Act.9-399 臨時班活動最中のブライトネス王国の日常〜憤怒するジェルメーヌと、迷えるエルヴィーラ〜 scene.4
<三人称全知視点>
「……まあ、マフィアから足を洗ったといっても昔の仲間と縁が切れた訳でもなく、街で見つけられて愚痴を聞かされた挙句、飯を奢らされると散々な目に遭っているんですけどね。本来、マフィアには鉄の掟があって辞職はできませんが、私はアネモネ閣下の庇護を得たことで特例として辞職を認められた形ですので、彼らも何か思うことがあるのでしょう。……ただ、財布として見られているだけかもしれませんけどね。ピジョット侯爵令嬢がアルベルト様がローザ様とデートを妨害したあの日もお二人がデートをしていたカフェで集られましてね、そのことを察知したアネモネ閣下から人気観劇の『メローレとミレルダ〜憎しみから愛へ〜』のチケットと有給をプレゼントして頂きました。本当にあの方は気配りの人だと思いますわ。……まあ、茶目っ気が行き過ぎてドSが出てしまうこともありますが」
あの時は面倒を避けるための方便だと思っていたが、まさか本当に「友人」がカフェに居たとは……と驚くアルベルト。まあ、アルベルトが想像していたような「友人」ではなかった訳だが。
「ところで、これはどのような集まりなのでしょうか?」
「実はエルヴィーラ殿の求人の件で相談を受けまして」
「……ああ、なるほどその件ですか。私からおすすめできるものはありませんね。エリカ様は何かありますか?」
「まさか、マフィアと夜職とかまともじゃない仕事を紹介されるのでは!?」と震えるエルヴィーラだが、エリカの提案はエルヴィーラの予想を外れたものだった。まあ、大多数からしてみれば想定通りの提案ではあったが。
「では、エルヴィーラ様。図書館職員はいかがでしょう? 実は海洋都市レインフォールで図書館を新設するにあたり、職員が不足しまして」
「……つまり、アタシに海洋都市レインフォールの図書館で働いて欲しいということかしら?」
「いや、まさか? あちらに行くのはイッコン図書館長をはじめ数十人――いずれも初期から図書館を支えてきたエリートの方々です。勤務地の希望はブライトネス王国の王都にあるものを含めて複数から選べますが、代表的なのはブライトネス王国のビオラ中央図書館、ビオラ=マラキア商主国にあるマラキア図書館、クレセントムーン聖皇国にある聖皇図書館ですね。……ところでアネモネ閣下が何故図書館を重要視しているか皆様はご存知ですか?」
「本は高価なものだから、庶民には手が届かないわね。アネモネ閣下は、少しでも本を身近に感じてもらえるように採算度外視で図書館事業を始めた……と聞いたことがあります」
「エルヴィーラ様が仰ることも一つですね。本は高価ですから、平民ではなかなか手が届きにくい。これまでは貸本が一般的で、識字率の問題で本を読めない方々のために読み聞かせという方法も取られていました。アネモネ閣下は従来の方法を否定するのではなく、従来の本に纏わる事業の支援も行いつつ本が読める喫茶店などの新事業の展開、図書館事業への参入などを推し進めてきました。これらは本を身近に感じてもらうための事業ですが、同時に国内の識字率の増加を狙ったものでもあります。アネモネ閣下の最終目標は誰もが教育を受けられる世界です。そのためには、『学ぶ』ということがいかに重要であるかを知って頂き、普通教育への賛同を集める必要があります。そのために、知識の宝庫である本に興味を持ってもらうことは重要です。また、学問的な価値を持たない物語にも想像力を豊かにする、心を豊かにするという力があります。それに、本を読みたいという気持ちが勉強への意欲を生じさせるということもありますからね。目的があった方が勉強にも身が入りますから。ですが、図書館にはもっと別の大きな使命があります。それは、出版された膨大な数の本を貯蔵、管理し、次の時代の人々へと受け継いでいくことです。そして、その知識を必要とする者に無償で提供する……勿論、複写代などの事務費用は頂戴しますが、学びを探求しようとする者に、本を読みたいと希求する者に門戸を開き、知識を提供することも図書館の重要な役割であると言えます。アネモネ閣下は前世から図書館の叡智の宝物庫としての機能を重視し、様々な分野の本を集積し、国会図書館にも引けを取らない図書館を運営していたと聞いておりますわ。なんでも、大学の研究者や学生達が必ず本を探しに来るくらいには充実していたとか。……少々熱くなってしまいました。もし、図書館での仕事に興味がありましたら、是非、図書館のカウンターにその旨をお伝えください。お待ちしております」
