Act.9-332 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜決着! セントピュセル学院生徒会選挙〜 scene.6
<三人称全知視点>
サファルスがアネモネ姿の圓の説明を完全に理解するためにはかなりの時間を要することになった。
圓は一つずつ丁寧に噛み砕いて説明したもののそもそも内容がサファルスの常識を悉く揺さぶるものばかりであったため、理解に時間が掛かったのである。
サファルスは状況を改めて整理し終えると自らが喧嘩を打った相手がどれほど恐ろしい存在であったかを真の意味で理解した。
圓ですらも「大丈夫なのかな?」と思うほど顔面蒼白になり、恐怖でガタガタと震えながらサファルスは圓の顔色を窺った。
「我々を創り出した創造主――神に等しいお方であり、それを抜きにしても大国二つの君主であり、ブライトネス王国とフォルトナ=フィートランド連合王国で複数の爵位を保有し、大陸有数の商人の顔も持ち、多種族同盟の議長でもあらせられる。……私は何という愚かな真似をしてしまったのだ」
「本当ですわよ! 圓様お一人でもダイアモンド帝国を余裕で制圧できるほどの力をお持ちですわ。もし、多種族同盟を敵に回せばどれほど恐ろしいことになるか……ああ、考えるだけで背筋が凍りますわ」
「……まあ、正直ソフィスさんに対する暴言はちょぉっとどころか相当頭に来たから一瞬消そうかな? とも思ったんだけど、事情を知らない状況での無礼だし今回の件は不問とする。だけど、次からは遠慮なく潰しに行かせてもらうんでそのつもりでいてもらいたいねぇ。ボクに対する侮辱は別に良いけど、ボクの大切な人達への侮辱は許せないから。例え相手が王族だろうと公爵だろうと関係ないからねぇ」
「も、勿論です!! 寛大なご配慮に心より感謝致します!!」
サファルスが終始ペコペコと平身低頭している姿を物珍しく見ながらミレーユは内心疑問符を浮かべていた。
ミレーユの中でサファルスは『這い寄る混沌の蛇』に与する者であると考えていた。しかし、圓の対応は明らかに『這い寄る混沌の蛇』に与する者へのものではない。それはつまりミレーユの推理が完全に的外れだったということであり……。
「ミレーユさん……君は『這い寄る混沌の蛇』の関係者が四大公爵家の中に紛れているという情報をボクの僅かな反応から読み取り、リオンナハト殿下から得た情報で確信を持った、違うかな? そして、選挙戦でミレーユさんに姑息なデストラップを仕掛けてきたサファルスさんこそが『這い寄る混沌の蛇』の関係者だと確信して監視のために生徒会の役員に据えた。……違うかな?」
「えぇ、その通りですわ!」
「そんな……私は決してそのような輩と関係を持ってはおりません! 断じて! オルレアン神教会の神に誓って!! 信じてください、姫殿下!!」
必死で身の潔白を叫ぶサファルスにミレーユは疑いの目を向けていると、アネモネはミレーユにジト目を向けた。
「……ミレーユさん、少しは疑った方がいいよ。リオンナハト殿下の言葉をそのまま信じるのではなく、もっと踏み込んで考えないとねぇ」
「えっと……それはつまり、四大公爵家の中には『這い寄る混沌の蛇』に関与している家はないということですの?」
「逆、逆だよ」
「逆……ですの? それってつまり四大公爵家が全て『這い寄る混沌の蛇』に与しているということですの!?」
全く予想外の圓の解答にミレーユは衝撃を受け、サファルスは絶望のあまり膝から崩れ落ちた。
サファルスは誓って『這い寄る混沌の蛇』などという邪教徒と関係を持っていない……が、ブルーダイアモンド公爵家が完全に潔白であると宣言することはできない。
グレーゾーンではあったがそれでも圓以外の人間の言葉ならば戯言と片付けることもできた。しかし、ブルーダイアモンド公爵家が邪教徒と繋がりのあると指摘している圓はこの世界の創造主である。
彼女に四大公爵家全てが『這い寄る混沌の蛇』と繋がっていると指摘されてしまっては弁解の余地などありはしない。
「より正確には四大公爵家全てが『這い寄る混沌の蛇』と現時点で繋がっているか、今後繋がる可能性があるという立ち位置。ブルーダイアモンド公爵家に関しては現時点では白だけど、完全に白とは言い切れない部分がある。……リティシア・ワージェス侯爵令嬢」
「――ッ! まさか、彼女が『這い寄る混沌の蛇』と繋がっていると!? いくら圓様でも言って良いことといけないことがありますよ!!」
「彼女が人質に取られたとして、君はそれでもダイアモンド帝国の味方でいられるのかな? それとも、彼女のために『這い寄る混沌の蛇』の手を取ってダイアモンド帝国の敵となるのかな?」
リティシアの名を挙げ、彼女を『這い寄る混沌の蛇』と繋がっている邪教徒であると圓が指摘しようとしていると思ったサファルスは怒りを露わにしたが、圓が続けた言葉で再び顔から血の気が引いた。
