Act.9-449 ファンデッド伯爵領にて〜ファンデッド伯爵家とルーセント伯爵家の顔合わせ〜 scene.10
<一人称視点・アルマ=ファンデッド>
一先ずこれで婚約が結ばれてからではありますが、ファンデッド家、ルーセント伯爵家、ブライトネス王家、アグレアスブリージョ大公家の中に今回の婚約に反対する者がいないことが確認できました。まあ、仮に居たとしても本当に今更過ぎる話ですが。
これで、今回の顔合わせの一つ目の山場は終了。これから、圓様を交えて具体的な式の内容を詰めていくのでもう一つ山場はありますが、ここで一息つけそうですね。
そんなことを思いつつ、顔合わせが無事に終わったのでホッと胸を撫で下ろしていると、ふと私に視線が向けられていることに気づきました。
その視線に気づいてオルタンス嬢の方に視線を向けると、オルタンス嬢は満面の笑みを浮かべました。しかも、薄らと頬を染めているように見えます。あれはお化粧とかではないですよね……知的なお嬢様が私を見て顔を赤く染めるって一体何事!?
詳しくは説明できませんが、メレクに向ける視線ともまだ少し違うもののように見えます。……うーん、なんでしょう? 全く身に覚えがないのですが。
「あの……もし、よろしければなのですが。その、メレク様とも勿論、沢山お話をしたいですけれど……その、アルマ様ともお話をしたいんです。お時間を頂けませんでしょうか!」
「え、ええ。勿論、喜んでお受け致しますわ、オルタンス様」
「ありがとうございます! ずっと憧れの方でしたの! お話しできるなんて夢のようですわ!!」
心なしかメレクからジェラシーの篭った視線を向けられているような気がします! 今、メレクの方に視線を向けられませんね。
しかし、何故メレクのことを語る以上の輝いた笑顔を私の方に向けられるのでしょうか? ……しかも、少し期待が重過ぎるような気がします。
本来、この後に婚約者同士でお茶でも……という流れになるのですが、オルタンス嬢の圧……いえ、オルタンス嬢のたっての希望で、二人でお茶会をすることになりました。
うーん、まさにどうしてこうなったです!?
早速話し合いも終わったということで、オルタンス嬢を我が家のテラスに案内して、そこでお茶会を……と思ったのですが、その前にバルトロメオが口を開きました。
「これで一旦顔合わせはお開きってことだろ? 実は言い出す機会がなくて聞けなかったことがあるんだ。今のうちにクィレル、エレアノール、オルタンス、お前達に聞いておきたいことがある。……俺の知る限り、圓の秘密を知っているのはクィレルだけだ。しかし、今回、圓は一切本性を隠す素振りを見せなかった。たまに淑女の仮面を投げ捨てて本性を見せるが、基本的にアイツは事情を知らない第三者の前では本性を隠す。……今回、それが無かったってことはどこかで圓から色々と聞いたってことだよな?」
「今回の顔合わせの日時が決まった際に、圓様から手紙を頂きました。その手紙に圓様の秘密が書かれておりましたわ。正直なところ、すぐに信じられるものではありませんでしたが、同席した夫からも色々と話を聞いて、本日実際にお会いしてその手紙の内容が真実であったとようやく飲み込めたところですわ」
「エレアノール宛の手紙の他に私宛にも手紙が届いてね。エレアノールとオルタンスに秘密を打ち明ける許可をもらったんだ。……ただ、圓様と初対面だったのはどうやらエレアノールだけだったようだよ」
「圓様とは、以前ローザ様の姿のときにお目に掛かったことがあります。流石に、その時はこの世界の創造主様だとは予想すらできませんでしたが」
「圓が過去にオルタンスに接触していたとはねェ。……そんな話、聞いたことがねぇが。ローザとして接触したということは、王女宮筆頭侍女へ就任した後だろう? でも、外交官と王女宮筆頭侍女、接点はほとんどない。……何故、アイツはわざわざオルタンスに接触したんだ?」
