Act.9-369 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜学院都市計画を妨害する緑の影〜(2) scene.11
<三人称全知視点>
その日の夕食は巨大な猪の丸焼きだった。
圓の繊細な料理とは対極に位置する大自然そのままのワイルドな料理だったが、熾火で丁寧に焼かれた肉は噛みしめる度に口の中にジワリと肉汁が湧き出してきて、絶品の一言に尽きる。
「圓様の繊細な料理も好きですけど、やっぱり素材そのままの味が引き出されたこういう料理も美味しいですわね」
「そういえば、ガルヴァノス老師も素材の味を引き出した飾り気のない料理を好んでいたっけ?」
圓がふと溢したその言葉をミレーユは聞き逃さなかった。
「ところで、ミレーユ様。何か食べたい物などはございますか? 言って頂ければ、できるだけご希望に沿ったものを明日までにはご用意したいと思いますが……」
ミレーユは明日の夕刻まで静寂の森に留まることが決まっている。
一族の恩人であるミレーユに恩を返せるまたとないこの機会、ブライウはできる限りのおもてなしをしたいと思っていた。
ミレーユにとって今回の滞在がより良い思い出になるように、ミレーユの要望をできるだけ叶えたいという好意の篭った言葉を聞き、ミレーユは暫し黙考する。
「圓様は野兎の王家風をご用意してくださるのですわよね?」
「そのつもりだよ。必須材料のフォアグラとトリュフを含め食材のほとんどは静寂の森では手に入らないから持ち出しだけど、素晴らしい野兎を捕獲してもらえたみたいだからねぇ」
「でしたら、兎鍋、あれがもう一度食べたいですわ!」
プレゲトーン王国で出会った猟師のマジク――彼の作ってくれたあの絶品兎鍋のことを思い出したミレーユはその特徴をブライウに伝えるとできる範囲で再現すると約束してくれた。
あの野菜たっぷりの兎鍋は兎の素材の味を完璧に引き出していた。ガルヴァノスの好む料理の条件ともピタリと一致しているため、交渉後の接待にピッタリだと考えたのである。決して、ミレーユが単に食べたかったというだけではないのである……多分?
◆
さて、懸案事項だったメイッサの教師就任だが、あの最悪の邂逅が夢だったかのようにすんなりと話は進んでいた。
「なるほどねぇ……フィールドワークと教師の両立のために時空魔法のデバイスが欲しいと」
「……第一印象が最悪だった上に付き合いも浅い私に、流石に圓っちが優しくても貸し出してはくれないよね?」
「いや、別にいいんじゃないかな?」
「ふぇ?」
無茶なお願いだと承知の上でダメで元々の精神で頼んでいたメイッサは圓の予想外な反応に思わず変な声を出してしまった。
「ボクとしても学園都市への協力は未来への大きな投資だからねぇ。特例として時空魔法のデバイスを貸し出すこともできるよ。勿論、時空騎士になってもらうのが一番公平な形ではあると思うけど、君にとっては面倒な義務も付随してきちゃうしねぇ。……個人的にはメイッサさんクラスの戦力が加わってくれるととても心強いんだけど」
「極夜の黒狼、ビオラ商会合同会社警備部門警備企画課諜報工作局、ビオラ特殊科学部隊の闇の三大勢力に、ブリスゴラ、人造魔法少女のプリンセス・エクレール、その上NBr-熾天-まで……正直、私なんかの力が無くても全然大丈夫だと思うけどなぁ」
「私なんかって卑下しなくてもいいんじゃないかな? まあ、他の多種族同盟加盟国に頼らない独自戦力の強化が進んでいるというのは確かだけどねぇ。その戦力も従来のような対国ではなく、対『管理者権限』を有する神々だからメイッサさんから見たら過剰戦力かもしれないけど、どこまで準備をすれば安全なんてものはないからねぇ。できるだけ戦力を集めておきたいというのが本音なんだ。……まあ、時空騎士になると任務に参加してもらう必要もあるし、メイッサさんに関してはまずないと思うけど決闘の戦績によっては時空騎士資格が奪われる可能性もあるからねぇ。その分、給与や臨時班任務を遂行した場合に発生する特別賞与などもあるから好きな方を選ぶといいよ」
「じゃあ、とりあえずは時空騎士にはならないで圓っちから時空魔法のデバイスを借りたいかな? 勿論、圓っちが困っている時には戦力として数えてもらっていいよ」
この時点で時空騎士になる必要性を感じなかったメイッサは時空騎士になった際に生じる不利益を避けるために当初の要望通り、時空魔法のデバイスの貸し出しを依頼した。
