Act.9-433 侍女会議(3) scene.1 上
<三人称全知視点>
「ところでアマリアさん。ジェーオさんと話してみてどう思ったのかな?」
アネモネから照魔鏡の如き全てを見透かすような瞳を向けられ、アマリアは改めて格の違いを思い知らされた。
一切表情に出していないつもりだったが、どうやらアネモネにはお見通しだったらしい。
「……お話をしている間、ずっとモヤモヤしていましたわ。私だって最初は駆け出しの商人でした。色々と試行錯誤して、信頼を勝ち得て、ようやく五大商会の一角にまで数えられるようになった。それは、かつて三大商会の一角を率いたというアンクワール様も同じだと思います」
「まあ、かつてのアンクワールさんは誠実とは程遠い手法を用いていたけどねぇ。アマリアさんだって、決して身綺麗という訳ではないでしょう? そこまで巨大な商会まで成長を遂げさせるためには清濁合わせ呑まなければならない。とはいえ、そこに至るためには大なり小なり才能が必要だ。所謂、商才というものだねぇ。ジェーオさんは、自分にはその才能が欠片も備わっていないと思っているみたいなんだ。そして、才能あるアンクワールさんやモレッティさんと共に自分が副社長に選ばれていることに居心地の悪さを感じている。自分には副社長に選ばれる度量がないってねぇ」
ジェーオは「アネモネ会長に唯一失敗があるとすれば、それは自分を副社長に選んだことである」と言った。
三大商会とは比較にならないほど小さな店の経営者だった自分を副社長に選んだ理由はたまたまアネモネが選んだ金物店の店主だったから、その場の流れでズルズルと引き摺られてビオラ商会の設立の場に居合わせてしまったからだと。
「自分には何も才能がない。ただ、あの場に居合わせた運だけでここまで上り詰めてしまったビオラ商会合同会社に不相応な男だ」と卑屈に笑うジェーオを見て、アマリアは何故か怒りを覚えた。
何故、そのような気持ちになったのかアマリア自身にも分からない。ジェーオが副社長を辞任すれば副社長の椅子が空き、その椅子が自分に転がってくる可能性も高まる。嬉しいことはあっても、怒りを覚える理由などない筈だ。
「アマリアさんはどう思う? 確かに出会いは偶然だったかもしれない。ボクが適当に選んだ金物屋がたまたまフォルノア金物店だった、それは紛うことなき事実だからねぇ。でも、たまたま幹部になれたとして、その座を偶然だけで維持できると思う? 社員から信頼されなければ誰もついては来なくなる。今、ジェーオさんが副社長の座にいるのは本人の努力が実ったからだよ。……アマリアさんは、商人に何が一番重要だと思う?」
「利益を上げることだと思いますわ。商会を維持し、社員を養うためには利益が重要です」
「正直だねぇ。まあ、それも一つの答えだ。だけど、利益ばかり見た結果、崩壊に導かれていったという事例もある。例えば前世で実際にあった事例だけど、とある中古車販売会社が預かった車に意図的に傷をつけ、損害保険会社に保険料の不正請求を行い、その差額を着服していたという事例があった。ノルマを設けて、不正行為を強要――地位降格の恐怖を与えて感覚を麻痺させていく、実に悪質な手法だったそうだよ。利益なんてものは上げようと思えばいくらでも上げられる。客を騙し、生産者や傘下企業に圧力を掛け、社員の給与を減らし、浮いたお金を総取りすればいいだけ。でも、その行いは多くの場合、報いを受けて終わる。まあ、バレずに逃げられる場合も少なくないのが辛いところだけどねぇ。……ボクが商人にとって最も重要なものは誠実さだと思う。誠実に顧客に向き合い、誠実に生産者に向き合い、誠実に社員に向き合い、信頼を掴み取る。それをしっかりと実践していたのがジェーオさんやラーナさん達なんだ。フォルノア金物店は一人一人の顧客に真摯に向き合い、望む品物を提供するお店として高い信頼を勝ち得ていた。きっとジェーオさんの人柄が、彼の儲けではない、もっと大切なものを大切にする姿勢がお客さんに伝わっていたからなんだろうねぇ。こんなボクみたいなポッと出の素人が大商会の経営ができたのは、確かにゼルベード商会の地盤を引き継げたこともあるけど、ジェーオさんやラーナさん達、真面目に仕事に打ち込んできた商人のこれまでの頑張りが正当に評価された結果でもあると思うんだ。……寧ろ、そっちの方が大きいんじゃないかな? そして、それはビオラ商会合同会社の幹部になっても変わらない。ジェーオさんは今も初心を忘れず、フォルノア金物店だった頃の仕事も続けている。その真面目に職務に向かい続ける姿勢を、ボクはもっとジェーオさん自身に評価してもらいたいと思うんだけどねぇ。――ジェーオさんは、ビオラ商会の最初期からビオラ商会を支えている信頼できる右腕だ。商会を率いてきたアマリアさんにとっては不服かもしれないけど、ビオラ商会合同会社に馴染むまでは彼を頼ってもらいたい。それじゃあ、よろしくねぇ」
そう言い残し、アネモネは去っていった。
「……ビオラ商会合同会社に馴染むまでは彼を頼ってもらいたい、ですか」
「ビオラ商会合同会社を古くから支えてきたジェーオ様からビオラ商会合同会社の一員として必要なものを学ぶ……それ自体は当然のことですが」
「圓様は、恐らくそれ以上のことを望んでいるのよね」
何故、ジェーオとアマリアを引き合わせると判断したのか、アマリアには分からない。
しかし、それが最善だと圓は判断したのだろう。もしかしたら、最初にヴィクスン商会で邂逅した時からジェーオと引き合わせることを視野に入れていたのかもしれない。
