Act.9-388 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜スクライブギルド編〜 File.5 scene.3
<三人称全知視点>
司教邸を後にしたアクア達臨時班の面々はその足でスクライブギルドがあるという廃港へと向かった。
写本の街スクライブウルビスからもセントラルポートからも司教邸からもほど近い場所に位置している筈だが、廃港ロックポートには不自然なほどに人の気配がない。
「流石は幽霊船が出る呪われた港ってところか?」
溺れ谷――谷が沈降してできた入り江は港に適している。
かつては、この地形を利用して多くの漁師やその家族が住んでいたのだろう。しかし、この溺れ谷は多くの場合、陸地は起伏が多く、平地が少ないため陸路での移動は不便になりやすいという欠点を抱えている。
かつては街道が整備され、賑わいを見せていたのだろうがロックポートが放棄されてからはその街道も廃れ、宿場町はゴーストタウンと化していた。山を切り拓いた街道の一部は生い茂る植物に侵食され、過酷な道へと変貌を遂げている。
「しかし、こんな不便なところになんで『這い寄る混沌の蛇』はスクライブギルドを作ったんだろうな?」
静寂に包まれた廃港の感想を口にしたディランに続き、アクアがふと脳裏に浮かんだ疑問をこぼした。
「やはり、最大の理由は見つからないためだろうな」
「まあ、そうなってくるよね。じゃあ、『這い寄る混沌の蛇』はどこからこのスクライブギルドにやって来て、どこから外へと写本を運んでいるのかな?」
何かに気づいたジョナサンがアクアの問いに答えたリオンナハトににっこりと微笑みつつ尋ねる。
「それは……海以外に考えられないな。この街道は明らかに日常的に使われている痕跡がない」
「そういえば、この港には幽霊船の噂があったよね?」
「なるほど、そういうことか。……幽霊船の正体は『這い寄る混沌の蛇』がスクライブギルドと他の拠点とを行き来するために使っている船」
「まあ、確定と言い切る証拠はどこにもないけどね」
「そうなると、別の疑問が浮かぶな。……この幽霊船の噂、そもそも『這い寄る混沌の蛇』が流したものなのか?」
元々人が近づかない廃港にダメ押しのように流された幽霊船の噂。アモンには少しだけ『這い寄る混沌の蛇』の行動がやり過ぎなように思えた。
「ずっと気になっていたのですが、こういう噂を耳にした時、ほんの僅かだと思いますが実際に調査に赴く人がいるのではないかと思っていました。それが一人もいないというのは逆に不自然なような」
「肝試しですね。マグノーリエ様……じゃなかった、マグノーリエさんのいう通り一定数は怖いもの見たさで廃港に近づく人がいるような気がする。今回の噂、たまたま肝試しのつもりで廃港を訪れた者達が広めた可能性もないとは言い切れないのではないか?」
マグノーリエが出した新たな意見にプリムヴェールが賛同する。とはいえ、『這い寄る混沌の蛇』が噂を流したという意見も肝試しで廃港を訪れた者達が船を目撃して幽霊船の噂を流したという意見も、どちらも何一つ証拠のない推論――結局、議論はそこで打ち切られた。
◆
スクライブギルドの入り口はかつて魚市場として賑わいを見せていたであろう廃墟の中にあった。
地下へと続く階段をアクアとディラン、ジョナサンを先頭に降りていく。最後尾で奇襲に備えるのはマグノーリエとプリムヴェール、何かあった場合に備えて隊の中央でオウロアーナが魔力で作り出した火球で周囲を照らしつつ全方位に警戒を向けており、全方位一切隙のない鉄壁の布陣が敷かれている。
「……下に複数の気配を確認。階段を降り切ったところで戦闘になりそうだ。リオンナハト殿下、カラックさん、アモン殿下、マリアさん、リオラさん、リズフィーナさん、今のうちに戦闘の準備を整えておいた方がいい」
