Act.9-364 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜学院都市計画を妨害する緑の影〜(2) scene.6
<三人称全知視点>
不必要な情報を省き、エイリーン……圓は前世の記憶と現世の来歴を語りつつ、アネモネやローザへと姿を変えた。
ヴェザールの方は何故か大して驚いてはいなかったようだが、ヴァルマト子爵の方はかなりの衝撃を受けている。勿論、ヴァルマト子爵の反応の方が正しく、ミレーユはヴェザールの方に疑問を持った。
「それで、忌憚なき意見を言わせてもらうとその黄金の像計画は『何考えているの?』レベルの愚策です。まあ、折角考えたのに余所者が何を言っていんだっていうのがヴァルマト子爵の本音だと思うけど、まずヴァルマト子爵はミレーユ姫殿下のことを随分と勘違いされているご様子だ。ミレーユ姫殿下は贅沢を嫌う……それが何かの役に立つなら出し惜しみはなさらないけど、何の役に立つ訳でもないならそういったものにお金を掛ける必要はない。煌びやかな宝石や豪奢なドレスより、明日来るかもしれない飢饉への備えを……ミレーユ姫殿下は常に先を見据えて行動なされておられる。では、ミレーユ姫殿下はヴァルマト子爵に対して何を求めているのでしょうか?」
「黄金の像を立てたところで、その輝きはこの地を訪れた者のみを照らすだけですわ。しかし、この学園を出た生徒達が目覚ましい活躍をすれば、その名声は大陸中に広がっていきます。世界で活躍する英才――それを育んだのは帝国初の学園都市ということになりますわね。つまり、ヴァルマト子爵領の学園から素晴らしい人材が巣立ったということになりますわよ。黄金の像を立てるより、生徒達にお金を掛ける方がよっぽど素晴らしい行いだとわたくしは思うのですが、ヴァルマト子爵はどうお考えかしら?」
最初は圓がヴァルマト子爵に賛成するからどうなることやらと思っていたミレーユだが、その後の鮮やかの掌返しでミレーユの背後から一気に追い風が吹いた。
その風に背中を押されるまま、「自分の姿の灯台の目と口から光が放たれるって軽いホラーですわ」という感想は心の中に留めつつ、意見を述べる。
「なるほど。人は王城、人は城壁ですか」
「なんですの? それ?」
「『人の力がないと城があっても役に立たない。信頼できる人の集まりは強固な城に匹敵する』という有名な言葉ですねぇ。この世界だと東方の有名な国王の言葉でしたっけ? 実際は戦国時代の武将――武田信玄公の名言ですが。……重要なのは言葉ではなく、それを実際に体現できるかどうかです。言葉を知っていても体現できない者もいれば、その言葉を知らぬまま体現する者もいる。……ミレーユ姫殿下は後者であるとボクは考えています。まあ、ただそうやって倹約ばかりに重きを置き過ぎるのも『白河の 清きに魚も 棲みかねて もとの濁りの 田沼恋しき』――『水清ければ魚棲まず』の現象になってしまいますからねぇ。……うーん、ヴァルマト子爵様達の思いも、ミレーユ姫殿下の思いもどちらも尊重できる方法があるといいのですが」
「そういう言葉があるのですわね。ヴェザール様だったかしら? 貴方博識なのですわね。……ちなみに、圓様ならどういったお金の使い方をなさるのかしら?」
「そうですねぇ……まず、静寂の森を迂回する形で地下鉄を整備する費用に充てますねぇ。結構いい雇用創出に繋がるのですよ、これが。これをダイアモンド帝国全体に広げていき、更には周辺国の協力を取り付けて大陸全土に広げていきます。ここで得られた収益と残る予算は学園の施設の増設や最新研究機器の導入費に当て、それでも余ったら街をより良い場所にするための費用に充てる……というのが無難なところですかねぇ。一応、旧フィードランドとベーシックヘイム大陸を繋ぐ海底トンネルの建設工事も予定が決まりましたし、まだまだ先は長いですが、ダイアモンド帝国などのペドレリーア大陸諸国が多種族同盟に加盟した場合には繋げることも可能ですしねぇ」
「……やっぱり使い方のスケールが違い過ぎますわね」
「ああ、そうでした。肝心なことをすっかり忘れていました。詳細は確定していないためまた後日となりますが、セントピュセル学院の改修にあたり、それと同額の費用をダイアモンド帝国ミレーユ姫殿下宛てに寄付させて頂く予定でいます。学園都市関連用の費用ですので、有効に使える方法を事前に検討しておいてくださいねぇ」
「あの国家予算規模と同額の寄付……本当に大丈夫なのかしら? 圓様の懐が本当に心配になってきますわ」
「まあ、大丈夫です。全然まだまだ増える一方ですから」
次々と異常な金額を惜しみなく支払い続ける圓に驚愕しつつ、「そんな莫大な費用、一体どう使えばいいのかしら?」と今から頭を抱えるミレーユだった。
◆
ミレーユがヴァルマト子爵邸を訪問した日の夕刻――ヴァルマト子爵領から静寂の森に一人の男が足を踏み入れた。
美しい銀色の髪に澄んだ青い瞳――年若いその文官の名はヴェザール・ネーヴァエ、ネーヴァエ伯爵家の三男でルードヴァッハと共に同じ師から学んだ兄弟弟子の一人である。
ヴェザールはウィリディス族の集落を通り過ぎ、更に森の奥へと学園都市建造のための打ち合わせのために何度も行き来した道を進んでいく。