結局、圓が困っている際には力になると約束したので、『管理者権限』を持つ神々による襲撃への対処には参加するものの、普段の臨時班の任務には参加せず、決闘を強制されないため時空魔法を剥奪されることもないという立ち位置となる。
時空魔法を剥奪されるリスクという不利益は回避したもの給与や臨時報酬などはないため時空騎士とメイッサの立場はどちらがいいか一概には言えない。まあ、研究費が足りずに困っている訳でも、暮らしていけるだけの財力がない訳でもないメイッサにとっては明らかにこちらの立ち位置の方が魅力的なものではあったが。
その後、メイッサは圓がブライトネス王立学園開校に向けて作成中の時遡時計の試作品を受け取った。
時遡時計の使い方を圓から教えてもらった後、メイッサはミレーユの元に赴く。
「ミレっち、圓っちから無事に時遡時計を借りられたよ」
「それってつまり学園都市で教鞭を執ってくれるということですわよね?」
「うん! ということで、これからよろしくね! ミレっち!!」
こうしてミレーユはメイッサという優秀な教員を味方につけ、また一歩学園開校に近づいたのだった。
◆
翌朝、ミレーユ、ライネ、ルードヴァッハ、メイッサの四人は護衛のバノス達近衛騎士達を伴ってガルヴァノスの庵へと向かった。
ちなみに圓と真月は野兎の王家風の仕込みのためにウィリディス族の集落に残っており、ブライウ達ウィリディス族の面々もガルヴァノスの歓迎を兼ねた宴会の準備を進めている。
ミレーユご所望の兎鍋の準備も着実に進んでいた。
「わざわざ我が庵までご足労頂きありがとうございます、ミレーユ姫殿下。あまりおもてなしはできませんが、どうぞお上がりくださいませ」
「本日はガルヴァノス様にお願いがあって参りましたわ。こちらがお願いする立場なのですから、こちらから出向くのが当然の形だと私は思いますわ。あまり大人数でもご迷惑になりますし、バノスさん、こちらでしばらく待機してもらっても良いかしら?」
「えぇ、構いませんぜ」
ガルヴァノスの招きを受けたミレーユはライネ、ルードヴァッハ、メイッサと共に庵の中へと入った。
「その様子ですと、メイッサ殿を無事味方につけられたのですね。やはり、杞憂でございましたな」
「あら、ガルヴァノス殿は既にメイッサ様とお会いしていたのですわね」
「ミレっちに会いに行く前にガルっちに挨拶をしておこうと思ってね。ガルっちの想像通りの結果だったよ。私はこの地――ミレっちの学院都市に留まる価値があると思った。まあ、でもやっぱり実学の旅は続けたいから圓っちに時空魔法のデバイスを借りれるように直談判してねぇ……その時、ちょっと険悪な雰囲気になっちゃったんだけど。主に私のせいでね」
「本当にあの時は心臓が止まるかも思いましたわ!」
「……ふむ、何かあったかは聞かぬ方が良さそうですな。ところで、圓様はご一緒ではなかったのですね」
「なんでも、野兎の王家風という料理の仕込みをしているようですわ。ウィリディス族の皆様がご厚意で狩りをしてきてくださったのですが、その中に上等な兎があったので、是非その素材の良さを最大級引き出したいと仰っていましたわ。まあ、私は兎鍋の方が兎の素晴らしい味を引き出せると思うのですが、圓様は料理の達人でもありますから、どんな料理が完成するのか楽しみではありますわね」
「ほう、ミレーユ姫殿下も兎鍋がお好きでございますか? 実は儂も兎鍋が好きでして」
そこからしばし兎鍋談義をしていたミレーユとガルヴァノスだったが、「ごほん」と一つ咳払いをして「さて、そろそろ本日お越しになった理由を聞かなければなりませんな」とミレーユに話を振った。
「メイッサ様にお会いしたのであればもう既にご存知だとは思いますが、ガルヴァノス殿には学園都市で学園の長をお願いしたいと思っておりますわ」
「既にメイッサ様の他にラージャームの姫君を講師に迎えることをお考えです。打診と交渉はこれからになりますが」
「なるほど、もし実現すればミレーユ姫殿下が目標とする反農思想の根絶にも繋がる歴史を変える素晴らしい大偉業となるでしょう。……最早死するばかりであったこの老骨めにかような栄光に携わる機会をお与え頂けるとは! このガルヴァノス・アーミシス、謹んで学園の長の任、拝命致します」
「よろしくお願い致しますわね、ガルヴァノス様」
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