Act.9-441 ファンデッド伯爵領にて〜ファンデッド伯爵家とルーセント伯爵家の顔合わせ〜 scene.2
<一人称視点・アルマ=ファンデッド>
国王陛下というあまりにも予想外な貴人が参加するという予定外はあったものの、私達を乗せた車は想定よりも遥かに早くファンデッド伯爵邸に到着した。
要因はいくつかあるけど、まずはそもそも馬車と車では明らかに移動速度が違うわね。
当初、私は乗合馬車を使ってファンデッド伯爵領に帰ろうとしていた。
当然、乗り合い馬車で移動するとなれば複数の場所を経由するから時間が掛かってしまう。もし、クィレル様が提案されたルーセント伯爵家の馬車を利用するとなれば経由時間を短縮できるだけでなく、馬車に描かれたルーセント伯爵家の紋章で領地境の関所もほとんど回避できて乗合馬車より遥かに早く移動できたでしょうけど、やはり車には敵わないわね。
黒塗りの車にはラピスラズリ公爵家の紋章と共にブライトネス王家の紋章が掲げられている。そのおかげで、車が物珍しいということで多少奇異な視線は向けられるものの関所はほとんどスルーできてしまった。
その上、圓様が巧みなドライビングテクニックで乗客の体調を考慮しつつ適度な速度で走行してくれるおかげで、馬車よりも遥かに速い速度で移動することができる。……やっぱり、文明の利器の力は偉大ね。
「ああ、屋敷が見えてきた。良い土地だね、オルタンスもきっとすぐに馴染むだろう」
「何もない田舎ではありますが、穏やかで良い所と思っております」
「……何もないってのは流石に言い過ぎじゃないかな? 派遣したビオラの担当者から温泉脈が見つかったという報告を受けているよ。それに、調べてみるとなかなか興味深い土壌みたいだねぇ。焼き物に使えそうな粘土もあるし、こういった点を活かしていけばファンデッド伯爵領は発展していくと思うよ。それに、元パーバスディーク侯爵家から奪った領地もあるしねぇ」
「……まあ、特に面白味の欠片もない土地ですが、交通の便はそこそこ良い土地ですからね。きっとファンデッド伯爵家の皆様であれば有効に活用して頂けると思いますわ」
運輸関係の仕事に従事していたからかどうかは定かではないのだけど、元パーバスディーク侯爵領は交通の便が良い立地なのよね。それに、ルビーやサファイアが産出される鉱山も有している……ジェルメーヌさんは面白味の欠片もないなんて謙遜をしていたけど、かなり旨味のある土地だと思っているわ。
後はそれを活かせるかどうかね。……実際、圓様によれば、パーバスディーク侯爵はその土地を上手く活用できていたとはいい難いところがあったみたいだし、その土地のポテンシャルを十分に活かせるかどうかはこれからのファンデッド伯爵家にかかっているといっても過言ではないわ。
まあ、きっとメレクとオルタンス様なら上手く活用できると思うし、私が心配することでもないわね。
「あの子も張り切っていたよ。領民に受け入れてもらえるよう努力すると言っていた」
「オルタンス様でしたらば、きっとすぐにでも打ち解けられることかと思います」
「アルマ嬢がそう言ってくれると心強いね」
未来の義姉として、オルタンス様を歓迎していると態度にはっきり出しておかないとね。まあ、クィレル様との関係は友人として……いえ、親戚として良好だと思います。
……まあ、実際はそういうアピールも必要ないのかもしれませんが、こういうコツコツとした積み重ねは重要ですからね。
……それよりも、バルトロメオ……殿下とのラブラブ……じゃなかった、良好な関係をアピールするべきなのかもしれませんが、はい、そうなると溺愛でドロドロに溶かされてしまいそうなんですよね。
あの方、遊び慣れた王弟殿下というのは噂だけで、実際には不器用でとても一途な方ですから。
「おや。先代伯爵がもう出迎えて待ってくれているよ」
「え?」
クィレル様に言われて窓から屋敷の方に視線を向けると確かにお父様の姿が! 驚く私をよそに車は屋敷の前に到着しました。
「とぉッ!!」
国王陛下が真っ先に扉を開けて飛び出し、青筋を浮かべた圓様が張り付いた笑みを浮かべて容赦なく国王陛下に飛び蹴りを放って吹き飛ばした挙句、国王陛下をヒールの踵で踏みつけてしまいました。
……お父様は突然の国王陛下の訪問にどうすれば良いのかとオドオドしている間に国王陛下が圓様に踏み付けられて絶句……かくいう私も絶句です。
クィレル様も普段絶対しないような面白い顔で固まっています。バルトロメオは苦笑いを浮かべていますね。
護衛役のクレールさんとデルフィーナさん、ジェルメーヌさんが動かない様子なので、恐らく問題はないという判断を下したのでしょう。
「ジェルメーヌさん、あれって大丈夫なのかしら? 不敬罪に……」
「圓様の方が地位が上なのに不敬罪になることは無いと思います。国王陛下とはいえ今回は無理矢理同行した身――本来、アルマ様を優先するべき所を空気を読まずに飛び出した目立ちたがりな陛下の心を不意を突いて物理的に折りに行ったのでしょうね」
「なっ、何をしやがるんだよ!」
「……いや、なんとなく格好付けて飛び降りる姿がウザかったから踏みつけに行っただけだけど?」
「……深い意味は無かったようですね」
ジェルメーヌさんは必死に圓様が国王陛下に不意打ちを仕掛けた理由を考え出したみたいですが、実際には深い理由は無かったみたいですね。
まあ、圓様って天性のドSな部分もあるお方ですし、何かしら彼女の嗜虐心を刺激する部分があったんじゃないかしら?