「聞けば良いんじゃない? 本人が屋敷にいるんだし」
……まるで示し合わせたかという絶妙なタイミングで圓様が戻ってきました。
「まさか、盗聴か盗撮を――」
「流石に今回はそんなことはしていないよ。フェルミ推定で算出して、まあこの辺りで顔合わせが終わるんじゃないかと思ってねぇ。で、戻ってきたらボクの話をしているなぁって。オルタンス嬢に会ったのは王女宮筆頭侍女に就任してまだ日の浅い頃だった。ペドレリーア大陸の臨時班の最中、姫殿下とルークディーン殿のお茶会よりも前の話だ。以前から彼女には少し興味があってねぇ……偶然外宮の廊下でお会いしてねぇ。無理を言って王女宮筆頭侍女の執務室でのお茶会に参加してもらったんだよ。まあ、お茶会っていうよりはサシ飲みって感じだったけど」
「……偶然ねぇ。……そりゃないだろ? 王女宮が外宮に用事って滅多にあることじゃねぇ。……何かオルタンスに関することで目論見があったんじゃねぇか?」
「さぁねぇ。……というか、ただボクの愚痴を聞いてもらっただけだし。ああ、オルタンス嬢、あの時はありがとうねぇ」
「いえいえ、私はただ圓様のお話を聞いただけですから。それに――」
「オルタンス嬢、それはただの勘違いだ。ボクはオルタンス嬢に、愚痴を聞いてもらっただけだよ。それ以外、何もしていないんだからねぇ」
にっこりと微笑み、圓様はオルタンス嬢がそれ以上言葉を紡ぐことを止めました。
……しかし、愚痴ですか。確かに、圓様は愚痴を言わない方ではありません。しかし、見知らぬ相手を巻き込んで愚痴を溢すような方ではないと思います。
オルタンス嬢の反応からして、圓様の溢した愚痴には愚痴以上の何かがあったのでしょう。
……もし、それがオルタンス嬢の、例えば悩みを解消するようなものであれば、尊敬の視線は圓様に注がれる筈ですよね? 確かに、オルタンス嬢の尊敬の視線は圓様にも注がれていますが、圓様よりも私を選んだ……ますます意味が分かりません。
これ以上の追及は不可能だと判断したのか、それとも興味を失ったのかバルトロメオもこの話はここで切り上げ、私はオルタンス嬢と共にテラスへと向かいました。
◆
テラスに向かう道中も、オルタンス嬢はずっとニコニコしていました。
大変可愛らしく、その笑顔は眩しいほどです。……最早眩し過ぎて直視できないくらいです。
今回、お茶会の場にテラスを選んだのはメレクが植えた花を是非オルタンス嬢に見て頂きたいと思ったからです。
メレクが同席してくれるのであれば話のタネになるし、良い案だと思ったのですが……何故かオルタンス嬢は私と一対一のお茶会を希望して現在に至るという訳ですよ。
それに、仮にオルタンス嬢がそこまで希望しなくてもメレクは席を立つつもりだったみたいです。「二人きりの方が彼女も喜ぶから」ってメレクから言われましたけど、正直、私にオルタンス嬢を喜ばせるようなものはないと思うのです。一体私にどうしろと!?
メレクに続いて圓様に助け船を求めて視線を向けても、圓様はニコニコ笑って手を振るばかり……あの時の悪戯っ子のような笑顔は今でも目に焼き付いています。あの方、絶対にこの状況を楽しんでいますよね!?
「ええと……」
まず、どうやって話を切り出せば良いんですか!? そこからですよ!!
「お花が綺麗ですね、弟が貴女のために植えたんですよ」……って切り出すのも、もしメレクがこの話をオルタンス嬢にしていなければ先取りになってしまいますし、かといって、「私に尊敬の眼差しを向けるのは何故ですか?」って聞くのも自意識過剰ですし、直球過ぎる。
まあ、それはゆっくりと探りを入れていくにしても、まずは簡単な話題から。……年頃の女の子の話題、特に服飾関係に強いルーセント伯爵家となるとやっぱりお洒落な話題が良いのでしょうが、生憎と私は専門外です。……圓様の得意そうな分野ですし、やっぱり人選ミスでは?
