Act.9-339 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜学院都市計画を妨害する緑の影〜 scene.1
<三人称全知視点>
レティーシエルと入れ替わるようにライネ、ミラーナ、フーシャの三人がミレーユの部屋に戻ってきた。……いや、フーシャの場合はやってきたというのが正しいか。
「ということで、ルードヴァッハ様からの手紙を受け、ダイアモンド帝国と学院の往復を時空魔法『三千世界の鴉を殺し-パラレル・エグジステンス・オン・ザ・セーム・タイム-』を使って行うことになりました。長引く場合の日程は一ターン目に学院での授業、二ターン目に帝国での活動、三ターン目に休暇となります。全て一日なので、周囲から見た場合は一日で二ヶ所で活動しているように見えますねぇ」
「もう滅茶苦茶だわ。……でも、生徒会長に就任したミレーユさんがすぐに学院を空けてしまうのは得策ではないわね」
「まあ、今回は三顧の礼の試練がないのでそこまで長期間にはならないと思いますよ。具体的にどれくらい滞在することになるかは分かりませんが。……そこで、折角の機会ですしライネ様も里帰りしてみるのはどうかと思い、ミレーユ様と相談させてもらっていたところでした」
「その間、ライネの家にミラーナを滞在させてもらえないかしら?」
ミラーナにとってライネとイーリスは掛け替えのない大切な家族――母親であった。その二人とゆっくり過ごすことができる時間があった方が良いのではないかと思ったミレーユは今回の帰郷の話が出た時に圓に提案したのである。どうやら、圓の方もミレーユに提案するつもりだったらしく、後はライネの許可がもらえればという段階まで話が進んでいた。
「勿論です。……我が家では細やかなおもてなししかできないとは思いますが、みんなも喜ぶと思います」
「決まりだねぇ。ライネ様にはこっちと行き来してもらうか、その期間だけメイドの役割をフーシャさんと交代してもらうか、と思っていたんだけど」
「……私も後学のためにダイアモンド帝国に行ってみたいわ。駄目かしら?」
「というか、いっそお二人ともダイアモンド帝国にしばらく滞在してもらって、その間ボクがミレーユ様の侍女をしましょうか? 一応、ブライトネス王国で王女宮筆頭侍女をしていますし、素人という訳ではありませんよ」
ミレーユは畏れ多いとは思いつつも、圓のプレッシャーに耐え切れずあっさり了承し、頑張ってくれているライネへの細やかな休みのプレゼントということで、しばらくの間エイリーンがミレーユの侍女を務め、ミラーナ、ライネ、フーシャの三人がダイアモンド帝国で羽を伸ばすこととなった。
◆
そのままの流れで手早く準備を整え、ミレーユ、ミラーナ、ライネ、フーシャの四人はエイリーンの時空魔法でダイアモンド帝国の帝都に転移した。
ライネの家でミラーナ、ライネ、フーシャと別れた後、ミレーユはエイリーンが『空翔ける天馬の召喚笛』で召喚した空翔ける天馬に乗って帝城に向かった。
「あっ、そうだ。ミレーユ姫殿下、これあげるよ」
「ありがとうございますわ……って、前、前! 危ないですわ!! わたくしを殺す気ですの!?」
「いや、見なくても見気で見えているし、この子いい子だからちゃんと目的地まで連れて行ってくれるよ。とりあえず、しっかりと捕まっていることが大切だからねぇ。手放したら、下に真っ逆さまだから気をつけてねぇ」
と言いつつ、エイリーンから『空翔ける天馬の召喚笛』を受け取るには片手を離さなければならない。……彼女は鬼なのだろうか? 鬼だったわ。
帝城を守る騎士達が驚き、武器を構えようとして……空翔ける天馬の背にいるのがミレーユだと分かると騎士達は一人を伝令役として帝城の中に向かわせ、出迎えの準備を整えた。
「相変わらずのアポ無し帰郷だね」
「お久しぶりですわね、ディオン。ルードヴァッハから手紙を受け取り、圓様の時空魔法で戻ってきましたわ。ところで、圓様から何やら頼まれごとをしたとお聞きしましたわ」
「ああ、スクライブギルドを壊滅させる臨時班の件だね。僕にも参加しないかって話が来たんだよ。実戦でどの程度霸気や八技を扱えるようになったのか確認する機会になるんじゃないかって。ただ、僕は姫殿下の騎士だからね。何かあった時に動けるようにはしておきたいし」
「その場合は圓様が時空魔法で何とかしてくれるんじゃないかしら? それに、ここでディオンに声を掛けたということは、そういった荒事はすぐには起こらないということですわよね?」
「まあ……そうなるねぇ。確定とは言い難いけど」
つまり、シナリオ通りに行けばしばらくディオンの力を借りる場面はないということ。イレギュラーの発生は十分あり得る話だが、その場合は圓が上手く動いて適切な人材を揃えてくれるだろう。
「でしたら、何も問題はありませんわ」
「では、お言葉に甘えて少し楽しんでくるとするよ」