とりあえず、国王陛下と圓様には触れないようにして私がバルトロメオのエスコートを受けて車を降りると、お父様が何とも言えない表情で出迎えてくれたんですが……未だに私と王弟殿下が婚約をしたという事実を受け入れ切れていないのでしょうか?
……それに、私が高位貴族の方と懇意であるという現実にも困惑している様子ですね。せめてクィレル様の前でくらい見栄でいいから不敵な笑みを浮かべて欲しいものです。
「お父様、ただいま戻りました。圓様とクィレル様のご厚意で予定より早くの帰宅となりました」
……陛下のことは、別にスルーでも良いわよね?
「そっ、そうか。おかえり、アルマ。……圓様、国王陛下、王弟殿下、クィレル様、娘が大変お世話になったようでありがとうございます。圓様とクィレル様から先触れを頂いておりましたので、お出迎えを……」
「お世話になったというか……寧ろ、ご迷惑をお掛けしたって感じだよな? アルマとクィレルに」
「珍しくよく分かっているじゃないか、ヒゲ殿下。ああ、ファンデッド先代伯爵様。ボクとクソ陛下のことはどうぞお気遣いなく」
いやいや、国王陛下と圓様のことを無視して話を進めるなんてできる筈がありませんよ! お父様もどのようにお二人を扱えば良いかと困惑しています。
そんなお父様のことを見るに見兼ねたのでしょう。クィレル様が口を開きました。
「いやいや、大したことはしておりませんよ。出迎え感謝します。ご息女が同乗してくださったおかげで道中退屈することもなく大変楽しい時間を過ごさせて頂きました。ファンデッド先代伯爵もご家族の皆様も息災かな?」
「は、はい。ルーセント伯爵様もお元気そうで。皆様、道中お疲れでございましょう、中で温かい茶の準備などいたしておりますのでどうぞ中へ」
「いや、折角だが今日のところは辞退させて頂こう。万が一、妻と妹が私より早く宿場町に着いたりなどして待たせれば、貴君も妻帯者として分かるところだろう?」
「……ああ……」
ちょっとなんで男二人で遠い目をしているんですかね? 言いたいことは何となく分かりますが、それって結局普段の行いがそのまま跳ね返って来ているだけなんじゃ。
まあ、藪蛇を突くようなこと、言いませんけどね。
「それではまた、顔合わせ当日にお会いしよう。宿泊予定の宿は先に報せた通りだから、何かあった際には遠慮無く連絡を寄越して欲しい」
「承知致しました」
「それではアルマ嬢も到着したばかりなのだから、まずはゆっくりと過ごすといい。当日を楽しみにしているよ」
「はい、クィレル様」
「……バルトロ」
「クィレル、皆まで言わなくていいぜ。……俺はこう見えて良識人だ。弁えることはしっかりと弁えているつもりだ。そこのクソ兄上と違ってな」
「おいおい、バルトロメオ。俺も良識はあるぜ? それに従う気が皆無だってことだ……って、痛ェ!!」
「では、クィレル様。また、後日」
踏み付けから解放されて「ドドーン」と効果音が聞こえてくるほど堂々と最悪な発言をした国王陛下に容赦ない回し蹴りを喰らわせたとは思えないような、無垢な少女のような笑顔を浮かべた圓様に苦笑いを浮かべつつ、本当に挨拶だけですぐさま馬車に乗り込み去っていったクィレル様に目を丸くしつつ、私達は並んでお見送りをしました。……まさか、お茶の一杯も飲まずに出発してしまわれるとは。
ちなみに、ジェルメーヌさんは後ろに控えたまま、荷物を抱えてずっと立っていた訳ですが……私よりも細腕な彼女にずっと荷物を持たせていたことに罪悪感を覚えました。まあ、実際には大男にも比肩する膂力をお持ちなのですけどね。
