Act.9-443 ファンデッド伯爵領にて〜ファンデッド伯爵家とルーセント伯爵家の顔合わせ〜 scene.4
<一人称視点・アルマ=ファンデッド>
「お義母様、もしかしてこの部屋は……」
「えぇ。正式にオルタンス様がメレクの婚約者になった時、この館に来る回数もきっと増えると思うの。結婚した時に当主夫妻の部屋は用意することになるのだけど、それまで客人として扱うのはオルタンス様も寂しいと思うんじゃないかと思って。だから、客人ではなく家族としてお迎えしたくて準備を進めていたの。……どうかしら?」
婚約者だからってメレクと同室って訳には流石にいきません。しかし、客人として扱うのは少し距離が遠いように感じてしまいます。
ですから、婚約者の期間過ごせる部屋を用意するというのは良い考えだと思います。
……圓様や建築部門の方にその意思を伝えれば、きっともっとオルタンス様に相応しい調度品を用意することができたかもしれません。……文字通り金に糸目を掛けない品々を。
ですが、その道をお義母様は選ばなかった。そう遠くない未来に屋敷に滞在することになるオルタンス様のことを思ってお義母様が準備をした……この事実に、お義母様の気持ちに意味があるのだと私は思います。だから、建築部門の方々も圓様も素直に手を引いたのでしょうね。
……しかし、あの方には本当に何もかもお見通しですね。もういい加減あの方の規格外さにも慣れて来ましたが。
お義母様はオルタンス様のために用意した部屋に少し自信がなさそうな様子ですね。
不安そうに尋ねるお義母の不安を少しでも取り除けたらと思いつつ、私は具体的に何を不安がっているのかを尋ねることにしました。
「貴女の目から見ても大丈夫か知りたかったの。……趣味が悪いとか、時代遅れだとか、何かおかしな点はないかしら? ……正直、私は流行に疎くて、若い子に嫌がられないか心配で」
「いいえ、お義母様。清潔感があって明るくて良い部屋だと思います。空いているスペースにはこれから家具も入れる予定でしょうか?」
「そう、貴女にそう言ってもらえたなら大丈夫そうね。えぇ、家具については領内の職人にお願いしてきたのよ。先ほど、私達が出ていた時にメレクと一緒に発注してきたの。……実はビオラ商会合同会社を頼ろうかという話もあったのだけど、建築部門の担当者様にお話ししたら領内の職人に依頼した方がオルタンス様も喜ばれるんじゃないかと仰られたのよ」
ビオラ商会合同会社の利益を優先するなら自社で製作している家具を売り込むチャンスだけど、その担当者様はファンデット伯爵領の魅力の一端を知ってもらう機会として、ファンデッド伯爵領の職人を頼ることを提案されたのでしょうね。
お義母様はあまり自信はないようだけど、私は良い考えだと思うわ。メレクもオルタンス様はきっと気に入ってくれると信じているからファンデッド伯爵領の職人を頼ることにしたのね。
「私も、きっとオルタンス様は喜んでくださると思います」
オルタンス様はいずれ結婚してメレクの妻になる。でも、メレクだけでなくお父様やお義母様との良好な関係を築きたいと言ってくれた。
そんなメレクだけでなく家族とも良好な関係を築きたいと願うオルタンス様に何かをしてあげたいと思ったお義母様はお父様とメレクにその意思を伝えたそう。
勿論、お父様とメレクも同意見だったのだけど、女性のセンスは女性の方が分かるだろうと協力的とは言いづらい態度なんだそうで、ここまでお義母様が主導して進めてきて今に至るとのこと。勿論、メイド達や建築部門の担当者も相談に乗ってくれたそうだから、本当に一人で全てを進めていた訳ではないみたいだけど。
でも、やっぱりお義母様が主導していたから古くさく感じないか心配だったようで、私に意見を聞いたようですね。
「それでも家具やその他プレゼントに関しては婚約者からの贈り物であるべきだ」ということで、建築部門の担当者の助言もあって今回はメレクを連れて職人のもとに足を運んだようです。
「……でも姑が準備したと思うと、やっぱり彼女も嫌かしらね。全てメレクが準備をしたということにしておけば大丈夫かしら? ああ、心配だわ!」
「お義母様、落ち着いて」
「伯爵夫人として今のうちにできることはしておこうと思ったのだけれど、私は後妻でここに来たからその辺りがよく分からなくて」
以前のような不安定さはありませんが、少し今のお義母様は張り切り過ぎて空回りしているように見えます。お父様があんな感じで頼りないですから、自分が頑張らなければ、と思ったのでしょうか?
