Act.9-450 ファンデッド伯爵領にて〜ファンデッド伯爵家とルーセント伯爵家の顔合わせ〜 scene.11
<一人称視点・アルマ=ファンデッド>
「私の外見は父親似、対して兄は母親似でした。……そういったことも理由の一つだったのでしょう。母は兄を溺愛しているようでした。そのことを羨ましいと思ったこともありましたが、兄はどうだったのか……今になって思えば分かりません」
そういった複雑な家庭環境もあって、クィレル様とオルタンス嬢の距離感は遠く、また年齢も遠かったこともあって互いにどう接するべきか分からなかったようです。今では全く想像もつかない話ですね。
「兄は優秀で、騎士団に入るとすぐに頭角を現して近衛騎士に昇進致しましたわ」
「お話は伺っております」
「ご存知の通り、騎士になると宿舎に入る方が多く、兄もそうでした」
兄妹としての会話もろくにないまま、更に二人の距離は物理的に離れてしまいました。そうなると、オルタンス嬢から距離を詰めるようなアクションを取ることも難しくなります。
それに、その頃のルーセント伯爵様はバルトロメオとコンビを組んでいた時期の筈です。ラインヴェルド陛下やバルトロメオに振り回され、歳の離れた妹との関係を修復することに意識を向けるのは難しかったのではないでしょうか?
「そんな気持ちにどう区切りを付ければいいのか分からなかった私は、何か突出したものを手に入れたいと思うようになりました。私も兄と同じように優れた所があれば両親が喜んでくれると思ったんです。……でも、その、自分の容姿にあまり自信がなくて……」
この国の美女の条件に照らし合わせるとオルタンス嬢の容姿は、普通という以外に表現できません。乙女ゲームの要素が強いため、必然的に美形が多いこの世界ではなかなか評価されるのは難しいでしょう。
でも、容姿が全てではありません。ころころと変わる表情や、ハッキリと会話のできる点、オルタンス嬢の長所は沢山あります。
「最初は領内の布地などでお洒落をして、淑女らしく……と思いましたが、どんなに美しいドレスを纏っても見た目が普通なため、お茶会では浮いてしまいます。『ドレスに着られているご令嬢』なんて言われることもありましたわ。そんな中、両親が馬車の事故で亡くなり、兄が跡目を継ぐことになりました。その頃から私達はまた同じ屋根の下で暮らすようになったのですが、結局私達の関係は変わらぬままだったのです」
「……まあ」
「それはエレアノールお義姉様が嫁いでこられても変わりませんでした。兄は外交官としても優秀で各地を飛び回る生活になりました。武力も美貌もない私でしたが、勉強は嫌いではありませんでしたので兄と同じ外交官の道を歩もうと、その時に考えたのです」
私の知る『スターチス・レコード』に登場するオルタンス嬢は外交官を目指していました。その彼女は、劣等感に塗れ、そこから這い出そうと必死に踠いて勉強をしている最中だったのかもしれません。
オルタンス嬢はその過程を、魔法学園での学びを無事に終えて外交官になりました。外交官への道は狭き門ですから、そこを通過したオルタンス嬢は十分素晴らしいと思います。
「しかし、学べば学ぶほど兄の優秀さを実感して、私がどう頑張ろうと兄の足元にも及ばないのだという現実に打ち拉がれることになりました。外交官になって、兄と同じ職場で働くことになると、ますます自分の未熟さを痛感することになりました。……それに、私が外交官として仕事を任せてもらえるようになった頃には、既に多種族同盟の方々が重要な外交を全て熟してしまう時代が来ていました。外交官ならかなりの時間を要して行う外交を、多種族同盟の方々は時に暴力で、時に話し合いで一瞬のうちに纏めてしまいます。その圧倒的な手腕……力の前で、私だけでなく兄も幾度となく打ちひしがれることとなりました」
恐らくそこで、オルタンス嬢はクィレル様――兄以上の巨大な存在に力の差を思い知らされたのでしょう。
まあ、圓様を含めあの方々は規格外……あれと喧嘩しようとする方が間違っているのでしょう。
「結局、言われるままどこかへ嫁ぐくらいしか私にはできないのかも……そう思ったのです」
「……オルタンス様」
「でも、アルマ様のことを知って私は驚いたのです!!」
これまでの悲壮感が一瞬にして立ち消え、オルタンス嬢はキラキラとした笑顔を私に向けました。
「子爵家の長女でありながら侍女として働いていると耳にした時、私は他に道がないからそのようにしているのだと思いました。いかに成果を上げていようとも誰かに頭を下げるしか生きる道がないのだろうと思っていた私を浅はかと叱ってくださっても構いません」
「い、いえ……」
まあ、そんな風に世間から思われていることは私も知っていますからね。……まあ、昔はそう思われるどころか、認知されていたかどうかすら微妙ですが。もしかしたら、変わり者として認知されていたのかもしれません。
……寧ろ、王子宮筆頭侍女に任命される以前、或いはお父様が関わった一件より前から私の存在を認知していたということに凄い驚きがあったといいますか。
「そんな私の考えは、あの日全て覆ったのですわ」
突然の話の転換に困惑する私に興奮冷めやらぬ様子のオルタンス嬢はうっとりとした様子で言葉を続けました。
◆
「あの日、王女殿下の誕生日を祝うあのパーティーに私も兄と共に参加していたのです。同時に初めてアルマ様のお姿をこの目で確認した日でもありました」
まさか、あの日彼女もあの場に居合わせていたとは……よくよく考えれば無い話ではありませんね。王族の誕生日を祝う式典となれば基本的に国の貴族は出席しますから。
