Act.9-336 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜花の楽園にてお茶会〜 scene.1
<三人称全知視点>
生徒会の第一回の会合の四日後の昼過ぎ、ミレーユはリズフィーナからランチの誘いを受けて学院の敷地の外れにある「花の楽園」の名で呼ばれる花園に向かった。
色とりどり花が咲き乱れる美しき花園の花々の香りにうっとりしつつミレーユはリズフィーナの用意した食事に舌鼓を打つ。
「これ、凄い美味しいです! ミレーユお姉様」
ちなみに、今回はミラーナとライネも同行している。豪華なランチを前にミラーナは満面の笑みを浮かべていた。
「うふふ、ミラーナさんはとても美味しそうに食べるわね」
「はい! とっても美味しいから仕方ありません!」
ニコニコと嬉しさを表情いっぱいに表現するミラーナをリズフィーナは微笑ましげな様子で見つめている。
つい先日までリズフィーナを怖がっていたとはとても思えない変わり様である。
「ねぇ、ミレーユさん」
リズフィーナとミラーナの様子を見ながら食事に集中していたミレーユは唐突に声を掛けられて一瞬だけピクリと体を震わせた。
「ミレーユさんにとってミラーナさんって大切な人なのよね?」
「勿論ですわ。わたくしの大切な……大切な妹ですから」
「孫娘」と言いそうになったミレーユは慌てて小さく言葉を呑み込んだ後に「大切な妹」と答えたのだが、リズフィーナはどうやらそこに全く別の意味を見出したらしい。
ミレーユさミラーナがミレーユの父親が外で作った子供であるとリズフィーナに認識するように話を持って行った(というか、成り行きでそうなっただけなのだが……)。
ミレーユとミラーナの複雑な人間関係のことを思い出し、その沈黙から何かを読み取ったのだろう。……それをリズフィーナは決して口にはしなかったが。
「それで、ミラーナがどうかなさいましたの?」
「いえ、ミラーナさんがミレーユさんの大切な人なのであれば従者にはきちんとした人を付けなければいけないと思ったのよ。蛇が付け入る隙になるかもしれないでしょう」
「ボクの従者ですか?」
「ええ、ミラーナさんのお世話をライネさんがするのは大変だろうなって思って」
「そうですね。……ミラーナ様は、大抵のことはお一人でできてしまいますから、負担はそこまでではありませんが……ミレーユ様と授業をご一緒できないのは」
ライネの言葉にミレーユも内心で同意する。生徒会選挙でもライネが側にいないことでミレーユは心細さを感じることが多々あった。
そうした状況はミレーユも改善したいとは思っていたのだが、ミレーユはミラーナに相応しい従者を見つけることができなかった。
リズフィーナが推薦してくれる人物であるならば……と考えたところで、ミレーユはそのままの流れでミレーユとミラーナが別室になってしまう可能性に気づき、慌てて口を開いた。
「ですけど、部屋はわたくし達と同じにしておいて頂きたいですわ」
「あら? ……でも、狭いのではないかしら?」
圓も今後起こり得ることを知っているが、なかなか情報を教えてはくれない。
若干怪しいところもあるのは少しだけ残念だが、ミラーナの情報だけが今のところミレーユが無条件で得られる情報源だ。リズフィーナの意見は否定できないものだが、ミレーユとしてはいつでもミラーナの話を聞ける状態にしておきたかった。
「問題ありませんわ。それに、色々お話したいこととかございますし」
「あら……ふふふ。ミレーユさんは案外、妹さんに甘いのね。そうね、それがミレーユさんの希望ということであれば当分、ミラーナさんはミレーユさんと同室ということにしておくわね」
「お心遣い感謝いたしますわ」
「それで……改めて、ミレーユさんの従者をしてもらう人なのだけど」
そこまで言うとリズフィーナは手をパンパンと叩いた。
その音を合図に一人の少女がミレーユ達の前に現れる。
「お久しぶりです、ミレーユ姫殿下」
「まぁまぁ! フーシャさんではありませんの、お久しぶりですわね」
数か月ぶりに再会した懐かしい顔に、ミレーユは思わず笑みを浮かべた。
プレゲトーン王国での革命事件以降、彼女とは会っていなかった。
アモンやリズフィーナの口添えもあって、酷い刑罰を与えられるということはないと聞いていたのだが、直接、顔を見て少しだけ安心する。……まあ、「烏」に所属していたミスシスがほぼお咎めなしの形で圓に引き抜かれ、ビオラの裏の三大勢力の一角――諜報部隊フルール・ド・アンブラルの諜報員としてアフロディーテ=ナルシスと共に学院に現れた時点で、革命派の関係者でありながらミレーユ達の味方をしたフーシャが酷い刑罰を受ける可能性は皆無だった訳だが。
「元気そうで何よりですわ」
「兄共々、その節は大変お世話になりました」
