Act.9-335 王女宮の(非)日常風景 scene.1
<三人称全知視点>
――フュィィィィ! チュドーン!!
青白い光が王女宮の厨房から突如として放たれ、それから数秒も立たずに発生した爆発は王女宮の厨房を含む王女宮の区画の一部を木っ端微塵に吹き飛ばした。
「――だ、大丈夫!?」
慌てたプリムラがオルゲルトの静止を踏みに切って厨房に向かうと、そこには結界に守られて事なきを得たメルトラン達料理人と、爆発の発生源であるボウルを呆然と見つめながら座り込んでいるヴィオリューテ、そしてノートに何かを書き込んでいる王女宮筆頭侍女ローザの姿があった。
「……大丈夫じゃ…………ありません……わ。ワタクシ、ただ料理が上手くなりたいだけなのですわ……それなのに、ローザ様の指示に従って料理を練習していても全然上手くなりませんし、それどころか爆発まで……もう意味が分かりませんわ」
完全に脱力し切って動けなくなったヴィオリューテを心配したメイナが慌ててヴィオリューテの側に駆け寄った。
厨房の中に踏み込んだのはメイナだけだったが、スカーレット、ソフィス、ジャンヌ、フィネオ、メアリー、オルゲルトもローザ達の安否を心配して王女宮の廊下に集まっている。
「これは、一体何があったのですか!?」
そこに姿を見せたのはノクトだった。ラインヴェルドにお姫様抱っこされる形で現れた統括侍女は目の前の惨状に卒倒しそうになりながら騒動の渦中にいるローザに視線を向ける。
「しかし、これは随分と派手に吹き飛ばされているなぁ……襲撃か?」
「ラインヴェルド陛下、そう楽しそうにしないでください。妖魔討伐の方は不完全燃焼に終わったと聞き及んでいますが、既に次の任務のためのチーム編成が始まっているとアネモネ閣下からお聞きしています。もうしばらくお待ちください。……プリムラ様やノクトせ……統括侍女様の疑問にお答えしますと、本日は厨房でヴィオリューテと料理をしていました。その時に爆発が生じて厨房が吹き飛ばされたのですわ。幸い、防御魔法を展開したので負傷者はゼロです」
「負傷者はゼロかもしれないけど、ワタクシの心はボロボロよ!!」
「アハハハ! クソ笑えるんだけど!! なんで料理していて爆発するんだよ!?」
「……分かりません」
「「…………はっ!?」」
真面目にローザの説明を聞いていたノクトだけでなく高笑いをしてヴィオリューテの心に更に深い傷を刻みつけていたラインヴェルドまでもが一瞬にして真顔になり、二人して「はっ?」とらしくない声を上げた。
「いやいや、親友、分からないはねぇだろ? 分からないは。……えっ、嘘だろ? 本気で分からないのかよ?」
ローザがコクリと頷くとラインヴェルド、ノクト、ソフィスの顔が真っ青に染まった。
ローザは決して「分からない」などと口にするタイプの人間ではない。とことん検証を重ねてしっかりと答えを出す。
そのローザが「分からない」ということは、本当に何が起きているのか分からないということであり……。
「ラインヴェルド陛下、こちらが今回までの実験の記録になります」
「い、今実験って言いましたわね!! やっぱりワタクシのこと面白い研究対象だと思っていたのでしょう!? ワタクシがどれだけ料理ができないことにコンプレックスを持っていたのか分かっているのかしら!? 見損ないましたわ!!」
「……ヴィオリューテに料理ができるようになってもらいたい。その気持ちに偽りはありませんわ。……まあ、調べているうちに楽しくなってきたのは事実ですが」
「最後の一言が無ければ完璧だったのにね」
ジャンヌの毒の籠った呟きをさらりと聞き流し、ローザは時空魔法で厨房を修復していく。
目の前で繰り広げられる非現実的な現象にプリムラ達の目は釘付けになった。
「この研究結果が事実であるならば……確かにローザの言っていることも理解できます。これは、『分からない』と言わざるを得ないでしょう。そして、今回の爆発が予測できないものであったことも理解できました」
納得したのはノクトとラインヴェルドの二人だけ。実験に付き合ってきたメルトラン達料理人は当然ながら事情を知っているが、プリムラ達は何が起きたのか分からないままである。
「私はヴィオリューテと共にこの厨房を借りて料理を行ってきました。料理ができないというのは一体どのようなレベルの話なのか、改善するためにはどういったことを行っていくべきなのかを探るためです。まずはヴィオリューテがいつも行うように料理をしてもらい、その後は材料の配分、火加減、調味料の量などミリ単位で試行錯誤を繰り返したのですが、どれだけ試行錯誤を続けてもできるのはポイズンクッキングのみ。このポイズンクッキングにも様々な種類のものがあり、中には最初は美味しいものの時間差で毒の効果が発生するもの、自然界には存在しない未知の毒が検出されるものなど様々ありました。現在、その毒の一部は第二王子殿下にお渡しして調査を行って頂いております」
