Act.9-397 臨時班活動最中のブライトネス王国の日常〜憤怒するジェルメーヌと、迷えるエルヴィーラ〜 scene.2
<三人称全知視点>
多種族同盟の臨時会の二日後、アルベルトは久しぶりに地下都市ケイオスメガロポリスからブライトネス王国に戻ってきた。
時空騎士の中には三千世界の烏を殺しを使って行き来するという選択肢を取る者もいるが、アルベルトは近衛騎士の任務よりも時空騎士の任務を優先する許可を王国宮廷近衛騎士団騎士団長のシモン=グスタフより得ているため、任務終了まで任務地に滞在することも可能である。
アルベルトにとっては色々な意味で厄介な相手であるマリエッタと接触する機会をできるだけ減らすためにもベーシックヘイム大陸から離れた無人島に滞在するという選択肢もあったが、アルベルトは気分転換とブライトネス王国の現在の情勢を確認のためにこのタイミングで一度帰国する選択をした。
あわよくばここ最近、なかなか会えていない圓を誘いデートを、などと考えていたアルベルトだったが、アルベルトが訪問した時間は運悪く時空魔法を使った無茶な生活の反動で珍しく王女宮筆頭侍女の執務室で寝落ちしており、すやすやと寝息を立てるローザを起こす勇気が無かったアルベルトはそのままオルゲルトと共に執務室を後にした。
勿論、圓の可愛らしい寝顔は脳内メモリーにきっちり保管している。
「本当に可愛らしいお方ですね。……デートに誘えないのは残念でしたが、良いものが見れたのでよしとしましょう」
そんなことを考えながら以前、騒動があった庭まで来ると、見覚えのある侍女服の女性が「アルベルト様!」と叫びながら走ってくるのが見えた。
一瞬、「デジャブかな?」と既視感を覚えるアルベルト。勿論、その後ろには見覚えのある騎士の姿もある。
「はぁはぁ……帰国していたんですね! 良かった! アルベルト様にお願いしたいことがあったんです!!」
「お久しぶりですね、エルヴィーラ殿、エディル殿。……何か既視感を感じたのですが、気のせいで良かったです。それで、私への要件とはどう言ったものでしょうか?」
「……その節は大変申し訳無かった。要件だが、少し困ったことがあってな。エルヴィーラの求人の件だ」
エルヴィーラから受け取った紙を一通り目を通したアルベルトはほんの少し思案すると、「それで、私に一体何をして欲しいのですか?」と二人に目的を尋ねた。
圓はエルヴィーラの再就職先の相談を受け、いくつも求人を紹介していた。今回、エルヴィーラがアルベルトに見せた「ラスパーツィ大陸の海洋都市レインフォールの統治者代行」もその一つなのだろう。
「侍女として働いてきた経験しかないアタシにできる筈がない仕事の求人がいくつも来るんです。……実はあの件を根に持っているんじゃないかと思って。それで、アルベルト様から王女宮筆頭侍女様にそれとなく言ってもらえないかと思ったんです」
「……でしたら、お二人でその旨、直接お伝えしに行ってはいかがでしょうか?」
「それができるならアルベルト殿に頼みに来てはいない。エルヴィーラも自分もあのお方には苦手意識を感じているんだ」
「まあ、一度嫌いと思ったらとことん嫌う方ですし、苛烈……というか、冷血と表現すべき性格であるのは確かですからね。それと同じだけ、慈悲深く、陽だまりのような優しさもある方ですが。後、無防備な寝顔もとても可愛い……じゃなくて、エルヴィーラ殿の話ですね。正直、ローザ様はエルヴィーラ殿を嫌ってはいないと思いますよ。優秀な人材であることを承知しているから、色々な角度の再就職先を提示しているだけではないでしょうか? 強くお勧めされたことはあっても、今まで強制されたことはないでしょう?」
「――つまり、この件の原因は一つに決めきれないエルヴィーラにあるとアルベルト殿は仰るのか!?」
「ちゃんとよく分かっているじゃないか、でございます!!」
ぴょこんと真っ白なウサ耳を伸ばし、濃紺のスカートタイプの軍服に身を包んだメアレイズが黒いスカートスーツ姿のサーレと共にやってきた。
その背後には真っ白な兎の魔物――蹴り兎の因幡とファドルフ、ヴォワガン、ラッツァ、他の文官達が行列を作り控えている。
「お久しぶりです、メアレイズ閣下、サーレ閣下。相変わらずの大名行列ですね」
「本当にやめて欲しいのに、何度言っても全然やめてくれないのでございます!! 恥ずかしいのでございます」
「サーレも同意見なのです」
『まあ、言うても聞かへんことはいつものことや。諦めるしかへんと思うで、お二人さん』
げんなりした表情のメアレイズとサーレの肩をポンポンと叩きながら、いい加減慣れろと諭す因幡。
ちなみに、ファドルフ達三人衆はメアレイズ達が恥ずかしがっていることに本気で気づいていないのか、「メアレイズ閣下とサーレ閣下の素晴らしさをもっと可視化するために更に行列を派手にすべきなのでは!」などと余計なことを言ってメアレイズ達の胃に知らず知らずのうちにダメージを与えている。
「あの色恋騒動で評価が下がったもののエルヴィーラさんは外宮筆頭侍女から信頼されている優秀な侍女という点に変わりはないでございます」
「今の多種族同盟加盟国の文官はどこも潤沢に人材がいるとは言えない状況なのです。優秀な人材を遊ばせておく余裕は全くないのです。ですから、エルヴィーラさんには是非多種族同盟加盟国の文官か多種族同盟専属の文官になることをお勧めするのです。今ならサーレとメアレイズの推薦が付いてくるので、すぐに転職可能でお勧めなのです」