嬉しそうに笑うディオンの姿を見ながら「やっぱり怖いですわ!」と震え上がるミレーユだった。
◆
つい先日里帰りもしたし、皇帝マティタスの挨拶は……別にいいか、などと思っていたミレーユだったが、ディオンと会話を終えた瞬間に現れたマティタスに謁見の間へと連れ去られ、そのまま夜までウザ絡みをされてしまった。
ニコニコと笑いながら手を振るエイリーンに少しだけ殺意を抱いてしまったミレーユである。
パパ呼びを強制しようとしたり、ミレーユを呼びつけたルードヴァッハを咎めるべきだと言い出してみたり、そのまま辺境の流刑地に飛ばそうとしてミレーユを慌てさせたり、久しぶりに帰ってきた訳でもないのに喜んでこの日をミレーユ記念日に制定しようなどと言い出したり、絶品の兎料理を用意するために森を焼き払おうなどと言い出したり……ちょっとどころか相当マティタスのことがうざく感じてしまうミレーユであった。
結局、その日はルードヴァッハに会えず、翌日の早朝には学院に向かうことになり、結局ルードヴァッハに会えたのは翌日の学院での授業を終えてから――翌日の二ターン目の早朝のことであった。ミレーユの感覚では随分と時間が経っている。
ちなみに、前日の三ターン目は圓にお願いしたものの用意はしてもらえず、ゆっくり休めるのはルードヴァッハとの話が終わってからである。少しだけ眠いなぁ、と感じつつもルードヴァッハに会うために気を引き締め直す。
ルードヴァッハはミレーユ帰還の報を受け、ミレーユに会うため帝城を訪れていた。初日はミレーユがマティタスの元に呼ばれてしまったため結局会えず終いだったが、圓から翌日であれば確実に時間が作れると話を聞き、再び帝城に赴いたのである。
「ミレーユ姫殿下、お久しぶりです。申し訳ありません、呼びつけるような形になってしまいまして。……やはり、お疲れですね」
「いえ、問題ありませんわ。本来なら戻ってすぐに時間作りたかったのですけど、わたくしが帰国したことを知った父様がすぐに謁見の間まで連れていき、そのまま積もる話を聞きたいとなかなか離してくれなかったんですの。……あまり眠らせてくださらなかったので正直少し眠いですわ」
そんなことを言いつつ欠伸を噛み殺すミレーユの姿を見ていると、ルードヴァッハの暗い表情が少しだけ緩んだ。
異例の生徒会選挙への出馬と、リズフィーナとの互角以上の戦い――そして学院改修を利用した各国の連携強化と圓の目指す普通教育の普及への賛同、ダイアモンド帝国を取り巻く根強い反農思想の根絶を目指す宣言。
ミレーユが生徒会選挙に出馬すると聞いた時には肝を冷やしたルードヴァッハだったが、すぐにセントピュセルで生徒会長を務めることで学校運営を学ぼうとされているということか? とミレーユの真意を悟った。……いや、悟った気になっていた。
圓とラングドン教授によって場を整えられ、生徒会選挙に出馬せざるを得ない状況を作られてしまい、出馬せざるを得なくなったため渋々出馬したなどという噂もあったが、今にして振り返ればミレーユは圓の目標が普通教育であることすらも読み、最後まで圓を上手く利用していたのではないかとすら思えてくる。
生徒会選挙も終わり、いよいよ生徒会長としての職務を進めつつ学院の運営について学んでいく時期に入った。そのタイミングで主人を呼び出さざるを得ない状況になったことはルードヴァッハも心苦しく思っている。
この問題はルードヴァッハ一人の手に負えない――このまま指示を仰がずに一人で事を進めてしまえば傷を広げ、結果として主人であるミレーユを困らせることに成りかねないと判断したからこそルードヴァッハはミレーユに帰国を求めた。
その判断は正しいものではあったのだが、わざわざミレーユの手を煩わせる事態になったことにルードヴァッハは己の不甲斐なさを呪っていた。
「それで、わたくしに相談したいことというのは一体何なのかしら?」
「いえ、本題に行く前にいくつかご報告しておきたいことがあります」
折角こうして場を作ってもらえたのだ。帝国の現状を報告し、指示を仰いでおきたいとルードヴァッハは思っていた。
何しろ、相手は『帝国の深遠なる叡智姫』――彼自身の知能の及ばぬところまで見通す存在なのだから。
それに、この場には『ブライトネス王国の智聖』も参加している。基本的には過度な干渉を嫌う人物ではあるが、状況によっては知恵を貸してくれるかもしれない。……まあ、こちらはあまり期待すべきではないとルードヴァッハは考えていたのだが。
「まず食糧備蓄についてですが、順調に進んでいます。現状では仮に一年間全く収穫が無かったとしても、全国民を最低限飢えさせないだけの蓄えはあるのではないかと推測されます」
報告は上がってくるものの信用に足るかと問われると微妙なところである。そのため、各地の貴族達がどの程度の備蓄をしているかがはっきりせず、あくまで推測のレベルでしかものが言えない。
