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【季節短編 2021年ハロウィンSS】サウィンナイト・レディオ 下

 大倭秋津洲帝国連邦を有する地球の存在する宇宙にも「並行世界(パラレルワールド)」というものが存在する。

 その中に基軸というものを設定することは、例えば物に人間が名前を与えて意味づけするような恣意性を孕んでいる……が、ここでは分かりやすさを優先し、あえて百合薗圓の一派と瀬島奈留美の一派が敵対し、百合薗圓がクラスメイトと共に異世界に召喚された世界線をX世界線の虚像の地球、そして、それとは別の世界線の虚像の地球を、Y世界線の虚像の地球と仮定することにしよう。


 さて、このY世界線の虚像の地球とは果たしてX世界線の虚像の地球と一体どんなところが違うのだろうか。一つ一つ確認していこう。


 まずは、最大の相違点は瀬島奈留美の前世であるベアトリーチェ=ダスピルクエットが海を越えることもなく、更に転生もしないままこの世を去ったということが挙げられる。

 百合薗圓の前世クリストフォロス=ゲオルギウスはその後、百合薗圓へと転生するも、投資家として成功するのみで瀬島一派と交戦することのないまま別の形で裏世界と関わるようになっている。


 この瀬島奈留美が転生しなかったという点は百合薗グループの幹部達の構成やその所属する切っ掛けとなった事件、圓を取り巻く人間関係にも大きな影響を与えている。

 常夜月紫、化野學、高遠淳、蛍雪栞についてはX世界線の虚像の地球と全く変わらない。全く同じ歴史を歩み、圓の掛け替えの無い仲間となった。

 異なっているのは、陽夏木燈と斎羽勇人の二人、そして執事統括の役職を与えられた人物――やはり、瀬島一派から影響を受けて不幸に見舞われた者達である。


 柳影時――瀬島奈留美の仲間であった森舞華によって当時の部下達を奪われた彼は、今世界線では何事もなく軍人として勤め上げ、圓と関わりのないまま天寿を全うすることになる。

 その不在の穴を埋めたのは、羽林家陽夏樹子爵家の執事、石澤忠教の息子である石澤(いしざわ)業彬(なりあきら)である。彼は大倭陸軍所属の元軍人で『颶風の死神』の二つ名で呼ばれていたが、本物の戦争を経験し、多くの部下を失った。その大きな敗戦のトラウマから軍を脱退する。

 若くして軍人を辞めた彼は、父の勧めで百合薗邸で勤め始め、遂には執事統括の役職を与えられるまでになる。


 陽夏木燈――陽夏樹枸櫞と松蔭寺辰臣が瀬島一派に殺されることなく生存した結果、羽林家陽夏樹子爵家の令嬢として百合薗圓と関わることなく雅な貴族社会で天寿を全うする……かに思われた。

 転機となったのは、羽林家陽夏樹子爵家の「推理倶楽部 Bengal」の活動に百合薗グループが融資することになったことである。公家といっても無尽蔵にお金がある訳でもなく、陽夏樹子爵家だけの力では「推理倶楽部 Bengal」の活動に限界があった。そこで、松蔭寺辰臣の同級生で今でも親交のある影澤照夫からの繋がりで陽夏樹子爵家と親交を持った圓が「推理倶楽部 Bengal」に融資をすることになったのだ。

 その恩を返すという名目で陽夏樹燈は百合薗邸にメイドとして就職する。

 実は、燈は封建的で息苦しい貴族社会を嫌っており、貴族社会を離れたいと願っていた。百合薗邸にメイドとして就職したのもその願いを叶えるための行動だったことを圓と枸櫞に見抜かれている。


 斎羽勇人――田村勲がいなければ妹と幸せな生活を送ることができたのではないか、と思いきや、山城のホテル濱本爆破事件に妹が巻き込まれるのはX世界線の虚像の地球と同じである。

 目的についても、田村勲と同じだったが、実行者は流石に田村勲では無かった。

 犯人は『特異異能力者解放軍』の下部組織。彼らにとっても皇導院と絡新婦の天蜘蛛(あまくも)菊夜(きくよ)の同盟は避けなければならないものであった。

 結果として、斎羽朝陽は死を免れたものの昏睡状態となり、その治療費を稼ぐために暗殺に手を染める。その過程で圓をターゲットとして殺そうとするが、逆に勧誘されるのはX世界線の虚像の地球と一緒である。当時、化野學は百合薗グループに所属していなかったため、意識不明の斎羽朝陽を救うために圓は奔走し、結果として圓は庚大路花月に大きな貸しを作ることになる。


 続いて、大倭秋津洲帝国連邦に君臨する財閥七家について見ていこう。こちらも、X世界線の虚像の地球とはところどころ異なっている。


 まず、X世界線の虚像の地球と丸っ切り同じなのは光竹財閥、浦島財閥、弘原海グループ、邪馬財閥の四つである。この四つについては最早説明は不要てあろう。


 僅かに変化したのは、蘆屋財閥。X世界線の虚像の地球と異なり、安倍晴明とライバル関係にあった蘆屋道満は安倍晴明との対立で敗北した後、陰陽寮を去る。その後、フリーの陰陽師として活躍して天寿を全うすると、その後は代々祓屋としての技術を継承してきたが、蘆屋清春が第二次世界大戦で武器商に手を出して成功を収め、その結果、蘆屋財閥が成立する。

 祓齋は中興の祖である蘆屋清春に倣い、祓屋として活動しながら数多くの事業を展開している。……この点については図らずもX世界線の虚像の地球の蘆屋清春と同じである。過程が違うだけで、蘆屋清春という個人を見れば全く同じように見えるかもしれない。


 大きく変わったのは桃郷財閥。桃郷太郎から続く一族の末裔であることは変わらないが、頼光四天王の筆頭として知られる渡辺綱が祖となった渡辺氏の傍流の血を受け継いでいる。