グイグイとプレッシャーを掛けてくるメアレイズとサーレにエルヴィーラは恐れ慄き、エディルの背後に隠れた。
「……まあ、でも無理強いはできないでございますし、気が変わったら連絡をしてもらいたいのです。ところで、アルベルトさん、阿呆狐をどこかで見なかったでございますか?」
「……もしかしなくてもアルティナ殿ですか? 見かけていませんが、何かあったのですか?」
「アイツ、私達が休む間も無く必死で働いているのを横目に『ちょっと一ヶ月ほどバカンスに行って来るっス』って置き手紙して姿を眩ませたんでございます。食堂で昼食を食べているのを見かけたので、まだ城内にいるかもしれないと思っていたのでございますが」
「見つけ次第、ボコボコにしてやるのです!」
ドス黒いオーラを放っているメアレイズとサーラを因幡は溜め息を吐きながら見守っていた。ちなみに、ファドルフ達はアルティナの擁護に回ることもなく、かといってメアレイズ達を支持することもなく完全中立を貫いているようである。
「では、私達はこれにて失礼するでございます」
メアレイズ達に続いてファドルフ達も去っていくと、メアレイズの取り巻き達が作る大名行列に目を奪われていた者達の視線も戻り、庭の周辺は再び平穏を取り戻した。
「……話を戻しましょう。メアレイズ閣下の仰る通り、エルヴィーラ殿に対する評価はかなり高いのだと思います。求人が多いのも引くて数多故でしょう。やりたくないものを外していき、残ったものを選ぶというのも確かに方法の一つではありますが、それが本当に望んでいるものかどうか分かりませんからね。それなら、いっそこういった仕事がしたいというものを見つけてみるのはどうでしょうか? 無作為に求人を確認するよりも、的を絞った求人を確認する方がよっぽど建設的ですし、ローザ様も相談に乗りやすいと思いますよ」
「アタシがやりたい仕事……」
「では、そろそろ私は失礼しますね」と後はエルヴィーラとエディル――恋人と二人で話し合って決めてもらいたいという気持ちを込めて言い、その場を後にしようとしていたアルベルトだったが……。
「アルベルト様!!」
無邪気に自分の名を呼ぶ少女の声を聞き、アルベルトの表情が不機嫌に染まる。
「アルベルト、戻って来ていたのか?」
「久しぶりですね、リジェル。任務は終わっていませんが、少し現在の王城の状況を確認したかったので気分転換を兼ねて戻ってきました。今日の夜にはブライトネス王国を発つつもりです。まだまだあちらでしないといけない仕事が残っていますので」
マリエッタを連れて来たリジェルを睨め付けつつ、話せる範囲で帰国理由を説明するアルベルト。
「戻って来たばかりなのに、もう行っちゃうんですか?」
上目遣いであざとくアピールするマリエッタにアルベルトは極寒の視線を向ける。言外に「別に貴女には何も関係ないことでしょう?」という気持ちを込めてもマリエッタには伝わっていないようである。
「あっ、エルヴィーラも居たのね! 久しぶり!」
「お久しぶりです、マリエッタ様」
「もう! そんな他人行儀にしないでよ!!」
一介の侍女と貴族令嬢――エルヴィーラとマリエッタの地位には大きな隔たりがある。
エルヴィーラは侍女として取るべき態度でマリエッタに接していたが、マリエッタにはそれが不服らしく不満そうに頬を膨らませた。
「それで、エルヴィーラはアルベルト様と一体ここで何をしていたの?」
マリエッタはエルヴィーラに笑顔を向けていたが、その中に僅かにドス黒い嫉妬が混ざり合っていることをエルヴィーラは察し、冷や汗を拭った。
アルベルトに視線で助けを求めるが、にっこりと張り付いた笑顔を浮かべているアルベルトは助け舟を出してくれる様子はない。
「アルベルト様に少し相談に乗ってもらっていたの。アタシの再就職先のことでね」
「もしかして、エルヴィーラ、侍女を辞めちゃうの!?」
「色々と事情があるのよ」
まさか、王城内で手助けをしてもらうために辺境で助けておいたエルヴィーラがこのタイミングで王城を去るとは想定すらしていなかったのだろう。
虚を突かれたマリエッタが僅かに怒りを滲ませつつ驚きの声を上げる。
「アルベルト、お前、就職の斡旋なんて始めたのか?」
「まさか? もっと適任がいますからね。私は、彼女から彼女が分不相当と判断するレベルの求人が来ないように私の方から求人を斡旋しているアネモネ閣下にお願いするように頼まれたのです」
「分不相当ね……一体どんな仕事だったのかな?」
「エルヴィーラ、見せても構わないか?」
「えぇ、問題ないわ」
エルヴィーラの許可を得たエディルがリジェルに求人の紙を手渡す。
「えっ……ラスパーツィ大陸の海洋都市レインフォールの統治者代行!? いやいやいやいや、これ本当に!? つまり、国家クラスの代官ってことでしょう!? うん、気持ち凄く分かるよ。これは二つ返事で引き受けられる仕事じゃないよね」
「分不相応と言っているけど、謙遜だよね? 少しだけ慰めつつ、前向きになれるように声を掛けよう」と思っていたリジェルだが、あまりの衝撃的な内容に考えが全て吹っ飛び、同情的な視線をエルヴィーラとエディルに向けた。
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