Act.9-366 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜学院都市計画を妨害する緑の影〜(2) scene.8
<三人称全知視点>
ヴァルマト子爵邸で学園建設計画の説明を受けた日の翌日、ミレーユは実際に建設途中の学園を視察した。
ガルヴァノスの視察は二日後、静寂の森に移動するのは明日ということになっているため、建設途中の学園の視察はかなりのスローペースだ。
携わっている職人達と話をしつつ、ミレーユは護衛の近衛騎士二人とライネ、ルードヴァッハを伴ってガルヴァノスと共に建設途中の学園を回る。
その足取りはかつてないほど軽やかだ。ガルヴァノスとの交渉も失敗する要素がないため、ミレーユはかつてないほど緩み切っていたのである。……まあ、普段とあまり変わらないような気がしないでもないが。
当然、この学園にミレーユを見極めるべくメイッサが訪問しようとしていることなど知る由もない。
ちなみに、エイリーン――圓はこの場にいない。
ルクシア達がウィリディス族の集落を拠点にしばらく静寂の森の生態調査を行うつもりであるという連絡を受け、その出迎えのためにウィリディス族の集落に向かったのだ。
ルクシア達に同行しているマリアとリオラは学院の授業が始まる前にルクシア達と共に転移してきたようなので、マリア達が集落でのルクシア達とウィリディス族の橋渡し役の役割を果たした後、マリアとリオラを学院に送り届けることも圓が集落に向かった理由の一つなのだろう。
さて、順調に進んでいた建設途中の学園の視察だが、視察開始から二時間が経過した頃、雲行きが少しずつ怪しくなり始めた。
「子爵様ッ!」
「何かあったのか?」
慌てた様子でやってくる騎士から詳細を聞いたルーゼンヴの表情が一瞬翳ったかと思うと、その表情が一気に憤怒に染まる。
「何者だッ!? その無礼者はッ!」
「いかがなさいましたの?」
「姫殿下にお手間を取らせるようなことでは……」
このままヴァルマト子爵に一任すれば取り返しがつかなくなるのではないかと過去の経験から危惧したミレーユがルーゼンヴを追及すると、ルーゼンヴは不承不承といった様子でミレーユに部下の騎士から受けた報告の内容を伝えた。
「わたくしと一対一でお話をしたい方がお越しになっているのですわね……ふむ」
本来、王女であるミレーユに正式に会うためには手順を踏む必要がある。その手順をすっ飛ばしてミレーユに会おうとしていることにルーゼンヴは憤りを覚えているのだろう。
一方、ミレーユ自身は王族に対する礼儀を逸した要求に特に怒りを覚えることは無かった。前の時間軸では王族であることを鼻に掛けて傲慢に振る舞っていたミレーユも転生を経て変わったのである……いや、本質的にはあまり変わっていないかもしれない。
「……一対一ということは、近衛騎士の同席もできないということですね。どこの誰か分からない者をミレーユ様と二人きりにするのは賛同しかねます」
「私も反対です! ミレーユ様の身に万が一のことがあれば、私は……」
ルードヴァッハとライネ――ミレーユの腹心達はミレーユの身を案じ、この明らかに危険な話し合いへの参加を止めようとした。
しかし、当のミレーユは少し違う考えのようで……。
(……ふむ、もしこのタイミングで接近してくる危険人物がいるとすれば『這い寄る混沌の蛇』の関係者ですけど、こんなあからさまな形で接近してくるものかしら? それに、わたくしが静寂の森に来ていることを知っている人はほとんどいませんし……さっぱり分かりませんわ。わたくしの知り合いなら、わざわざ一対一での面会を希望することもありませんし。とにかく、何かヒントが必要ですわ)
「ところで、その訪問者の方は何か仰っていなかったかしら?」
「なるほど、まずは相手が何者かを探ろうということですね。流石はミレーユ様です」
「まず、見た目ですが比較的、整った身なりをした女性でした。ドレス姿ではありませんでしたが服の生地がとても良いものでしたから、恐らく高貴な身分の方ではないかと思います。ただ、その服装と纏ったボロボロの白衣がとてもアンバランスに見えましたが」
「……ふむ、その方は女性なのですわね」
「その方は『ルクっちからの紹介でミレっちに会いに来た』と仰っていました、……話し方からして、恐らくミレっちとは姫殿下のことだと思いますが」
「……姫殿下の名をそのように呼ぶとは不敬なッ!!」
「ヴァルマト子爵、怒りを鎮めてくださいまし。……その方との一対一の面会、受けたいと思いますわ」
「なっ!? ミレーユ様ッ! 本当にお会いになるのですか!?」
「ライネ、わたくしのこと、心配してくれてありがとうございますわ。恐らく、そのルクっちとはルクシア殿下のことですわね」
「……ブライトネス王国の第二王子であるルクシア=ブライトネス殿下ですね。しかし、あの方も王族です。……そのような渾名で殿下の名を呼べるような方はいないのではありませんか?」