見気で下の階層を探ったアクアの言葉を受け、リオンナハト達の表情が真剣味を増す。
リオンナハト、カラック、アモン、マリアが剣を構え、リオラが弓を構え、リズフィーナが魔力を練り上げて魔法の発動準備を整える。
階段を降りた先は円形の大広間になっていた。
階段の反対側には大きな石造りの扉があり、その扉の先は円形の大広間を遥かに上回る大きな部屋になっているようだ。微かに印刷機の動く音が聞こえることから、この先がスクライブギルドの心臓部である印刷室であることが窺える。
「ようこそ、スクライブギルドへ。……おや、ライズムーン王国の第一王子殿下に、プレゲトーン王国の第二王子殿下、『革命の聖女』様に、オルレアンの公爵令嬢までいらっしゃるとは。これほど、鴨の群れが葱を背負ってぞろぞろやってきたという言葉が似合う状況はありませんね」
石造りの扉がゆっくりと開き、中から現れたのは装飾が施された銀色の杖を持ち、牛茶色の背広の上に銀色のマントを羽織った紳士風の男だった。
「……召喚術師か、魔獣使いというところか?」
円形状の大広間に集結していた様々なバリエーションの魔物達に一瞥を与えつつ、プリムヴェールは混沌の指徒の戦闘スタイルを探り、最も可能性の高いものを口にした。
「素晴らしい、流石は高名なエルフの次期族長補佐殿だ。その通り、私は魔獣使い――魔物を使役し戦わせる者。まあ、私も弱いという訳ではないけどね。さあ、君達、仕事の時間だよ。――秩序の担い手たる彼らを倒せ。不可逆の繋与!」
大鎌を持った禍々しい死神、棍棒を持ったトロール、燃え盛る炎の鬣を持つ獅子――魔物達の背中へと紳士風の男の持つ杖から青色に輝く無数のチューブのようなものが放たれる。
魔力でできたチューブが魔物達の背中に突き刺さった瞬間、その身体が漆黒に染まり硬化した。
「名乗るのがまだでしたね。私はアグヴライムス=ランシェヴァレル――選りすぐりの魔物達に我が闘気や魔力を与えることで強化するという術を編み出した新時代の魔獣使いだよ。さあ、我がアシストを受けた魔物達相手にどこまで戦えるかな?」
「……確かに、ただの魔物に比べたら厄介かもしれません。ですが、闘気を使えるのは貴方だけではありません。リオンナハト殿下、カラック様、アモン殿下、マリア様、リオラ様、リズフィーナ様、皆様が力を出し切ることができれば勝てる筈の相手です。焦らず、冷静に少しずつ戦力を減らしていきましょう。――プリムヴェールさん、私と一緒に皆様の援護を」
「承知しました!」
「まあ、それが一番安定している作戦だな。俺達の希望も叶えてくれているし、異論はない」
「まあ、言われるまでもなく本丸は僕達がもらうつもりだったけどね」
「――仕掛けるぞ、ディラン、ジョナサン」
「勝手に決めないでもらいたい! 魔物達を倒さずいきなりキングは取れないのですよ!!」
◆
「カラック、実戦は久しぶりだな」
「プレゲトーン王国の一件以来ですね」
「……あの時は本当にご迷惑を掛けました」
「あの時は大してお役に立てませんでしたが、闘気と八技を学んだ今なら少しはお役に立てる筈です。リオラ、後衛をお願いします」
「お任せください、マリア様」
「私だけ仲間外れみたいで寂しいわね。……剣は扱えないけど、魔法なら少しだけ自信があるわ」
二体の死神が神速闘気を纏って加速――鎌を大振りに薙ぎ払う。
狙われたリオンナハトとアモンは剣に武装闘気を纏わせて大鎌を弾き返すと、生じた一瞬の隙を突き、覇王の霸気を重ね掛けした剣をほぼ同時に振り下ろした。
「――ッ! リオンナハト殿下!」
二体の死神はリオンナハトとアモンの攻撃を受けて絶命したものの、戦いはまだ始まったばかりである。
