Act.9-430 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜ビオラ・スクルージ商会戦争〜 終章〜死の淵より帰還したシャイロックと、ビオラ・スクルージ商会戦争の終結〜 scene.1
<三人称全知視点>
「う、む……ここは……?」
視界が白に塗り潰され、直後に音が戻ってくる。
「お目覚めになられましたか、シャイロック様」
初めに聞こえたのは可憐な声――そちらに目を向けると一度も会ったことがないにも拘らず、どこか見覚えのある少女の姿が映った。
「お前は……ターリアだったか?」
「私のこと、ご存知だったのですね。……ターリアと申します。シャイロック様がお造りになった奨学金制度で、セントピュセルに通うことができている者です」
そのターリアの言葉を聞き、シャイロックは自分があの二つ目の夢の続きにいるのではないかと錯覚した。
死の淵に居たシャイロックはラージャーム農業王国の王城で目を覚まし、ターリアとミレーユ――二人と言葉を交わす中で生き方を改める決意をした。
その時、あの世界のシャイロックは救われたのだろう。……しかし、あの幸福な場面を目撃した直後に足元が崩落したように、今のシャイロックにその幸福を享受できる権利はない筈である。
「お初にお目に掛かりますわ、帝国皇女、ミレーユ・ブラン・ダイアモンドですわ」
「……初対面の筈ですが、どこか懐かしさを感じます。シャイロック・スクルージにございます。……このような形でのご挨拶になってしまい、申し訳ございません。ミレーユ姫殿下」
別の世界線の記憶を持つミレーユは殊勝な態度を取る別人のようなシャイロックの姿に疑問符を浮かべていた。
ミレーユの知るシャイロックとは明らかに違う。何故、彼がこの短時間で心を入れ替えることになったのか……まさか、一度命の危機に瀕したことで心を入れ替えたのかしら? などと考えていると、シャイロックの前にエイリーンが歩み出た。
「お初にお目に掛かります、シャイロック・スクルージ殿。私はエイリーン=グラリオーサと申しますわ。ベーシックヘイム大陸のフォルトナ=フィートランド連合王国より留学生として参りました」
シャイロックの記憶にない一人の少女――彼女がミレーユとターリアと共にいるということには何かしらの意味があるのだろう。
しかし、何度考えてもシャイロックには分からなかった。……それどころか、シャイロックはここ事に至る経緯すら理解していなかった。
シャイロックはスクルージ商会の本社で倒れた。その事実をミレーユとターリアがそもそも何故知ることができたのか? 仮に知れたとして、あの遠く離れたセントピュセル学院からやってきて間に合うのか?
消去法で考えれば、この少女が鍵を握っているということになるが、何度考えてもその答えは見つからない。
「……いえ、もう隠し立てするのはやめましょうか。エイリーン=グラリオーサなどという人間はこの世に存在しません。私の……いや、ボクの本来の身分はローザ=ラピスラズリ、ブライトネス王国のラピスラズリ公爵家の令嬢にして、ビオラ商会合同会社、アネモネでもある。本日はお礼参りに参りました、スクルージ商会の会長殿」
一瞬、真紅の髪を持つ美しい令嬢に姿を変えたエイリーンは、アネモネの姿でシャイロックに正対する。
当然、エイリーンの素性を知らないターリアは「一体何がどうなっているのよ!?」と困惑した。
一方、シャイロックはというとアネモネの姿を見て恐怖に恐れ慄いた。まるで死神でも見たかのようなシャイロックの態度にアネモネは「ボクは別に死神とかじゃないんだけどねぇ……」と少しだけ不快そうに顔を歪める。
「まず、シャイロックさんが一番気になっている我々がどうしてここに辿り着けたのかについて話そうか。勿論、事前に近い将来、シャイロックさんが倒れることになることを知っていたというものあるけど、具体的なタイミングまでは分からなかった。ビオラ商会合同会社の建築部門の関係者を乗せた馬車が襲撃を受けた時、盗賊崩れの傭兵達を捕らえると共にカルコロさんも捕えさせてもらってねぇ。処置を施してボク達の味方に、諜報員になってもらったんだ。その後、カルコロさんの姿に戻って潜入して情報収集をしてもらっていたんだけど、シャイロックさんが倒れたという報告を受けた時には少し驚いたねぇ」
カルコロが魔法を解除して女諜報員の姿に戻る。
性別を変えてしまうという非現実的な光景を目の当たりにしてシャイロックとターリアは衝撃を受けた。
しかし、あのカルコロがビオラ商会合同会社に睨まれているにも拘わらず唯一生還できたというのは今考えるとあまりに出来過ぎている。諜報員になってスクルージ商会にカルコロとして再参入したという話を聞いた時、驚きを感じると同時に腑に落ちた感覚もシャイロックは味わっていた。
