Act.9-419 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜ジェルエナ=コーツハート、フィクスシュテルン皇国に現る〜 scene.3
<三人称全知視点>
ジェルエナの現在の立場は何者かによって誘拐されて消息を絶ったコーツハート男爵令嬢である。
そもそも、普通の貴族令嬢であっても許可なく皇城に入ることはできないのだが、誘拐されて消息を絶っている筈の男爵令嬢が皇城の中で目撃されればそれ以上の疑惑が生まれてしまう。
流石にジェルエナも皇城で見つかるリスクを気にしていたのか、皇城への侵入には慎重に慎重を重ねて作戦を立てていた。
そもそも、従来の魅了のクッキーを使った作戦では信頼度を稼ぐためにかなりの時間を要する。見つかったら即ゲームオーバーの皇城内で運良くイリオット達攻略対象と遭遇できたとしても、初対面の相手から受け取った怪しいクッキーを食べてもらえるとは思えないし、仮に食べてもらえたとしてもクッキー数枚程度の低い好感度ではジェルエナを庇ってもらえるとも思えない。
まあ、イグシア鉱石を手に入れるために遠回りをした時点で『絶対魅了洗脳の呪術』に全てを賭けていることは明白だ。
恐らく、ジェルエナは皇城でイリオットに遭遇し、イグシア鉱石で強化した『絶対魅了洗脳の呪術』を使って一気にイリオットの好感度をMAXまで上げた上でイリオットの協力を経て皇城を脱出――その後、イリオットの助力を得て誘拐事件を有耶無耶にし、シナリオのルートに戻ろうという作戦を企てているのだろう。
普段のイリオットの生活圏は皇子宮にあるイリオットの私室か書斎であることは確実にジェルエナも把握しているため、何とか護衛や騎士達の目を掻い潜って皇子宮まで潜入する可能性が一番高いだろうと考えたシトロリーナ、ネスト、汀、クレール、デルフィーナはあえて皇子宮までのルートの騎士を減らして守りを手薄にする作戦をラポワント一世に提案し、ラポワント一世もこれを承諾――そして遂に、ジェルエナを皇子宮に誘い出す作戦が始動したのである。
「……しかし、提案した側の僕が言うのもなんですが、こんなあからさまな蛸壺作戦に引っ掛かるのでしょうか?」
セレンティナが、イリオットがジェルエナの魅了の力に屈してあっさりと自分を捨ててしまうのではないかと恐怖に駆られる中、ネストが不安を口にした。
ちなみに、皇帝イリオットはネスト達と共にイリオットの書斎と私室を繋ぐ隠し廊下と隠し部屋の中間のような空間で殺意を漲らせており、バイオリートとミサリアーヌもセレンティナの死の原因を作ったジェルエナをどう料理してやろうかと思案を巡らせているようである。
「……あら、円華さんは当事者だったのに、そこまで殺意を向けていないようね? 寧ろ、当事者ではないバイオリートさんやミサリアーヌさんの方が殺気が強いわ」
「クレールさん……そうですね。意外なことに、そこまで私はジェルエナを恨んでいなかったみたいです。確かに、彼女のやったことは結果としてイリオット殿下やギィーサム――多くの人々の人生や来世を狂わせました。でも、そこまでジェルエナが望んでいた訳では無かったでしょうし、その後の結末は彼女にも想定外だったと思います。……私は基本的にセレンティナ、朔那、ラスヴェート、ニコル、円華――五人の視点でしか物を見ていません。何故、彼女があのようなことな行動に及んだのか分からなかった。ジェルエナを止めないといけないという気持ちは今でも変わりません。でも、ジェルエナを排除して『はい終わり』という話でもないのだと思っています」
