Act.9-334 混沌の者達の暗躍 scene.1
<三人称全知視点>
ヴェラトリンクス・ケイチェル・イェウッドは絶世の美貌、圧倒的な魔力、王族の血――あらゆるものをもって生まれた。
大陸東側において無視できない力を有するイェウッド国の第一王女として生を受けた彼女はその後、民草の一人一人を想う慈悲深き王女へと成長を遂げ、国中から慕われる存在となった。
……表向きは。
ヴェラトリンクスは生まれた時から常に渇きを感じていた。ヴェラトリンクスにとって世界は、人生はあまりにも退屈で全てのものが色褪せて見えたのだ。
そんな時に出会ったのがアポピス=ケイオスカーンだった。
『這い寄る混沌の蛇』という世界の秩序を破壊する思想はヴェラトリンクスにとって甘い蜜だった。
この約束された自らの地位も決して盤石ではなく、失われる時は一瞬である。自らを称賛する国民の声が怨嗟の声に変わるかもしれない……そう考えるとヴェラトリンクスはあまりの興奮に身悶えした。
勿論、ヴェラトリンクスは自らが奴隷落ちする可能性に身悶えしたのではなく、万物は流転する――つまり、退屈で変わり映えのしない日常が変化する可能性を知り身悶えしたのである。……そこを間違えると意味が変わってくるため説明を加えさせてもらった。
全てを与えられ、それ故に変わり映えのしない退屈な生活を強要され続けてきたと感じてきた王女は、その日から完璧な王女の仮面を被りつつ底無しの渇きを癒すために闇の世界に身を投じていくことになる。
いつしか闇の世界でも大きな権力を握るようになり、遂にはベーシックヘイム大陸の東側の裏世界を支配する非合法組織「666」――その支配階級「第四圜」の地位を得るに至った。
そして、ヴェラトリンクスは新たな野望を目指して密かに行動を開始することとなる。
その野望とは『管理者権限』を手に入れて神に至ることであった。
ヴェラトリンクスはアポピスから『管理者権限』の存在を教えられ、自らがただの箱庭の王女に過ぎなかったことを、井の中の蛙であったことを思い知らされることとなった。
小国の王女として一生を終えたならば到達できない神の領域――数多の『管理者権限』を持つ神々を下してその座に着いた時、ヴェラトリンクスの渇きは癒えるのだろうか? それは、ヴェラトリンクスにも分からなかったが、少なくとも数多の神々との戦いはきっと退屈を紛らわせてくれるだろうと信じていた。
その野望はヴェラトリンクスに新たな世界を見せてくれたアポピスにも決して打ち明けることはない。
ただ、混沌を愛するアポピスは自らのことも混沌を構成するエッセンスの一つとして受け入れてくれるだろうとは思っていた。
◆
『這い寄る混沌の蛇』の冥黎域の十三使徒、イェウッド国の第一王女、非合法組織「666」の支配階級「第四圜」の三足の草鞋を履くヴェラトリンクスはその日、非合法組織「666」の本拠地である地底螺旋城での会合を終えてイェウッド国の王城に秘密裏に戻ってきた。
ヴェラトリンクスが所属する非合法組織「666」は一枚岩の組織ではなく複数の勢力が所属する組合のような側面を持つため、支配階級が集う会合はヴェラトリンクスと雖も一瞬たりとも油断できない。
ここで、少しだけ非合法組織「666」の支配階級に就く者達について説明していくとしよう。
一人目はクラウド・グローディンヴェーグ。
非合法組織「666」の支配階級「第一圜」の地位にある軍服に身を包んだ青年で、自らを『王』に仕える者と称している。かつては『太陽の神』に仕える神官長だった。
現在は『王』を世界の王にするべく『管理者権限』を求めて暗躍している。
この『王』の正体は、『混沌の蛇』に対峙する神『太陽の神』の転生体である異世界人鳴神金烏。
クラウドは『太陽の神』の眷属となったことで転生先が地球の人間であることまでは分かったが、具体的な座標までは分からなかったため、幾度となく異世界召喚を行った。その被害者の中には斎羽朝陽、天蜘蛛菊夜、蓮華森沙羅、美島弓月、漆原千聖も含まれている。
勿論、『太陽の神』を信仰するクラウドと『混沌の蛇』の化身であるアポピス=ケイオスカーンと繋がりがあるヴェラトリンクスは本来、敵対関係になる筈だが、互いに信仰している神と自身の目的を隠して所属しているため現時点で敵対関係にはない。
二人目はワードリヒト・ノールヴェグダー。
「アルケミカル黎明結社」のナンバーツーにして、非合法組織「666」の支配階級「第二圜」の地位にある男。
