Act.9-400 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜ビオラ・スクルージ商会戦争〜 序章〜ダルカ・クロエフォード、倒れる〜 scene.1
<三人称全知視点>
ペドレリーア大陸にはいくつもの海の玄関口が存在する。
ラスパーツィ大陸側に門戸を開き、ダイアモンド帝国とポーツィオス大陸との交易にも使われている海洋国マルタラッタ、港の利権を巡り、争いが絶えなかった近隣諸国をオルレアン教国が介入して接収――近隣国全てに開放する形で誕生した独立港湾都市セントポート。
そして、この二つに引けを取らないのが、港湾国セントエルモである。
ベーシックヘイム側に門戸を開いたこの港も以前はかつての港湾国セントエルモと同じく戦争の火種となっていた。
港湾国セントエルモの利権を狙う周辺国から派遣された騎士と豪商達が金に物を言わせて雇った傭兵が跋扈し、戦禍に焼かれる港湾都市――そのような惨状を変えようと一人の若者が同志達と共に立ち上がる。
その若者は港で生まれ育った浮浪児だった。母なる海に育てられ、人一倍海をこよなく愛していた。
その青年は同じ境遇の仲間達や戦災孤児達と港湾都市解放軍という組織を結成し、港湾国セントエルモの平和を取り戻すための戦争に身を投じていくことになる。
多くの仲間を失いながらも周辺国や豪商達の勢力を退け、その青年――アシュガルダを頂点とした新国家、港湾国セントエルモが建国されるのはアシュガルダが仲間達と共に立ち上がってから丁度五年後のことであった。
アシュガルダはこの港湾国セントエルモの富を決して独り占めしようとは思わなかった。商人達に積極的に港を解放するという方針を取ったのである。
こうして誕生した平和な港には多くの商人達が集まってきた。新たなマーケットを求め、独立港湾都市セントポートからやってきたシャイロック・スクルージもその一人である。
また、アシュガルダと共に戦った仲間の中からも商会を率いる者が現れる。
アシュガルダの右腕として戦場を駆け抜けたヴァルフォンス・ワイゼマルは戦争が終結し、国王アシュガルダ・セントエルモを頂点とする港湾国セントエルモの体制が完成すると、アシュガルダからの大臣就任の誘いを断り、長年の夢であった海の見える喫茶店を開店することとなる。
彼自身は身の丈にあった小さな喫茶店の店主として一生を終えたいと思っていたが、次第に彼を慕う者達がヴァルフォンスの元へと集ってくることになる。ヴァルフォンスは彼らを見捨てることができず、商会は肥大化――遂にはペドレリーア大陸でも有数の巨大商会へと成長を遂げることとなった。
◆
第二の商業の都としてその名を轟かせる港湾国セントエルモ。
その巨大な港にて、クロエフォード商会の会長であるダルカ・クロエフォードは自らの商会の持つ大型商船「黄金の旗号」を見上げて溜息を吐いた。
「まさか、このようなことになろうとは。……恐ろしいお方だ、姫殿下は。既にあの段階でこれほどの計画を立てられておられたとは」
ペドレリーア大陸は一見すると平穏だ。しかし、少し……それもほんの少しではあるが小麦の収穫量が減っていた。
見逃してしまいそうな僅かな違い――小さな兆候。大半の者は気づかず、仮に気づいた者であっても捨て置く程度の些細な違い。
しかし、それが決して捨て置いてはならない問題であるとダルカの商人の勘が告げていた。
もしかしたら、ダルカの想定以上に危機は間近に迫っているのかもしれない。
ダルカは娘であるフィリイスから生徒会選挙でミレーユがとある宣言をしたことを聞いていた。「相互扶助宣言」として後世に記録されるその言葉は明らかにその危機――飢饉を念頭に置いたものであろう。
一つの国で立ち向かっても勝てないかもしれない。だが、皆で力を合わせればきっと乗り越えられる――ミレーユは皆を鼓舞すると共に、協力関係を今の段階で構築しようとしていたのではないだろうか?