「えぇ……少し考えてみるわ」
「ところで、アルベルト様。ローザ様とはお会いになられましたか?」
「いえ、折角帰国したのでお会いしようと思っていたのですが……お疲れのご様子で少しお休みになられていたので。机の上のお仕事はしっかり終わらせていました。あの方らしいですね」
「……では、報告は少し後にした方が良さそうですね。アルベルト様にも少し関わることですから、お二人が一緒の時にお話をと思っていましたが、どうしましょうか?」
「……私にも関わることですか?」
リディアの言葉に嫌な予感がしたアルベルトが少し声のトーンを落として尋ねると、リディアが小さく頷いた。
「ローザ様の睡眠の邪魔をする訳にはいきませんし、後ほど帰国される前にお時間を少し頂戴できたら幸いです。書面でお伝えできるような内容ではありませんので、お手数ですがよろしくお願いします。部屋はこちらで取っておきますので、準備ができましたらこちらから連絡をさせて頂きます」
「……覚悟していきますね」
リディアはアルベルトに小さい爆弾発言を落とした後、エリカと共に庭の奥の方へと入って行った。
「本当に羨ましいなぁ、こんだけ美女の注目を集めるなんて、流石は近衛のホープ様だぜ」
「……リジェルの目が節穴なことがよく分かりました。……今から胃が痛くなってきました。一体どんな話なのか……きっとロクでもない話なんでしょうね」
「心中お察しするわ」「心中お察しする」
「……ありがとうございます、エルヴィーラ殿、エディル殿」
「お礼を言うのはこちらの方よ。少しずつ方向性が見えてきたわ。……しかし、本当に凄いわね。みんなそれぞれの仕事に熱意を持って取り組んでいる。……私もあんな風になれるかしら?」
「別に、あいつらを目標にしなくてもいいんじゃねぇか? 人には向き不向きがある。無理して頑張ろうって思わなくてもいいと思うぜ。なぁ、親友?」
「……ディラン、お前はもう少し真面目にした方がいいんじゃないか?」
エルヴィーラが少し不安げな顔をしていると、偶然通り掛かったのかディランとアクアが話に入ってきた。
「……またサボりですか? ディラン閣下。アクア殿も止めてください、一応保護者なんですよね?」
「いやいや、ちゃんと会議に出席したり大臣の仕事したりしているんだぜ。今は休み時間だから庭を眺めながら親友と遅めの昼食を取ろうかと弁当を持ってきたんだぜ。なぁ、親友!」
「ディランの言う通りだ。流石のディランも毎回サボっている訳じゃないわよ」
二人揃って「サボり魔だって決めつけやがって」とアルベルトを睨む。……勿論、全て二人の普段の行いが悪いせいである。
『お二人の普段の行いが悪いからですわ』
「欅、お前も来ていたのか?」
『アーネスト閣下から依頼を受け、事務の手伝いに姉妹で参りましたわ。……正直、あまりお力にはなれないので心苦しいところもありますが』
「相変わらず真面目だな。……お前ら見ていると俺達がまるで不真面目みたいに思えてくるぜ」
『事実、不真面目なのでは?』
「うるせぇ。じゃあ、俺と親友は飯タイムにするんでこれで失礼するぜ。まあ、焦らずゆっくり考えればいいと、おじさんは他人事ながら思っているよ。真面目に考え過ぎていると肩凝るからなぁ、ほどほどでいいとおじさんは思うぜ」
「……でも、ディランはもう少し真面目にした方がいいと思う」
「会議中に爆睡していた相棒には言われたくねぇな」
「難しい議題に私がついていける訳ないでしょ!」
「胸を張って言うことじゃないと思うけどなぁ」