ただ、あの時の私は自身の社交界デビューということで自分のことで精一杯で周りなんてほとんど気にする余裕はありませんでした。それに、お父様の件を有耶無耶にするためにも他の貴族達とはなるべく接触するなとお達しがあったのもあって、そもそも参加者については気にしないようにしていたんですよね。まあ、できなかったという方が正しいですが。
「それは……ご挨拶ができず申し訳ありませんでした」
「他家のご令嬢とも談笑するお姿は見受けられませんでしたし、そもそも当時のアルマ様は私のことをまだご存じなかったのではないでしょうか? ……それに、事情がおありだったのでしょう?」
一瞬だけ真顔に戻ったオルタンス嬢ですが、すぐににっこりと微笑み、頬に手を添えました。どこか笑いを堪えている表情は、とても愛くるしいです。
「思い出したらつい。勿論、アルマ様のことではありませんわ。あの時、急に注目を集めるような行動を取ったお兄様ったら。メレク様から事情を聞いたので、理由は知っておりますが……あの三文役者っぷりったら。あまりにもわざとらしくて……思い出しただけで笑いが!」
確かにクィレル様は大袈裟なくらい身振り手振りを交えて説明に説明を重ねていましたからね。それは、やや強引な話題展開をしていたバルトロメオにも言えることではありますが。
「その時には兄にもできないことがあるのだと驚いたものですわ。……でも、そんなことはどうでもいいのです。私があの場で感動したのは、王弟殿下や兄がアルマ様、貴女様のためを思って動いていたと気づいたからですわ。……何故、王弟殿下ほどの方が一介の侍女のためにそこまでするのか、兄がそこまでアルマ様のために尽力するのか……かつての私にはきっと分からなかったと思います。いえ、正確に言えば、あの時点までの私は侍女という仕事に偏見を持っていました。ただ人に仕え、頭を下げ、それで何を得られるのだろうって」
オルタンス嬢は申し訳なさそうな顔をしていますが、寧ろそういった認識の方が一般的なものです。
侍女は専ら富裕層の子女や貴族家の娘が行儀見習いも兼ねて高位貴族の元で働くものという認識ですが、行儀見習いが習慣化した今でも侍女は貴人が就く仕事ではないと考えている方の方が多いと思います。特に貴族令嬢が仕事を続けることに関しては、実家が裕福ではないからとか、結婚する当てがないとか色々と陰口を叩かれるものです。
まあ、でも実際働かずに暮らしていける貴族の方が圧倒的少数派ですからね。中には共働きでなければ家計を維持できないという方もいらっしゃるのではないでしょうか?
そういった現実がありながら、働く貴族女性に対して寛容な世の中ではないというのが実情です。……なかなか辛いところですね。
オルタンス嬢にとっても、侍女というのは「ただ誰かに仕えている人」といったものだったのではないでしょうか?
その認識に変化が生じる切っ掛けが、あの場にはあったということなのでしょう。
「当時の私は職を得るのであれば上に立ちたい、それもできれば上の方に。その程度にしか考えていなかったのです。ですが、王弟殿下やお兄様からアルマ様に確かな信頼が向けられていると、あの時、私は感じ取ったのです。それは、あの舞台を築き上げた王太后様や圓様からも同様に向けられていたものであったと思いますわ。それだけの信頼を向けられるアルマ様の存在が私にとっては衝撃だったのです。……その時、私の脳裏に圓様とお会いした日のことが過ぎりました。あの時、圓様はそのお答えを仰っていたのです」
かつてのオルタンス嬢はお話を聞く限り、かなり上昇志向が強かったみたいですね。
……しかし、ここで圓様との出会いの話に繋がるのですか。圓様は初対面のオルタンス嬢に愚痴を溢したということでしたが。
「あの日、圓様はとても不機嫌な顔をしていましたわ。真面目に職務に取り組むアルマ様や、ビオラ商会合同会社の幹部であるジェーオ様という方が人一倍努力を重ねながら、決して報われないことが、報われようとしないことが許せないのだと仰っていました」
『……私はね、許せないのです。人一倍努力を重ねながら、決して報われない者が、報われようとしない者が』
……あの人らしい愚痴ですね。なるほど、そういうことでしたか。
そうですか……許せなかったのか。だから、圓様は私のためにそこまで……。
決して、貴女の頑張りは無駄ではないのだと……貴女の頑張りは必ず報われると、報われるようにして見せると。
「そして、その言葉はきっと私にも向けられているものだったんだと思います。……私自身も無駄じゃないかと、どれだけ頑張っても兄のようになれないからと、自ら否定しようとしていた私自身の積み重ねてきたものを圓様は肯定してくださったのだと思いますわ。……そうしたら、少しだけ気が楽になったのです。兄と私は違うんだと……そう納得すると少しだけ気が楽になりましたわ。……そして、同時に私は愕然としたのです。たった一人の兄に認めてもらいたい、信頼してもらえる家族でありたいと思って容姿を活かせないのであればせめて兄の助けになる職業に就きたいと……それ考えていた筈なのに、私は自分が信頼を得たいと言いながら周囲にいてくれた人々を疎かに……それどころか知らず知らずのうちに見下すことまでしていたのです」
その愚痴は私やジェーオ様への祈りの言葉であると同時に、オルタンス嬢への祈りの言葉でもあったのでしょう。その話をオルタンス嬢にすることでオルタンス嬢の悩みを解決できると。
……本当にあの方はどれほどの神算鬼謀を巡らせているのでしょうか?
とにかく、圓様の言葉と王女殿下の誕生パーティでの私達のやり取りを見てオルタンス嬢の悩みは解消されたのでしょう。それが家族仲の改善に繋がっていったのでしょうね。
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