「全く、フィリイス……お前はなんという方と友誼を結んだのだ」
これから先、ダルカの役割は重要なものとなるだろう。既にミレーユと交渉を終えた段階でポーツィオス大陸の商人との交渉は進めていたが、いよいよ本腰を入れて取り組んでいかなければならなくなったとダルカは気合を入れる。
「おおっ、これはクロエフォード商会のダルカ殿ではありませんか!」
ふいに声をかけられて、ダルカは顔を上げる。
目の前には、いつの間にか目の前には一人の男が立っていた。
鼻の下にくるんと巻いた口髭を生やし、ビール樽のような太い胴体とそこから伸びる細い腕。そして、指にジャラジャラと宝石のついた黄金の指輪を嵌めている。
常に愛想笑いを浮かべるが、決して心から笑わないその男のことを同じ商人であるダルカはよく知っていた。
「これはシャイロック・スクルージ殿。久しいな」
ペドレリーア大陸において特に影響力を持つ五つの商会――そこに名を連ねるスクルージ商会を束ねる者こそ、このシャイロックという男であった。
取り扱う商品は多岐に渡り、決して選り好みするこもなく儲けになりそうなものは何でも売る。徹底して貪欲な姿勢を貫くシャイロックのことをダルカは苦手としていた。
商人として大成するために必要なのは冷酷とすら思われるほどの冷徹さであるとかつてのダルカは思っていた。その冷徹さを自身が持っていないことを実感し、劣等感を覚えることも多々あった。
――しかし、ミレーユと出会ったことでその認識は大きく変わった。
商人として正しさ以上に輝かしいものをミレーユと出会ったダルカは知ったのである。
「しかし、なかなか良い商売を見つけたようですな。素人目には愚かな取引に思えるでしょうが、少しずつ情勢は変わってきている。すぐに仕入れ値の何倍……いや、何十倍という利益を生むことになるでしょう。貴殿が海外より小麦の輸送を始めた時には何と愚かなことを、と思ったものだが、まさかここまで読んでいるとは。素晴らしい商才をお持ちのようだ。どうですかな? 馬鹿にした連中を見返す気分は……」
「まだ兆候の段階……ひどい飢饉にならずに終わってくれる可能性もあります。私もその方が良いと思っていますよ。それに、先ごろ輸入した分に関してはすでに値段が決まっておりましてな。我々の利益が増える訳ではないのですよ」
「ほう? それは、もしや、かの『帝国の深遠なる叡智姫』との契約のことですかな?」
「……どこで、それを?」
「ははっ……何、耳を澄ませていればどこからでも噂話というのは聞こえてくるものでしてな」
商人にとって、情報は重要な武器だ。故にダルカは、ミレーユと交わした契約を必要最低限の人間にしか話していなかったのだが……どうやら、どこかしらから情報が漏れてしまったらしい。
「……あえて隠し立てする必要もありますまい。仰る通り、ミレーユ姫殿下との契約によるものです」
「律儀にそれを守っていると?」
「無論。商人にとって契約は神聖不可侵なもの。……まさか、それを破れとでも?」
「方法はいくらでもあるでしょうに。例えば、飢饉に際し、帝国以外のもっと高く買ってくれる国で売り捌いて、帝国を後回しにするとか」
「まさか……本気で言っていないでしょうね?」
珍しくダルカが怒気を孕んだ声で問うが、シャイロックは動じた様子もなく髭を撫でつつ得意げに答える。
「本気に決まっているでしょう? 寧ろそれこそが商人の業というものではないですかな? より金が得られる方法があるのならば、凡ゆる知恵を使い、契約の隙間を掻い潜る。契約を守れとは、その方が長く商売が続けられて儲かるからということに過ぎない。間も無く起きる不作によって生じた小麦の価格の高騰――それを生かさぬは商人の名折れ。大陸全土を焼き払う戦でさえ、商売の種とするのが金に忠誠を誓いし我ら商人でしょうに」
「やれやれ……シャイロック殿、貴方とは話が合わないようだ。どうか、貴方の商売が上手くいくように祈っていますよ」
「おや、ここからが本題ですよ。やれやれ全くせっかちなお方だ。……なんでも、オルレアン教国のセントピュセル学院で大規模な改修が行われるそうですな。聞き慣れぬ小国の矮小な商会が音頭を取り、様々な建設業者が関わる一大事業となるとか。姫殿下と友好を築かれているダルカ殿にお声掛けはあったのですかな?」
「生憎と私達は建設業に関しては素人なのでね。特にお声掛けはされておりませんが?」
「……それであれば、尚のこと帝国を出し抜いてやるべきではないかと私は思いますけどね。折角の利権……その程度は融通するのが礼儀でしょう。まあ、別に我々には関係のない話ではありますのでそちら様がそう決めたのならそれで良いのでしょう。……新参の商会如きがオルレアン教国に取り入っただけでも度し難い。一体商会のトップだというアネモネという小娘はどのような手を使って籠絡したのか! それに、何故、我らペドレリーア大陸の古参の商会の長に挨拶はないのだ!! 度し難いッ! 実に度し難い!! 金と利権をばら撒き、各国の好感度を稼ぎ、ペドレリーア大陸の商会秩序を踏み躙って寡占市場をこのペドレリーア大陸に築くつもりに決まっている!! ――あの小娘のやり方が、嘘で塗り固められた綺麗事の理念が、全てが憎いッ! あの小娘に、アネモネに私達ペドレリーア大陸の商人の恐ろしさを刻み込んでやらなければなりませんな!!」
先程まではまだ商人としての理性があった……が、アネモネに対する怒りはシャイロックの商人としての仮面を打ち砕いてしまうほど強烈なものであるらしい。
我を忘れて怒り狂うシャイロックに、ダルカはほんの少しだけ同情の視線を向けた。
「……それで、本気であのアネモネ閣下に挑むつもりですか?」
「ふん、挑むのではない!! 分からせてやるのだよ!! このシャイロック・スクルージの恐ろしさを!!!」
「……私には一人だけ絶対に商人として戦いたくない相手がいます。一度だけお会いしたことがありますが、それだけで理解できましたよ。我々とは住む世界が、ステージが違い過ぎると。……もし、商人の神というものがいるのであれば彼女のような存在のことを言うんでしょうな。天に唾を吐く覚悟が、死すら厭わず覚悟があるなら、私は止めませんが……」
「まさか、ダルカ殿の目がそこまで節穴だとは思いませんでしたよ!! あまりにも買い被り過ぎていたようだ!! それならば、滅ぼしてやろうではありませんか!! 金の信徒たるこの私がね!!」
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