そんなことを考えていると、オルタンス嬢は胸に手を置いて軽く頭を下げました。
「急なお願いを聞いてくださって本当にありがとうございます」
「いいえ、そんな。……しかし、メレクと過ごさなくても良かったのですた?」
「メレク様とはこれから一生を共に過ごすことになります。きっと彼もそう考えてくれていると思いますので。……でも、お義姉様は私からの唐突な申し出にさぞ驚かれたでしょう?」
「えぇ、そうですね。そこは否定しません。メレクの姉として打ち解けようとしてくださっているのかと思っていましたが、どうやらそれだけでは無さそうですし」
「勿論、将来的には義理の妹になる立場ですので、そう言った意味合いで仲良くなりたいという面もありますわ。しかし、それだけではありません」
……打算以外の純粋な好意があるということでしょうね。しかし、オルタンス嬢と私にはこれまで全くと言って良いほど接点は無かったのです。
「私が何故、アルマ様を尊敬するようになったのか……その理由を説明するためには、まず、ルーセント伯爵家についてお話しする必要があります。これは、メレク様には既にお話しした話なのですが……」
オルタンス嬢はそれからルーセント伯爵家に纏わるゴシップ……恥部や闇とも言うべきでしょうか? そういった話を始めました。
まあ、有名な話で私も知っているようなものです。
前ルーセント伯爵、つまりクィレル様とオルタンス様の父君はとある平民女性を妻に迎えました。その結果、最愛を見つけたとか、貴族社会を軽んじているとか、色々と言われた訳ですね。しばらくは噂の的だったと聞いています。
こういった身分差の問題は決して珍しいものではありません。代表的なのはやはり、ラインヴェルド陛下でしょう。メリエーナ様を巡る悲劇は今なお深い爪痕を残し、多くの八つ当たりを引き起こしてきました。滅んだ貴族家は数知れず……そして、今後もその数は増えていくでしょう。王家内部の歪みも、その発端のほとんどはメリエーナ様の悲劇に由来すると言われています。
ただ、先代のルーセント伯爵様はそれほどその平民女性に対して燃えるような愛情を持っていた訳ではなかったようです。それが、ラインヴェルド陛下と先代ルーセント伯爵の決定的な差と言えるかもしれません。
その最初の奥方様と子ができなかったため、前ルーセント伯爵様はあっさりと離縁をし、間を置かず再婚した。その再婚相手こそがお二人の母親、つまり先代ルーセント伯爵夫人ということになる訳ですね。
しかも、最初の奥様と離縁する前から、既に先代のルーセント伯爵夫人は内縁の妻として遇されていたそうで……その歪な関係も噂に拍車を掛けたのでしょう。
一見すると最初の妻を擁護するような声や、やはり平民の妻は相応しくないという声や、内縁の妻から上手く成り上がったものだとか……とにかく、色々な噂話が飛び交ったようです。
当事者の前妻や先代ルーセント伯爵夫人はきっと相当なストレスに晒されたことでしょう。
更にクィレル様も先代ルーセント伯爵様と前妻が離婚する前にお生まれになったということで複雑な立場にあったとか。貴族の法律で夫婦間で子を成していない場合は愛人の産んだ子を嫡子として認めるという決まりがあることから、一応、その頃から先代ルーセント伯爵の子供としては認められていたようですけどね。
とにかく、先代ルーセント伯爵様と前妻の離婚も成立し、晴れて内縁の妻の子供という扱いだったクィレル様も正式に嫡子として認められて大円団と一応はなった訳ですが、それはあくまで形だけはということだったようです。
なんでも、先代ルーセント伯爵は家族にまるで興味がない人物だったらしく、興味があるのは服飾のことだけ……それも、着飾ることではなく服そのものに興味を持っているという貴族社会では一風変わった方として有名だったようで、まあ、それがルーセント伯爵領の服飾分野の目覚ましい発展に繋がっている訳ではありますが……。
「そんな父ですから、なんとかか円満な夫婦関係を築こうと母は必死だったそうです。でも、家族関係は正直、かなりギリギスしていたと思います」
結局、跡取りが必要だった。それに尽きたのでしょうね。愛などは欠片も存在しなかった訳です。
歪んだ家族関係に晒され、親類縁者からは様々な声が漏れ聞こえる。……そんな環境が多感な時期の子供に決して良いものである筈がありません。オルタンス嬢は当時まだかなり幼かったと思いますが、きっと色々と思うところはあったのでしょう。
……しかし、聞けば聞くほど、貴族社会の闇は本当に根深いですね。ファンデッド家の拗れ具合なんてまだまだなのかもしれません。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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