Act.9-365 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜学院都市計画を妨害する緑の影〜(2) scene.7
<三人称全知視点>
ルクシア、フレイ、クレマンスの三人はミレーユが研究室を訪れた日――つまり、ミレーユがヴァルマト子爵領に到着した日の翌日の早朝、マリアとリオラの二人を伴ってガルヴァノスの庵の前に現れた。
「お初にお目に掛かります。私、ルクシア=ブライトネスと申します。こちらは婚約者のフレイ嬢と専属侍女のクレマンスです。本日から静寂の森で生態調査を行うことになりましたのでご挨拶を、と思い参りました。こちら、ほんの気持ちですが」
そう言いつつルクシアは手づから持ってきたお土産の風呂敷をガルヴァノスへと差し出す。
中身はビオラ商会合同会社で販売されているラスクだ。圓が提供したレシピを基に作られているもので、素朴な味わいが話題を呼び、近年はお土産の定番の一つになっている。
貴族嫌いとして知られるガルヴァノスも学者然としたルクシアのことは気に入ったようで、嬉しそうにお土産を受け取った。
ルクシアは本当に挨拶だけのつもりだったらしくそのまま次の目的地――ウィリディス族の集落に赴こうとしていたが、ガルヴァノスが庵の中に招き入れたのでルクシア達はガルヴァノスの持て成しを受けることとなった。
「ところで、ルクシア殿下は具体的にどのような調査をするつもりなのじゃ?」
「静寂の森には特別な木というものがあると聞いています。その木の周辺には稀に虹色の輝きを放つ茸が生えると圓様から聞きましたので、まずはウィリディス族の皆様から許可を頂き、いくつかサンプルを頂戴したいと思っています。後は具体的にどのような植生になっているのかの調査ですね。ベーシックヘイム大陸で未確認の植物や茸類がありましたら、そちらもサンプルとしていくつか持ち帰りたいと思います。調査は私とクレマンスの二人でほとんど行う予定です。私の婚約者のフレイはその間、ウィリディス族の集落に滞在して大自然の中で休息をとってもらいたいと考えています。そもそも、今回、ペドレリーア大陸の生態調査にフレイも同行してもらうことになったのは、父上――ブライトネス王国国王の無茶な仕事で疲れを溜めていたフレイに仕事を忘れて息抜きをしてもらいたいという理由でしたので、休息が第一ですからね。ただ、少しは調査に協力したいとフレイが提案してくださいましたので、その気遣いを無碍にする訳にもいきませんし、少しだけ手伝って頂こうとは思っています」
研究者としてフィールドワークを行っていたルクシアやクレマンスと違い、フレイは箱入りの貴族令嬢だ。流石にダンスのレッスンなどで体を動かしているため体力がないという訳ではないのだが、身体を動かすよりも本を読んでいる方が好きという割とインドア寄りのタイプのため、平均的な貴族令嬢と比較すると少し体力がない部類に属する。
他の貴族達に違わずほとんどの家事を侍女やメイドにしてもらっているため、家事能力は皆無に近い(クッキーくらいは作れるレベル)だが、今回、ウィリディス族の集落に滞在するにあたりウィリディス族の皆に迷惑を掛けるのは申し訳ないとウィリディス族の協力を得る形ではあるが家事にも取り組んでみたいとフレイは語っていた。
「ところで、メイッサ=エンセラダス公爵令嬢を学園都市の教師に招くという話を聞いたのじゃが、確かルクシア殿下とクレマンス殿の先輩に当たる方なのじゃな?」
「昨日、時空魔法でブライトネス王国に一時帰国した際に先輩に学園都市で教鞭を執ってもらえるように依頼をしました。圓様にもその件はお伝えしたのでガルヴァノス様も圓様経由でお話を聞いているかもしれません。先輩は明日にもペドレリーア大陸に渡り、ミレーユ姫殿下を見極めたいと仰っていましたので、恐らく本日中には静寂の森に到着すると思います」
メイッサは事前に大陸に渡るための準備をする必要があるからとその日、ルクシアに会ったタイミングではペドレリーア大陸に渡らなかった。
メイッサに会ったタイミングでルクシアは圓に連絡してビオラの諜報員一人をエンセラダス公爵邸に派遣するように依頼したので、その諜報員と合流して今日中にペドレリーア大陸に渡る可能性が高いとルクシアは考えている。
「その……先輩は個性的な方ですので、お気を悪くされるかもしれません。本人には悪気はありませんので、どうか寛大な心で接して頂けたらと思っております。……申し訳ございません」
ガルヴァノスは貴族嫌いとして有名だとルクシアは圓から聞いていた。貴族らしからぬ彼女との相性は良いかもしれないとルクシアは考えていたが、ガルヴァノスがどのようにメイッサを捉えるかは実際に会ってみないことには分からない。
