Act.9-341 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜学院都市計画を妨害する緑の影〜 scene.3
<三人称全知視点>
「幸い、ミレーユ様のおかげで教員は一人目処がつきそうですが、講師が一人だけという訳には参りません。それに、学園の顔である学園長を誰にするかという頭の痛い問題が残っています」
「帝国内でも高名な知識人として知られるフォッドアイ伯爵を学長に据える予定だったようですね。その名声に惹かれて、講師に名乗り出てくれた方々も恐らくかなりの数いらっしゃったのだと思います。講師達の上に立つ者には、やはりそれなりに知られた人間を据える必要がある。……困りましたね」
エイリーン姿の圓は困った風を装っていたが、何百手も先を見通している圓は『放浪の賢者』ガルヴァノス・アーミシスとミレーユをトーマスが引き合わせた意図にも当然ながら気づいている筈。
ミレーユにはその言葉が白々しく聞こえた。
「その件についてですが……私に任せて頂けないでしょうか?」
「……あら? 心当たりがございますの?」
「はい、一人だけ。……正直なところ気が進まなかったのですが、ミレーユ様のお覚悟を聞いて、私も決心ができました」
「奇遇ですわね。実はわたくしも一人だけ学長を引き受けてくださりそうなお方に心当たりがございますの」
神妙な顔をしたルードヴァッハの顔が一瞬にして驚きに染まる姿にミレーユは少しだけ優越感を抱きつつ、これからルードヴァッハの顔が更なる驚きに染まることを想像し、顔が緩むのを必死で抑え、ミレーユは神妙な風を装ってその名を口にする。
「『放浪の賢者』ガルヴァノス・アーミシス様。ルードヴァッハは勿論ご存知ですわよね? 貴方のお師匠様ですわ」
「……まさか、ミレーユ様が師匠と交流があったとは驚きました」
「リズフィーナ様とミレーユ姫殿下の対決の場――生徒会選挙にガルヴァノス氏の盟友、ラングドン教授の提案でお越しになりまして、論戦の内容とミレーユ姫殿下の目指し、叶えようとする理想に感動なされたようで、『ミレーユ姫殿下、もし私に力になれることがありましたら是非お声掛けくださいませ』と、ミレーユ姫殿下への協力を申し出てくださったのです。今回の件、ボクもガルヴァノス老師が適任だと思います」
「驚きました……流石はミレーユ様。しかし、師匠は神出鬼没――こちらからコンタクトを取るのは厳しいですね」
「まあ、本人も言っていたから暫くは庵にいると思うけどねぇ。……ガルヴァノス老師は住所不定でいくつか庵――家を保有しているけど、この時期だと恐らく静寂の森かな? まあ、どこかのタイミングでミレーユさんが会いに行って直談判すれば大丈夫だと思うよ」
「ガルヴァノス様にはどこかでアポイントメントを取ってお会いするとして……残る教員についても考えなければなりませんわね。……トーマス教授と、ルクシア殿下にお願いするのはいかがかしら?」
「ミレーユ様、ルクシア殿下とは一体どなたでしょうか?」
「ルードヴァッハさんは知らないよねぇ。ブライトネス王国の第二王子で毒学と薬学の権威だよ。まず、ラングドン教授のことは諦めてもらいたいねぇ。ブライトネス王立学院で教鞭を取ってもらう予定だから。ルクシア殿下は……ミレーユ姫殿下が直接話をしてみたらどうかな? もしかしたら……ねぇ」
「駄目で元々でもチャレンジしてみる価値はあると思いますわ」
「しかし、それでも三人……まだまだ教師は必要ですね。ミレーユ姫殿下、どうでしょうか? 金剛特区の教会に足を運ばれてみるのは」
金剛特区はかつて帝都貧民街と呼ばれていた地域だ。確かに貴族の影響を受けにくい知識層としてオルレアン神教会の関係者は検討の余地がある。
ルードヴァッハの提案にミレーユも同意し、ミレーユ達は翌日金剛特区に赴くこととなった。
◆
時は少し遡り、ミレーユがマティタスに捕まって謁見の間に連れ去られている頃、ミラーナとフーシャはライネの家で細やかな歓待を受けていた。
(ここがライネ母様とイーリス様のご実家なんですね……)
そこには一つの温かな家庭があった。優しげに笑う父親とおっとりとした母親、楽しげな子供達――その環境はどこかミラーナが育てられた環境に似ていて、ほんの少しだけ懐かしさを感じる。
イーリスはミラーナにとって懐かしき育ての親であり、同時にミレーユのお抱え作家で『皇女大聖伝』の執筆者として尊敬している人物でもある。