「ジェーオさんに自信をつけさせたい……その切っ掛けに私がなることを期待しているのでしょうね。圓様もなかなか難しいことを期待してくれるわね」
「でもアマリア様、少しだけ楽しそうですよ」
「何故かしら? 最初はただヴィクスン商会の利益だけを求めていた筈なのにね。でも、不思議と悪い気はしないわ」
圓の掌の上で転がされているようで少しだけ納得できないところもあったが、既にアマリアの中で答えは出ていた。
あの自信のない誠実な商人に自信をつけたい――その気持ちを胸に抱き、アマリアはジェーオに自信をつける方法を考えながら帰路に着いた。
◆
園遊会など大きな行事ごとの前には統括侍女や筆頭侍女が集まり、行事の前に打ち合わせや情報交換を行うために侍女会議の回数が増えるのだが、そうした行事ごとのない時期にも月に二回ほど情報交換を目的に侍女会議が開かれている。
その侍女会議の形は外宮筆頭侍女のファレル=メディッシスがローザの秘密を知って以降、大きく変化していた。
「本日は新作のフランボワーズと生チョコレートのケーキをご用意させて頂きました」
会議の前に毎回ローザが作った新作のケーキが振舞われることになったのである。以前は少しギスギスと緊張した雰囲気もあったのだが、現在は美味しいケーキの効果もあっても毎回和やかな雰囲気で会議が行われている。……まあ、園遊会などの大きな行事ごとの目前となれば流石にこの和やかな雰囲気のままではいられないだろうが。
給仕補助として影から現れた真月がケーキを乗せた皿を配り、ローザが手ずから紅茶を淹れていく。
王族が望んでも基本的には得られない幸福を自分達が享受していることに、少しだけノクト達は罪悪感を抱いていた。
「そういえば、琉璃様と紅羽様が真月様を探しておいででしたよ」
『ワっ、ワォン!? あ、ああ、アルマさん!?』
「真月、驚き過ぎてバグっているよ。……まあ、流石に気づかれるようねぇ。困ったねぇ、もうちょっとバレないかなって油断していて言い訳考えるの先延ばしにしていたよ」
アルマが何気なく真月に尋ねると、真月はあからさまに態度がおかしくなり、ローザは遠い目をして溜息を吐いた。
「皆様ご存知の通り、ボクは『クラブ・アスセーナ』で日々料理の腕を磨いているのですが、流石に作った料理全てを食べられるほどの胃袋はありません。そこで底なしの胃袋を持つ真月に味見係……というか、食事係をお願いしていたのです。ですが、『クラブ・アスセーナ』での食事はかなりのハードルを設けていますから、『真月ばかり不公平だ!』とか声高に言い出す輩が出てきそうだと考え、ここまで内緒にしていたのです」
「――呼んだか?」
「呼んでないよ。一応聞くけど、仕事はどうしたのかな? クソ陛下?」
「んなもん決まってんだろ! サボったぜ!!」
「ああ、なるなど、よぉく分かった。光の速度で蹴られたいんだねぇ!」
突然眩い輝きと共に現れたラインヴェルドに、王を敬う気持ちなど欠片もなく光を纏わせた足で容赦無く蹴りを放とうとするローザにアルマ、エーデリア、ファレル、シエルはオドオドし、ニーフェは我関せず一人優雅に紅茶を啜った。
「ローザ、おやめなさい」
「おっ、流石はノクトだぜ。よく分かっているじゃねぇか」
「そんなのを蹴っても御御足が穢れるだけですよ」
「はっ、ふざけんじゃねぇぞ! そういうことじゃねぇだろ、クソババア」
「……ラインヴェルド陛下」
「おい、親友! 目座っちゃって怖いんだけど!!」
「君はもっとノクト先輩を心から敬うべきじゃないかな? 君がこうして無茶やれているのは、国を支えている縁の下の力持ちの皆様がいるからだ。もう少し感謝の心を持って生きるべきだとボクは思うんだけどねぇ」
「わっ、分かったって! ノクト、すまなかった」
「勿論、この件は王太后様に報告させてもらうよ」
「そっ、それだけはやめてくれ!!」
「で、用事は何なの? ボク達は親睦を深めつつ情報交換をしているんだけど。仕事サボった君と違って暇じゃないんだよ!」
「勿論、真月の話を聞いて不公平だ! って直訴しに来たんだぜ!!」
「……それ、琉璃や紅羽あたりから苦情が入るのならともかく、サボりまくっている陛下に言われる筋合いはないよ。じゃあ、用事終わったらとっとと帰ってねぇ」
ラインヴェルドはその後も駄々を捏ねて居座り、挙句「お前らも圓から新作のケーキをもらってて狡い」などと難癖をつけ始め、結局ラインヴェルドにもケーキを振る舞うことになった。
エーデリア、ファレル、シエルの中で威厳ある国王の株が大暴落したのは言うまでもない。えっ、アルマとニーフェとノクトはって? 既に大暴落して地の深くまで落下しております。
お読みくださり、ありがとうございます。
よろしければ少しスクロールして頂き、『ブックマーク』をポチッと押して、広告下側にある『ポイント評価』【☆☆☆☆☆】で自由に応援いただけると幸いです! それが執筆の大きな大きな支えとなります。【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくれたら嬉しいなぁ……(チラッ)
もし何かお読みになる中でふと感じたことがありましたら遠慮なく感想欄で呟いてください。私はできる限り返信させて頂きます。また、感想欄は覗くだけでも新たな発見があるかもしれない場所ですので、創作の種を探している方も是非一度お立ち寄りくださいませ。……本当は感想投稿者同士の絡みがあると面白いのですが、難しいですよね。
それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




