビオラ商会合同会社警備部門警備企画課諜報工作局――諜報部隊フルール・ド・アンブラルの諜報員達の力でブライトネス王国にあるビオラ商会合同会社の本社に転移することになった。その後はそれぞれが決めたルートで視察を行うらしい。まあ、彼らが求めれば必要に応じて手配するけど、基本的には使節団のメンバーが自分の力で交渉することになるだろう。流石にそれ以上助力するのはお節介が過ぎるからねぇ。
緑の試練の開始日も近づいてきた。近々また忙しくなりそうだけど、流石にシーワスプ商会と港湾国セントエルモの使節団が来るまでは暇になるんじゃないか……そう思っていたんだけどねぇ。
「圓様、先程お客様がいらっしゃるという先触れを頂きました。予定外のお客様で、事前のアポイントもつい先程届いたものですが、いかがなさいますか? 面会希望者はカエルラ=犬弓=コバルティー=カニス様です」
ボクに訪問者を伝えたモレッティは少し不快そうな顔をしながら訪問者の名前を口にした。まあ、ほとんど面識のない相手が訪問する直前に先触れを送ってきたんだからねぇ。
その様子だと断られるとは微塵も思っていないのだろう。完全にボクという存在を舐め切っているに等しい態度だ。
まあ、受けるんだけどねぇ。別に面会に応じない理由もないし、礼儀を逸しているなんているしょうもない理由で断るほど、ボクも器は小さくないしねぇ。
「この後って面会は特に入ってなかったでしょう? とりあえず応じることにするよ。書類仕事溜まっているけど、最悪三千世界の烏を殺せばいいだけだし、平気平気!」
「んな訳ないでしょ! 圓様、休憩も大切です。ゆっくりと休んで身体を休めてください!」
「……モレッティさんだけには言われたくないねぇ」
うちの会社の幹部って揃いも揃ってブラック企業の社員みたいだなぁ、と他人事のように思いました。
◆
<一人称視点・カエルラ=犬弓=コバルティー=カニス>
「アネモネ会長への面会を希望されたカエルラ様ですね。本日はようこそお越しくださいました。ビオラ商会合同会社人事部人事秘書課のシリェーニ=エフロレスンスと申します。本日は案内役を務めさせて頂くことになりましたので、よろしくお願いします」
正直、分が悪い賭けだった。真っ当な方法では確実性がなく、確実に望む結果を得るためにはアネモネ会長に直接会う必要があった。
無礼な方法であったことは承知している。だが、既に私達はアネモネ会長に礼儀を欠く行為を散々してきた。これ以上、心証が悪くなることもないだろうし、もし面会をしてもらえないのであれば、それはそれまでのことだ。
結果として、その賭けに私は勝った……のだと思う。
私を出迎えたエルフの女性は、少なくとも私に嫌悪の感情を向けてはいなかった。それだけでも、これからの交渉に希望を見出すことができる。
「アネモネ会長、お客様をお連れしました」
「シリェーニさん、ありがとう」
アネモネ会長は自ら扉を開けて会長の執務室へと案内をしてくれた。その上、紅茶まで淹れてくださった。……少なくとも、交渉の余地が欠片もないという訳ではないらしい。
「久しぶりだね、カエルラさん。ル・シアン商会の社員がボクのもとを訪ねてくるなんて珍しいねぇ」
「いえ、今の私はただのカエルラです。ル・シアン商会は既に退社しました」
アネモネ会長は私の言葉に少しだけ驚き、何か思い当たることがあったのか、「へぇ、随分と君も大胆なことをしたんだねぇ」と仰った。
「アネモネ会長もご存知だと思いますが、犬人族は獣人族の中でも弱い部類に属します。戦闘力こそが全てだった獣人族の中で覇権を握ること、我々犬人族には到底できません。自らの立ち位置を承知してきた我らの祖先は戦いとは違う別の方法で獣人族の中で立場を築こうと考え、ある商会を設立します。それが現在まで続くル・シアン商会です」
ドワーフやエルフ、他の亜人種族と獣人族を繋ぐ橋渡し役。その仕事は決して楽なものではなかった。
彼らの信頼を勝ち取るまでに我々の祖先はかなりの時間と労力を費やすことになった。それに、犬人族独自の交易ルートができてからも魔物による危険や人間に狙われる可能性もあって決して楽な仕事では無かった。