「……円華さんらしい意見ね。圓様を含め、基本的に私達はジェルエナを物理的に排除する方向で考えていたわ。でも、円華さん――貴女がそれを望まないというのであれば、別の方法を視野に入れることも許されると思うわ。ジェルエナの行いに最も苦しんだのは、そこの皇帝でも繁松でもない、貴女なのだから。……参考になるかは分からないけど、ジェルエナについて『前世でこの世界の元となったという乙女ゲーム『貴族学園の恋の季節』をプレイしており、ヒロインである自分が愛されるのが運命であるという妄想に取り憑かれてしまった』ことだけがぼんやりと設定され、それ以上のことは特に決めなかったと仰っていたわ。……彼女の前世に関しては開発チームも掴めていない。ジェルエナは自分の欲望に忠実に従い、結果的に多くの人生を狂わせた悪女で、邪神の尖兵だった。でも、彼女がそうならざるを得なかった理由が……情状酌量の余地があったのかもしれない。……さて、少し現実的な話をしましょうか? 今回の戦い、ジェルエナを仕留めることは容易だわ。既に包囲網が完成しているからね。でも、円華さんがジェルエナとの対話を求めるのであれば少し作戦を変えないといけないわ。ネスト様達にも攻撃を待ってもらえるように伝えないといけないし、戦闘開始早々に背後から闇討ちを仕掛ける予定のダウズ――ソアンジーナさんにも事前に連絡を入れて置かなければならない。それに、既に殺る気満々の皇帝イリオット、バイオリートさん、ミサリアーヌさんの三人を止める必要もあるわよね? 事前に方針を決めておいて欲しいのだけど」
「……少し対話の時間を作ってもらえると嬉しいわ」
「では、その方針を皆様にお伝えしておきますわね」
◆
ダウズに扮するソアンジーナのアシストと手薄な警備により、ジェルエナはイリオットのいる執務室に辿り着いた。
「――何故ここにいる!」
「イリオット様ぁ、私の目を見てください♡」
先手必勝とばかりに困惑した……風を装っているイリオットにジェルエナはイグシア鉱石で強化した『絶対魅了洗脳の呪術』を発動する。
桃色に染まった瞳がイリオットへと向けられる……が。
「さあ、これでイリオット様は私のもの――」
「……『絶対魅了洗脳の呪術』、確かに無効化できたようだな」
ジェルエナの予想に反してイリオットは魅了されることなく平常心を保っていた。
「どっ、どういうことなのよ!!」
「――ジェルエナ=コーツハートッ!!」
イリオットへの魅了が無効化された瞬間、混乱するジェルエナに真っ先に襲い掛かったのは部屋の壁をぶち抜いた皇帝イリオットだった。
「イリオット様が二人ッ!?」
「セレンティナの敵、取らせてもらう!!」
「――ッ! させないわ!! 激流拘束」
剣を鞘から抜き払い、覇王の霸気を纏わせて斬り掛かる皇帝イリオットだったが、間一髪のところで汀が水を縄状に変化させてイリオットの身体を束縛し、身動きを封じる。
勿論、強力な武装闘気が込められているため流石の皇帝イリオットでも破壊するにはかなりの時間を要することになるだろう。
「――汀、貴様ッ!!」
「円華さんからの指示よ、悪く思わないでもらいたいな。……流石に一人では持ち堪えられないか。クレールさん、デルフィーナさん、協力してもらえないかしら?」
「ジェルエナに厄介な増援が居た場合や不測の事態に直面した場合の対処要因として残ることになった臨時班のメンバーをまさかこんなことに使うことになるなんて……」と思いつつ、汀はバイオリートとミサリアーヌを言葉で説得したクレールとデルフィーナに増援を依頼した。
「――ッ!! 悪役令嬢セレンティナッ! 貴女が何かをしたのね!!」
隠し部屋の中にセレンティナがいることを目ざとく見つけたジェルエナが憤怒の形相でセレンティナを睨め付ける。
これほどの憎悪と怒りを一気に向けられたことがないセレンティナの顔から一気に血の気が引き、ヘナヘナと倒れ込む。
そんなセレンティナを気遣い、イリオットとギィーサムがセレンティナの元へ向かうが、それが更にジェルエナの逆鱗を逆撫ですることに繋がったのだろう。
ジェルエナはナイフを取り出してセレンティナに襲い掛かった。
「そこは私の場所よ!! ヒロインである私の場所!!! そこに悪役令嬢である貴女がいていい訳ないでしょうッ!!」
「そこまでですわッ! 金縛りッ!」
しかし、間一髪のところでダウズに扮するソアンジーナが無属性の麻痺魔法をジェルエナに掛けて凶行を封じた。
「――ッ! ダウズ、貴方、なんで……」
「円華様、動きは封じました。後はどうぞお好きになさってください」
「ソアンジーナさん、ご協力ありがとうございます」
ダウズの変装を解き、銀髪の美女の姿へと戻るソアンジーナに礼を言い、円華はジェルエナの目の前に立つ。