 鎌倉時代、鬼という存在を討伐することだけが正しいのかと疑問を持った桃郷家の祖先が《鬼部》と対立して離反した後に、鬼斬稼業を生業としつつも少しずつ様々な商いに手を広げ、結果として桃郷財閥が成立するに至った。

 現在の当主は空席で当主名代を名乗る桃郷(とうごう)霊験(れいげん)がこの財閥を仕切っている。彼の兄――桃郷(とうごう)燎験(りょうげん)は桃郷太郎すら凌駕する『空前絶後の鬼斬』と称されるほどの実力者だが、組織のトップとして組織に縛られることを嫌い、優秀な弟に当主の座を押し付け、現在は音信不通である。……というか、桃郷家の追っ手から四六時中逃げ回っている状態である。


 性格は暴走気味で悪餓鬼がそのまま大人になったような兄と弟に称されるほどの暴れ者で腹黒。良くも悪くも型破りで、戦闘スタイルも正当な渡辺流や桃郷流とは明らかに違う西洋騎士風の剣がベースとなっているという鬼斬の型にハマらない人物である。どこかの二人の国王陛下の面影があるように思えるのは、きっと気のせいだろう。


 そして、X世界線の虚像の地球の場合はメイドロボ至上主義者……ゲフンゲフン、三門財閥の創業者一族の現当主の三門弥右衛門がその椅子に座る最後の財閥七家の当主の名は庚大路花月。

 法儀賢國フォン・デ・シアコルと深い関係を持ってきた庚大路家の一人娘であった自身も魔法少女である庚大路花月は自身の人事部門部門長への抜擢に伴い、庚大路家の当主を襲名し、新しく庚大路財閥を打ち立てた。

 昏睡状態の斎羽朝陽を救うために従者でシニカルな苦労人の村木護を経由して医療魔法を持つ魔法少女で、人事部門所属の小此木(おこのぎ)恵愛(めぐみ)を招集。彼女の治癒魔法で斎羽朝陽の回復に貢献した。


 その対価として、百合薗グループは不穏な気配を感じさせる法儀賢國フォン・デ・シアコルとの戦争が万が一起こった場合に備え、軍事的な同盟を庚大路財閥との間に築くこととなる。


 ちなみに、この小此木恵愛の父は蒼岩電機製作所で玉梨泡松と共に電脳医療の研究をしていた小此木敬三(けいぞう)であり、その繋がりで圓は「電界接続用眼鏡型端末」を巡る利権争いへと参入していくことになる。


 続いて、鬼斬にスポットを当てるとしよう。X世界線の虚像の地球で渡辺御剣が長を務める《鬼斬機関》に該当する組織は、Y世界線の虚像の地球では《鬼部》という組織であり、その長は安倍氏土御門家庶流の堂上家である倉橋家が代々務めている。

 《鬼斬機関》とは別組織となっている陰陽師、こちら側の世界でいうところの蔵人所陰陽師という役職に就く土御門家は《鬼部》の相談役を務めており、陰陽庁に属しながら、組織から外れた存在という極めて厄介な立ち位置にある。《鬼部》とは、陰陽庁に属しながらも、ある種の独立性を持っている組織であると言えるだろう。


 Y世界線の虚像の地球の大倭秋津洲帝国連邦には、大倭秋津洲国家を裏から支える颱堂一族が第二次大戦中に発足させ、今なお護国の防人として絶対的な力を振るう諜報機関『颱堂機関』が存在し、大倭秋津洲帝国連邦という国の裏側はこの『颱堂機関』と陰陽庁が表向き支えていると言っても過言ではない。


 この《鬼部》は時の経過を経て大きく質が落ちてきていた。

 【剣姫】や【閃剣】の異名で知られた鬼斬で、当時天才的な実力を有していた千羽雪風は、《鬼部》と袂を分ち、『特異災害対策室』という組織を民間の警備会社を隠れ蓑に設立し、所長に就任した。

 この『特異災害対策室』設立のために千羽雪風に支援を行ったのが百合薗グループである。


 やがて、Y世界線の虚像の地球の千羽雪風は一般男性と結婚し、子を成す。その後、紆余曲折があって離婚、知り合いの伝で田舎暮らしをしながら『特異災害対策室』の鬼斬として活動を開始する。

 その引越し先でお隣になったのが、雪城家だった。


 雪城家はノーブル・フェニックスに出資している出資会社の鳳鸞醸造所属のプロデューサーである雪城(旧姓は風原)真央、夫の雪城(ゆきしろ)日向(ひゅうが)、そして一人娘の雪城(ゆきしろ)鈴羽(すずは)という家族構成であり、これもまたX世界線の虚像の地球の大倭秋津洲帝国連邦とは大きく異なっている。

 本世界線でも鳳鸞醸造とノーブル・フェニックスは百合薗グループの支援を受けており、ここでも不思議な縁を感じさせる。


 千羽雪風の一人息子、千羽(せんば)宗治郎(そうじろう)と雪城鈴羽は歳も近く、幼馴染の関係にあったが、ゲームに関わる機会の多い家庭で育ったことから趣味で物語を紡ぐようになった鈴羽が五年生の頃に受けたイジメを切っ掛けに二人の絆が大きく深まることになる。

 この時、趣味を馬鹿にせず凄いと言い挿し絵を描いて渡してくれた宗治郎に好意を寄せるようになった。


 当時、光鏡(ひかがみ)将暉(まさき)萩原(はぎわら)剛誠(こうせい)青嶋(あおしま)紗凪(さな)漆原(うるしばら)千優(ちひろ)と幼馴染グループを形成していたが、人の善性を盲信し過ぎている将暉の行動がいじめをより陰湿化させた結果、このグループと鈴羽の関係は悪化し、将暉と剛誠の不始末で苦労させられて来た苦労人で鈴羽の親友であった千優も一時期鈴羽と疎遠になった。