「ビオラ商会合同会社にペドレリーア大陸のマーケットを荒らす意図はないよ。フォルトナ=フィートランド連合王国への出店だって、フィートランド王国がフォルトナ王国の傘下に入るってどこぞの鬼畜魔王女が言い出して多種族同盟に加盟しちゃったから、仕方なく出店しただけだし、セントピュセル学院の改修の話だって、成り行きで本気で生徒会選挙に勝ちに行かないといけなくなったから苦肉の策としてボク達二人で知恵を振り絞ったものだった。……だよねぇ、ミレーユさん」
「えっ、ええ、全くその通りですわ。ラングドン先生が無理難題を仰ったので、致し方なくアネモネ閣下にお知恵を借りたのですわ」
「基本的に、ボクはペドレリーア大陸にそこまで干渉をしたくない。この大陸の未来はミレーユさんやその仲間達の努力で築いていくべきものだからねぇ。今回、スクルージ商会……というか、シャイロックさんから嫌われた原因はセントピュセル学院の改修の事業を無名のボク達が音頭を取ったこと、それから五大商会に事前に声を掛けなかったこと、この辺りだと思うけど、五大商会はいずれも建築部門を持っていなかったからねぇ。クロエフォード商会も同じ条件だったから、別にどこかを贔屓した訳じゃないんだけど、君の目にはそう映ったんだろう。……まあ、ペドレリーア大陸のマーケットを荒らす外来種の自覚はあるよ。でも、ボクだって一応は商会の長だ。ビオラ商会合同会社に攻撃を仕掛けられたら全力で反撃をするし、社員を、仲間を傷つけられたら容赦無く叩き潰しに掛かる。君の子飼いの傭兵を監禁した件と使用人頭を諜報員にした件について謝罪はしない……先に実力行使に訴えたのは他ならぬ君だからねぇ」
今回、アネモネがシャイロックに行った反撃は一般的に見れば過剰防衛である。
しかし、シャイロックはこの結果が「まだマシなもの」であることを理解していた。もし、万が一あの場の誰かが傷つくことになっていれば、アネモネは完膚なきまでスクルージ商会を叩き潰す覚悟を決めていただろう。
「……もし、運が悪ければスクルージ商会は貴女の手で完膚なきまで叩き潰されていたのでしょうね」
「まあ、その可能性はあったと思うよ」
シャイロックが死の淵で見てきたものを見気で見通したアネモネは無表情でシャイロックの言葉を肯定した。
「この先、ボクがシャイロック・スクルージに対して求めることはない。一応、元カルコロさんだった諜報員のマーニャ・ルニフィスさんには引き続きスクルージ商会に潜入して念の為に君の監視をさせてもらうけど、彼女のことはボク達とのパイプ役だと思ってくれればいい。もし、本当に困った時は彼女を通して連絡を入れてくれたら力を貸すよ。それじゃあ、後はターリアさんに任せるよ。……あっ、そうだった。シャイロックさん、ターリアさん、当然だけどエイリーンがアネモネであることやローザであることは第一級の極秘事項だ。その事実を明かせば物理的にその首を取りに行くので、それだけは覚悟をしておいてねぇ」
前回の世界線でミレーユはシャイロックに恨みがあったが、今回の世界線でミレーユは特に被害を被った訳ではない。……まあ、友人のフィリイスの父が運営するクロエフォード商会が被害を被ってはいるが、その問題も圓の手で解決に導かれている。
実際、今回のことでミレーユはシャイロックに恨みを持っていなかった。寧ろ、ぐったりとして横たわるシャイロックに攻撃をするのは、弱った相手を叩くようで、なんだか、凄い嫌だった。
「……アネモネ閣下、ミレーユ姫殿下。私は誤った道を進んできたのだと思います。しかし、道を誤っても、間違いに気づいたところで立ち止まり、道を戻ってやり直すことはできる。この年でどこまでできるか分かりませんが、努力してみるつもりです。幸い、私には私を心配してここまで来てくれた心優しい少女や、死の淵に立たされた私を見捨てなかった部下がいます。きっと、やり直してみせましょう」
シャイロック晴れ晴れ気持ちで決意の篭った視線をミレーユとアネモネに向ける。
ミレーユはすっかりとキャラが変わってしまったシャイロックに驚き、「お、応援していますわ」と言うくらいのことしかできなかった。
アネモネは微笑一つ浮かべるとエイリーンの姿に戻り、ミレーユを伴って『管理者権限・全移動』でセントピュセル学院に戻る。
シャイロックは二人を見送ると、ターリアとカルコロに改めてお礼を言い、それから医者見習いのターリアから指導を受けた。
死の淵を彷徨い、三つの世界線を経験したシャイロックは初心を思い出し、心を入れ替えて再び仕事を始めることになる。
そして、あの夢で見た食糧の相互援助機構【ミレーユ・ネット】をダルカ・クロエフォードと共に作り上げていくことになるのだが、それはまだ少し先の未来の話。
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