Act.9-432 ビオラ商会合同会社・幹部会議 scene.2
<三人称全知視点>
「ヴィクスン商会はビオラ商会合同会社に吸収合併後、ビオラ商会合同会社プラト港支社となります。アマリア・艶花・ヴィクスン様にはビオラ商会合同会社プラト港分社長に就任して頂き、プラト港支社の社員はヴィクスン商会から引き継ぐ形になります。異動については来期から、原則希望者がいる場合のみ行う方針です。……そうですねぇ、では、ジェーオさん。申し訳ないですが、後ほどアマリア様にビオラ商会合同会社の雇用形態や本社とのやりとりの方法などを教えてあげてください」
「……なんで俺なんですか? モレッティさんやアンクワールさんの方が適任だと思いますし、そもそも同じ分社長の方がいいのではないでしょうか?」
「私の勘がジェーオさんが適任だと言っています」
「……分かりました。アマリア様、申し訳ありませんが後ほどお時間を頂戴致します」
「よろしくお願いしますわ、ジェーオ様」
その勘が決して鋭い勘から導き出されたものではなく、超共感覚によって示された指針であることをアマリアとロゼリエ以外の圓と付き合いの深い面々は早々に理解した。
今回の明らかにビオラ商会合同会社の乗っ取り狙う不穏分子――ヴィクスン商会のアマリアの幹部入りは素人から見ても明らかに悪手だが、あのアネモネが何も考えずに一歩間違えばビオラ商会合同会社を崩壊に追い込むような一手を打つ筈がない。
何かしらの思惑があることは予想していたジェーオ達だったが、このアネモネの言葉でそれがジェーオと関わるものであることをアマリア達以外の参加者全員が確信したようである。
「では二つ目の議題についてです。現在、空席となっているレインフォール分社長ですが、三人の候補者に絞り込むところまで進展しました。この元造船ギルド職員のダグジャッジ・ポートマスさん、ジードラバイル支店の分社長補佐のアグレイン=イグナチオさん、ウォルザッハ分社長補佐のアグニル=アウルインさんの三人の候補者を面接した結果、私はアグレインさんをレインフォール分社長に推したいと考えているのですが、反対意見のある方はいらっしゃいますか?」
「アネモネ様の目でそう判断されたのなら、俺に異論はありませんね」
「私も同意です」
「三人とも最終面接まで残る実力者で、誰がなっても問題ない水準に達していたと思います。……個人的にはエルヴィーラさんを推していましたが」
「そのエルヴィーラさん本人に断られてしまったのよね?」
「ラルさんの仰る通りです。……見事に断られてしまいました。まあ、無理強いするような話でもありませんし、希望者もいましたからねぇ。エルヴィーラさんに拘っても仕方がないという判断です」
ちなみにエルヴィーラであれば三人の最終候補者に勝るとも劣らない活躍をすると確信していたアネモネだったが、本人がそれを望んでいなかったのでレインフォール分社長に指名する話は無かったことになった。
会社の利益を優先するのであれば多少無理をしても口説き落としに動くべきところだが、アネモネが第一としているのは利益ではなく社員やお客様の幸福なので、妥当な判断だとジェーオ達は受け止めていた。……まあ、若干心残りがない訳ではないが。
その後、アネモネの提案は幹部達によって承認され、空席となっていたレインフォール分社長の椅子にアグレイン=イグナチオが座ることが決まった。
◆
幹部会議終了後、アマリアとロゼリエはジェーオの案内で第二本社にある小会議室へと向かった。
備え付けのティーセットで紅茶を三人分淹れてアマリアとロゼリエの前に供した後、ジェーオはアマリア達の正面に座った。……しかし、正面と言ってもアマリアとロゼリエが案内されたテーブルとジェーオの座ったテーブルの間にはかなりの距離がある。
(……やはり、私のことをそう簡単に信用できないということなのでしょうね。まあ、いきなり無条件で傘下に入ると言われて警戒しない方がおかしいですが。……あの商会長は平和ボケした脳内お花畑な方のようですが、これほど巨大な商会に発展したのは度が過ぎたお人好しな商会長を慕う幹部の方々の尽力によるものなのでしょうね。……私にとっては厄介な相手ですわ)
アネモネとは違い、ジェーオ達幹部のガードは固そうだ。
ビオラ商会合同会社を乗っ取るためにはこの幹部達を上手く丸め込むことが必須であるため、アマリアにとっては厄介なことである。
……まあ、このジェーオに関しては幹部を辞めたがっているため、他の幹部達に比べてまだ付け入る隙があるのだが。
「……本当に困ったものですよね、うちの会長」
ジェーオの口からアネモネに対する不満の言葉が飛び出し、少しだけ驚きながらも「これなら、予想以上に牙城を崩すのは簡単かもしれないわね?」などと胸算用をしていたアマリアだったが、その期待は次の瞬間に打ち砕かれることになる。
