Act.9-435 侍女会議(3) scene.1 下
<三人称全知視点>
「ビオラ商会合同会社の前身、ビオラ商会の創設当初からビオラを支えてくれている幹部の一人にジェーオ=フォルノアさんっていう人がいるのは知っているかな?」
「アンクワールやモレッティと共にビオラの副社長を務めている幹部だろ?」
「ノクト先輩は、ビオラ結成以前に彼の名前を聞いたことがありましたか?」
「いえ……お恥ずかしい話ですが全く聞いたことがありませんでした」
「まあ、それもその筈です。彼は金融業で有名なジリル商会、王族御用達のマルゲッタ商会、そしてこの二つの商会に比肩していたゼルベード商会――かつて三大商会と呼ばれた商会とは向いている方向が違いましたからねぇ。……まあ、比較的ジリル商会には近いといえば近いですが。彼の経営するフォルノア金物店は王都で店を開いていましたが、主に王都に住む庶民をターゲットとしていました。一人一人のお客様のオーダーを丁寧に聞き、合った品を用意する職人業は量産とは対極にあり、あまり利益も上げられずに中小商会のレベルに留まっていました。ボクは王都の庶民層から慕われる関係性を築き上げてきたジェーオさんの商人としての姿勢を尊敬していたのですが、ジェーオさんはずっと自分がゼルベード商会の会長を務めたアンクワールさんやその側近だったモレッティさんと同列に扱われていることに違和感を覚えていたそうです。自分の価値を理解せず、口を開けば身の丈に合わない副社長を辞めたいという始末。……ボクはジェーオさんに自分の価値に気づく切っ掛けを与えたいと切に願ってきました」
「それが、ヴィクスン商会の会長アマリア・艶花・ヴィクスン様だと、圓様は考えたのですね」
「ノクト先輩の仰る通りです。お会いした時、彼女が商人らしい狡猾さを隠した厄介な人物であることは分かりました。美しい顔で籠絡し、毒針で一突きして相手を絶命に至らしめる水母の如き女性であると。……ですが、その心の中に商人としての誇りが燃えていました。彼女は気づいていないようでしたが、努力を重ねて五大商会の一角まで上り詰めた彼女なら、同じように努力を重ねながらその努力を他人から正当に評価された経験がなく、自らもその努力を過小評価して自分は取るに足らない人間だと自嘲するジェーオさんを許すことはできないだろうと、ボクは思ったんです。彼女ならジェーオさんの考えを変えられるかもしれない、そう期待してアマリアさんの提案を受けました」
「……うーん、何か引っかかるんだよな。確かに親友らしいといえばらしいんだが……何か隠してないか?」
「……気のせいじゃない?」
「その反応、絶対何かあるだろ!」
「ああ、分かったよ! ラブの波動を感じたんだよ!! 一目見た瞬間に、ジェーオさんとアマリアさんは良いカップルになれそうだと思って、それがヴィクスン商会の提案を受ける決め手となった、以上!!」
「まあ、そんなことだろうと思ったぜ。前世からそういうのが好きなんだろ? 誰だっけ?」
「玉梨滄溟さんと、皐月凛花さんのことなら薪は焚べたけど、切っ掛けは作ってないよ。他にも色々な恋愛話に老婆心で色々と仕掛けをしながら楽しんでいたのは確かだねぇ。まあ、一番の大好物は百合だけどさぁ」
「……本当にいい趣味しているよなぁ、お前」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「褒めてねぇよ」
「あっ、恋愛話ついでに。アルマ先輩、そういえばメレクさんとオルタンスさんの婚約が結ばれ、近々ファンデッド伯爵邸の方で同棲することになるって話を小耳に挟んだのだけど、その際にアルマ先輩もファンデッド伯爵邸に戻るんですよねぇ? その際、ボクも同行してもいいでしょうか?」
これまでメレクとオルタンスの婚約の話はルーセント伯爵家が主導する形で進められてきた。
実はしっかりとルーセント伯爵家、ファンデッド伯爵家が顔合わせをする場はなく、今回のオルタンスのファンデッド伯爵邸入りに際し、しっかりとした顔合わせをしようという話になったのである。
