Act.9-379 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜スクライブギルド編〜 File.4 scene.1
<三人称全知視点>
アンブローズ男爵ユナイクはヴェモンハルト派閥の筆頭貴族として知られている。
アンブローズ男爵家は爵位こそ男爵位ではあるものの古の時代よりブライトネス王国に仕えてきた歴史の深い家柄であり、社交界では基本的にどの時代においても一目置かれる家柄であった。その初代は名の知れた傭兵だったものの初代ブライトネス国王の懐の深さに惚れ込んで臣下へと下ったという経歴を持つ。
そんな歴史の深い家が何故五爵位の中でも最下位の男爵位に位置付けられているかというと、初代であるアグヌス=アンブローズが初代国王の御前で「末代まで一兵卒として国に仕えて、ブライトネス王国を支えていきたい」と誓いを立てたからだ。その誓いを守り、歴代のアンブローズ男爵家は代々叙爵を断り、男爵家としてあり続けてきたのである。
そんなアンブローズ男爵家の長い歴史にあって、唯一の異端児である男がユナイクであった。
彼は初代男爵のアグヌスとは真逆の権力欲が強く、王族とあれば擦り寄っていく習性のある人物で、敵対派閥のルクシア以外の王族には積極的に接触を図っていた。……まあ、プリムラに関してはプリムラがデビュタントを迎えていないことや、度重なる前王女宮筆頭侍女や現王女宮筆頭侍女による妨害で失敗、ラインヴェルドも彼が間接的にメリエーナの死に関わった人物であることから隙あらば「最悪の死をプレゼントしてやろう」と考えるほど嫌っている他、ヘンリーとヴァンもその胡散臭さに気づいており、最低限の挨拶を交わす程度のルクシアも権力欲の塊で人によって明らかに態度を変えるアンブローズ男爵を嫌っているため、ブライトネス王国の王族達からは揃ってあまり良い印象を持たれていないのだが。
かくいうアンブローズ男爵が主だって派閥を作り国王にと推している当のヴェモンハルトも彼にそれほど従う様子を見せていない。
アンブローズ男爵の亡くなった初めの正妻の娘で一際強い魔力と魔法の才能を持っていたスザンナは成人するとさっさと男爵家を出て暮らしている。
高位貴族でありながら魔法の才能に全く恵まれなかったアンブローズ男爵は長年それを「大きな恥」であると捉えていた。
正妻に極めて魔力の強い女性を金と権力に物を言わせて娶り、生まれたスザンナが素晴らしい魔法の才を秘めていたことで、「自らの血から強い魔力を持つものが輩出する」ことに対する執着が加速――スザンナの母が体調を崩して子供が望めなくなると、多くの側室や愛人を娶り、魔法の才能に恵まれた子供の量産を目論んだ。……まあ、実際にはほとんど成果をあげられなかった訳だが。
影響力の拡大を渇望するアンブローズ男爵は常にアンブローズ男爵家の利益、というか、ユナイクの利益になる結婚をするようにスザンナに求め、思い通りに事が進まないと躾と称して暴力に訴えた。
そんなユナイクのことを当然嫌っていたスザンナは学園で成果を上げると魔法省に入省する形でユナイクと距離を取った。
娘を王族に嫁がせることで莫大な権力を手にしようとしていたユナイクの野望はヴェモンハルトと共闘関係を結んだスザンナの手によって瓦解――現在、顔を合わせればスザンナに対して吠えるものの、できることは悪評をばら撒く程度。スザンナ側も実害はないからと放置してきたのだが……。
その状況は五大大公家の一角、ジェム=フンケルン大公家を中心とするブライトネス王国の『這い寄る混沌の蛇』勢力の顕在化によって大きく変わることとなった。
その後の調査により、アンブローズ男爵とフンケルン大公派閥のナンバーツーであるマキシア=パーバスディーク前侯爵との間に繋がりがあったことが物的証拠の発見により揺るがぬ事実となったのである。元々、フンケルン大公家派閥とアンブローズ男爵家の繋がりは風の噂程度のものではあるもの存在していたが、それが証拠によって確固たるものになったことは極めて大きな収穫であったと言えよう。
ちなみにこの調査はパーバスディーク侯爵家の縁者である王子宮次席侍女ジェルメーヌ=ディークスの協力を得た【ブライトネス王家の裏の杖】が行ったものであった。まあ、エイフィリプはマキシアから情報をあまり与えられていなかったため、その情報を掴むまでにかなりの時間を要したのだが。
結局、その情報を得られたのは混沌の指徒と交戦した者達がスクライブギルドに関する情報を持ち帰る数日前だった。
アンブローズ男爵討伐の大義名分を得たヴェモンハルト達はジェルメーヌと連携した上でアンブローズ男爵家への抜き打ち調査(という名の襲撃)を計画していた訳だが、そのタイミングで諜報部隊フルール・ド・アンブラルの情報網を経由してスクライブギルドに関する情報が入る。
その情報を元にアンブローズ男爵家への襲撃作戦の内容が大きく変更され、実行に移されることとなった。
「改めて作戦を確認しよう。今回の作戦で襲撃を行うのは王都のアンブローズ男爵別邸とアンブローズ男爵領の二箇所。まず、王都のアンブローズ男爵別邸を落とした後、アンブローズ男爵領に赴き、アンブローズ男爵本邸と男爵領内にあるスクライブギルドを狙うこととなる。討伐対象はアンブローズ男爵と『這い寄る混沌の蛇』と関わりを持つ関係者に限定し、アンブローズ男爵の側室や愛人、その子供達については保護し、悪事に手を染めていない使用人については見逃すという方針だ。――ジェルメーヌ殿、それで構わないだろうか?」
アンブローズ男爵には罪があるが、その子供達にまで罪がある訳ではない。また、アンブローズ男爵の側室や愛人のほとんどが不本意な形でアンブローズ男爵に嫁がされていることもスザンナは重々承知していた。