「それが一人だけいるみたいですの。ルクシア殿下の先輩であるメイッサ=エンセラダス公爵令嬢ですわ。ルクシア殿下曰く、彼女は礼儀作法を完璧にマスターしている完璧令嬢にも拘らず、あえてそれを無視する方のようですの。彼女は公爵令嬢である前に一人の人間であることを重視し、肩書き、経歴――纏う飾りを無視し、一人の人間の本質を見抜き、同じ一人の人間として相対する、つまり平民だろうと王族だろうと分け隔てなく同じような対応をするということですわね。……悪い人ではないことは間違いないですわ。ただ、貴族社会では敵を作りやすい方ではあることは間違いないですわね。メイッサ様は優秀な成績で学院を卒業後、各地を巡りつつその地で出会った方々に勉強を教えていたそうですわ。わたくしがルクシア殿下を学園の教師にお呼びしようとした際に、殿下はメイッサ様のことを推薦してくださいましたの。恐らく、今回の来訪の目的はわたくしのことを見極め、学園の教師になるかどうかを見極めるためでしょうね。騎士様、来訪した方がメイッサ様であるかどうかを確認してきて頂いてもよろしいかしら? もし、彼女でしたらわたくしはそのお話を受けたいと思いますわ」
「承知致しました、すぐに確認して参ります」
◆
ヴァルマト子爵に来訪者の件を報告するために現れた騎士に来訪者の正体の確認をお願いし、メイッサであることが確認できた後、ミレーユは静寂の森の中でメイッサと対面した。
ルードヴァッハやバノスから近くに近衛騎士を配置することを提案されたが、心象を悪くするような行為は控えるべきだとミレーユは護衛を断ってたった一人でメイッサと相対している。
「初めまして、ミレっち」
「貴女がメイッサ=エンセラダス様ですわね」
「そう堅苦しい呼び方をしなくてもメイっちでいいよ! 私も勝手にミレっちって呼ばせてもらっているしさ!」
活発で陽気な性格が滲み出た人懐っこい笑みを浮かべるメイッサはとても貴族令嬢には見えない。
身構えていたミレーユも実はそこまで恐ろしい人じゃないのではないかと思い、そっと胸を撫で下ろした。
「ここに来るまで、色々と話を聞いてきたよ。『帝国の深遠なる叡智姫』だっけ? でも、私にはミレっちが、その噂に違わぬ叡智を持つ人間にはどうしても見えない。小心者で自分本位で……とても、為政者には向かない性格をしている」
「わたくしのこと、どなたから聞きましたの?」
圓から事前情報を仕入れたのではないかと推測したミレーユだったが、それをメイッサはあっさりと否定する。
「いや、私は自分の目で見たことを言っているだけだよ。私の目は特別でね、その人の真実が見えるんだ。『真実を見る鷹の目』って呼ばれる無属性魔法、これを私は生まれ持っていた。だから、心のドロドロとした部分を隠して表面上は煌びやかな世界で互いに腹を探り合う貴族社会での暮らしは辛かったんだ、って関係ない話だね。……でも、別に私はミレっちのその欠点は同時に美点でもあると思うんだ。君は小心者かもしれないけど、裏を返せば慎重に物事を進めることができるということ。それに、我儘で自分本位かもしれないけど、誰かが飢えている時、君の持っているケーキを分け与える決断ができる優しさもある。偽善者でも、高慢な皇女でもない、悩んだ末に苺の乗っている部分さえもらえればと考え、民とケーキを分け合うことができる皇女様だ。――そんなミレっちの頼みということなら、学園の教師の話、引き受けてもいいかもしれないね」
心の奥底まで見抜くようなメイッサの視線に怯えていたミレーユは、自身の全てを見通し、散々な評価を付けたにも関わらず教師の話を引き受ける気になったことに驚いた。聞き間違いではないかとすら思った。
「本当に引き受けてくださるんですの?」
「そうだねー、引き受けたいって気持ちになっているのは事実だよ。でも、私ももっと世界を見て回りたいっていう強い欲求があってね。一つ所に留まりたくないっていう気持ちもあるんだ。ミレっちの作る学園で教鞭を執るのは楽しそうなんだけどねぇ」
「……では、結局、引き受けてはもらえないということなのですわね」
「だったら、そもそもこの面会には一体なんの意味があったのかしら?」とミレーユはガッカリしていると、メイッサはにっこりとミレーユに微笑み掛けた。
「ミレっちの思いは十分伝わったよ。初対面の怪しい私の求めに応じてくれたことも嬉しかった。だからね、後は私が頑張ってみるよ。私の実学の道も君の願う学園の教師の仕事も、どっちもできるように圓っちに直談判してみる。……初対面で為人もルクっちからの伝聞だけだから、正直、許可をもらえるか分からないけど、できる限りのことはしてみるよ」
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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