Act.9-337 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜花の楽園にてお茶会〜 scene.2
<三人称全知視点>
「クレマンス先輩には王宮と同じくルクシア殿下とフレイ嬢の侍女として動いて頂きますが、クレマンス先輩は非戦闘員なので新たに護衛役を二人つけさせて頂くことになりました。事後報告で申し訳ございませんが、ご理解の程よろしくお願いします」
「……圓様は同僚の方を先輩呼びするのですのね? 少し意外でしたわ」
ルクシア達の護衛と聞いて、ラピスラズリ公爵家の戦闘使用人が追加参戦する可能性に思い当たったミレーユだが、あえて話題に出すことを避けて素朴な疑問を口にした。
もう既に圓が決定してしまっていることを覆す力はミレーユにはない。今更足掻いても仕方のないことだ。
それに、ラピスラズリ公爵家の戦闘使用人はブライトネス王家と敵対しない限りはミレーユの敵になることはないため、普通に暮らしていれば戦闘使用人が派遣されても困ることはない。
寧ろ、学院を防衛する戦力が増えたことを喜ぶべきなのではないかとミレーユはポジティブに考えることにした。
「ヘレナと申しますわ。皆様、よろしくお願いします」
「ヒースです。よろしくお願いします」
「あら、もしかしてお二人は姉弟なのかしら?」
護衛として派遣された二人が家名を名乗ることは無かったが、二人の容姿はとてもよく似ている。
実際に疑問を口にしたのはリズフィーナだったが、ミレーユ、ミラーナ、ライネの三人も二人が姉弟なのではないかと考えていた。
「まあ、よく容姿が似ているから気づきますよね。……性格については現ラピスラズリ公爵家でメイド長を務めるほど優秀なお方です。一方のヒースの方は空気の読めない言動で女性達の地雷を踏み抜いて何人もの女性に振られてきたある意味天才……一応、女性だけだと不都合がある場面もあるのではないかと連れては来ましたが、正直ヒースには全くと言っていいほど期待していません」
「……お嬢様、流石に酷くないですか?」
「えっ? コンクリートで固められて母なる海に放流されたいって?」
「どんな幻聴ですか!? ってか、隙あらば俺のこと海に沈めようとしますよね! どんだけ俺のことが嫌いなんですか!!」
「付き合い長いんだからよく知っているでしょ? ボクが軽薄な人間が大っ嫌いだって」
エイリーンは微笑こそ浮かべているが、その目は全く笑っていなかった。
ミレーユは触らぬ神に祟り無しとヒースに内心合掌しつつも華麗にスルー。リズフィーナもこのやり取りがラピスラズリ公爵家での日常だと判断してヒースに助け舟は出さなかった。
「ところで、ルクシア殿下はどのような理由で薬学を道に進まれたのかしら?」
一先ず顔合わせも終わったところで、リズフィーナはルクシアとフレイをお茶会に誘い、エイリーンを含めて六人で卓を囲んだ。
軽く談笑をして場を温めてから、リズフィーナが満を持して口にしたこの質問はルクシア達の来訪の話を圓から聞いてからずっと疑問に思っていたことだった。
「いえ、話しにくいことだったらいいのよ。ただ、少し気になっただけだから」
「秘密にしておくようなことでもありませんが、少し口外されると困ることも含まれるのでこの場で留めて頂けるのでしたらお話ししましょう」
ルクシアの提示した条件を聞き、嫌な予感がしたミレーユだったが、この茶会から逃走できる筈もなく、リズフィーナが「口外しない」ことをルクシアに約束すると、それに続いて「口外しない」ことを誓わざるを得なかった。
「私が薬学の研究を始めた理由はとある未解決事件を解決するためでした。……といっても、表向きは事件ではないということになっていたのですが。父上には正妃と二人の側妃がいました。私と第一王子、第三王子の母である正妃シャルロッテ、第四王子の母であるカルナ様、第一王女の母であるメリエーナ様です。父上は第七王子として生を受け、本来ならば王位を継げる立場にはありませんでした。そのため、王子の立場を捨てて冒険者として大陸を旅していました。その時出会った商家の娘のメリエーナ様と恋に落ちたと聞いています。しかし、十四年前の国王陛下と第一から第六の王子達、第一から第三の王女達、正妃と側妃三人に至るまでたった一人も残らず毒殺された事件により王位を継がざるを得ない状況となってしまった。……後に血の洪水事件と呼ばれる事件です。父上はメリエーナ様を妃にすることを条件としましたが、貴族達はそれを反故にし、ラウムサルト公爵家とクロスフェード公爵家は死亡した王子の婚約者だった二人の娘を正妃と正妃に限りになく近い側妃として父上に娶らせました。その後、淑女教育を受けるメリエーナ様と仕事に追われる父上が共に過ごせる時間は減っていきました。そんな中でメリエーナ様は第一王女――プリムラを身籠りますが、出産と同時に死んでしまいます。この時の死因は衰弱死……メリエーナ様の身体が出産に耐えられなかったのだと判断されたのですが、私は幼少の頃、元気なメリエーナ様を見ていました。……衰弱していったのも唐突かつ急速でしたから、私はそれが決して自然な死ではないのではないか、何らかの毒による暗殺が行われたのではないかと考え、その謎を解き明かすために医学の道に入ったのです」