「ルーセント伯爵様に確認を取らなければなりませんので、私の方からは……」
「じゃあ、後でクィレルさんに確認を取っておくよ。これから少し忙しくなるからねぇ、例のダブル結婚式に向けた打ち合わせを今のうちから進めておきたいんだ。勿論、許可さえもらえればヒゲ殿下を引っ張っていくよ」
「まあ、確かに夏は緑の試練だろ? 秋は赤の試練……冬は黄の試練とペドレリーア大陸臨時班の最終局面。忙しくなるよなぁ」
「他にもライズムーン王国に警戒を強めておかないといけないし、ワージェス侯爵家の方も仕事が増えるかもしれないからねぇ。それと、夏休みにはどこぞの阿呆国王に、てめぇが何もしなかった間にお前の息子は邪神に乗っ取られた挙句、シャッテン達に殺されたよ! って突きつけに行かないといけないし」
「うわぁ、それをニコニコしながら言うとかドSが過ぎるぜ!」
「それに、筆頭侍女の仕事や商会の仕事、領地経営もあります。……秋の園遊会、冬の新年祭もありますし……本当に大丈夫ですか? 圓様」
「ご安心を、ノクト先輩! まあ……多分? 何とかなるかと?」
確実に無理をする気満々の圓に何も言えない顔になるノクト達だった。
◆
ラスパーツィ大陸での臨時班任務終結後、バイオリート、ミサリアーヌ、皇帝イリオットの三人はベーシックヘイム大陸に移り住むことになった。
当然の如く三人は圓に直談判を行い、円華の同意を得る前にクレセントムーン聖皇国にほど近い屋敷での同棲を希望――結局、三人に押し切られて円華の知らないうちに三人の同居が決定してしまった。
まあ、あれほど大きな屋敷をプレゼントした時点で既に同居人が増えることは想定済みだったという説もあるが。
三人の同居に向けた部屋の準備を屋敷の使用人達に依頼してから、圓はフィクスシュテルン皇国にある隠れ家へと転移した。
そこから今回の目的地であるフィクスシュテルン皇国の皇城を目指す。
「見かけない顔だな。皇城への入城許可は得ているか?」
「得ておりませんわ。ですが、多種族同盟のアネモネが来たと伝えて頂ければ問題はないと思いますわ」
城門の警備をしていた騎士の一人が怪訝な面持ちになりながら、一応確認のために城の中に入っていった。
それから数十分後、血相を変えた騎士が大急ぎで城門へと戻ってくる。
「暑い中、お待たせして大変申し訳ございませんでした! まさか、多種族同盟の議長様とはとんだご無礼を!! 国王陛下との謁見ですが、少々準備までお時間を頂戴したく……」
「いえ、本日はジェルエナ=コーツハート嬢への謝罪のために参りました。諜報員より王城にいると報告を受けたのですが?」
「少々お待ちください! 今確認をして参ります!」
騎士の一人がジェルエナが城内に滞在しているかの確認と、アネモネが面会のために皇城に来ていることを伝えるために城内に戻っていき、別の騎士が城内の応接室にアネモネを案内した。
それから更に数十分後、アネモネが案内された応接室にジェルエナが姿を見せた。
「……貴女が、百合薗圓」
「初めましてだねぇ、ジェルエナさん。ボクが百合薗圓だ。まずはこうして急に押しかけて申し訳なかった。……今日、ジェルエナさんの元を訪問した理由はジェルエナさんに謝罪をするためだ。……君に辛い人生を強いてしまったこと、本当に申し訳なかった。謝って済む話ではないし、許されたいとも思っていない。ボクのこと、一生恨んでくれて構わない。それだけのことを、ボクはしたんだからねぇ」
頭を下げたアネモネの姿の圓にジェルエナは少しだけ驚いた。
この世界の創造主である圓がジェルエナに頭を下げるとは思っていなかったのである。
「……少し意外だったわ。正直、謝罪をされるとは思っていなかったし。それに、私の最悪の前世は貴女達開発チームが用意したものでは無かったのでしょう?」