リディア達の後を追うようにディラン達も庭の奥へと入っていく。欅はただ通り掛かっただけなのか、アルベルト達に会釈をすると去って行った。
「では、私もそろそろ失礼します」
「もう行っちゃうんですか? アルベルト様」
「……良い就職先が見つかることを祈っています、エルヴィーラ殿。それでは――」
「おい、アルベルト! いくらなんでもそれは酷いんじゃねぇか!!」
泣き真似をするマリエッタと小うるさいリジェルを放置してエディルとエルヴィーラに会釈をすると、アルベルトは騎士宿舎に帰るために庭を後にした。
◆
その日の夕刻、アルベルトの姿は外宮の一角にある小会議室にあった。
先に到着していたリディアは持ち込んだ紅茶セットでお茶を淹れるとお茶菓子と共にアルベルトに差し出す。
「ふあぁぁぁ……ごめんねぇ、遅くなった」
「圓様、よろしかったのですか? お疲れなのですからもう少しお休みになられたら……」
そのタイミングで扉が開き、ローザが会議室の中へと入ってきた。まだ疲れが抜けきっていないのか少し眠そうである。
「流石に寝過ぎたからねぇ。……ごめんねぇ、アルベルトさん。折角訪ねてきてくれたのに。ああ、ボクの寝顔は綺麗さっぱり記憶から消してくれると嬉しいなぁ」
「勿論、脳内メモリーに永久保存させて頂きました」
「……本当に腹黒な騎士様だねぇ。まあ、今回の件はいつかどこかで埋め合わせをするよ。ああ、マリエッタに心惹かれたなら遠慮なく言ってねぇ、後腐れなく了承するから。まあ、そもそも婚約を正式に結んですらいないんだけど」
「……それだけは本当にやめてください!!」
本気で頭を下げるアルベルトに少し罪悪感を抱いたのか少しだけ申し訳なさそうな顔をする圓。
まあ、だとしてもその方針を変える気持ちは圓には微塵もないのだが。現時点でもアルベルトがマリエッタと恋に落ちる可能性がゼロとは言い切れないと思っている圓である。……ただ、圓のアルベルトに対する好感度が「婚約してもいいなぁ」と思うレベルまで上がっていないだけとも言うのだが。
「明日からシャイロック・スクルージと商業戦争を始めるというこの時期にこのような報告をするのは大変心苦しいのですが、お伝えしないという訳にはいかないものですのでご報告させて頂きます。――私が任を受けていたレイリア=レンドリタの監視ですが、大変申し訳ございません。完全に見失いました」
「――ッ!? つまり、レイリアが消息を絶ったということですか!!」
「左遷先の町屋敷に居ることを確認していたのですが、昨日、突如として完全に消息を絶ちました。屋敷から出る姿が確認されていませんので、恐らく何者かの手によって秘密裏に町屋敷から脱出したのだと思います。……レイリアはアルベルト様に対して強い恨みを持っています。また、あの一件でアネモネ閣下にもかなりの怒りを覚えた筈です。ヴァルムト宮中伯家のために、お二人の存在を邪魔だと考える可能性は極めて高いと思います。協力した者が何者かは分かりませんが、高確率で今後、何かしらの攻撃を仕掛けてくるのではと考えています」
「報告ありがとうございます。……しかし、相変わらず愚かな方ですね。その忠誠心と自分が錯覚している感情が、結果としてヴァルムト宮中伯家にとって害を成しているということが分からないのか。まあ、敵として相見えるなら潰すだけのこと。リディア、報告ありがとうございました」
アルベルトとレイリアの関係は既に終止符が打たれたものだとアルベルトは思っていたが、どうやらあれで終わりとはならなかったらしい。
しかし、既にアルベルトは自分の出生に纏わる問題に終止符を打っている。自分がヴァルムト宮中伯の息子であることを自覚したアルベルトにこの問題で怖いものはもう存在しない。
圓は自分が対処するつもりだと言っているが、もし、敵として相見えることがあれば自らの手で倒すと心に決め、アルベルトはローザと共に小会議室を後にした。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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