……後で私からもメレクにそれとなく注意を促しておきましょうか。
そんなことを考えていると、お義母様が躊躇い混じりにゆっくりと口を開きました。
「ねぇ、アルマ。……アルマは以前、やり甲斐のある仕事をしているって言っていたわよね」
そんなことを昔、言った覚えがあります。でも、それは無意識ながら侍女の仕事を逃避先としていた頃で、本心からの言葉では無かったのではないかと……今ならそうはっきり言えます。
王子宮に入り、当時、王子宮筆頭侍女を務めていたレイン様と出会って、力を認めてもらって、少しずつ仕事を任せてもらえるようになり……その頃から、少しずつやり甲斐を感じ始めたのだと思います。
ただ、その頃も誰かに仕えているという明確な実感はありませんでした。四人の王子殿下はやはり雲上人の如き存在で……寧ろ、王女宮の筆頭侍女なのに第一王子殿下や第二王子殿下と繋がりを持ち、国王陛下に容赦ない蹴りを入れ、王妃殿下や王太后様とのお茶会に参加される圓様の方がイレギュラーだと言いますか。えぇ、彼の方は紛れもないイレギュラーですからね。
圓様のような王女殿下への忠誠心みたいな気持ちは芽吹ようもない環境だったのだと思います。
しかし、圓様と出会い、王太后様とお会いする機会に恵まれ、第一王子殿下の専属侍女と王子宮筆頭侍女を兼任していた偉大なる先輩であるレイン様から王子宮筆頭侍女の地位を引き継ぎ、四人の王子殿下に直接仕える機会に恵まれると、少しずつ私が王子宮に仕えているのだという実感が湧いて、やり甲斐も感じるようになりました。
今なら心の底から「王子宮の侍女で良かった」と自信を持って言うことができます。
「私はね、働く貴女のことをわざわざ自分から苦労を買って出るなんてなんて変わった娘だろう……ってずっと思ってきたわ。生き生きと外で働く貴女のことが、私には理解できなかった。でも最近になって気が付いたことがあるの。貴族の女は自分の家と同格か、上か、とにかく同じ貴族の男性と結婚して、その家の女主人に傅かれて暮らすのが幸せだと思っていたの。でも、実際の女主人って働いているのよ。夫が動きやすいように家族が暮らしやすいようにあれやこれやと気を回したりするのは日常茶飯事だし、家人の管理や、領民や、親族に対してみっともない姿は見せられないから常に立ち振る舞いに気をつけて、模範となるようにしなければならないし」
言われてみれば、筆頭侍女も女主人も似たようなものなのかもしれません。
客人を招くにあたり家人の末端まで注意を払い、夫が客人や陳情に訪れた領民の代表者を前に恥をかかぬよう飾り立て、それらを笑顔で卒なくこなす。……勿論、それだけが女主人の在り方ではありません。女主人の役割は侍女達に任せて社交に極振りをして成果を得てくるというのも一つの在り方です。宰相閣下の奥方様がまさにその典型と言えるでしょう。
「……私はあの人が子爵として振る舞えるように、メレクがより過ごしやすい環境であるようにって今まで頑張ってきたつもりよ。勿論、それが良い方向だったとは言い難いこともあったかもしれないけど」
「……お義母様」
「でも、その日々は充実したものだったわ。その子爵夫人として送ってきた生活をふと振り返って、貴女が王城で務める侍女という仕事にやり甲斐を感じていた理由が少し分かった気がしたの。そして、そんな貴女の気持ちを『そんなもの』扱いしていたって分かったのよ。……貴女を世間知らずな子供だと思って、心のどこかで私は貴女を蔑んでいた。そのことにようやく気付いたのよ。貴女にはいっぱい迷惑を掛けてきたわ。本当に、ごめんなさい。今まで貴女の気持ちを理解できなくてごめんなさい」
今まで、家族には分かってもらえなくてもいいと……レイン様や圓様、本当に理解してくれる方々だけに分かってもらえればそれでいいとずっと思ってきました。心の底できっと私は理解されることを諦めていたのでしょう。
けれど、ようやく私を理解してもらえました。その喜びは、上手く表現できそうにありません。
この時、ようやく私とお義母様は本当に意味で家族になれたのだと、お義母様の抱擁を受ける私は目にいっぱいの嬉し涙を浮かべながら実感したのでした。
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