Act.9-398 臨時班活動最中のブライトネス王国の日常〜憤怒するジェルメーヌと、迷えるエルヴィーラ〜 scene.3
<三人称全知視点>
「いやいや、なんでそもそもこんな話になっているの!?」
「アネモネ閣下がエルヴィーラ殿の能力を高く評価した結果ですね。他にも多種族同盟の上層部の文官の方々も高く評価し、是非文官として活躍をと思っているようですよ。先程、大名行列を引き連れたメアレイズ閣下とサーレ閣下が勧誘していました」
「あのおっかない兎さんか……外見が可愛らしい人だけど怒りっぽい女性はなぁ」
「安心してください。リジェルのことは路傍の石ほども意識していないと思いますよ」
「うわっ、酷くない!?」
アルベルトは事実を述べただけだが、リジェルは不服だったらしく「断固として抗議する!」と叫んでいる。
『楽しそうに談笑なされるのは結構なことですか、もう少し声のトーンを落とされたらいかがでしょうか? この庭は決して皆様だけのものではありませんわ』
『アルベルト様に、エルヴィーラ様、エディル様……以前もこういった組み合わせをお見かけしたことがありましたね』
「紅羽殿、琉璃殿、お久しぶりです」
少し騒がしくし過ぎたのだろう。
少しだけ怒りを顔に滲ませた燃える羽のようなドレスを纏った翼を持つ少女が、この光景にデジャブを覚えた漆黒の髪と瑠璃色の双眸を持つ青い着物ベースの戦衣を纏った美しい女性と共に現れた。
「アルベルト、知り合いか? たく、こんな美人の知り合いがいるなら教えてくれたっていいだろう?」
『リジェル=レムラッド侯爵令息ですね。お噂は聞き及んでおりますわ。その軽薄で軟派な性格は改善すべきだとお噂を聞く度に思っておりました』
『紅羽さんの言う通りですね。……それに、人の恋路を邪魔するその間の悪さも治すべきだと思います。自分が恋を追い求めるのであれば尚のこと』
リジェルと琉璃、紅羽は初対面の筈だが、初対面の時点でリジェルの好感度は地の底に落ちてしまっているらしい。
あまりの衝撃に「あう……あううう」と奇声を上げているリジェルをアルベルトは華麗に無視してほとんど王城に来ることのない二人が何故、王城に登城したのか理由を尋ねる。
『アルベルト様、真月を見かけませんでしたか?』
「真月殿ですか? 力になれなくてごめんなさい。昨日までブライトネス王国を離れていましたので分からないですね」
『アルベルト様が発つよりも前からなので、もし何かご存知だったらと思ったのですが。ご存知の通り、真月は第一王女殿下の護衛を度々引き受けています。そのため、ラピスラズリ邸に戻らないことも多いのですが、それにしてもあまりに戻ってくる回数が少ないのです。それと、心なしか少しだけふくよかになったような……王宮の食堂でも見かける数が少し減っているという話も聞きますし、何かあったのかと心配で』
「なるほど、それでお二人が。……バトル・アイランドの施設長である琉璃様が施設を離れてまで王城に来るということは余程のことが起きているということなのだと思っていましたが、確かにそれは心配ですね。分かりました、こちらでも調べてみます」
『施設長も毎日施設に詰めている必要はありませんから、挑戦者が来る日以外は出歩くこともできるんですけどね。――よろしくお願い致します、アルベルト様』
『ところで、この集まりはどういったものなのかしら?』
「実はエルヴィーラ殿の再就職先の件で相談を受けまして」
「この書類を見て欲しい」
『……なるほど、ラスパーツィ大陸の海洋都市レインフォールの統治者代行の件ですわね。確か、その件はビオラの最高意思決定機関――幹部会議で幾人かの候補者まで絞り込まれていたと思いますわ』
「では、このアネモネ閣下の求人はどうなるのだ!? エルヴィーラの能力を信じて求人を出したのに既に話が進んでいるのはおかしいではないか! それでは、エルヴィーラを統治者代行に指名するつもりは無かったということに――」
『少し落ち着いてください、頭に血が昇って周りが見えなくなるのが貴方の悪い癖です。まあ、エルヴィーラ様が引き受けていないことを半ば分かった上でご主人様が求人を出したのは間違いないでしょう。あの地をあのまま統治者不在にしておくことはできない――すぐにでも代理者を立てるためにこの忙しい最中に会議を開き、議論を重ねたのはリスク回避のためだと思います。ですが、僕は決してご主人様がエルヴィーラ様を軽んじた訳ではないと思います。きっと、興味を示せば会議を開くことなく任命したと思います。それくらいの能力はあると信頼されているのです。勿論、ただ仕事を丸投げすればどうなるかは目に見えていますから、しばらくはこういった仕事が得意な人材を何人か派遣し、指導をしつつという形になったでしょうが』
「……アネモネ閣下は本当にアタシのことを信頼して、本気で仕事を斡旋しようとしてくれているのね」
『ちなみに、エルヴィーラ様はどのような仕事がしたいというビジョンはあるのでしょうか?』
「とりあえず、多種族同盟の中枢から離れた職場でのんびりと仕事がしたいわ。……正直、週休零日のブラックな職場で働ける気がしないのよ」