しかし、その瞳に周囲の景色が映ることはない。
森を歩くヴェザールの意識は深い思考の中へと落ちていた。歩き慣れた森とはいえ、静寂の森はかなり迷いやすい地形――器用なものである。
その思考の対象はつい先程対面したミレーユだ。類い稀な美貌を持って生まれながら、自己顕示欲に溺れず黄金の像の建造を阻止した――その行いは至極当たり前と言えば、当たり前のことではあるが、それを実行できる為政者は存外少ない。少なくともヴェザールの関心を惹きつけるだけの行いではあったのだ。
「ルードヴァッハ、ここに居たのか? 姫殿下の元にいないからどこにいるのかと思っていたぞ」
「別にあの場に俺が居てもできることがないしな。俺がいなくても姫殿下はお前を感心させて見せたんじゃないか? それに、圓様もいるしな」
「あのお年で、しかもあのような美貌をお持ちなのに自己顕示欲に支配されぬとは……お前が心酔するのも少し分かるような気がする。……しかし、あの圓殿は別格だな。ミレーユ姫殿下は確かに『叡智』と呼ばれるに相応しい。しかし、圓殿と比較すればまだ人の域に留まっているように思える」
「……まあ、選挙戦ではその圓様の策すら読んでいたようだがな。正直、あのクラスの賢人達の読み合いにはついて行ける気がしない」
実際には、ミレーユがほとんど圓の掌の上で転がされているだけであるが、曇り眼鏡を掛けられてしまったルードヴァッハとヴェザールはその事実に到達することはできなかった。
「それで、ルードヴァッハ。お前は何をやっているんだ?」
「師匠に到着のご挨拶をしておこうと思ってな」
「……しかし、あの貴族嫌いの師匠が王族である姫殿下に協力するとは……天変地異の前触れなのではないか?」
「ふぉふぉ……流石に言い過ぎではないかの? まあ、儂もそのつもりだったが、あれほどの叡智の衝突を、知恵と知恵の鬩ぎ合いを見せられたら、気持ちも変わるものじゃ」
とある少数民族からその作り方を学んだという天幕から出てきたのはルードヴァッハとヴェザールの師、ガルヴァノスだった。
「……ふむ、ところでルードヴァッハよ。一つ聞きたいことがあるのじゃが」
「いかがなされたのですか? 我が師よ」
「実は圓殿より連絡があってな。実は近々、静寂の森出身のリオラ殿とレイドール嬢マリア殿の許可を得たブライトネス王国の第二王子殿下とその婚約者殿、侍女殿が静寂の森の生態調査のために訪問するという話を聞いたのじゃ。律儀な性格だから、必ず儂の元にも挨拶をしに来るだろうと仰っていたのじゃが……具体的にいつ頃になるか聞いておるかの? 近々というくらいしか聞いていないのじゃが、いつ頃になるか圓殿辺りから聞いていないか?」
「……ほう、王族ですか?」
「あの貴族嫌いは何だったのか?」と言いたくなるような様子のガルヴァノスに、ヴェザールは驚きを隠せないでいた。
「ブライトネス王国の第二王子殿下……ルクシア=ブライトネス殿下ですね。あの暴そ……個性的な国王陛下の子とは思えないほど聡明な方だと。ただ、研究の内容から国内の他の派閥の貴族達からはあまり良い評判ではないようですね。『毒薬学の賢王子』と呼ぶ者もいるとか。……そもそも、かの王子殿下の来訪の話自体聞いていませんでしたので、私には分かりかねます」
「……毒薬学か」
「ルクシア殿下に関する詳細は圓殿から聞いておるが、ブライトネス王国の闇とも絡むなかなか辛い過去を背負ったお方のようじゃ。……まあ、彼のことも気になるが、それよりも気になるのは儂の部下になるかもしれない者についてじゃな」
「それは……師匠は既にミレーユ姫殿下の訪問理由をご存知ということでしょうか?」
「ああ、詳細は圓殿から事前に聞いておる。勿論、二つ返事をするつもりじゃ。圓殿と姫殿下、お二人の掲げる素晴らしい未来の一助になることができればと、あの日からずっと願っておったからな」
元々、ガルヴァノスとの交渉はすんなり終わるものだと考えていたが、ガルヴァノスが既にミレーユの目的を知っており、協力を惜しむつもりはないことをガルヴァノスの口から聞けたことは大きな収穫だった。
「勿論、儂だけではなく儂の弟子達にも声を掛けるつもりだが、姫殿下はダイアモンド帝国の教会のコネクションを利用して別の角度からも教員を探しているようじゃ。それとは別にルクシア殿下にも教員就任を依頼したようで、その際に紹介されたのがルクシア殿下の学院時代の先輩に当たる公爵令嬢だという」
「……公爵令嬢ですか?」
「名はメイッサ=エンセラダス公爵令嬢。なかなか面白い経歴の持ち主のようじゃ。……しかし、話を聞く限り儂よりも説得は難しそうじゃな。あちらも直接、姫殿下と会って考えたいと思っているようじゃから、そう遠くないうちに静寂の森に来訪する可能性が高い。儂も是非話をしてみたいと興味をそそられたので、ルクシア殿下と一緒に挨拶に来てくれるのではないかと期待していたのじゃが……」
ガルヴァノスにここまでのことを言わせるその公爵令嬢にルードヴァッハは興味と一抹の不安を覚えつつ、ガルヴァノスに招かれるままにヴェザールと共にテントの中へと足を踏み入れた。
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