Act.9-445 ファンデッド伯爵領にて〜ファンデッド伯爵家とルーセント伯爵家の顔合わせ〜 scene.6
<一人称視点・アルマ=ファンデッド>
「姉上?」
ダブル結婚式に伴う未来での駆け引きを想像して少しだけ胃の痛さを感じながら屋敷を歩いていると、メレクに声を掛けられました。
「あら、メレク。どうかしたの?」
「いえ、その……姉上は何をなさっているのですか?」
「私はお義母様にリフォームされた我が家を見て回ったらどうかと提案されて……」
お義母様達もビオラ商会合同会社の建築部門と相談して懐かしい家の雰囲気は残しつつリフォームを進めたそうだけど、気になる部分があったら教えて欲しいとお義母様にお願いされたんですよね。
家のことは普段暮らす人達にとって過ごしやすい場所であればそれで良いと思いますから、気にしなくて良いのですが。
それでも私も帰ってくる場所だからと気遣ってもらえるのは、やっぱり嬉しいことです。ああ、家族って良いなあ!
「そうなんですね……あの、姉上? その……今お時間よろしいですか?」
「ええ、勿論。……もしかして、緊張して落ち着かないの?」
「それは、その……はい」
「……安心して、私もよ。バルトロメオと私の家族の顔合わせは前回の騒動の時に終わっている扱いみたいだから、それについては心配ないのだけど、今回はダブル結婚式の主要メンバーが揃っているでしょう? 今回の顔合わせの場を圓様はダブル結婚式の具体的な内容を詰める場にしたいと考えているそうなのよ。これから圓様も忙しい時期に入るようで、今のうちに色々と決めておきたいそうよ。……当然、圓様も色々と仕掛けてくるでしょうね」
「……それもありましたね。……リフォームに、今回の顔合わせの準備に、圓様やビオラ商会合同会社には大きな借りを作ってしまいました。結婚式もビオラ商会合同会社が主導することになりそうですが、支払の機会まで奪われることは避けなければなりませんね」
メレクも胃の痛くなるようなイベントの存在を思い出したのでしょう。私とメレクは揃って溜息を吐きました。
「ルーセント家のご兄妹とはそれぞれに何度も顔を合わせたり手紙のやり取りもしています。でも、やっぱり改めて結婚というものがはっきり見えてくると……その、どうしても緊張が。それに、圓様のことも別の意味で胃が痛いですし」
「ごめんなさい。緊張しているところに更に別の緊張の要因を聞かせてしまって」
「良いのです、姉上。どちらにしろ、後で気づくことになる話ですから。寧ろ、この段階で聞けたので心の準備ができて良かったと思います。と、ととと、とにかく、顔合わせですね。母上が少し張り切りすぎな気もしますが、自分も緊張してあまり気が回っていないようで……どう振る舞うのが正解なのか、皆目見当が付きません。一体どうしたらいいんでしょうか?」
「大丈夫よメレク。落ち着いて待てばいいのです」
「あっ……そ、そうでした! 実は姉上にお話ししておくべきことがあるんでした。オルタンス嬢のために姉上の母君の花壇に手を入れさせて頂きました! 実は新しく花壇を作ろうと思ったところ、父上がそこを使えばいいと仰ってくれたんです。でも父上と姉上にとって大切な思い出のものですから、申し訳なくて。でも父上が、そうした方がきっと姉上の母君も喜ぶからと仰ってくださって、それに甘えることにしたんです。ご報告が遅くなったことお詫び致します」
お母様が生前、大切にしていた花壇。その意味をお義母様から聞かされていたから、この子は庭の草花に興味を示してもこの花壇にだけは手を伸ばさなかったのでしょう。
でも正直な話、実の母親について記憶があまりない私にとって、その花壇はそこまで思い入れのある場所ではないのです。
幼少の頃はお手伝いと称して、私も花に水やりくらいはしたものですが、行儀見習いに出てからは、ほとんど家に戻ることなく仕事漬けの日々。この花壇に接する機会も全くと言って良いほどありませんでした。……思い返せば薄情な娘ですよね。
寧ろ、お父様の方が思い入れが強い場所なのではないでしょうか?
それにきっとお母様なら、家族が花壇を活用してくれるならば、それに勝る喜びはないと仰ってくれると思います。
庭師にお願いして新たに一画を空けるのではなく、その花壇を使って良いと一番その花壇に思い入れがあるお父様が仰ったのも、それが一番良い選択だと思ったからに違いありません。
「ねえメレク。あの花壇をこれからも大事にしてくれるのでしょう?」
「えっ? はっ、はい! 勿論です!!」
「なら大丈夫よ。メレクがお母様の花壇を大切にしてくれるのはとても嬉しいことだわ。……あの花壇はお母様の花壇だった。そして、これからはもっと色々な思い出の篭った場所になっていくのね。きっとお母様も喜んでくれると思うわ」
思えば、この花壇は私達のことをずっと見守ってきたのでしょう。お母様を、お父様を、私を、お義母様を、メレクを……そして、これからも私達ファンデッド伯爵家を見守っていくのだと思います。
沢山の想いの篭ったこの花壇を、メレクとオルタンス嬢が受け継いでくれるのであれば、それに勝ることはないと私は思うのです。
確かに仮に何かをやらかして私が無職になっても、ファンデッド伯爵家はきっと私を家族の一員として受け入れてくれると思います。そのくらい、今の私は実家で大切にされていると胸を張って言えるのです。
でも、やっぱり私の居場所は王子宮にあるのだと思います。だから花壇を含め、これまでの思い出の全てをメレクが守ってくれるなら、こんなに嬉しいことはないじゃないですか。
◆
それから、メレクと共に屋敷の中を見て回りました。
しかし、本当に雰囲気が変わりましたね。邸内の花が増え、全体的に明るくなった印象があります。それに、邸内で働く使用人たちもきびきびと動いていてやる気に満ち溢れていますね。
そんなことを思ったところで、メレクが微笑みました。
「全ては姉上のおかげですね!」
「え?」
メレクによると以前、パーバスディーク一家が来た時に私が侍女教育を施したおかげで使用人達の所作が洗練されたと地元の名士たちだけでなく、近隣の貴族達からも評判なのだとか。……確かに私も色々と言ったと思いますが、カレンさんの活躍も大きかったのではないでしょうか?