一切の咎のないアンブローズ男爵の被害者である彼女達の命をこの大掃討で奪ってしまってはならない――その気持ちは同じ魔法省特務研究室の仲間達、ヴェモンハルト、レインとの間で共有していたが、今回の任務はジェルメーヌ達ビオラの諜報員達との合同任務である。向こうには向こうの方針があり、スザンナ達とは違う見解を持っているかもしれない。そのため、事前にスザンナ達の方針を共有し、できれば受け入れてもらいたいと考えていた。
「今回の任務にあたり、私を含め三人の諜報員が動くことになりましたが、本部も我々も皆様と同じ見解です。――アンブローズ男爵の子供達は被害者、妻達もそのほとんどがアンブローズ男爵との不本意な婚姻を強いられた被害者のため保護するべきだと考えています。しかし、使用人達はアンブローズ男爵への恐怖があるとはいえ、基本的には自らの意思で男爵家に留まった者達のみ。それ以外の良識的な方々は世代交代のタイミングで辞めているか、不慮の事故に逢われているかのいずれかですからね。その悪事が『這い寄る混沌の蛇』に関わるものであるというのであれば、白の方もいるでしょうが、私個人の見解としては『這い寄る混沌の蛇』に関わっていようといなかろうとあまり大差はないと思いますよ」
「下手に生かしておくと、それが禍根を残して『這い寄る混沌の蛇』につけ込まれる切っ掛けになることもあり得ますし、こういう清掃は徹底的にやった方がいいのですよ」とあっけらかんと言うジェルメーヌに、これまで幾度となく血の雨を降らせてきたヴェモンハルト達も流石に苦笑いになった。
「そういえば、スクライブギルドの場所の特定はどうやるんすか?」
当初の計画ではアンブローズ男爵の暗殺だけだったが、多種族同盟臨時班からのタレコミを元にアンブローズ男爵領にあるスクライブギルドの位置の特定という任務が追加された。
アゴーギクを含め、討伐任務の経験はあるものの情報を引き出す任務(実際には拷問)を引き受けたことがないため、どのように情報を引き出すのか疑問に思ったのである。
「我々は二つほど情報を抜き出す技術を持っていますが、基本的には見気による記憶の読み取りで十分だと思いますよ。そちらは我々の方で担当しますのでご安心ください」
「流石は圓殿の諜報員達だな」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
方針の共有も終わり、任務の全体像も掴めた。
ということで一度場を解散し、任務開始予定の深夜に所定の場所で合流しようという流れになったのだが、ジェルメーヌが王城に通じる地下通路へと足を踏み入れようとした直後、ジェルメーヌのスマホにメールを知らせる通知が表示され、魔法省特務研究室の隠れ蓑である魔法道具研究室への客人の来訪を知らせるブザーが鳴った。
「珍しいわね、客人なんて。私が応対するわ」
ジェルメーヌがメールの内容を確認する前にアンジェリーヌを名乗るケプラーが応対のために魔法省地下の本の迷宮へと姿を消す。
「……あっ、行ってしまいましたね」
「アンジェリーヌが応対してはならなかったのか?」
「いえ、誰が訪問してきたのかを先にお伝えするべきだったと思いまして」
その数分後、アンジェリーヌは一人の少女と共に魔法省特務研究室本部へと戻ってきた。
「ヴェモンハルト殿下、スザンナ様、レイン様、特務研究室の皆様、任務に向けた作戦会議中に失礼致しますわ」
「元冥黎域の十三使徒のルイーズ・ヘルメス=トリスメギストスさん……確か、今の所属は……」
「ビオラ特殊科学部隊ですね」
クマの縫い包みのリゼリゼを抱えて腹話術で少女の名を口にしたリサーナを補足する形でシュピーゲルがルイーズの所属先の名を挙げる。
その表情は彼女の所属先から嫌な予感を感じたのだろうか? ――決してお世辞にも良いと言えるものでは無かった。
「先に断っておくけど、私達は別に皆様のことを軽んじている訳ではないわ。そのことを先に明言しておかないとあらぬ誤解を招く可能性があるから、そのことを承知した上で聞いて頂けるとありがたいわ」
「もう既に嫌な予感しか感じませんわ!」
一体どんな爆弾をこれから落とされるのかと戦々恐々と言った様子でカトリーヌは淑女の仮面を投げ捨てて叫ぶ。
「私の共同研究者の変態……じゃなかった、カルファさんと一応上司という扱いの科学部隊長のシアさん、副隊長のリコリスさんの意見の一致と更に上……つまり圓様からの許可も出たことで、今回の任務に新型のブリスゴラを投入することになったわ。まだまだ実戦のデータが足りないから来たる大戦までにデータを集めておきたいそうよ」
「……本当にあれを投入するのですか? 相手が冥黎域の十三使徒クラスでもオーバーキルになるのでは?」
溜息を吐くジェルメーヌとルイーズにヴェモンハルト達は揃って嫌な予感を抱いた……が、既に決定事項となっているためここで二人に文句を言っても状況は変えられない。
「せめて、詳細だけでも教えて頂くことは」
「……実際に見てもらうのが一番だと思うわ。一言で表すなら、禁忌に触れた戦略兵器――あれの投入で戦争のステージは全く別物になってしまう。……そうそう、圓様は『切り札を切り札たらしめるのはそれが秘密であるから、味方にもできる限り情報は隠しておきたいねぇ』というお考えだから、今回の任務で例えどんなものを見てもラインヴェルド陛下を含め、今回の任務に関わらなかった者達への情報共有はしないようにお願いするわ」
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