「ルクシアお兄様に?」
「はい、プリムラ様。未知の毒はそのまま使えば毒になりますが、配合を調整すれば薬になる可能性もあります。第二王子殿下の研究の分野は毒と薬――毒薬学ですから、適任だと思いお任せしました」
実際は圓の持つ技術でも解析は可能なのだが、ルクシアに話したところ興味を持ったため毒の一部を提供したという流れである。
「同じ配合で行った際に再現が可能なことは確認していますので、法則性はあると思います。であれば、どこかに料理が完成する方程式もあるのではないかととにかく一つずつ地道に調査をしていたのですわ」
「その結果が先程の爆発なのですね」
「はい、統括侍女様。先程の料理の中からニトログリセリンが検出されましたわ。それが爆発の原因だと思われます」
「おいおい、それって料理じゃなくて最早爆弾じゃ……。しかし、どうするんだ? 流石にこれはヴィオリューテが可哀想だろ?」
「まだ調査は途中ですので断言はできませんが、ヴィオリューテは恐らく因果律のレベルで料理ができないのだと思います。物理法則を捻じ曲げるほどですから、もうここまで来ると稀有な才能といいますか……それとも呪いと評するべきなのか。これまでは毒物の生成で済んでいたので調査を続けてきましたが、こうして王女宮の一角を吹き飛ばす爆発が起きたとなるとここでの調査は現実的ではありません。プリムラ様を含め皆様にご迷惑が掛かってしまいますからね。とりあえず、ヴィオリューテがまだ料理ができるようになりたいと思っているのであれば私が自由に使える厨房で実験を続けていくこともできます。……まあ、このまま実験を続けて行っても料理ができるようになるとも思えませんが」
「このまま実験を続けても……ってことは実は何か妙案が浮かんでいるんじゃねぇのか? 分からないと言いつつも、メカニズムの解明ができていないだけで法則性はある程度把握しているみたいだし、何より親友が万策尽きたって顔をしていないしなぁ」
「本当に!? 本当に、本当にワタクシにも料理ができるようになるのよね!? 嘘じゃないわよね!?」
「……まあ、確定じゃありませんがヴィオリューテが料理できない理由に心当たりがないという訳ではありませんし、試したことはありませんが恐らくどうにかできるんじゃないかと思います。ただ、調理の練習とは別次元の方法ですので仮に成功しても不可思議な料理ならざるものが完成する状況が改善するだけで美味しい料理を作れるようになることを確約できる訳ではありません。美味しい料理を作れるようになるためには、ここから通常の調理の練習をしていく必要があります。……先程、『呪い』と呼びましたが、アネモネ閣下が『加護』という名称で呼んでいるものがヴィオリューテに掛かっていると考えています。ラインヴェルド陛下にも身近なところだとミレーユ・ブラン・ダイアモンド皇女殿下、ミラーナ・ブラン・ダイアモンド皇女殿下が有している『クロノスの加護』がありますね」
「それって、ミレーユ姫が断頭台に掛けられた瞬間に時間遡行をしたって現象に関係があるのか? ……ああ、なるほど辻褄合わせに『加護』っていう概念が生まれたってことか?」
「一概に辻褄合わせの概念と言えるものでもありませんよ。とにかく、『加護』の解呪の経験はないのでここから試行錯誤になりますが、アネモネ閣下と協力して解呪ができるように挑戦していくつもりです。勿論、ヴィオリューテにそのつもりがあれば、ですが」
「ローザ様の研究の被検体にはなりたくないのが本音ですわ。でも、一縷の望みがあるのなら……是非、お願いしますわ!」
その後、今回の厨房の爆発騒動の始末書をローザがノクトに提出し、騒動は一応の収束を迎えた。
それから圓は研究の場を保有する屋敷の一つに変更して『加護』の解呪の方法を探り始める。約一週間の試行錯誤を経て見事ヴィオリューテに掛けられていた『メシマズの加護』を消滅させることに成功した。
ちなみに、乙女ゲーム時代にはヴィオリューテに料理ができないという設定は没設定を含めて存在しない。何故このような加護が異世界化後のヴィオリューテに備わってしまったのか、結局圓にも最後まで解明することはできなかった。
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