Act.9-390 『綺羅星の夢』の暗躍 scene.1
<三人称全知視点>
タイダーラ・ティ=ア=マットは海洋国マルタラッタの国王カルダリア・ダルズ・マルタラッタの長兄として生を受けた。
母はシャリセルス・ティ=ア=マット――海洋国マルタラッタにおいて海賊の一族として忌み嫌われるティ=ア=マット一族の娘だった。
カルダリアとシャリセルスはペドレリーア大陸とラスパーツィ大陸を隔てるダウリア海に点在する無人島の一つで出会った。
当時その無人島で釣りをしたカルダリアは、シャリセルスを一目見るなり恋に落ちた。
しかし、幾度か逢瀬を交わしたある日、髪に隠された左目にティ=ア=マット一族を象徴する海蛇を象った刺青を見つけてしまう。
海洋国マルタラッタの王族であるカルダリアにティ=ア=マット一族との恋が許される筈もなく、シャリセルスとの恋を諦める以外の道を選ぶことができなかった。
結局、その日からカルダリアは彼女との逢瀬の場である無人島に姿を現すことは無かった。
結果としてシャリセルスの元にはカルダリアとの愛の結晶――タイダーラだけが残されることとなった。
成長を遂げたタイダーラはその後、ティ=ア=マット一族の族長に選ばれるほどまで成長を遂げる。
母を捨てた海洋国マルタラッタの国王への恨みを糧に生きてきたタイダーラだったが、その人生に転機が訪れることとなる。
カルダリアとシャリセルスが逢瀬を重ねた無人島――その地下でタイダーラは荘厳だが、どこかチグハグとした印象を感じさせる神殿を発見したのである。
その神殿は、ティ=ア=マット一族と深い関わりを持ちながら、時を経る中ですっかり忘れられた場所だった。
「『這い寄る混沌の蛇』の神殿へようこそ、ティ=ア=マット一族の族長殿」
毒々しいほどの真紅の修道服にも似た衣装を纏い、フードと一体となった真紅のベールで顔を隠した美しい声を持つ女性がタイダーラを出迎えた。
その手には禍々しいオーラを纏う怪しげな古書を携えている。
「わたくしはAponyathorlapetepの化身が一体、この神殿の守り手ですわ。赤の女帝と呼ばれることもあるわね。海洋国マルタラッタ国王カルダリア――彼に復讐する力を貴方に与えましょう」
そう言いつつ携えていた本を差し出すと、真紅の美女は忽然と姿を消した。
タイダーラはあまりにも出来過ぎた話だったため、赤の女帝と名乗ったその女の話が嘘なのではないかと最後まで疑っていたが、ものは試しと本を開き――その瞬間、タイダーラという人間の意識は完全に塗り潰され、タイダーラはAponyathorlapetepの化身として再誕したのである。
――そして、タイダーラは全てを思い出したのだ。
邪神そのものとなったタイダーラには自身が何を為すべきなのか分かっていた。
ティ=ア=マット一族の怒りを煽り、海洋国マルタラッタを混沌に陥れることでオルレアン秩序にヒビを入れる。
ジェルエナと接触し、フィクスシュテルン皇国を崩壊に至らしめる駒へと仕立て上げる。
そういった仕事を着実にこなした後、タイダーラはしばし身を隠すつもりでいた。
『蛇の海〜絆縁奇譚巻ノ一〜』においてのタイダーラの役割は化身が一人、アポピス=ケイオスカーンの亡き後、火閻狼と合流し、彼の力を借りつつペドレリーア大陸とラスパーツィ大陸を起点として世界に混沌を広めていくことであった。
他の神々と比べてシナリオを変えていくことに意欲的な姿勢を見せる邪神Aponyathorlapetepだが、火閻狼と合流して行動するという一点においては変更するつもりがなく、火閻狼がライズムーン王国で重要な仕事を終えるのを待つつもりでいたのである。
その間に多種族同盟の者達に潜伏先を把握され、攻め込まれる訳にはいかない。
ジェルエナと接触した後、タイダーラは自身を尾行していた諜報員達を撒き、『這い寄る混沌の蛇』の本拠地に身を潜めていたのだが……。