最終的な目的は「アルケミカル黎明結社」の首魁でブライトネス王国戦争で死亡したアダム・アドミニスト・カリオストロ・フィリップス・アウレオールス・テオフラストゥス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイム・アルケミカル・ニコラス・フラメル・サン=ジェルマン・ヴァイスハウプトと同じく生物学的に「完全なる命」、地球上のありとあらゆる生物の遺伝子を体内に持つ「究極生命体」の創造である。
世界最巧の錬金術の腕を持つ錬金術師でその中でも遺伝子操作を得意としており、獣や魔物などの遺伝子を体内に取り込むことでその力を獲得する「獣魔の実」の開発に成功している。
三人目はフォスティンヌ・ハイバリー・ヴェルセリオン。
非合法組織「666」の支配階級「第三圜」の地位にある女性。
元冥黎域の十三使徒のルイーズ・ヘルメス=トリスメギストス――彼女が候補者に挙がった魔導帝――魔導帝国サンクマキナの王に等しい者に与えられるこの称号を最初に生み出し、その称号に相応しい実力を備えていた存在、つまり魔導帝国サンクマキナの初代魔導帝で『女帝』の異名を持つ人物で、表向きはとうの昔に死亡したことになっている。
高い降霊術と高位付与術の使い手。
アポピス=ケイオスカーンとは今のところ協力関係にあり、その力で神話級の大量生産に協力しているが、いずれはアポピス=ケイオスカーンを倒して『真の唯一神』に至る足掛かりにしようとしている。つまり、ヴェラトリンクスと同じく『管理者権限』を手に入れて神に至ることを狙っている人物ということになるが、その正体は他の「666」の者達にも隠しているため、ヴェラトリンクスも当然ながらその正体を知らずにいる。
さて、話を物語に戻すとしよう。
ヴェラトリンクスは王城にある自室に戻ると待機していた侍女達を下がらせてから一糸纏わぬ姿となった。
一国の王女として様々なドレスを持っているヴェラトリンクスだが、美しい自らの肢体に勝るものはないと考えていた。公の場に出る時は流石にドレスを纏っているが、基本的には裸族である。
服を脱ぎ捨ててベッドに寝そべり、疲れを癒していたヴェラトリンクスであったが、その耳が侵入者の足音を捉え、ヴェラトリンクスの表情が不機嫌そうに歪む。
「ノックもせずに入ってくるのは礼儀がなっていないんじゃないかしら?」
ヴェラトリンクスが鋭い視線を向けた先には一人の女性の姿があった。
青色の髪をお団子に結え、残った髪をツインテールにした紫紺の瞳を持つ少女はチャイナドレス風の衣装を纏い、ヴェラトリンクスに呆れの籠った視線を向けている。どこか人を見下したその瞳には彼女の陰湿な性格が滲み出ており、ヴェラトリンクスも内心同格に昇格した彼女のことを嫌っていたが、必要以上に感情を出さずに侵入者――ロベリア=カーディナリスに苦言を呈した。
「私は今回、アポピス=ケイオスカーン様より全権を与えられましたわ。百合薗圓はペドレリーア大陸の要所、オルレアン教国にも人員を派遣しています。戦力を分散させることがこの先の作戦を実行する上で重要になってきますわ。ですから、ヴェラトリンクスにもここで動いてもらわなければなりませんわ」
「それは嫌よ」
自らの指示に逆らうとは思わなかったロベリアが顔を真っ赤にして怒りを露わにする中、ヴェラトリンクスはロベリアに冷ややかな視線を向ける。
「過去何度か、多種族同盟はルヴェリオス共和国より東側に【血塗れ公爵】の戦力を派遣してきたわ。元冥黎域の十三使徒にはこちら側の出身者も多いし当然のことよね。でも、本格的にこちら側に戦力を向けてはきていないわ。ロベリア、貴女は今回の件で百合薗圓を討ち取れると確信しているようだけど、私はそうは思わないわ」
「……私の作戦が失敗すると言いたいの!? 許せないわ! ……呪ってやる呪ってやる。探しているものが欲しくなくなった時に見つかる呪いを掛けてあげるわ」
「本当に地味に陰湿な呪いよね。とにかく、私もエリスティン魔導王国を拠点にしているディミニッシュ=カインドールも動くつもりはない……つまり、ベーシックヘイムの東側の冥黎域の十三使徒は動くつもりはないわ。物事には適切なタイミングがある……今回は私達の考えるタイミングと貴女の考えるタイミングが違っただけ。勿論、貴女の活躍を陰ながら祈っているわ」
「…………くっ、覚えておきなさい」
屈辱で顔を真っ赤に染めたロベリアが静かにその場に佇んでいた女性――セレーネ・アノーソクレース・フェルドスパーの開いた混沌に染まる黒の逆城へのゲートに飛び込み、次いで会釈をしたセレーネがゲートに足を踏み入れて姿を消したことを確認するとヴェラトリンクスは欠伸を一つして睡魔に身を委ねた。
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