 ……中学入学時に同じクラスになり、宗次郎の取り成しで鈴羽との仲が少しだけ良くなるが、やはりあの事件は今尚尾を引いていると言えるだろう。


 さて、前置きが長くなった。今回は、X世界線の虚像の地球で起こり、圓達によって解決がなされた【不在の遊園地】事件。

 それとほぼ同時期に起こったY世界線の虚像の地球で起こった【不在の遊園地】事件の解決に奔走した鬼斬達の物語である。



 『特異災害対策室』の作戦本部にて、百合薗圓は常夜月紫と国際法典を読みつつ時々顔を上げる赤鬼小豆蔲と共にモニターを眺めながらコーヒーを飲んでいた。


「……あの、圓さん? 用事がないなら居座らないで頂けますか?」


 その様子を見た雪風は苛立ちを隠そうともせずに圓達に立ち退きを要求した。


「まぁまぁ、落ち着きなって。折角の美しい顔が怒っていると台無しになるよ。……ちょっとお客を待っていてさぁ。時間ジャストにここに来る筈だけど。勿論、雪風さん達『特異災害対策室』の面々にも関係あることでねぇ。一応、迦陵大蔵和尚と桃郷霊験さんも呼んでいるよ」


「……そのメンツって、もしかして大怨霊クラスのものでも討伐するのですか?」


「流石は雪風さん。一を聞いて十を悟ってくれてとても嬉しいよ」


 途端に真っ青になった雪風を眺めつつブラックコーヒーを嗜んでいた圓だが……。


「百合薗圓、聞いたぞ! また、一般人を殺したそうだな! 今すぐこの場で逮捕させてもらう!」


「逮捕って、逮捕令状ちゃんと取ってきたの? ってかさぁ、アカウントハック詐欺野郎に人権なんてないと思うんだけど? そういうの、しっかりと対処してくれない君達警察が全面的に悪いと思うよ」


 部屋に入ってくるなり圓の手に手錠を掛け……すぐに手錠抜けをされてしまったのは、しっかりと仕立ての良いスーツを着たとても神経質そうな男だった。

 まるで真面目が服を着て歩いているような、絵に描いた生徒会長や風紀委員長のような人物で、アウトローな圓とは水と油の関係になのだろうと雪風は彼の姿を見るなり思った。


「紹介するよ、彼は首都警察の捜査一課長の松蔭寺辰臣警視正。羽林家陽夏樹子爵家当主の陽夏樹枸櫞さんと共に「推理倶楽部 Bengal」を立ち上げた今時珍しい正義の警察官だよ。ちなみに、影澤さんの同級生で親友というか、とある大泥棒とINTERPOLに出向している警察官みたいな関係というか、まあ、そんなところだよ」


「お噂はかねがね。『特異災害対策室』の千羽雪風と申します。……石澤忠教さん、迦陵和尚、桃郷霊験さんもお久しぶりです」


「お久しぶりでございます」


「久しぶりだね」


「お久しぶりです。……相変わらず兄とは遭遇していませんか?」


「えぇ……残念ながら」


「まあ、あの面白いことが大好きな人だからきっと今回の件にも首を突っ込んでくると思うよ。前に会った時に、『なんかつまんねぇんだよなぁ、この世界。圓、なんか面白いことない?』と心底つまらなさそうに言っていたし」


「昔から兄の口癖は『クソつまんない』なんですよ。一度も満ち足りたことがなくて、うちの鬼斬が十人以上いて苦戦した悪鬼を一太刀で退治した時も『クソつまんねぇ』って言っていました」


「妖怪『クソつまんない』みたいな人だね。話を聞く限り」


 心の底から笑ったこともなく、ずっとつまらなさそうに月越しにまるで遠くの世界でも見つめている。そんな印象的な兄の後ろ姿を思い出しながら、霊験は「赤鬼さん、言い得て妙ですね」と言った。

 思えば、半分くらいこの世には生きていない幽鬼のような人だった。彼はもしかしたら、こことは違う世界に囚われているのかもしれない。


「さて、本題に入ろう。影澤さんのことは後で教えてあげるから」


「……ここ数日行方不明になっている影澤の情報と引き換えに、首都警察が持つ捜査情報をリークする、そういう約束だからな」


「ルールに厳格に見えて、意外とルールを無視するところがあるよね、松蔭寺さんって」


「……必要なのは、事件の解決だ。警察にそれができないなら、使える手は何でも使う。ただ、それだけだ。……最近、全国各地で行方不明事件が多発している。平均すると、四年間で失踪者は八万人ほど、それがここ一年の間で約二十万人だ。これは、異常事態だと言える。問題は場所もバラバラで全国各地、老若男女共通性はほぼない。そこで、「推理倶楽部 Bengal」を通じて行方不明事件の詳細な情報を集めたところ、奇妙なことが分かった。失踪したと思われる時間は全て夜から明け方に掛けて、いずれも近くでラジオが鳴りっぱなしになっていたという。流石にラジオ局は一致せず。それ以外に共通点らしい共通点も無し。勿論、警察もこの点について事件記録に記していたものの、常識的に考えて事件とは無関係と切り捨てているというのが現状だ。そこで、圓に相談したところ、怪異が関わっている可能性があると真面目な顔で言われてしまった」


「霊力には電波に近しい性質があるって、前に雪風さんに教えてもらったと思うんだけど……この霊力を使ってラジオ越しに大量の行方不明者を出した怪異がいる可能性、ゼロとは言い切れないよねぇ?」