ルードヴァッハがこの世を去り、ライネが死を迎え、最後までミラーナの面倒を見てくれたのはイーリスだった。
そのイーリスの姿は当然のことではあるが、ミラーナの知るものとは違っている。
しかし、面影が決してない訳では無かった。若き日のイーリスの姿にミラーナのよく知るイーリスの姿が重なり、ミラーナは不思議な感覚に陥る。
「ん? どうかしましたか? ミラーナ様」
じっとイーリスを見つめるミラーナの姿に気づいたライネが小さく首を傾げた。
「ご、ごめんなさい……涙が止まらなくて……」
ルードヴァッハ、ライネ、イーリス――大切な人達を全て失い、ミラーナ自身も命を落としてしまいそうになった。
気づいたら過去に居て、そこは自分の知らない世界で――しかし、ここが決してミラーナの知らない世界ではないのだと、ミラーナの知るあの世界へと繋がる場所であることを、この時、ミラーナはようやく実感することができたのだ。
「あの、えっと、イーリスか……さん、あの、えっと……今夜は一緒に寝ても、いいですか? 物語のお話とか聞きたいんですけど」
ようやく涙が落ち着いた頃、目を真っ赤にしたミラーナは思わずそう口にしていた。
「え? あっ、でも、ミラーナ様は従者の方と……」
「普通は貴族とか王族が平民と一緒に寝るなんてことはあり得ないことだと思いますけど、ミレーユ様もミラーナ様もその辺りはかなり緩いみたいよ。それに、ミラーナ様は自分のことは自分でできるようだから、心配しなくても大丈夫なんじゃないかしら?」
「そう、なんですか?」
「はい。イー……母様に、恥ずかしくないようにってしっかりと躾けられましたから!」
泣いたと思えば、今度は得意げな笑みを浮かべている――コロコロと表情が変わるミラーナに、イーリスは首を傾げるばかりだった。
そうして、見事にイーリスと共に眠ることを許されたミラーナだったが、イーリスは案の定緊張しており、ミラーナのよく知るイーリスとのような関係にはなれなかった。
どこか他人行儀な態度に、緊迫した空気感に……そして、何よりミラーナにとって思い出深いあの掛け替えのない時間を味わえないことが少しだけミラーナには不満だった。
なんとか緊張を解せないかとミラーナは思案を巡らせ、ミラーナはとっておきの話を披露することにした。
「あの……イーリスか……さん? ミレーユお姉様のお話、聞きたくないですか?」
「聞きたいです!」
間髪入れずにミラーナの方に向き直ったイーリスに若干驚きつつも、ミレーユの話に興味がある筈だというミラーナの読みが当たったことにホッとする。
「そうですか。では、これはここだけの話にしてもらいたいんですけど……ミレーユお姉様は天馬も乗りこなせるんです」
「えっ、ぺ、天馬……ですか?」
驚きに染まった顔のイーリスに、ミラーナは知った風を装うって答える。
「はい。あっ、ちなみに天馬というのは天を翔ける馬みたいですよ。ボクも見たことがないんですけど、翼がついた馬みたいです。きっと普通の馬よりずっと乗り辛いんだと思います」
「そ、それはそうでしょうね……地上を走る馬とはやっぱり違うでしょうし。……天馬、本当にいたんだ。……伝説の生き物じゃ、無かったんだ。それを乗りこなすなんて、凄いですね、ミレーユ様」
ミレーユの話題を切っ掛けに、ようやくイーリスは緊張を解いてくれた。
それからは、イーリスも自分が考えている物語のことを中心に色々な話をミラーナに聞かせた。
かつての育ての母の空気を思い出して、大変ご満悦のミラーナなのであった。
その夜、ミラーナから聞いた話をイーリスは全てメモにとっておいた。
「流石はミレーユ様ね。これは小説のネタになりそうだわ! ……いや、これなら寧ろ、本当の話を書いた方が面白いかも。ミレーユ様の記録、『皇女大聖伝』か。……いつか書いてみたいなぁ」
スヤスヤと寝息を立てるミラーナは、自らがイーリスに『皇女大聖伝』を書かせる切っ掛けを作ったことに気づかなかった。
……ついでに、ミレーユが『空翔ける天馬の召喚笛』で召喚された空翔ける天馬に乗り、空翔ける天馬を操る圓に絶叫混じりにキレていたことも、その圓から『空翔ける天馬の召喚笛』を受け取っていたこともミラーナとイーリスは知らない。
誇張と虚偽に溢れた偽皇女伝『皇女大聖伝』――その伝説の一つが真実となっていたことを知るのはただ一人、満面の笑みで上空でミレーユに『空翔ける天馬の召喚笛』を手渡したエイリーンだけだった。
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