死神の背後で鬣を真紅に輝かせていた獅子が灼熱の炎の奔流を死神を倒して僅かに油断していたリオンナハト目掛けて放った。
「蒼の激流!」
「激流の束撃!」
しかし、獅子の攻撃がリオンナハトに届くことはなかった。
マリアが咄嗟に剣の切っ先から放った激流が灼熱の炎の奔流と激突し、膨大な水蒸気を生じさせる形で相殺――その隙を突き、マグノーリエが放った圧縮した激流を杖先から放つ水属性魔法が獅子に殺到する。
獅子の弱点である水に更に神光闘気まで加わったとなれば流石の獅子も耐え切ることはできず、鬣の炎の消失と共に獅子は激流の中で絶命した。
『――ヒィヤォォォ!』
敵の攻撃は何も地上からだけという訳ではない。無数の蝙蝠の魔物の群れと鳥の魔物が注目が獅子に向けられている隙を突き、リオンナハト達の防衛ラインを軽々と突破――そのまま後衛のリオラとリズフィーナへと殺到する。
「光雷の蒼矢よ!」
「灼熱の魔矢、です!」
しかし、リズフィーナ達もただ指を咥えて見ているという訳ではない。
リズフィーナは雷と光属性を融合して生み出した矢に武装闘気と覇王の霸気を纏わせ、硬化させた翼を閉じて弾丸の如く殺到する鳥の魔物の群れへと放ち、鳥の群れを次々と撃破していく。
一方のリオラは生み出した炎の矢に武装闘気を纏わせ、次々と蝙蝠の群れ目掛けて次々と放った。灼熱の矢の貫通力に纏った武装闘気耐え切れず、矢を浴びた蝙蝠は燃え上がって焼死する。
リズフィーナとリオラは健闘していた。しかし、それでも流石に蝙蝠全てを討伐するほどの力は彼女達にはない。
リオンナハト達も他の魔物達に手一杯でリズフィーナ達の援護に回るのは厳しい状況だった。
そんな状況の中、ここまで一方的に攻撃を受けていた蝙蝠の魔物達が反撃の狼煙を上げる。
無数の蝙蝠達がほぼ同時に特殊な音波を発生させた。短期間浴びただけでも体内の水分を沸騰させて絶命に至らしめるという凶悪な魔法――そのターゲットとなったのは蝙蝠達と交戦していたリズフィーナとリオラだ。
「遮音の風界!」
リズフィーナとリオラの二人だけであれば回避行動すら取れずに絶命していただろう。
しかし、戦場にいるのはリズフィーナ達だけではない。蝙蝠の魔物がいる時点で音波による攻撃を警戒していたオウロアーナが瞬時に音を遮断する風の結界を展開し、リズフィーナ達を音波攻撃から守った。
「天空疾走! 指弾連撃!」
リズフィーナ達の安全が確保されたことを一瞥を与えて確認してから、オウロアーナは神速闘気を纏った状態で空歩の技術を駆使して高速で空中へと駆け上がると、白指と刃躰の技術を融合させ、高速の突きを利用して無数の空気の弾丸を飛ばし、次々と蝙蝠を撃ち落としていく。
「さて、そろそろ頃合いだな? ダークマター・カンタフェイト」
「暁の流星群!」
「そろそろ幕引きの時間ですね。聖光流星嵐!」
その後もリオンナハト達は闘気や八技、魔法を駆使して魔物達と交戦し、かなりの戦果を挙げた。
だが、大部屋に居た魔物の数は三十分間リオンナハト達が必死に討伐を進めてようやく四分の一程の討伐が完了するというほどで依然としてまだ大量の魔物が大部屋に犇いている。
リオンナハト達が一通り実戦で技術を使い終えたことを確認し、これ以上戦闘を長引かせる必要はないと判断したプリムヴェール達は遂にリオンナハト達のフォローに回るのをやめ、本腰を入れて魔物達との交戦を開始した。
暗黒物質が次々と噴き上げ、無数の光条が魔物達を貫き、降り注いだ光の塊が魔物達に命中すると同時に弾け、金色の爆発を生じさせる。
プリムヴェール達の参戦で戦場は一瞬にして阿鼻叫喚の図への塗り替えられた。
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