多種族同盟の者達によるものと思われる数々の襲撃により、『這い寄る混沌の蛇』の重要施設であるスクライブギルドが次々と破壊された。
守護を任せていたロベリアの配下、混沌の指徒も重要施設破壊と同時に殺害されており、被害は計り知れない。このことを重く見た邪神Aponyathorlapetepはロベリアには任せておけないと邪神の化身の一体を唯一生き残っているスクライブギルドに送り込むことを決めた。その化身として抜擢されたのがタイダーラだったのである。
幽霊船……に魔法で偽装した『這い寄る混沌の蛇』が有する技術を詰め込んだ最新の戦艦に乗り込み、タイダーラは単身独立港湾都市セントポートを目指す。
しかし、その道中――タイダーラは全く予期しない襲撃を受けることとなった。
「貴方は確か、ロベリアの配下――混沌の指徒の一人、パヴスェル。まさか、生きていたとは驚きでした。……これは一体どういうおつもりですか? パヴスェル」
パヴスェルと共にいるのはタイダーラの記憶にない――つまり、邪神Aponyathorlapetepが存在を知らない男女。
黒百合を彷彿とさせるチョコレート色から黒へのグラデーションが印象的なスカート部分にスリットが入った修道服を纏った少女と、豪奢なマントを羽織った白髪の老人……一人はオルタや那由多彼方と交流があり、『這い寄る混沌の蛇』が食客として招いた奈落迦媛命にも冥黎域の十三使徒だった二人の友人として二人の部下達のツテを頼って接触したという四人目の三賢者――シャッテン・ネクロフィア・ シャハブルーメの可能性が高いと考えたが、もう一名の方は考えても全く思い至らない。
「さぁて、ここでクエスチェン!! 私達の目的はなんでしょ〜か?」
「……狙いは私の『管理者権限』ですね?」
「せぇかぁい!」
「まあ、それ以外に思い付く筈がありませんよね?」
「……非常に残念なことです。シャッテン・ネクロフィア・ シャハブルーメ、お噂は伺っておりましたから是非、冥黎域の十三使徒の一人としてご活躍頂きたいと思っていましたのに」
「『這い寄る混沌の蛇』に頼らずとも我々は既に共に綺羅星の夢を追いかける仲間と、『世界の王』と『世界の王妃』の寵愛を受けておりますので。貴方の持つ、我らの裏切り者が献上した『魔法少女暗躍記録〜白い少女と黒の使徒達〜』の『管理者権限』の破片には欠片も興味はありませんが、『ダイアモンドプリンセス〜這い寄る蛇の邪教〜』と『蛇の海〜絆縁奇譚巻ノ一〜』の『管理者権限』には興味津々です。さあ、神の力の争奪戦といきましょう! 仕掛けますよ、ラクツ=ファーナー、パヴスェル!」
タイダーラが剣を抜き払うのとほぼ同時にラクツが魔法少女の姿へと変身した。
くるっと回った特徴的な尻尾を鱗を彷彿とさせるミニスカートの中から生やした少女は純白のブラウスの上から皮膚で覆われた特徴的な眼を持つ爬虫類をモチーフとしたフードが付いた特徴的なパーカーを纏い、桃色の舌を彷彿とさせるマフラーを首元に巻いている。
「魔法少女……モチーフはカメレオン辺りですか? ということは、固有魔法はステルス辺りでしょうか?」
「素晴らしい推理じゃな! 我が魔法は『変幻自在に姿を隠す』、気配を消し、姿を消し……このステルス能力は見気すら騙すという優れものじゃ! では、少し遊んでもらおうかの? 出でよ、魔導機兵・戦鎧立兎!」
小手調べを装いつつ、ラクツが召喚したのは装甲に覆われた長い腕を持ち、二足歩行する人型の魔導機兵だった。
鼠大の六角形の身体に脚型のブレードが六つ生えた魔導機兵――六角鼠が一切戦闘能力を有さない最弱の魔導機兵であったのに対し、戦鎧立兎は最強クラスの戦闘力を誇る兵器としてデザインされており、その強さは並の魔導師であれば返り討ちに合うほどである。
徒手空拳をベースとしつつ、火、水、雷の三属性の魔法を自在に操ることが可能で物理・魔法共に隙はない。