「ここにクロエフォード商会からの買い上げ分を合わせれば、かなりの規模の飢饉にも対応できるのではないかと目算しています」
「備蓄については順調なようですわね」
ミレーユは飢饉が起きた時に流通ルートを確保するためにフィリイス経由でクロエフォード商会の会長であるダルカ・クロエフォードととある契約を結んでいた。
ミレーユが「お友達価格」と評したそれは、輸送費込みの割高の小麦を適正以上の価格で決まった量を購入する代わりに飢饉が起きた場合に値段を釣り上げず一定の金額で国内に卸してもらうというものである。一聞すると、友人であるフィリイスに利益を供与するためのわがままに聞こえるが、少し事情を理解できる者であれば有事において失われてしまう小麦の供給源という生命線を維持するという意味では安い買い物であるという見方もできる。
この世界にはまだ存在しない「保険」という考えを先取りしたような一手だが、勿論そこまでミレーユが考えていた訳ではなかった。
渡された羊皮紙を眺め、ミレーユはコクっと頷く。
「そして今年の小麦なのですが……前年に比べ少し収穫量が減りそうです」
「具体的にどの程度ですの?」
「大体の予想ではありますが、昨年と比較して一割程度は減るのではないかと報告が上がってきています」
「ダイアモンド帝国が位置する地は肥沃な三日月地帯と呼ばれる農業に適した土地とはいえ収穫量が減少することはままあること。別に不自然なことではありませんねぇ」
ダイアモンド帝国の歴史は肥沃な三日月地帯と呼ばれるこの地を素朴な先住民達から精強なる侵略者――近郊の狩猟民族から奪い取ったことから始まる。
ダイアモンド帝国の祖たる狩猟民族の者達は武力によって先住民達を農奴と貶め、この地の実りを自らのものとした。そして、自分達の支配権を正当化するために、武に優れた者達を高貴なる者――貴族とし、農業を営む先住民を臆病者の奴隷と蔑んだのである。
その名残りで、現在もダイアモンド帝国には農業を営む者を蔑む風潮が残っている。それが反農思想である。
農奴という身分は廃れて久しい。制度的に、不当に遇されることないのだが、ダイアモンド帝国に根付いたこの風潮の痕跡は今なお根強く残っている。
制度など誰の目にも明らかな形では存在せず、ダイアモンド帝国で暮らす人々の無意識下に根付いてしまったこの思想を根絶する方法に近道は一切なく、一人一人の意識を地道に改革していくことでしか変えていくことはできない。
そして歴史的に培われた非合理な偏見の影響力は凄まじく、実際にダイアモンド帝国の自給率は上がりにくい傾向にある。
「……いよいよ、ということですわね」
「減産の理由は天候不良のようです。ただの天候不良が原因であれば、一年後には収穫量も回復している可能性もあると思いますが」
「いえ、残念ながらそうはなりませんわ。恐らくこれは始まりに過ぎない。来年はもっと減る筈ですわ……ですわよね、圓様」
「あっ、やっぱり気づいていましたか。……まあ、実際のところ発生するのは長期的な天候不良なんですけどねぇ。数百年のサイクルで発生する五年から十年程度の異常冷夏による不作、これがこれから起こる大飢饉の正体です。まあ、エルニーニョ現象――海面水温が高くなっていることや、その他複合要因によって起こることなので、全て重なる確率はかなり低い。それでも、数百年のサイクルで必ず発生します」
「ということですわ。ルードヴァッハ、今後は必要に応じて備蓄を取り崩して小麦を配給しなさい。判断は貴方に委ねますわ」
「承知致しました」
「……ところで、この飢饉に対して根本的に対処する方法って無いんですの?」
ルードヴァッハに備蓄の取り崩しを命じたことで、とりあえず飢饉に対する対処の方針は整えられた。しかし、これはあくまで対処療法である。
もっと直接飢饉をどうにかする方法は果たしてないのだろうか? 圓なら何か知っているのではないかと期待して尋ねたのだが……。
「無難なのは、寒さに強い小麦の開発ですねぇ。セルロ・レイドール殿の研究が実を結べば今後の数百年の冷害のサイクルにも対処できます。後は……炭酸塩を多量に含み硫酸塩を含まない特別な火山を噴火させて温暖化させるという方法もあるにはありますが、そんな火山は基本的には存在しません。【錬成】などのスキル――特殊な力を利用して人工的に作り出さない限りは。普通に火山を爆発させた場合は微粒子を発生させ、それが大気中に留まることで太陽の光を反射して宇宙に出してしまうため、温室効果を上回る寒冷効果の方が大きくなってしまいます。まあ、そもそもダイアモンド帝国には火山がありませんからそもそも無理な話ですけどねぇ」
お読みくださり、ありがとうございます。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
※本作はコラボ企画対象のテクストとなります。もし、コラボしたい! という方がいらっしゃいましたら、メッセージか感想欄でお声掛けください。