『素人意見だけど、カフェを開くとか、そういう個人経営の店をどこかで開くというのはどうかしら? ビオラは夢を追う人へと融資も行っているわ。勿論、その仕事に対する強い熱意は必要となるのだけど』
『僕からはバトル・アイランドの職員をお勧めします。少しずつ訪問者も増えていますし、一人当たりの挑戦の回数も増えていますから事務作業をする方が少し不足してきていると聞いています。近々運営母体のビオラの方に人員追加を要請するつもりですが、狙い目ではあると思います。福利厚生はきっちりしていますし』
紅羽と琉璃はそれぞれエルヴィーラにアドバイスをすると真月を探すために王女宮の方へと歩いて行った。
「紅羽さんの意見は少し難しそうね。明確な夢を持っている人にとっては素晴らしい理念だと思うけど、アタシにそういったものはないし。バトル・アイランドの職員は盲点だったわ。候補に入れてみようかしら?」
圓の採算度外視の融資の姿勢は「夢追い人」にとっては素晴らしいものに映る。
しかし、誰もが明確な夢を持っている訳ではない。寧ろ、現在のエルヴィーラのような者の方が圧倒的多数だ。
エルヴィーラは「ただ辺境を出たい。侍女となり、素敵な出会いを経て玉の輿に乗り、裕福な暮らしをしたい」――そういった野心を、夢を持ち、侍女にまで上り詰めて結果としてその夢を叶えている。
しかし、それ以上のビジョンを持っていた訳では無かった。この転職話はエルヴィーラの人生計画には全く組み込まれていなかったもの――そこでいきなり好きな仕事を選べと言われてもなかなか難しいところだろう。
無数の求人の氾濫に呑まれ、途方に暮れていたエルヴィーラだったが、王城の庭での幾多の出会いを経てようやく糸口を見つけたようである。
……まあ、溜まりに溜まった求人の数が異様なほどあるため、まだまだ随分も先が長そうな話ではあるが。
「これはまた懐かしい組み合わせですね。ローザ様と琉璃様と真月様、後は欅様とディラン閣下がいらっしゃれば完璧でしたが」
「琉璃殿には先程お会いしました。紅羽殿と共に真月殿を探しに来ていたようですよ。……あまり思い出したくない思い出ですね。お久しぶりです、リディア殿。……ところで、そちらの女性はどなたでしょうか? 城内でお見かけすることがない方のようですが」
リディアと共に現れた全く見覚えのない女性――あのビオラの諜報員が連れているのだから怪しい輩ではないのは間違いないのだが、念のためにアルベルトはリディアに紹介を求める。決して、マリエッタがいながらリディアと見覚えのない女性を興味津々に見つめるリジェルのためではない。
「お初にお目に掛かります、皆様。私はエリカと申しますわ。現在、ビオラ図書館で職員補佐として働いております。本日は内宮で行われる司書資格の取得のための試験を受けるために参りました。試験は終わったのですが、折角王城まで来たので音に聞く王城の庭を拝見したいと思っていたところ、リディア様とお会いすることができましたので、二人で庭を見に来た次第でございます」
「司書資格……確か国家資格でしたね。少し前までは直接試験を受けられましたが、現在は専門の学校に通い、講義を受けるという条件が追加されたと聞いたことがあります」
「正確には最短三ヶ月で完了する司書講習の受講、または二年以上の図書館勤務の実績か各図書館長の推薦を受けた者が資格試験の受講資格を得ます。……以前は資格試験の受講だけで良かったのですが、いきなり資格試験を受けて脱落する者が増えてきたということでその対策として少し門戸が狭まったと聞きました」
「エリカ様はビオラ中央図書館の図書館長であるグラヴェル=イッコン伯爵令息とアネモネ閣下の推薦を受けて資格を得たそうですよ」
「……ほう、アネモネ閣下ですか」
図書館長だけではなく、アネモネのお墨付きを得ていると聞き、圓の恋人……を自称するアルベルトはエリカに興味を持った。
「この方、前職はブライトネス王国で有名なマフィアファミリーの一員だったのですが、アネモネ閣下に微塵も臆することなく殺意を向け、ボスの元へと連れて行き、その場で睨みを効かせたところを閣下がいたく気に入り、そのファミリーから引き抜かれたというなかなかの経歴の持ち主でして、今も格別目をかけておられるようですよ」
「まっ、マフィア!?」
エルヴィーラとマリエッタが怯え、エディルとリジェルが剣に手を掛ける。
しかし、それよりも早くどこからともなく二丁の拳銃を取り出したエリカが二人の眉間に銃口を突きつけ、溜息を吐いた。
「もう既に足を洗いましたから、その話はオフレコでお願いしますよ! リディア様! それと、一応は時空騎士の一員ですので多少なりは戦えるつもりです。まあ、アルベルト様には遠く及びませんけどね」
ヘナヘナと倒れ込むリジェルとエディルの姿を確認して威嚇の必要性が無くなったことを察知したのだろう。エリカが拳銃を異空間へと仕舞い込んだ。
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