「……えぇ、まあ、理論上は。でも、前例はないわ」


「そこで、ボク、月紫さん、赤鬼さん、迦陵和尚、霊験さん、雪風さん――このメンバーで合同調査を行うことにする。ちなみに、蘆屋祓齋さんにも協力を依頼して同意をもらっているけど、彼にはいつでも動ける状態で百合薗邸に待機してもらうことになる。必要に応じて陽夏樹さんが運転し、斎羽さんが護衛するヘリコプターで敵の本拠地に向かってもらう。作戦は以上……だけど、雪風さん、大丈夫かな?」


「そうね、怪異となれば私達鬼斬の出番だけど……宗次郎はどうする? 呼んだ方がいいかしら?」


「まあ、一番隊隊長の彼にも一番隊副隊長と共に参戦してもらった方がいいと思うよ。……まあ、流石にそれでももう少し戦力が欲しいところだから、元《鬼部》所属の信頼できる鬼斬を一人、蘆屋祓齋さんと共に追加戦力として準備を整えておいてもらうつもりだよ」


蓮華森(れんげもり)沙羅(さら)さんね。分かったわ。……それで、具体的にはどのような作戦で行くのかしら?」


「とりあえず、参戦する面々は夜まで『特異災害対策室』の作戦本部で待機。蘆屋祓齋さんと蓮華森沙羅さんは百合薗邸で待機してもらい、それ以外の面々は解散。まずは、状況の再現からってことでいいんじゃないかな?」


 圓は石澤が持ってきたアタッシュケースを受け取ると、その中から年代物のラジオ――ナショナル・クーガを取り出し、机の上に置いた。



「……勉強会?」


 四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、宗治郎はいつものように鈴羽と共に昼食を取る。そこに最近、千優も加わって三人で食事を取ることが多くなった。

 普段はこの時間、食事を摂りながら鈴羽と千優は合作の物語の案を話し合い、宗次郎が二人の話やキャラクターの設定を記録していくのだが、今日はそういった様子もなく少しだけそれを疑問に思っていたところだった。


「もうすぐ期末考査の時期よね。それで、一度勉強会をしようかと千優さんと話していたのよ」


「もうすぐってまだ時間あると思うけど……三人で?」


「本当は圓さんを呼ぼうとしたんだけど、しばらく忙しいみたいで、三人でってことになるかな? 宗次郎が良ければだけど」


「……あの人、忙しい人だから仕方ないよ。でも、教員免許は持っているし、教師としては最適な人材かもしれない。……それ以外にも才能があり過ぎる人だけど。というか、正直、あの人のこと苦手なんだよね、俺。得体が知れないというか」


「それは私も思っているわ。どこか浮世離れところがあるわよね。ふわふわとして掴み所がないというか。……母は百合好きなロリィタを愛用する女性よりも女性らしいワーカーホリックだって言っていたけど」


「……ある意味、端的に表しているよな、真央さんの表現。ただ、そうじゃないんだよな……求めているものって」


「まあ、そうよね」


「……えっと、圓さんってどなたかしら?」


 宗次郎と鈴羽は「そういえば、千優は知らなかったな」と思って揃って「これはしまった」という表情になった。


「百合薗圓さんは、うちの母さん達の職場と鈴羽の職場に融資している人だよ。俺達と同じ高校生でありながら、百合薗グループという財団の総帥を務めている。まあ、それだけで十分に凄いんだけど、高校生でありながら教員免許を持っていたり、他にも資格持っていたり、コネクションが広かったり、ちょっと色々と規格外な人なんだよ。……まあ、悪い人ではないと思うけどね」


「そんな人がいるのね。会ってみたかったわ」


「……まあ、世界は広いし千優もどこかで会うことになるかもしれないけどな。(…………あの人、鈴羽と千優を見て、百合だ! 尊い! って興奮しそう)」


「……何か変なこと考えなかったかしら?」


 そんな三人の様子を面白く思わなかったのだろう。

 光鏡将暉と萩原剛誠が空気を読まずに宗次郎達の集まっているテーブルに近づいてくる。そこに不承不承という雰囲気の青嶋紗凪が続いた。


「勉強会か。当然俺達も混ぜてくれるよな。人数が多い方が絶対にいいだろう」


 そもそも「絶対」と言うならそのエビデンスはどこにある? それに、なんで「当然俺達も混ぜてくれるよな」と決定事項のように言うのか理解できないよねぇ。と圓が顳顬(こめかみ)を抑えて言いたくなりそうな非常識な言動をごく平然と行う将暉。


「……誰も誘ってはいないのだけど」


「そもそも、まだ行うと決まった訳でもないし」


「二人とも急に意見を変えてどうしたのよ!」


 鈴羽、千優、将暉、剛誠、そして紗凪――幼馴染みグループを何よりも大切にしてきた紗奈にとって、鈴羽がグループを抜ける切っ掛けとなった宗次郎は許し難い存在だ。

 そしてグループを抜けることを選んだ鈴羽は理解し難い存在である。

 ……鈴羽に対するいじめがまさか将暉によって明らかに陰湿化したとは露ほども思っていない紗奈だった。


「……どうする? 宗次郎」


「そうだな……」


 宗次郎と鈴羽が「さて、どうこの状況を乗り切るか」と顔を見合わせて思案しようとしたその時、メールが送られてきたことを知らされる通知音が鳴った。

 メールの送り主は雪風。内容の詳しい説明は無く、今夜、鬼斬の任務に参加して欲しいとだけ書かれたメールを見た宗次郎は、すぐに「任務には参加できない」という返信を送る。勿論、理由も添えてだ。


 鈴羽と将暉達を一緒にしておくという選択肢は宗次郎にはない。すぐ側で鈴羽を守るためにも今回の任務への参加は辞退すべきだろう。


「メール、大丈夫だったの?」


「……母さんからだったけど断ったよ。そしたら、母さんより先に圓さんから連絡が来た。『事情は分かったよ、ご愁傷様。それと、鈴羽さんに頼まれた家庭教師役を務められなくて申し訳ないって伝えておいて』って」