あの暴走列車な先輩のことを脳裏に浮かべ、ルクシアは事前にガルヴァノスにメイッサが迷惑を掛けることを謝罪した。
ルクシアと共に頭を下げるフレイとクレマンスの様子から「この三人は相当苦労してきたのじゃな」と察したガルヴァノスはルクシア達に労りの視線を向けた。
◆
「へぇ、ここが静寂の森なんだねぇ! うんうん、空気が澄んでいて心地いいよ! ザ・大自然って感じだねッ! さて、ルクっちが言っていた老師の家は……ここかな? たっのもー!!」
午睡を取っていたガルヴァノスは外が騒がしくなっているのを耳にして目を覚ました。
圓やルクシアから聞いていた噂の人物が庵に到着したのを察して出迎えに行こうとした直後、天幕の入り口がバサっと開く。
太陽を背に現れたその少女は白いブラウスに群青色のフレアスカート、黒のヒールブーツという格好だった。その場に応じた適切な服装があると考えるガルヴァノスにとっては、装飾過多なドレスに比べればまだマシだが、あまり良い印象を抱く服装ではない。
蜂蜜色の髪を青いリボンでツーテールに結い上げた少女の瞳はまるで蒼玉のようにキラキラと輝いている。
「初めまして、貴方が老師様だね。私はメイッサ、趣味実学、特技実学! 身分とか面倒なものは気にせずメイっちとか、適当に呼んでくれると嬉しいな! もしかしたら、同じ学校に勤めるかもしれないから、その時はよろしくね、ガルっち」
「ガルっち……」
三倍以上歳の離れた少女から渾名で呼ばれ、ガルヴァノスは不思議な気分になった。
礼儀を無視した態度だが、そこに何故か不快感はなかった。
その少女にはガルヴァノスにも言い表すことができない不思議な魅力があったのだ。
「そういえば、三顧の礼だったっけ? しなくて良かったのー? 私、一応貴族でしょう? ガルっちが嫌いなタイプなんじゃない?」
「ルクシア殿下や圓殿から為人を聞いておったからのぉ。テストをする必要はないと判断した」
「正直、面倒くさそうだとしか思っていなかったから良かった良かった。正直、三回も相手を訪ねさせるなんてまどろっこしいことしなくても相手の為人なんて顔見れば一発で見れば分かるよね? って、ルクっちは『普通はそんなことできません。貴女の目は異常なんですよ』って言ってたっけ」
「ほう……為人を一目見ただけで分かると」
荒唐無稽な話だが、ガルヴァノスにはメイッサが嘘を言っているようには見えなかった。
「昔からねー、なんとなく分かるんだ。……本当の思いを隠し、微笑を浮かべつつ足を引っ張り合う社交界――私には、その心の内にある悪意とかがなんとなく読み取れたから、ああいう息苦しい世界では生きていけないって思ったんだ。ねぇ、ガルっち、自然ってどう思う? 人間関係のような面倒臭さ、複雑さなんてものは存在しない。ありのままがただ存在している。私は貴族社会の人間関係の面倒臭さが苦手で自然と向き合う学問の世界に飛び込んだんだ。まあ、そのおかげで可愛い後輩にも恵まれてねぇ……そんなことになるなんて思いもよらないこともいっぱいあったんだ。困っていたり、悲しみを抱えている人をほっとけないっていうか……実学を志した理由は、書物に書かれている研究が本当に正しいのか、私が信じきれなかったっていうのもあるし、社交界――貴族社会から離れたかったってのもあるんだ。でも、そうして学院を卒業した後に各地を巡っているうちに学びたくても学べない子供達に出会ってね、私がいかに恵まれていたかを知ってね、そうした子達と私に何か違うことがあるのかって思ったの。そう思ったら放っておけなくて、教えているうちに、そういったことにもやり甲斐を見出したんだ。でも、まさか先生として招聘しようっていう話になるなんて思わなかったなー」
「……ふむ、それでどうするのだ?」
「ミレっちの為人を見てから決めるつもりだよー。私はまだまだ世界を自らの足で歩き、その目で見たい。実学の旅をまだまだ続けたいと思っている。そんな私がこの地に足を止めるだけの価値があるのか、それを私自身の目で見極めたい。どんな風聞よりも、私は私の目を信じているから!」
メイッサはまさに、「どこまでも飛んでいける自由の青い鳥」だ。その鳥に留まってもらいたいのであれば、それだけの魅力が必要となる。
だが、ガルヴァノスは心配する必要はないと考えていた。ミレーユ姫殿下ならきっとメイッサの心を射止めてくれるだろうと信じ切っていた。
……とんだ曇り眼である。
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