それが、三体――更に武装闘気を纏った状態でタイダーラの目前に現れた。タイダーラは当然、魔導機兵の存在を知らないが即座に強敵だと判断――神速闘気を纏い、素早く後方に飛んで距離を取る……が。
「避役の舌、そんな簡単に逃げ仰られると思われるのは心外じゃな!!」
中空から突如として無数の舌が現れ、高速で伸びた舌がタイダーラの身体を拘束する。
タイダーラは武装闘気を纏って防御を固めつつ、舌を破壊しようと剛力闘気を漲らせるも、舌を引き千切ることはできない。それどころか、タイダーラを縛る舌の力は徐々にだが強くなっており、最早タイダーラの武装闘気を打ち砕き、締め殺されてしまうのも時間の問題かと思われた。
「海蛇の忿怒」
しかし、このまま死を受け入れるタイダーラではない。固有の暗黒魔法を発動し、真紅の魔力を暴走させて蛇型のオーラを纏うと、溢れ出る力で武装闘気によって強化されている筈の舌を粉砕――勢いそのままに迫り来る戦鎧立兎から距離を取りつつ剣先をラクツに向けて禍々しい魔力を放出する。
「奈落の蛇噛!!」
禍々しい魔力に僅かでも触れた相手に死んだ方が遥かにマシだと思うほどの激痛と共に死を与える固有の暗黒魔法がラクツに迫る。
咄嗟に退避しようと神速闘気を纏うラクツだったが、それを見越してタイダーラも魔法に神速闘気を纏わせており、ラクツの移動スピードよりも僅かに速いタイダーラの一撃がラクツに命中するのも時間の問題かと思われた。
「――酷いじゃないか、僕を除け者にするなんてさぁ!!」
「お二人ともこれがチーム戦であることをすっかりお忘れのようですね」
攻撃がラクツに命中する直前、『ニコライの外套』によって突如として現れたパヴスェルがラクツを回収すると共に攻撃の届かないタイダーラの後方に転移する。
それと同時に予め破壊しておいた神殿の柱を落下させる形で外套から打ち出し、背後からタイダーラに攻撃を仕掛けた。勿論、武装闘気を纏わせるのも忘れない。
そこにようやく追いついた三体の戦鎧立兎が同時に連続パンチを浴びせるが……。
「――へぇ、凄いねぇ、その魔法! まさか、高速で打ち出した柱でも大したダメージにならないなんて。うーん、どうしよっか? 足を掴んで動きを封じるとかも、魔法の性質的に無理そうだしなぁ……そうだ! 銃殺刑!!」
マントを経由して無数の銃を空中に顕現し、一斉にタイダーラに向けて発砲する。
全ての弾丸に武装闘気を込め、本気でタイダーラを仕留めに掛かったが、無数の金属音と共に弾丸が弾かれ、地面に落下した。流石のパヴスェルも弾丸を弾かれるとは想定していなかったのか、パヴスェルの表情が驚愕に染まる。
「――求道の霸気……覚醒していたか!」
「仕留めさせてもらいますよ! 海蛇の過負荷!!」
「海蛇の忿怒」で生じさせた魔力を暴発させたタイダーラが三体の戦鎧立兎を武装闘気を込めた拳で次々と殴り、致命傷を負わせて機能停止に追い込むと、禍々しい魔力を推進力として使い、爆発的な速度でパヴスェルとラクツに迫る。
構えた剣には「奈落の蛇噛」を付与しており、パヴスェルとラクツをこの一撃で確実に仕留めるという確固たる意思が狙われた二人にも伝わった。
「だから、これはチーム戦です! 何度言ったら伝わるのですか!! パヴスェルさん、ラクツさん、離れてください。――雷電光場!」
パヴスェルとラクツが『ニコライの外套』で転移したのを確認し、シャッテンは瞬時に組み上げた魔法を発動する。
膨大な電撃がタイダーラを中心に迸り、タイダーラを守る武装闘気を貫通してタイダーラの身体を焼き尽くした。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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