見慣れない護衛と思われる少女に(ちなみに本日のジェルメーヌさんはディマリアさんと同じく女性騎士の服装に身を包んで帯剣までしています。お父様はきっと彼女を護衛騎士だと思ったのでしょうね。まあ、実際は王子宮の次席侍女で、多種族同盟で最強と言われる諜報組織の一員でもある訳ですが)、ちらちらとそちらへ視線を向けるお父様に私は笑顔を浮かべてみせます。
「お父様、本日は王子宮次席侍女のジェルメーヌさんが、ラピスラズリ公爵家の使用人のクレール様、デルフィーナ様と共に護衛を兼ねて同行してくれました。我が家に逗留する許可を頂けますか?」
「ボクからもよろしく頼むよ。……それと、バルトロメオ殿下もしばらく滞在されるようだから、先触れに書いたように部屋を用意して頂けるとありがたいねぇ。ああ、陛下は無理を言って今回のファンデッド伯爵家とルーセント伯爵家の顔合わせへの同席を捩じ込んだ形だから、謁見のために王宮と往復することになるし、ボクも他の用事と同時進行で進めるつもりだから二人分の部屋は必要ないよ」
「えぇ……勿論、部屋はご用意させて頂きました。国王陛下、圓様、お、お忙しい中、当家に足をお運びくださり、あっ、ありがとうございます」
流石に国王陛下の滞在は予想外だったのでしょうが、圓様や護衛の方々の滞在は事前に想定していたのでしょうね。
部屋の準備がどうとかそんな言葉は出てきませんでしたし、お父様もお父様なりに変わろうとしているのでしょうか?
……私ももっと親子関係を改善するために会話をしなくては、と意気込んでいたのですがこうして実際にお父様を目の前にすると何を話していいのか分からなくなってしまいました。
そんな私の心の内を察したのか、圓様が苦笑いを浮かべています。……でも、実際に話題がないのですよ。
王城の話も守秘義務があるから無理ですし、ジェルメーヌさんが王子宮の仲間に加わって、後輩の侍女達とも良好な関係を築けて、私も少しずつ余裕が出てきて、流石に和気藹々という訳にはいかないけど、少し温かくなった職場で彼女達の成長を楽しみにしているなんて話をしても、お父様からすれば見知らぬお嬢さんの話で困惑するかもしれませんし。
でも、流石にこのまま黙っている訳にもいかないですからね。……一体どうすれば……って、圓様に助けを求めるように視線を向けるとプイッと視線を逸らされてしまいました。そうですよね、これは私が解決するべき話ですよね。
「先代伯爵様、先に荷物を運び入れても良いでしょうか?」
「あっ、ああ」
「親子同士、積もる話もあるでしょう。ボク達のことはどうかお気になさらず」
お父様から言質を取った圓様達は荷物を持って屋敷の中へと入っていった。
本来、客人を出迎える必要がありますが、圓様のお言葉を解すると、「その役目は引き受けるから、二人でじっくりと話をする機会を設けて欲しい」ということでしょうね。
ジェルメーヌさんはにっこりと微笑み、私の荷物を軽々と受け取って外套も寄越せとばかりに手を差し出してくるのでそれに甘えて渡すと、お父様に一言言葉を掛けてから屋敷の中へと入っていった。……美少女なのに、行動がイケメンなのですよね。あれが、エイフィリプ様の時にできていれば……いえ、なんでもありません。
「お、お茶の、準備ができているから……先に、二人で、その。お喋りでもして、メレク達を待とうじゃないか。お前の近況を聞かせてくれると、嬉しいんだが……」
「……えっ」
「い、嫌ならいいんだ。到着したばかりだしね、まあ玄関先で話すのもなんだから」
すっかり圓様にお膳立てされ、後に引けなくなった私とお父様は、その後ぎこちないやり取りをして屋敷の中へと入っていきました。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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