「……そう」


 鈴羽は宗次郎の不参加を理由に勉強会の件を有耶無耶にしようと思ったが、宗次郎はそれで将暉達は納得するとは思わなかった。

 宗次郎が同意したことで、六人で勉強会が行われることになる。当然、将暉、剛誠、紗凪は面白くなさそうだった。



 雪城家で泊まり込みの勉強会……は結局、そこまで長続きしなかった。

 剛誠が真っ先に根を上げ、将暉は鈴羽の気を引こうと必死で勉強に身が入らない。


「……どうしたの? ラジオなんかつけて」


「いや、もうこれ、勉強会どころじゃないなと思ってな」


 時刻は深夜二時――深夜ラジオを聞こうとチューニングを行うが、何故か、目当ての深夜ラジオがいつまで経っても聞こえない。

 ただ、ザーッ、ザーッと音が鳴っているだけだ。


『……ザザッ、ザザッ……がとう……います。……どうも……ご愛顧……がとう……います。当……園……ラン……ークはリニューアルオープンいたします』


「……何かの宣伝かしら?」


 千優が不思議そうにラジオを見つめる。一方、宗次郎はこのラジオに何らかの霊的なものが干渉を行っていることに気づいたらしい。


『……大自然も満喫できる夢と魔法の国として皆様にご好評頂いております。……皆様のお越しを心よりお待ちしております』


「……どう思う? 宗次郎? こんな時間に遊園地の宣伝なんてするかしら?」


「……皆まで言う必要はないけど、嫌な予感がする」


 宗次郎は、この怪しげなラジオに干渉しているものこそ、雪風から送られたメールの任務に関わる怪異なのではないかと思っていた。


「遊園地か! 行きたいよな! 千優!!」


 空気を読まない剛誠の言葉に将暉は「そうだな! 俺、剛誠、紗凪、鈴羽、千優の五人で行きたいな!」と言った。そこに、宗次郎の名前がない――明らかに避けていることに将暉は気づいていないようだ。


「……時既に遅し、だな」


『ありがとうございます。ありがとうございます。では、特別に皆様を当施設にご招待させて頂きます』


 ラジオから白い霧が噴き出し、瞬く間に部屋を包み込む。

 霧が晴れると、その部屋には誰の姿も無くなっており、無人の部屋でラジオがザーッと音を立てていた。



 この怪異と将暉、剛誠、紗凪の三人は極めて相性が良かったのだろう。バラバラに遊園地の各所に飛ばされた三人はそれぞれの理想の鈴羽、千優を含めた五人で遊園地を巡っていた。

 その光景を仮に宗次郎、鈴羽、千優の三人が見たら気持ち悪いと感じただろう。


 一方、宗次郎、鈴羽、千優の三人はそれぞれ別の場所に飛ばされたものの、残る二人がそれぞれ偽物であることを見抜き――。


『残念でございます、残念でございます。貴方はお客様になっていただけないようです。お帰りはあちらでございます』


 と、それぞれ遊園地の跡地に転送されてしまった。


「……あら、宗次郎、鈴羽さんと千優さんも来ていたのね」


「――雪風さん」


 そこに居たのは、常夜月紫、赤鬼小豆蔲、迦陵太蔵、桃郷霊験、千羽雪風、一番隊副隊長の坂上(さかのうえ)絢華(あやか)、そして、待機組だった蘆屋祓齋、蓮華森沙羅、斎羽勇人、陽夏樹燈の十人だった。


「……彼女達って民間人でしょー? 大丈夫なのー? 放置で」


「……これは私じゃなくて圓さんの見解だけど、鈴羽さんと千優さんまでは問題なし、紗凪さんはグレーで、後二人はアウト。今回の件は念のために三人の記憶は消去しておくって言っていたわ。……記憶を表層化しないように封じる術はあっても、文字通り消し去る力は私の知る限りはない。本当にあの人は尋常じゃないわ」


「あの力はこの世界ならざる力のようだからね、この国の技術でも方は難しいんじゃないかな? それこそ、海を超えた先にある魔女の力を使えばまた別なんだろうけど」


 雪風の言葉に祓齋が同意する。財閥七家の一人である祓齋は、世界の情勢について雪風よりも遥かに詳しい。

 ある程度鬼斬というものを宗次郎から聞かされていた鈴羽から千優が鬼斬に関する話を聞いている間に、宗次郎は雪風達と情報交換を行った。


 今回、ラジオを使って遊園地に突入したのは百合薗圓、常夜月紫、赤鬼小豆蔲、迦陵太蔵、桃郷霊験、千羽雪風、坂上絢華の七人。そのうち、圓はまだこちらに戻ってきていない。それ以外のメンバーはそれぞれ別々に送り込まれて幻影と記憶操作に惑わされたものの、全員、その正体を見破って追い出されたようだ。


「ところで、ここはどこなんですか?」


「武蔵国のベッドタウンである白銀市の山奥、かつて遊園地白銀ランドパークがあった廃墟です。このテーマパークは一年前、遊園地白銀ランドパークが融資を行っていた管理会社が提示した『一ヶ月で三十万人の入場者が無ければ閉園を求める』という目標を達成できず、閉園を余儀なくされたようです。後には莫大な借金だけが残り、その借金を全て背負わされることになった支配人は闇金に追われる日々に耐えかねて家族を巻き込んだ無理心中を図り一家死亡という最悪の結果を迎えました」


 宗次郎の質問に答えたのは燈だった。圓からメールを送られてすぐに百合薗邸の使用人達の総力を上げて調べたらしく、事件発生から大して時間が立っていない段階で事件の背景が明らかになりつつあった。


「……じゃあ、その支配人の怨念が悪霊化したって訳? 『一ヶ月で三十万人の入場者が無ければ閉園を求める』ってことが未練だとー、行方不明を遊園地に閉じ込めたのは三十万人の入場者を強制的に集め、閉じ込めておくってとこ?」