「あら……やけに殊勝な態度ですわね。一体どうかなさいましたの?」
プレゲトーン王国では砕けた口調で話しかけてきたフーシャの変わりようにミレーユが小さく首を傾げる。
「い、いえ……流石にダイアモンド帝国の姫殿下に失礼なことは……」
「その姫殿下を眠らせて攫った者達のお仲間が何を言っておりますの? それが許されたのですから、今更気持ちの悪い話し方をしないで頂きたいですわ」
「それなら、お言葉に甘えさせてもらうわ」
「それで、フーシャさんがミラーナの従者として仕えて下さるんですの?」
「そのつもりだったのだけど、駄目かしら?」
「ありがとう、それはとても助かりますわ」
フーシャはプレゲトーン王国で共に『這い寄る混沌の蛇』と戦った仲間である。その彼女がミラーナの従者についてくれるというのはミレーユにとってとてもありがたいことだった。
「こちらこそよ。セントピュセルで学べるなんていい話、願ったりかなったりだったから」
ミレーユの素直なお礼に、フーシャは少しだけ照れくさそうな顔をした。
「うふふ。フーシャさん、ミレーユさんの役に立てるなら喜んでって、すぐに引き受けてくれたのよ」
「ちょっ、リズフィーナ様ッ!」
珍しく慌てふためいた様子のフーシャの様子を見たミレーユは楽しそうに笑みを浮かべた。
「ミラーナ。こちらはフーシャさん。プレゲトーン王国の人で、わたくしがとってもお世話になった方ですわ」
「そうなんですか? よろしくお願いします、フーシャさん。ボクはミラーナといいます。ミレーユおば……お姉様の、えっと……」
「妹、ですわ。お父様の隠し子で……あまり公にはできない関係にありますの」
「分かった。……詳しくは聞かないわ」
ミレーユとミラーナ、フーシャのやり取りを微笑ましそうに見ていたリズフィーナだが、何か気になるのかミレーユ達から視線を外し、周りを見渡す。
「あら、どうしましたの?」
「実は今日、圓様とも約束をしていたの。……ごめんなさい、ミレーユさんには伝え忘れていたわね」
「構いませんわ。……しかし、少し妙ですわね。あの方が約束の時間になっても現れないなんて……何かあったのかしら?」
「リズフィーナ様、ミレーユ様、ご歓談中失礼致します」
ミレーユが不思議そうにしていると、メイド服に身を包んだ女性が二人、「花の楽園」に姿を見せた。
一人はミスシス、もう一人はアフロディーテ――ペドレリーア大陸の対『這い寄る混沌の蛇』対策本部の司令塔を任された諜報部隊フルール・ド・アンブラルの諜報員達だ。
「リズフィーナ様、先程圓様よりルクシア第二王子殿下、フレイ=ライツァファー公爵令嬢、クレマンス=ハント侯爵令嬢がご到着されたという報告を受けました。圓様はこの場での顔合わせを希望していらっしゃるのですが、いかがなさりますか?」
「流石は時空魔法の使い手、もう到着したのね。……ミレーユさん、この場に皆様をお招きしてもよろしいかしら?」
「えぇ、勿論ですわ」
ミレーユには断る理由がないため承諾し、リズフィーナとミレーユの意思を確認できたところでミスシスとアフロディーテは同時に姿を消した。
それから五分もしないうちにエイリーン姿の圓とミスシス、アフロディーテと共に三人の男女が姿を見せる。
銀縁の丸眼鏡をかけ、少し背は低めで床に擦れてしまいそうな大きな白衣を身に纏っている銀色の髪の美青年と、どこかおどおどした小動物のような雰囲気を感じさせる美しい令嬢、侍女のお仕着せ姿の凛々しい雰囲気を纏った女性――その中で口火を切ったのはやはりこの中で一番地位のある王子ルクシアだった。
「お初にお目に掛かります、皆様。私はルクシア=ブライトネスと申します。こちらは、婚約者のフレイと専属侍女兼研究助手のクレマンスです。本日からリズフィーナ様のご厚意で研究室をお貸し頂き、ペドレリーア大陸で生態調査を行うこととなりました。よろしくお願いします」
父親のラインヴェルドとは対極に位置する礼儀正しいルクシアの挨拶にミレーユとリズフィーナが少し驚いていると、ルクシアの表情が少しだけ翳った。
「……生徒会選挙ではお父様がご迷惑をお掛けしたと伺っております。ブライトネス王国の王子の一人として、あの父の子としてミレーユ様、リズフィーナ様に謝罪しなくてはなりません。……申し訳ございませんでした。以後、再発防止に……と言いたいところですが、お父様は圓様ですら止められないじゃじゃ馬ですので、今後もご迷惑をおかけするかもしれません。本当に申し訳ございません……」
王子という立場で軽くない頭を下げるルクシアに、ミレーユとリズフィーナは「この人も相当苦労してきたんだなぁ」と思い知らされた。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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