その上、邸内の侍女達からすると直接王子宮筆頭侍女という雲上人から指導を受けたという自信があって、それをある種のステータスにして励んでいるらしいのです。……いや、なんですか? 雲上人って。
王子宮筆頭侍女になったのもまだ最近で、ほんの少し前まで、私は一介の侍女でした。その王子宮筆頭侍女の仕事も第一王子専属侍女となったレイン様や同僚となった圓様の支えでなんとかこなせているといった有様です。いえ、それでもまだ満足にこなせているとは自信を持って言えない状況なのですが。
実際、メレク達と別れて部屋に戻るとその話を証明するかのように、私のところには教えを請う侍女達が幾人も訪れてきて驚きました。……ここで圓様に押し付けるのは迷惑をお掛けするのでいけないとは分かっているのですが、私なんかより適任がいるのに何故こうなった! と頭を抱えたものですよ。
高級茶葉をどう扱ったら美味しくなるか、都の洗練された味に慣れ親しんだルーセント伯爵様にお出しするので大丈夫かとか……まあ、気持ちは分かりますけどね。
侍女達にはジェルメーヌさんに協力を仰いで、二人で基本的なことを改めて教えて、常に気を抜かず給仕に対して細心の注意を払うことが肝要だと教えました。
ちなみに、圓様の方は料理人達から試食会に誘われていたとか……まさか、圓様がそちらに取られていたからこちらに流れて来たのでは? それなら納得ですよ。
その圓様なのですが、実は私とメレクのやり取りをこっそりとスニーキングして眺めていたようなのです。……本当にあの方は……お茶目で済ませて良いのか?
どうやら、メレクに用事があったようなのですが、私とメレクが家族団欒しているのを邪魔するのは忍びないので、屋敷内を一通り回り終えるのを待っていたそうです。……一言声を掛けてくれれば良かったのですが。ただ、圓様のお心遣いはありがたく受け取りました。
「メレク伯爵様、大変申し訳ないのですが、うちの堪え性の欠片もない陛下が暴れたいと駄々を捏ねておりまして……領軍の方々の訓練に参加させてもよろしいでしょうか?」
流石に他の貴族ほど立派ではありませんが、防衛のために自警団に毛が生えた程度の戦力は有しています。
定期的に訓練も行っていますが……そこに陛下が参加して良いのでしょうか?
「陛下に万一のことがあれば……」
「ああ、それは大丈夫です。寧ろ、危険なのは領軍の騎士の皆様の方ですが、しっかりと手加減をするように言い含めました。監視もクレールさんとデルフィーナさんを置くので問題はないと思います」
「……分かりました」
「よし、決まりだな! ってことで、メレクを借りるぜ! 訓練場までレッツゴーだ!!」
メレクの言質が取れる瞬間を待っていたのでしょうか? 突如現れたラインヴェルド陛下がメレクをお姫様抱っこして駆け抜けて行きました。
「……全く困ったお方だねぇ。……ということで、アルマ先輩。部屋までお送り致しましょう。少しお話しておきたいこともありますので……よろしいでしょうか?」
一体どんな話を……とドキドキしながら歩いていると、圓様はにっこりと微笑み、その後少しだけ申し訳なさそうな顔をしました。
「以前、ファンデッド伯爵家の皆様にはダブル結婚式の費用を全てお支払いするとお話ししました。ですが、色々と考えた結果、一部撤回をしようと思います。期待させてしまって申し訳ございません」
……一体どんな心境の変化があったのでしょうか?
「結婚式はファンデッド伯爵家とルーセント伯爵家、そして王弟殿下の思い出となるものです。参加者全てにとって素晴らしいと思えるものにする、その気持ちは変わりません。ただ、ボクやビオラ商会合同会社が全額お支払いすると、ファンデッド伯爵家やルーセント伯爵家、王弟殿下に罪悪感を残す結果になってしまいます。それは、ボクにとっても不本意な結果です。なので、ファンデッド伯爵家、ルーセント伯爵家、アグレアスブリージョ大公家、どの家にとっても無理のない金額を均等にお支払い頂き……後は可愛い弟のためにラインヴェルド陛下にもそこそこ支払いをしてもらおうかと。勿論、残りは全て我々が負担しますし、アルマ先輩達によって良い思い出にできるよう、できるだけのお力添えをさせて頂きたいと思っております」
……もしかして、また気を遣わせてしまったのでしょうか?
圓様への申し訳なさでいっぱいになりながら、私は部屋へと戻ったのでした。
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