「沙羅さんの推理には確かに納得がいくけど……霧を利用した援軍の侵入妨害、私達でも感知できない巨大な異界の構築、記憶で作った再現性の高い幻と記憶改変で疑いを無くす……これほどのことをたった一人の亡霊の力だけでできるかしら?」


「雪風さんの意見に僕も同意するよ。『一ヶ月で三十万人の入場者が無ければ閉園を求める』という与えられたノルマ、この遊園地を守ろうと従業員達は必死で働いた筈だ。『一ヶ月で三十万人の入場者』に対する並々ならぬ執念、そして果たされなかった強烈な未練。僕は支配人個人の悪霊というより、この地に溜まった強力な執念が怨霊の集合体となり、この【不在の遊園地】を創り上げたのだと思う」


「圓様も同じようにお考えのようです。……しかし、困りましたね。圓様の座標はすぐ近くを示しています。しかし……」


「えぇ、私達にも異界は見えないわ。一体どこにあるのかしら? 近い筈なのに全く感じ取れない、面倒極まりないわね」


「たった今、圓様から指示のメールが送られてきました。直ちに遊園地に突撃するように……と」


「……その突入方法が分からないんだよ。圓さんも無茶を言いますね」


 霊験の言葉にこの場にいた者達が同意する。今回は大蔵もお手上げらしい。


「目に見えず、音も聞こえず、感じ取れない……ただそれだけ」


「おっ、陽夏樹さん。よく気づいたな? いや、ただ圓さんのメールを読んだだけか。……なんか面白そうなメールが送られてきて、いざ来てみれば、鬼斬と陰陽師と忍者と赤鬼が雁首揃えて何やってんの。見えないのにそこに確かに存在するってことは、人間の感覚の方が欺かれているってことだ。だったら、その感覚操作に合わせればいいだけのこと。まあ、そこまで分かったが、肝心な認識操作ってのと俺って相性悪くてな。ってことで、そこのサボり魔陰陽師、俺に認識操作の呪を掛けろ! 言っておくが、拒否権はねぇぞ!!」


 現れたのは黒のスーツ姿で腰に二刀を提げた男だった。側には似たような濃紺のスーツを纏った金髪の美しい女性の姿もある。


「……兄上、しばらく音信不通だったのにいきなり来てなんですか。……というか、その女性は誰ですか?」


「お初にお目にかかります、皆様。私はローレッタ・カーミラと申します。……大英連邦帝国で暮らしていた吸血鬼ですわ。楽しいことを求めて大英連邦帝国を訪れ、吸血鬼伝承を耳にして彼が私の元を訪れて三日三晩の死闘を繰り広げて以来、ずっと彼の秘書兼面倒ごとの担当役として働かされています。労基もへったくれもないブラックな職場です! 助けてください!!」


「助けてくださいってそりゃねぇだろ? まるで俺が嫌がっているのを無理矢理拉致ったみたいじゃねぇか? 俺、ちゃんと選択肢与えたよな? このままこれまでの罪の報いを受けて俺に殺されるか、俺の秘書として扱き使われるかどっちかクソ面白い方を選べって」


「……罪と言いますが、私、別に人間を襲ったりしてませんよ! えぇ、断じて! ……いえ、その……性的な意味では襲っちゃっていますけど、合意の上ですし、私が攻めだっていうだけで……女性遍歴も確かに多いですが……って何を言わせるんですか!? というか、やっぱり選択肢無かったですよね!」


「……要約すると、ただレズっ気がある無害な吸血鬼を勝手に襲ってボコボコにした挙句、秘書として連れ回しているってことですか。……兄上、流石に幻滅しますよ」


「いや、それがこいつ秘書としては物凄い優秀なんだって。アーネスト(・・・・・)並みだから俺も安心して雑事任せられるというか……人間、人生短いんだし、楽しさだけを心ゆくまで愉しみたいものだろ?」


「……兄上、アーネストって誰ですか?」


 霊験の兄の口から聞いたことがない人の名前が飛び出すことは昔からよくあった。その度に燎験は僅かに楽しそうな顔になり……そして、一層つまらなさそうな顔をするのだ。


「まあ、そんなこと良いじゃねぇか。……とにかく、今はこの怪異を何とかすることが先決だろ? ということで、蘆屋祓齋!」


「……えっ、もしかしてサボり魔陰陽師って俺のこと!?」


 本気で分かってなかったという顔をする祓齋に、雪風達は揃って「お前以外にこの場に陰陽師はいないだろう! 何で自分じゃないと思ったんだ!」と心の中で叫んだ。



『ああ、ああ、なんてことでしょう。お呼びしてない方々がこんなに沢山。おかえりになったお客様が、何故ここにいるのです。当施設は再入場できない筈ですのに』


「さぁ? なんでか少しは自分で考えてみたらどうかな? 遊園地の亡霊さん?」


『な、なんでお客様が。お客様は、さっきまでお連れ様と一緒に遊園地を……』


「ボクがさぁ、気づかないと思った? というか、杜撰じゃない? もっとやり方あったでしょう? 折角記憶読み取れるならもっと高性能の幻を作りなよ」


 月紫、小豆蔲、太蔵、霊験、雪風、絢華、祓齋、沙羅、燎験、ローレッタがエントランスに突入した直後、圓は刃を月光の光で輝かせながら遊園地のお土産屋の屋根の上に立ち、亡霊の当惑から出た言葉にダメ出し混じりに返した。


『残念でございます。残念でございます。三十万人の入場者、我々の悲願は達成を目前として……仕方ありません。ここは、何処にもない遊園地。皆様におかれましては、私共同様、何処にもなくなって頂きます。そして、我々は再び悲願に向かって進み続けることにしましょう』


