Act.9-368 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜学院都市計画を妨害する緑の影〜(2) scene.10
<三人称全知視点>
村の外に狩りに行っていた男衆はあの最悪の邂逅の数十分後には集落に戻ってきた。
エイリーンは狩ってきた獲物の中からいくつかの食材を分けてもらうと、即席で創り上げた調理場に消えていく。
ミレーユ達はエイリーンが料理を作り上げるまでの間、広場で料理の完成を待つことになった。
「メイッサさん、落ち着いたかしら?」
「……まだ、駄目そう、かな。……ごめんね、ミレっち。圓っちに嫌われちゃった」
メイッサに教師になってもらいたいミレーユにとって、あの邂逅は最悪と言っても過言ではないものだった。
折角、メイッサに教師になってもらえそうだったのに、その前提条件である圓の協力が取り付けられないとなれば、メイッサに教師を引き受けてもらうことは厳しくなってしまう。
しかし、この時、普段自分ファーストを貫いている筈のミレーユの気持ちはメイッサが藪蛇を突いて圓に最悪の第一印象を与えて交渉を不利にしてしまったことに対する怒りよりもメイッサを心から心配する気持ちの方が強かった。なんだかんだで、他人を慮れるミレーユである。
「……今回の件は完全にメイッサ先輩が悪いですよ。あの方の最も見られたくない部分に触れた挙句、それをバッサリと『理解できない』と切り捨てられたのですから。心の中に土足で踏み込んでしまったのは、まあ、先輩の魔法の性質上仕方ないことは圓様も認めていました。しかし、それに対する感想がまずかった。……それも、初対面ですからね。あの方は割と敵でない相手には慈悲深いですが、今回の件は正直、許してもらえるか微妙でしょうね。圓様の心の古傷に関わることですから」
いい匂いに誘われた族長の孫ウィルヴやエイリーンの影から突如として現れ、犬耳の少年へと姿を変えた真月と共に楽しそうに料理をしている今の圓からは怒りが感じ取れないが、だからといってメイッサが許されたという訳ではないのだろう。
ミレーユにとってメイッサとエイリーンが仲違いしているのはあまり気分がいいことではないが、だからといって二人を仲直りさせる案がある訳でもない。
「皆様、お待たせ致しました。本当はもっと手の込んだ料理を作りたかったのですが、まあ、無難……というか、王道が一番かな? ということで、今回は炭火焼きとワイン煮込みにしました」
かなり納得がいっていないという表情でエイリーンがミレーユ達に供したのは熊肉の串焼きとワイン煮込みだった。
串焼きの方は塩と胡椒の味付けで比較的シンプルなもの。丁寧に処理されているため臭みもなく、熊肉の甘みが完璧に引き出され、食には五月蠅いミレーユもその美味しさに唸った。
一方、ワイン煮込みの方はシンプルな串焼きとは対照的にタマネギ、ニンジン、セロリ、タイム、ローリエと赤ワインを合わせたマリナードにブロック状に切り分けた熊肉を時間加速で二十四時間分漬け込んだ後、熊肉はローストして再びマリネードを加えて一煮立ちさせ、灰汁を取り除きつつ更に三時間煮込み、ジャガイモとトリュフのピュレを合わせたという一時間ではとても完成しない長い時間を掛けたとても手の込んだ料理である。
ウィリディス族の者達は勿論、貴族出身の近衛騎士、それどころかミレーユですら口にしたことのない美食に、ミレーユ、ライネ、ルードヴァッハ、マリア、リオラ、ブライウ達ウィリディス族の面々、バノス達近衛騎士達、ルクシア、フレイ、クレマンスは天にも昇る気分になった。
そして、その美味はすっかり怯えきっていたメイッサにとっても衝撃的なものであったようだ。その顔に小さな驚きと共に笑顔が戻る。
「ようやく笑ってくれたねぇ。やっぱり、女の子は笑顔が一番だよ」
無言で串焼きを堪能している真月の頭を撫でつつ、エイリーンがメイッサに笑顔を向けた。
圓からすっかりメイッサが嫌われてしまったのではないかと思っていたミレーユとメイッサはその様子に当然ながら疑問を持ったが、折角機嫌を直してくれた圓の機嫌を再び損ねることを危惧してなかなかその理由を尋ねることはできない。
そんな二人の気持ちを察したのだろう、圓が少しだけバツが悪そうな顔をしつつ口を開いた。
「正直、やり過ぎたと反省しているよ。ボクにとっても触れられたくない部分だったし。ちょっと大人気なかったって思っている」
「ごめんなさい……圓っちの気持ち、考えて発言するべきだったよ」