「貴女、誰よ!」
「私は四季円華……」
「……貴女、まさか転生……いえ、転移者かしら。貴女が居たからおかしいことになっているのね!?」
「貴女の行いによって殺されたセレンティナの記憶を持つ転生者です」
円華に鋭い視線を向けられたジェルエナは予想外の答えと瞳に込められた怒りにたじろぐ。
「ジェルエナ=コーツハート、私の知る貴女はイリオット様をはじめ多くの方々をクッキーの力で魅了しました。そして、私は身に覚えのない罪を着せられて断罪されました。……身分を剥奪された私はその後、市井で暮らすことになります。その生活の中で偶然、私が拠点とした海洋都市レインフォールで海洋民族ティ=ア=マットが王国を滅ぼそうと画策していることを知り、海洋民族ティ=ア=マットとの戦いに身を投じることとなりました。その戦いの末に海洋民族ティ=ア=マットを滅ぼしますが、風邪気味の中、海で死闘を繰り広げたことで肺炎を拗らせてしまいます。皇帝と皇太子にそのことを伝えるため謁見しようと皇宮を訪れるも平民の娘は皇宮に入る資格なしと騎士に追い払われ、失意のまま死去する……それが一度目の人生です」
「貴女は悪役令嬢でしょう! 悪役令嬢はバッドエンドになるのが当然のこと!! たっ、確かに酷い目に遭ったかもしれないけど……そ、それに貴女にだってきっと非があったに決まっているわ! そもそも、私は転生者よ! 貴女の知っているのは転生者ではないヒロインの筈でしょう! そんな他人のことまで知らないわ!!」
支離滅裂なことを言っていることにジェルエナは気づいていないのだろう。
そんな気が動転したジェルエナに円華は淡々と真実を突きつける。
「いえ、間違いなくジェルエナ=コーツハートに転生した貴女でした。……話を続けましょう。その後、魅了の呪術が込められた特殊な製法のクッキーの効果は消え、イリオット殿下達は正気を取り戻しました。そして、イリオット殿下は……」
「セレンティナを失った怒りに身を焼かれ、真っ先にジェルエナ=コーツハート、貴様を処刑した。それでも怒りは止むことなく、暴君として振る舞い、恐怖の国を築き上げた。……ギィーサムは気が狂って自ら命を断ち、他の連中もそれぞれ不幸な末路を迎えた。その俺も一人の革命の獅子に討たれる。私に両親を殺されたラスヴェート=アウトゥンノ男爵令嬢……セレンティナが二度の転生を果たした姿にだ」
「なっ……何を言って……そんな、嘘よ。おかしいわ! 何もかも!! ハッピーエンドに、いつまでも幸せに暮らしましたでしょ!! なんで、みんな不幸になっているのよ!」
「そのギィーサムの転生した太田繁松も私――四季円華が殺したわ。私が死んだことによって歪めてしまった大切な人達……これ以上、迷惑を掛けるなら殺すしか無かったの。あの時の私には、その選択しか無かった」
ジェルエナは「理解できない」と皇帝イリオットと円華の言葉を否定しようとして、できなかった。
二人の真剣な表情が決して嘘ではないと告げていたのだ。……まあ、そんなシリアスなシーンでも皇帝イリオットは水の縄で縛られているという残念な感じなのだが。
「ジェルエナ=コーツハート、貴女は自分のことをヒロインに転生した特別な人間だって思っているのよね。でも、違うのよ。……貴女は私と同じ物語の住人。『絆縁奇譚』シリーズという一連の物語を構成する要素の一つよ。ヒロインに転生を果たしたという記憶を持ち、悪役令嬢である私を断罪して死に至らしめ、そして、イリオット殿下やギィーサムの運命を狂わせるための鍵だったの」
「そんな、そんなの……だって、私には前世の記憶があるのよ!! 椎奈美織という不幸な人生を送った記憶が……だから、今生は不幸だった私に与えられたボーナス……攻略対象のみんなと幸せになれる権利を与えられたって。私は……私は物語の奴隷じゃないッ! 貴女達とは違うのよ!!」
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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