「アマリアさん、貴女も思ったんじゃないですか? まだ為人も分からない状態で、無条件で傘下につくなどという提案を受け入れるなんてどれほど無防備で世間知らずな商人なのか? と。しかし、少し考えれば分かる筈です。アネモネ会長はビオラ商会合同会社の前身であるビオラ商会、更にその前進である服飾雑貨店『ビオラ』の借金を肩代わりするところから始まり、アネモネ会長や服飾雑貨店『ビオラ』に報復を行った当時ブライトネス王国で三大商会の一角に数えられていたゼルベード商会を返り討ちにした上でゼルベード商会を呑み込む形でビオラ商会を設立、その後、当時永世中立国であった商人の国マラキア共和国を実質的に支配していた腐敗の象徴であった商人ギルドを買い取ってビオラ=マラキア商主国を建国し、三大商会の一角から大陸有数の商会へと成長を遂げさせた類い稀な才覚を持つ商人です。そのアネモネ会長がそのような見え透いた罠に引っ掛かる筈がない。……あの方は途方もない深謀遠慮で先を見据えています。あの、かつては三大商会の一角まで上り詰めた商会を率いたアンクワール様ですらそのお考えの全てを理解できないほどです。ただの小さな金物屋の店主だった俺には、到底理解できない領域の話ですよ。……そして、アネモネ会長はお考えの全てを教えてくださることはありません。一石を投じて二鳥、三鳥、四鳥と利益を得られる方法を即座に思いつき、すぐに行動に移してしまいます。側近のモレッティ様やアンクワール様にも依頼することは稀で、アネモネ会長は独断専行で動くことが多いですからね。そして、いつも我々の予測を超える利益を得て戻ってくるのです。それは、ビオラ商会合同会社の利益であったり、顧客の利益であったり、或いは第三者の利益であったりと様々ですが。……個人的にはもう少し色々と思惑を話してくれたり、頼ってくれたりしてくれると嬉しいのですが。今回のヴィクスン商会の傘下入りの話を罠と知りながらあえて了承したのにも何か理由があるのだと思いますよ。恐らく、ポーツィオス大陸との繋がり以上のものが。……というか、あの方は基本的にビオラ商会合同会社の影響圏の拡大を望んでいませんからね。ラスパーツィ大陸やペドレリーア大陸への出店だって引くに引けなくなって致し方なくという場合がほとんどですよ」
ジェーオの言葉を聞いてまだ半信半疑だったアマリアだったが、アネモネの活躍の軌跡やアネモネの前世のこと、公爵令嬢ローザ=ラピスラズリとしての活躍を聞かされるうちに、自分が簡単に丸め込めると思っていたアネモネがどれほど恐ろしい存在であったのかを知ることとなった。
話を聞く限りアンクワールは自身と同格の商人だが、アネモネは……百合薗圓という人間はそんなアマリア達から見ても遥か高みにいる存在である。
そんな彼女を簡単に丸め込めると信じていた先程までの自分の思考が恐ろしくなると同時に、三大商会の会長でもないただの商人から副社長に選ばれたジェーオの抱える劣等感がアマリアには少しだけ分かったような気がした。
「今回はお二人がビオラ商会合同会社の仲間になるということで、いずれ知ることになることですから俺の独断で説明しましたが、百合薗圓様の秘密は本来なら守秘義務が生じるような話です。口外しないと誓って頂けると助かります。俺も、自分が教えたことが原因でお二人の命が失われたとなれば罪悪感を抱きますからね」
世界創造に関わる重要な秘密である。もし、妄りに吹聴して世間に知られれば大きな混乱を生じさせることになるだろう。
事の重大さを理解したアマリアとロゼリエは揃って圓の秘密を口外しないことを誓った。
◆
その後、アマリアはジェーオからビオラ商会合同会社の傘下に入る上で必要な情報を全て教えてもらった。
ビオラ商会合同会社の雇用形態はペドレリーア大陸の商会とは大きく異なっている。
ヴィクスン商会の社員達も慣れるまではかなり苦労を要することになるだろう。……まあ、色々と引かれてもヴィクスン商会の給与よりは高くなる計算なので、不満は出なさそうだが。
ジェーオにお礼を言い、第二本社の小会議室を後にしたアマリアはロゼリエを伴って旧フィートランド王国の王都にあった第四本社を目指す。
「アマリアさん、ロゼリエさん、お疲れ様。少しだけ時間をもらえるかな?」
その道中、アマリア達はアネモネに呼び止められて第三本社の応接室へと案内された。
「……口調が変わっていますわね」
「まあ、ジェーオさんから話を聞いたみたいだし、ビオラ商会合同会社の社員になるなら猫を被る必要もないからねぇ」
「……私の目論見のこと、ご存知だったのですね」
「まあ、ねぇ。流石にあんな怪しい話、真っ当な商人なら……というか、常識があるなら乗らないと思うよ」
「でも、アネモネ様は……圓様はその目論見を知った上であえて応じてくださったのですわよね? その目的は一体何だったのかしら?」
「さあ、それは何故だろうねぇ。――秘密だよ」
アマリアの問いにアネモネはにっこりと微笑んだ。
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