Act.9-456 ファンデッド伯爵領にて〜ファンデッド伯爵家とルーセント伯爵家の顔合わせ〜 scene.17
<一人称視点・アルマ=ファンデッド>
料理人補佐の正体は真月様でした。ただの味見係かと思いきや、実際に圓様の料理の補佐をしていたようです。
必要な野菜のカット、肉の下拵え、必要な調理器具の準備……仕事の内容は地味かもしれませんが、圓様の欲するタイミングで適切に作業を終えてパスを回せるというのはなかなかできることではありません。
それに、料理とは総合芸術です。圓様クラスともなれば、一欠片の失敗も大きく響きます。
あの神の舌を持つ圓様が腕を振るう最高の舞台で料理人補佐を任されているというのは相当凄いことなのです。……それって、下準備という一点に限れば並の料理人よりも腕が立つということですからね。
正直、聞き及んでいた噂から真月様は莫迦狼だと思っていましたが、やはり圓様の使い魔、只者では無かったということですね。
「最初の料理――突き出しを運び終わる前に、皆様に一人ご紹介させて頂きたい方がいます。彼女の存在はダブル結婚式のプランの構築にも関わってくると思われますが、皆様、今この場に通してもよろしいでしょうか?」
「ファンデッド伯爵家としては構いませんが」
「圓殿の友人であるならば、私にも断る理由はないな」
「……うーん」
「どうしたんだ? クソ兄上」
「ナチュラルにクソ兄上って酷くねぇか!? いや、別に俺にも断る理由はねぇし、なんなら圓が誰を連れてきているのかまで推測はできているんだが、何故それが結婚式の話に結びつくのかさっぱり分かんねぇんだ」
「ラインヴェルド様、それは圓様がご説明してくださるのではありませんか?」
「カルナ、分かってねぇな。それだと、俺が圓に負けたみたいじゃねぇか!!」
「圓様、この莫迦息子のことは気にせずどうぞお呼びなさって」
「では、王太后様を含め皆様の許可も頂けたことですし、レイチェルシーナ、入ってきてください」
圓様の呼び掛けに応じて部屋に入ってきたのは絶世の美女でした。まさに、この世の人とは思えない……絶世という言葉が相応しい美しさを備えた女性ですね。
そのあまりの美しさに案の定お父様が魅了され……満面の笑みのお義母に腕を抓られています。
『皆様、お初にお目にかかりますわ。私はレイチェルシーナ・ξ・ラビュリントと申します。この度、ファンデッド伯爵領に出現した【クサイの深淵迷宮】にて最下層フロアを守護するフロアボス及び迷宮全体を統括する迷宮統括者をしております』
つまり、この方が本来ファンデッド伯爵領に厄災――魔物の大襲来を引き起こす筈だった魔物達の元締めということですか。
『といっても、現在の私は圓様の従魔です。迷宮を無害化したいという圓様の要請を受け、現在の迷宮は魔物が迷宮外部に漏れ出ないように調整を行っています。迷宮に立ち入らない限り、ファンデッド伯爵領の皆様に危害は加えませんので、そこはご安心ください』
「つまり、魔物の大襲来の危険性は消えたということですね」
『アルマ様でしたね。ご理解が早くて助かります。財宝を求めて迷宮に踏み込んだ領軍や騎士、冒険者には手心を加えるつもりはありません。……ただし、今後の迷宮においての私は最下層に到達した場合に迷宮踏破者に迷宮攻略の報酬、つまりドロップアイテムをお渡しすることのみを仕事としているため、最下層に到達しても私と戦うことはできません。迷宮統括者を味方にできるのは、迷宮を最初に踏破した者の特権であると思ってください』
「さて、ここで具体的な話に入る前に前提となる知識をお話ししておきたい。余程熱心に法律を学んでいる者か、情勢の変化に敏感な者、或いはその場に居合わせた当事者くらいしか知らないことだと思うけど、つい先日、多種族同盟加盟国の中である国際法が採択された。その国際法は、既に踏破された迷宮をどのように扱うかというものだ。迷宮とは魔物の巣窟、危険な場所だが、同時に莫大な財宝が眠る場所でもある。大襲来という災厄が生じる危険性が消えた場合、それは莫大な富を生み出す装置と化す。勿論、迷宮の難易度が落ちる訳ではないから、迷宮の内部が危険なことには変わりないのだけどねぇ。そうなると、やはり利権っていうものが生じてくる。仮に迷宮を国家の所有物とした場合、当然、その迷宮を管理する義務も生じる。そもそも、迷宮が出現してから無害化されるに至るまで迷宮の出現した地域では魔物の恐怖に脅かされてきた。それが急に無害化されたから国の所有物ね、と言われても納得がいかないでしょう? そこで、迷宮もその領地を所有する貴族の所有物という扱いになった。勿論、領地に付随するもの、宝石や貴金属が採掘される鉱山などと似たような扱いだから領地が何らかの理由で剥奪されるような状況になれば、迷宮の利権も消滅するんだけどねぇ。