「親兄弟が暗殺され、最愛の人も失い……そして、その死因が毒殺だった可能性があった」というラインヴェルドの壮絶な過去を知り、「あの破天荒極まりないラインヴェルド陛下にもそんな壮絶な過去があったのですわね」とミレーユは少しだけラインヴェルドに同情した。
「それで、その死因は分かったのかしら?」
「えぇ、ここにいらっしゃる圓様のおかげで。犯人は旧ルヴェリオス帝国の暗殺者で、使われたのは、夢を見ている間という局所的な時間に、人間の自己治癒能力を反転させる特殊な毒――帝器『夢の毒』、その暗殺者が『這い寄る混沌の蛇』と取引したため、『這い寄る混沌の蛇』もこの毒を使ってくる可能性があります。現在、状態異常を回復させる魔法、あらゆる状態異常を回復させる魔法薬を除き、この毒を治癒する方法――つまり、特効薬はありません。私もいずれは義妹の母を奪ったこの毒の特効薬を開発したいと思っています……まだまだ研究途上ではありますが。話を戻して、圓様が隣国でこの暗殺者を捕らえたことで、シャルロッテが暗殺者を招き入れ、この毒でメリエーナ様を殺害したということが判明しました」
ルクシアは淡々と話しているが、その内容はあまりにも衝撃的で、美味しそうにケーキを食べていたミラーナの顔が真っ青に染まり、その手に持っていたフォークを落としてしまった。
カラン、という金属音が静寂に包まれた「花の楽園」に響く。ケーキの味が全く感じられなくなるほど凄絶な事件の真相をルクシアが語る中、一人淡々とケーキに舌鼓を打つエイリーンの姿がミレーユには一瞬、この世ならざる者に見えた。
「国内に凶手を招いた重罪人であるシャルロッテですが、正妃の持つ権力は強く、確たる証拠もないため糾弾するのは不可能という状況でした。しかし、メリエーナ様の弟のカルロス様が圓様から真相を聞き、ラウムサルト公爵家の人間の皆殺しとシャルロッテの暗殺を決意、実行して無事に暗殺をやり遂げますが、その行為は決して許されぬもの――国王のためだけに動き、身動きが取れない国王のために歩く毒剣となって、影から支え続ける【ブライトネス王家の裏の剣】を担う【血塗れ公爵】カノープスによって殺害されました。……まあ、正確にはカルロス様は事故死として処理され、カノープスに殺害されたカルロス様も圓様によってちゃっかり命を繋ぎ、今は姿を変えてプリムラの侍女として仕えてくれているのですが」
「ちなみに、カルナ王妃殿下は密かにメリエーナ様を守っておられました。シャルロッテと違い人格者なので、その辺りは間違えないでくださいね。まあ、実家の方は黒だったのでラインヴェルド陛下がどさくさに紛れて領地の一部没収と子爵への転落を実行しましたのでご安心を」
「全然安心できる話ではありませんわ! やっぱりそれってわたくし達が聞いてはいけない類の話ですわよね!?」
「口外しなければ大丈夫ですよ。後、ほとんどバッドエンドに思われる話ですが、まだ可能性が消えた訳ではない……ボク自身は公平を期すために基本的にルールを逸脱した蘇生は行わないのですが、敵が特殊な方法を使って蘇生を行う場合はその限りではない。……つまり、メリエーナ様の復活の可能性が現実味を帯びてきたということですね。まあ、他にもこれまでボク達が倒した復活する可能性も出てきた訳ですが。……以前、『這い寄る混沌の蛇』の冥黎域の十三使徒クラスの何人かが所属する互助倶楽部『綺羅星の夢』に所属するシャッテン・ネクロフィア・ シャハブルーメの名を挙げましたが、彼女の能力は強い残留思念を持つ者を一度限りではあるものの蘇生する『死者蘇生』――この能力で蘇生される可能性もないとは言い切れない訳です。まあ、彼女との戦いは避けられないものですからいずれは相見えることになると思います。……今回の臨時班で仕掛けてくる可能性は低いと思いますけどねぇ」
ルクシア達の話を聞き終えたリズフィーナ達はとてもお茶会を続けられるような気分ではなくなり、「花の楽園」でのお茶会はそのまま解散となった。
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