他の獣人族にとって我々犬人族は自分達に都合が良い存在だったのだと思う。危険を冒して交易を行い、ユミル自由同盟に富をもたらす存在。
我々はその見返りとしてユミル自由同盟での一定の地位と富を得たが、獣人族の多くは戦いの道を捨てて交易商として生計を立てる我らのことを奇妙な存在として認識し、時には見下していたのだと思う。
「犬人族にとって、ル・シアン商会に所属して生きる以外の道はありません。私達はそれ以外の生き方を知らないのです。力のない犬人族ではユミル自由同盟の長に、獣王になることはできない。商人として生きるとしても、既に歴史と伝統のあるル・シアン商会が存在しています。ル・シアン商会に断りもなく新たな商会を立ち上げればどうなるか、火を見るより明らかです。……いえ、そもそも、新たな商会を立ち上げるなどと考えることすらありません。少なくとも、あの日、アネモネ会長にお手紙を頂くまでは、そのような生き方を想像することすらできませんでした」
「もし、会長に嫌われて解雇されたらビオラ商会合同会社の面接を受けると良いよ。君をル・シアン商会以上の待遇でビオラ商会合同会社に迎える準備があるからねぇ」……恐らく、アネモネ会長も冗談のつもりでメモを残したのだろう。
しかし、私にとってこの言葉は天啓にも等しいものだった。そのような生き方、考えたことすら無かったのだ。
「私はル・シアン商会を辞めました。今更頭を下げたところで商会には戻れません。私には妻子がいますが、このままでは飢えて死んでしまいます。……アネモネ会長、どうか私をビオラ商会合同会社で雇って頂けないでしょうか?」
「はははっ、なかなか面白いことを言う。つまり、それって雇わないと私達は飢えてしまう、っていう脅迫でしょう?」
「……妻も娘も納得して、ついてきてくれると言ってくれました」
「本当に素晴らしい家族に恵まれているねぇ。……普通の商人であれば、メリットがないと切り捨てるだろう。でも、ボクにそれはできない。そこまで承知の上で自分達を人質に雇い入れを求めるか。なかなかの胆力だ、気に入った! それに、冗談とはいえボクが切っ掛けだからねぇ。責任は取らないと。……ふむ、どうしたものか」
「……私のこと、雇って頂けるのでしょうか?」
「ああ、待って。今、どこに配属させるか考えているから。……よし、カエルラ=犬弓=コバルティー=カニス君。君を我が社の融資部門に配属しよう。詳しい話はモレッティさんからしてもらうよ。とりあえず、明日また本社に来てもらっていいかな?」
「畏まりました」
……駄目元でアネモネ会長の元を訪れたが、何とか採用を勝ち取ることはできた。
後は私が融資部門で頑張るだけだ。私を信じてついてきた妻と娘のためにも、絶対に失敗することはできない。
「……あっ、ちょっと待って。一つだけ言い忘れていたことがあった。……その選択で本当に後悔しない?」
「……どういうことでしょうか?」
退出しようとする私に、アネモネ会長はそう問いかけた。一体どういうことだろうか? ル・シアン商会を辞めたことも、ビオラ商会合同会社に入社することも私が望んで選択したものだ。そこに後悔はない。
「別にル・シアン商会を辞めることが間違った選択肢であったというつもりはないよ。その選択が正しかったかどうかは未来の君が決めることだ。ただ、一つだけ約束して欲しい。もし、君がこれからビオラ商会合同会社で働く中で本当にやりたいことを見つけた時にはボク達に遠慮なくその道を選んで欲しい。ビオラ商会合同会社は君のことを心から歓迎するけど、君を束縛するつもりはないってことだ。自由に生きなよ、犬人族の商人さん」
まるで先の未来を見通すかのような瞳を向け、アネモネ会長が言い放った言葉が私の耳にこびりついて離れなくなった。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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