エナリオス海洋王国のように国で迷宮を管理している場合もあるのだけど、ほとんどは迷宮の存在している地域を治める領主が迷宮の責任者となる。そして、迷宮に挑戦するためにはその迷宮が所在している地域の責任者に迷宮挑戦料を支払うことが国際法の施行と同時に義務化された。基本的には年契約で、例えばある国が迷宮の探索のために国家が騎士団を派遣する場合はその大元である国家が、冒険者が挑戦する場合はその大元たる冒険者ギルドが支払うことになる。……というか、冒険者ギルドはデフォルトで、必要に応じて騎士団の派兵を希望する国家が支払うという形だねぇ。そして、冒険者登録をしていない場合は個別に迷宮の責任者と契約を結ぶことになる。その契約を結ばない場合、国際法違反で処罰の対象になるからねぇ。迷宮という収益がある故に国に納める税金は増えるけど、それを踏まえても余りあるリターンが期待できると思うよ。まあ、最大の利点は自領故に制約無しに迷宮に挑めるという点だけどねぇ。迷宮を攻略できるほどの戦力を抱えていたら財宝を手に入れて好きなだけ領地を富ませることができる」
確かに、迷宮の生み出す利益は莫大です。ただ、それを十全に利用するには「少なくともヴァルムト宮中伯家が保有する戦力以上の力が必要」という無理難題がついてきますが。
圓様曰く、同じように迷宮が出現したヴァルムト宮中伯家ですらその莫大な富を手に入れられる立場を十全に活かしきれていないようですね。じゃあ、弱小なファンデッド伯爵家に何ができるかという話になるのですが。
「ちなみにボクは冒険者とは別会計。迷宮統括者までもらっちゃっているから、遡って各迷宮の責任者にはそれに見合った料金を今年分の迷宮使用料と共に払っているよ。ファンデッド伯爵メレク殿、後ほどそちらはお支払いさせてもらうよ。それと、冒険者ギルドの本部までご足労頂きたい。勿論、ボクが空間魔法で転移させてあげるから、そう身構えることではないよ」
「よっ、よろしくお願いします!」
ちなみに、この国際法に関しては冒険者ギルドや各国と連携して多方向から広めていくつもりのようですね。
いずれにしても、温泉くらいしか見所が無かったファンデッド領に目玉スポットができたのはとても大きいことだと思います。
『本日はお近づきの印とお詫びの品を兼ねてこちらをお持ち致しました』
そうして、レイチェルシーナ様がメレクに差し出したのは見たこともないほど美しい布でした。
いえ……そういえば、これと同等のものを見たことがありました。あれは、姫殿下の誕生パーティを間近に控えた日、離宮でドレスの採寸を受けた私は圓様が幻想級と呼ばれる特別なドレスを解き、新たなドレスを作って王太后様にお渡しする姿を目撃しました。
あのドレスは、今、レイチェルシーナ様がメレクに手渡した布と同等の輝きを放っています。
「これは……」
『我が【クサイの深淵迷宮】の階層主、大悪魔脚蜘蛛から1/255の確率でドロップする『天衣無縫の絹布』という幻想級の素材アイテムですわ。迷宮攻略の際にはドロップしなかったため、圓様が大悪魔脚蜘蛛を一万匹ほど狩って入手致しました』
「……それほど高価な品を六つも、流石に受け取れません」
困った表情のメレクが助け舟を求めて私に視線を向けますが、私にだって無理です! というか、1/255の確率ってどんなレアアイテムですか!?
「大悪魔脚蜘蛛は現在、【クサイの深淵迷宮】でのみ存在が確認されている魔物です。……アルマ先輩、皆まで言わなくてもボクの言わんとすることが分かりますよねぇ?」
「圓様は、これがファンデッド伯爵領の新たな特産品になると、そう仰るのですね」
「少なくとも、これほどの布はなかなか手に入りません。幻想級のドレスなどを解いて糸に戻し、再度布にしても匹敵するもの、凌駕できるものは片手で数えられるほどしかないかと。まあ、レアドロップアイテムですからねぇ。それが、手に入るかもしれない……【クサイの深淵迷宮】には少なくともそれだけの価値はあるということです。これも立派なファンデッド伯爵領の特産品と言えるでしょう。それと同時に、この布で作ったドレスを着て結婚式に出席するということは、この布の宣伝にも繋がります」
圓様、とても悪い顔をしています。まさに、策士の顔ですね。
「ふむ、見事な布だ。そこに、圓殿の技術が加わるとなると……無理難題だが、同時にとても面白そうな話だ」
「……ニーフェ」
「王太后様……なかなか難しい話ですが、私もできるだけのことは、してみせます」
さて、ここからいよいよ誰が新郎新婦、誰の服を担当するかという話になりそうですね。
と、その前に食事が運ばれてきたようです。続きは圓様のフルコースを食べながら、ですね。
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