「まあ、あれも条件反射的に出たものだろうしねぇ。ボクも見たくもないもの見せてしまって申し訳なかったよ。……ボクと瀬島奈留美の関係を歪と感じるのは至極当然のこと、別にその意見が間違っている訳ではない。……拗れてしまったのはボク達の責任だ。或いは、拗れざるを得なかった時代の責任かもしれないけどねぇ。まあ、謝罪は受け取ったし、これ以上気にすることはないよ。……さて、ミレーユさんやメイッサさんからボクにお願いがあるんだろうけど、それは食事の後で。今はこの料理を堪能してもらえると嬉しいかな? ボクとしてはもう少し食材と向き合いたかったんだけどねぇ。折角、ウィリディス族の皆様が頑張って獲ってきたものだし」
「あの熊は先ほど皆様が獲ってきたものですの?」
「うん、そうです。姫殿下! 僕も一緒についていったんだよ!」
「まぁ、そうなんですのね。それは勇ましいですわね」
ここでミレーユは少年の名前を聞くチャンス到来と察し、ポンと手を打って少年の顔を覗き込んだ。
「そういえば、わたくし、あなたのお名前を聞いてなかったのですわね。改めて、わたくし、ミレーユ・ブラン・ダイアモンド、帝国の皇女ですわ」
森に入る際に動きやすい服装に変えていたためズボンの裾を持ち上げる形ではあるが、カーテシーで挨拶をすると、それを見た少年は顔を真っ赤にしながら慌てて膝をつき、頭を下げる。
「ウィルヴです。姫殿下。改めて、ありがとうございました。ぼくを助けてくれたこと、一生忘れません」
「あら、お礼ならばもう十分にもらいましたし、別に忘れてしまっても構いませんわよ?」
そう言いつつ、ウィルヴから贈られた髪留めを撫でるミレーユを見て、ウィルヴの顔が再び真っ赤に染まった。
そんなウィルヴと年下キラーなミレーユをエイリーンは微笑ましそうに見つめている。
「本当に美味しい料理ですね、ミレーユ様」
「ライネ、美味しいですわね。……しかし、これ以上の美味しい料理とは一体どのようなものをご用意するつもりだったんですの?」
「ジビエの究極の一品――野兎の王家風という料理だよ。ボクの前世の世界の仏蘭西という国のジビエ料理なんだけど、ボクの故郷大倭秋津洲の仏蘭西料理店では星付き、有名シェフクラスの店でもなかなか供されない、本場でもごく限られた一部の店のみで供されるというなかなかハードルが高いものでねぇ。ボクの周囲にも作れる人がいなかったから、独学で過去の資料を読み解き、一年以上の試行錯誤を経てようやく形にした思い出深い品なんだ」
「そういえば、『クラブ・アスセーナ』のメニューの中にありましたね。あの時はフルコースだけで満足でしたが、次回機会があった時には是非食べてみたいですね」
ルクシアの隣では共に『クラブ・アスセーナ』のプレオープンに参加したフレイがその時の食事のことを思い出して蕩けた表情を浮かべていた。
「確か、『クラブ・アスセーナ』は圓様がスペシャリテ級の料理を提供する多種族同盟唯一の店でしたわね? ラインヴェルド陛下とオルパタータダ陛下がとても嬉しそうに話していましたわ」
「……まあ、あの二人はまだ来店経験がないんだけどねぇ。あの店はちょっと特殊でどんなに富を築いていても、王侯貴族のような地位を持った人間でも入店はできないんだ。プレオープンやボクからの招待を除き、入店する方法はバトル・アイランドというバトル施設のある島で一千万ポイントを貯めること。逆に言えば、どんな身分でも、どれだけ貧乏でも、強ければ来店することができるってことになる。ボクは平等に門戸が開かれているべきだと思うからねぇ」
「ちなみに、圓様。現在までに正規の方法で店を訪れることができた方は何人ほどいらっしゃるのでしょうか?」
「……クレマンス先輩、それが非常に残念なことに君臨する八人の戦争で優勝したプリムヴェールさんを除いて条件を満たした人は未だにいないんですよねぇ。そのプリムヴェールさんからのご予約もまだ入っていないので、プレオープンに参加された方々以外は一組も入店していない状況です。ただ、それぞれポイントはかなり増えてきているのでそのうち毎日予約が入るようになると思いますよ」
バトル・アイランドのポイントは勝ち上がれば勝ち上がるほど貰えるポイントが増えていく傾向にはあるものの、別に勝ち上がらなければポイントが一切もらえないという訳ではない。
シンボルを目指すのならばまた別だが、ただポイントを稼ぎたいのであれば挑戦回数を増やしていけばいい。簡単な話、施設長に勝てる実力がなくても、各施設を一周確実に勝利できる実力さえあればかなりの時間は必要だが『クラブ・アスセーナ』の予約自体は可能である。そういう意味では良心的かもしれない。
まあ、最低限の戦闘力は必要なので非戦闘員のミレーユやライネ、ルードヴァッハにとっては縁遠い話ではあるが。
「とはいえ、基本的に多種族同盟の関係者しか食べられない料理の話をしても不公平ですし、皆様も野兎の王家風に興味を持ったようなので、明日ご用意しましょうか?」
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