「まず、ジェルエナさんが物語に全く関係のない転生者という可能性はない。乙女ゲーム『貴族学園の恋の季節』が発売されている異世界というものが、自然発生するとは思えないからねぇ。恐らく、ジェルエナさんの前世の世界はユーニファイドに付帯する世界として創造されたのだと思う。似たような事例は、魔法の国の魔法少女達で確認されているから、間違いない。……既にネストから話を聞いていると思うけど、ボクはジェルエナさんを、セレンティナの、イリオットの、ギィーサムの――彼女達の日常を破壊し、転生の物語を始めるためのマクガフィンとしてデザインした。重要なのはセレンティナの死を起点に第二の物語が始まることであって、正直誰でも良かったんだ。だから、ジェルエナさんに関してはイリオットとギィーサムみたいな鍵を握る人物として再登場する元攻略対象と違って割と適当に決めたんだよねぇ。辛い境遇の前世を経験し、ヒロインとして転生したジェルエナは今世では幸せになりたいと行動を起こし、セレンティナとイリオットの関係を破壊する……本当にそれだけしか決まっていなかったし、描かれていなかったんだ。だから、ジェルエナさんの人生の大枠は決めていたとしても、その詳細まで設定した訳ではない。だから、ボクに罪はない……なんて話になる訳ないでしょう?」
「一番辛い思いをした円華さんが受け入れたのなら、私に貴女を糾弾する権利はないわね。……それが、ゲームに必要だったのでしょう? 私だってゲームを遊んだ記憶があるから、少しは分かるわ。都合の良いことだけで物語は進まない。辛いことや苦しいことがあるからこそ、物語は物語として成立する。……貴女が描く物語には私が引き起こす悲劇が必要だったのよね。そして、貴女はそのゲームが異世界として現実になることを想定すらしていなかった。当然よね……想像できたらびっくりだわ。――貴女は物語を変えようとする円華さんの背中を押したのよね?」
「まあ、そういうことになるねぇ。異世界として現実になったんだ。シナリオになんて拘る必要はない。確かにまだ影響はあるけど、変えようと思えば変えていける。……でも、それを最初から理解して実行しているのってボクの前に敵として立ち塞がる連中ばかりなんだよねぇ。……理不尽な運命を強いたボクが言うのも何だけどさぁ、君は君の思うがままに生きればいいと思うよ」
「……その結果、私がイリオット様を射止めても問題ないのよね?」
「魅了なんてものに頼らず、真正面からセレンティナさんとぶつかって、それでイリオット殿下の心を射止められたのなら、それは祝福されるべきことだと思う。……この世界は君達、この世界に生きる者達全てのものだ。どのような選択をするかを強要するつもりはないよ」
「……だったら、私の助力をしてくれたり」
「……しないよ? ボクはその件に関しては誰の助力もするつもりはないからねぇ」
「勿論、冗談よ。私の力だけで成し遂げないと意味がないもの。……圓さん、こうして貴女とお話ができて本当に良かったわ。創造主と聞いてどんな人なのかと思っていたけど、私と変わらない血の通った普通の人間だってことが分かったわ」
「……ボクのこと、一体何だと思っていたんだよ」
「……これまでの人生、辛いことばかりだった。ヒロインに転生して、今度こそ幸せな人生を送れると期待して……でも、それは本当の地獄の始まりだった。セレンティナ様を、イリオット様を、ギィーサム様を、みんなを苦しめる最低最悪の悪女の人生だった」
「…………」
「でも、今はこの人生、悪いものじゃないと思っているの。あの辛い地獄を味わったから、私はセレンティナ様に、イリオット様に、ギィーサム様に……円華様に、みんなに出会えた。――私達のことを産んでくれてありがとう、お母様」
花の咲いたような輝く笑顔を浮かべ、ジェルエナは部屋を後にした。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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