 その瞬間、遊園地の置物やマスコットキャラクターや遊園地が創り出した幻影達……様々なものがまるで意志を持ったように動き出した。

 遊園地に囚われた者達へと襲い掛かり、阿鼻叫喚の混乱に陥る。


 圓、月紫、小豆蔲、太蔵、霊験、雪風、絢華、祓齋、沙羅は遊園地に囚われた者達を助けるためにそれぞれ武器を構えて遊園地の勢力への攻撃を開始した。

 また、我先に助かりたいと走る者達を少しでも落ち着かせ、安全に確実に避難させようと陽夏樹達が声掛けと避難誘導を始める……が、スタンピードと化した遊園地に囚われていた者達にその声は届かない。


「……ローレッタ、あれやるぞ」


「あれ……ですね。分かりました」


 刹那――圓達は戦場に起きた異変をすぐさま感じ取った。

 唐突に糸が切れたように動かなくなって頽れた遊園地の置物やマスコットキャラクターや遊園地が創り出した幻影達。その生まれた一瞬の隙を圓達は逃さない。


「圓流耀刄-比翼-!」


「常夜流忍術・飛斬撃!!」


「斬る、どんどん斬る、切り崩す、切り拓く、素早く斬る、滅多に斬る、矢鱈に斬る、滅茶苦茶斬る!」


「鬼火灼天」


「桃郷浄剣流奥義・烈風浄界桃源斬」


「千羽七星流・計都」


「千羽七星流・弼星」


「霊纏一閃」


「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前――破邪の法」


「日輪赫奕流・劫火赫刃爆」


 圓達の活躍によって【不在の遊園地】のジャック・オー・ランタンの手駒は悉く壊滅した。


『ここは、何処にもない遊園地。皆様、ご愛顧

どうもありがとう……ございました。当、遊園地はまたどこかでリニューアルオープン致します。……しかし、このまま皆様にお帰り頂く訳には参りません。こちらは、最後の贈り物でございます』


 遊園地がぐにゃりと歪み、消滅する。

 行方不明になっていた客達は夢の跡の廃墟に放り出され、そして――。


 回転木馬の頭と、ジェットコースターの線路と、城の尖塔と……遊園地のあらゆるものを取り込み、巨大な化物としての正体を現した【不在の遊園地】のジャック・オー・ランタンが圓達の前に立ち塞がった。


「おっ、やっと正体を現したか。まあ、そこそこ楽しめそうか? ってことで、コイツは俺一人で退治する。邪魔した奴は問答無用で打首にするからな!」


「……ということのようです。皆様、お下がりください。……ここからの戦場は人外魔境と化しますので」


「……ローレッタさんの言うように、ここは下がった方がいいよ。あの人は……まあ、人外だからね」


 圓に従った月紫が真っ先に剣を鞘に収め、他の面々もそれに追随するように戦場から離れた。


「……ところで、圓さん。さっきのって何だったのかしら?」


「さっきのって……ああ、遊園地の怨霊の手先を軒並み気絶させた奴ね。あれは、覇王の霸気と呼ばれる赤鬼さんの使う闘気のある意味到達点と言えるものだよ。ボクも燎験さんに教えてもらって初めて知ったんだけどねぇ。この覇王の霸気の持ち主同士が本領を発揮して戦えば天が割れるほどの壮絶なものとなる。ローレッタさんと燎験さんの戦いはまさに神話の一頁と言えるほどのものだったそうだ。……だよね、ローレッタさん」


「……まあ、そうですね。ただ、それでも終始本気を見せている様子はありませんでしたが」


 覇王の霸気が覚醒している圓であっても簡単に討ち取れないと断言しているローレッタ――そのローレッタが呆れるほどの人外の実力を持つ燎験は、地を蹴ると同時に神速闘気を纏って加速した。


「《神域の門(ディヴァイン・ゲート)》」


 燎験の顕現した無数の金色の羽の紋様が刻印されたナイフが地面に次々と突き刺さり、【不在の遊園地】のジャック・オー・ランタンを包み込むように光の領域を展開する。


「《神魔変転(フォールン・ヌーメン)》」


 燎験が猛烈な霊力を迸らせ、体内に再吸収すると同時に得体の知れないこの世ならざる怪しげな力が燎験の中に確かに生まれた。


『私からの贈り物でございます』


 青い焔が【不在の遊園地】のジャック・オー・ランタンの周りを回転し、猛烈な焔の弾丸と化して燎験へと迫る。


神避(カムサリ)


 燎験は武装闘気を纏わせた剣の上に覇王の霸気を纏わせると、無造作に薙ぎ払って青い焔の弾丸を一瞬にして消し去った。


「こんなもんかよ? がっかりだぜ。それとも、今のは牽制代わりの軽いジャブか?」


『これは失礼致しました。では、これならどうでしょう? 私からの更なる贈り物でございます』


 青い焔が【不在の遊園地】のジャック・オー・ランタンの周りを回転する。ただし、先ほどと違うのはそれが回転を重ねる度に二つ、三つと増えていくことだ。

 そうして生み出された青い焔の弾丸は合計九つ。


「ただ増やしただけじゃねぇか? 神雷鳴(カミナリ)


 燎験は無造作に剣を振るうと、黒雷へと変化した覇王の霸気で次々と青い焔の弾丸を撃ち落としていく。


「桃郷浄剣流……使うまでもないか。霊纏斬」


 ただ霊力を纏わせて無造作に一閃――燎験に迫っていた最後の青い焔の弾丸を打ち砕くと、燎験はつまらなさそうに。


「もう終わりか? つまんねぇなぁ……このまま消し飛ばすぞ」


『まだ終わりではございません! 全力のおもてなしをさせて頂きます』


 【不在の遊園地】のジャック・オー・ランタンが一瞬にして七体に分裂し、一体を残して四方八方から燎験へと襲い掛かる。


「……本体がどれか一目瞭然だし、量が増えるって言うのはイコール質が落ちるってことだ。数で圧倒できるほど俺は弱くねぇぞ?」


 燎験は《神域の門(ディヴァイン・ゲート)》を使って転移を重ねながら【不在の遊園地】のジャック・オー・ランタンを次々と討ち取っていく。

 あまりにも美しい剣技――鬼斬の技から逸脱した西洋的な騎士剣技の奥義をもし百合薗圓(ローザ)が見たら、こう評しただろう。


 ――まるで、王室剣技ダイナスティー・アーツ王家伝剣(ロイヤル・アーツ)を混ぜたような剣技だねぇ、と。


 瞬く間に六体の【不在の遊園地】のジャック・オー・ランタンを粉砕した燎験は、そのまま本体の【不在の遊園地】のジャック・オー・ランタンを目指して戦場を駆け抜ける。


「つまんねぇ……お前でも俺を満足させられなかったか。ああ、一体誰が俺を楽しませてくれるんだろうな?」


『まだおもてなしは終わっていません! これが最後の、本当に最期の贈り物でございます!』


 ジャック・オー・ランタンの霊力が上がっていく。既に《那由多の融怨》の力を一瞬上回るほどの膨大な霊力は、奔流と化して燎験に殺到する。

 その瞬間、ジャック・オー・ランタンは消滅した。全ての力を引き換えにして最後に道連れにしようとしたその代償を支払ったのである。


「なんだ、ちゃんとやれるじゃねぇか」


 燎験はまるでラインヴェルドやオルパタータダのように嗤った。


「少しだけ、本気を見せてやる。マナドーム」


 燎験から溢れ出した膨大なこの世ならざる力――魔力がジャック・オー・ランタンの最後の一撃が到達するよりも遥かに早く戦場を包み込む。


「ジュワイユーズ流聖剣術 滅ノ型 大魔導滅斬!」


 大気中の魔力が根こそぎ燎験の支配下に置かれ、一刀の振り下ろしと同時に激しい魔力の奔流が霊力の奔流を飲み込み、一瞬にして消滅させる。


「まあ、こんなところか? 少しは楽しめた……ってことにしておいてやる」


 燎験は剣を鞘に納めると、その場の後処理を丸投げしてローレッタをお姫様抱っこで抱えるとその場を後にした。



 後日談を話そう。あの後、行方不明者達は記憶の操作を受けた上でそれぞれの家へと返された。

 鬼斬や陰陽師――裏の世界のことは知られてはならない。こうした隠匿手段が講じられるのはいつものことである。


 そして、例の夢の跡の廃墟だが……。


「付き合ってもらって申し訳なかったねぇ、化野さん」


「構いませんが……しかし、本当によろしかったのですか? 白銀ランドパークの廃墟を購入してしまって」


「流石に浮かばれないでしょう? 支配人の長年の夢だった子供達に夢を与える遊園地を作りたい……ここはその思いの結晶だった。結果として、その気持ちはノルマの達成という執念に呑み込まれて道を誤ってしまったけど、でも、このままだと支配人さんの家族と『何処にもいないジャック・オー・ランタン』が浮かばれないと思わない? まあ、ボクにできることは限られているけど、できるだけのことはしたいよねぇ。……しかし、遊園地の経営か。そういったのが得意そうなのはデジマーワールドの運営母体、株式会社デジマーワールドの代表取締役社長の安住(あずみ)孟彦(もとひこ)さんかな? 化野さん、アポイントメントを取ってもらえないかな?」


「承知致しました」


 その後、安住は恩人(デジマーワールドの経営難の際に救ってもらった恩がある)である圓の頼みを快く引き受け、白銀ランドパークの経営も引き受けることとなった。

 白銀ランドパークの再開発は百合薗グループの招集した企業によって、圓達が打ち出した方針に従って着実に進められている。



 燎験の満たされぬ思い……その根源は、彼の前世にある。

 かつて、燎験は異世界でラインヴェルドとオルパタータダ――別々の人間として生を受け、それぞれの人生を歩んだ。

 友にも恵まれ、最愛の人物とも出会って、今思えば順風満帆な生活を送っていた。……もっとも、最愛の人メリエーナとアーネェナリアとはそれほど長い時間を共に過ごせたという訳ではないのだが。


 辛いことや苦しいこともあったが、二人にとっては輝かしい人生だった。

 だからこそ、それが唐突に終わって桃郷燎験として生を受けた時、襲われた虚無感は極めて大きなものになった。


 オニキスもファントもバルトロメオもアーネストもアクアもディランも……ラインヴェルドとオルパタータダの人生を彩っていた仲間達は、もう燎験の側にはいない。あれだけワクワクした日々は、もう無いのだ。


「……なんのために俺って転生したんだろうな? ラインヴェルドとオルパタータダ、二人分の輝かしい記憶を持ってさぁ。……クソつまんねぇ」


「はいはい、前世に想いを馳せてないで燎験さんも働いてください。今月もカツカツなんですよ」


「あー面倒くさい、ローレッタが俺の分も働いてくれ。俺はクソ面白いこと以外は致しませんって言ってんだろ?」


「……典型的なダメ人間ですよね。なんで、こんな奴に拉致られたんだろう? ……はぁ、またバイト掛け持ちの日々か。とりあえず、明日からしばらく泊まる安いホテル二部屋抑えておきましょうか」


「ってか、その前に圓からの謝礼を銀行から引き下ろしておいた方がいいんじゃないか? 今回の討伐、半分くらいアイツに依頼された訳だし」


「そうですね……貴重な収入源のことをすっかり忘れていました」


 その後、燎験と共にATMに行き、通帳に書かれた「¥300,000,000」の文字を見て度肝を抜かれるローレッタの姿があったとか、無かったとか。

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 それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。


※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。

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