「私は……俺はそうなれば邪教徒の手を取ることになると思います」
「うん、即答だねぇ。もしここでダイアモンド帝国を選んでいたら、或いは熟考したら君のことを張っ倒していたよ。ワージェス侯爵令嬢も君の従者君も『這い寄る混沌の蛇』の関係者ではない。リティシアさんを将来人質に取る可能性が高いのはワージェス侯爵家の侍女クレスタだ。彼女はダイアモンド帝国の蛇の源流に通じ、その教えを忠実に再現しようとする骨董品。柔軟性は皆無だけど、厄介な相手ではあるよ」
「あら、意外にあっさりと教えてくれるのですわね」
「ワージェス侯爵家の問題まで時間を掛けて解決している暇は無さそうだからねぇ。それで、どうする? こっちで処分しておくこともできるけど……勿論、リティシアさん達の目に触れないようにねぇ。そういう暗殺を専門にしている仲間もいるし安心だよ。もし実行するならミレーユさんの許可とサファルスさんの同意が必須だけど」
「……私の方で何とか対処は致しますのでどうか私に一任してください。クレスタはリティシアが最も信頼を置く侍女――暗殺などという方法では彼女の心に深い傷を負わせてしまいますから」
「ってことだけど、ミレーユさん大丈夫?」
「えぇ、構いませんわ。ただし、サファルスさんが無理だと判断すれば圓様のお力を借りた上で対処を行うという形にしてもよろしいかしら? わたくし、相手を殺して解決するという方法はできるだけ使いたくありませんの。我儘だということは理解していますのよ。それでも……」
「分かりました。ミレーユさんの流儀に合わせましょう。では、サファルスさんの身の潔白が証明されたところで、ミレーユさん、『生徒会選挙と青の試練』の突破おめでとうございます」
「……少なくとも後三つ試練があるというのは憂鬱ですわ」
◆
ダイアモンド帝国四大公爵家によるお茶会――通称「四煌金剛会」。
定期的に行われてはいるものの、基本的にはサファルスとエメラルダのみが参加しているこの会合に珍しい人物が顔を出した。
「あら、珍しいわね。貴女が来るなんて何回ぶりかしら? ルヴィさん」
「やあ、久しぶりだね、緑煌の姫君」
意外そうな顔をしたエメラルダに朗らかに微笑んだのは四大公爵家の一角であるレッドダイアモンド公爵令嬢――ルヴィ・ルージュ・レッドダイアモンドだ。
短く切り揃えた鮮やかな赤い髪に端整な顔――男装の麗人という言葉が彼女ほど似合う人物をエメラルダは知らない。
例え同性であってもついつい見惚れてしまいそうな凛々しさを持ち合わせた彼女の持つ雰囲気は乙女ゲーム『スターチス・レコード』で圧倒的な人気を集める百合の片割れ――ジャンヌ=スフォルツァードに限りなく近い。
「おや? 今日は一人かい? 蒼煌の貴公子君は来てないの?」
「生徒会の仕事が忙しいそうよ」
「……そういえば、彼は生徒会に召集されたんだったか?」
「……全くなんでサファルスなんて無能者を選んで、私を選ばないのかしら。それに、あんまり嬉しそうな顔じゃありませんでしたし」
「ん? 嬉しそうじゃないとはどういうことなのかい?」
エメラルダは不機嫌な感情を隠そうともせず表情に滲ませていた。その理由はエメラルダが一番の親友であると公言しているミレーユから生徒会に誘われなかったからであるのとはルヴィも容易に察することができた。
しかし、エメラルダの後半の話はルヴィにとっても信じ難いものであった。生徒会の一員に選ばれることは名誉なこと――その名誉に与れたということに喜びを露わにしないのは一体何故なのか。
サファルスの性格を考えれば自慢話の一つでもしそうだが……。
「詳しくは話してもらえなかったけど、ワージェス侯爵家に関連することで何かしらの宿題を姫殿下から出されたそうだわ。何でも失敗すると婚約者の心に深い傷を残す可能性があるかなり難しい問題で、従者と二人でここ数日策を練っているけど妙案が全く浮かばなくて困っているのだそうよ」
「……ということは、生徒会とは関係ない話なんだね?」
「まあ、そうなんじゃないかしら? ああ、そうだったわ。サファルスから私達への伝言を預かったのよ。……正直、とても腹が立つ内容だったわ」
「……私達に伝言? 君を怒らせるとは一体どういう内容だったんだい?」
「多種族同盟――特にエイリーン=グラリオーサとは絶対に事を構えないようにということよ。良くて公爵家の一角が永遠にこの世から消える。最悪の場合はダイアモンド帝国が地図上から消滅するなんて真っ青になりながら言っていたわ」
「……それはまた随分と物騒な話だね。それはダイアモンド帝国に対する宣戦布告とも受け取れるものじゃないか?」
「既にサファルスは一回殺されそうになったそうよ」
「……はっ?」
「的確に地雷を踏み抜いて殺されずに済んでいるのはエイリーンの慈悲によるものだって言っていたわ。次はないって脅されたようだし。……姫殿下の隣にいるべき人間ではないとルヴィさんも思わないかしら?」
「いやいや、それ以前の問題じゃないか!? ダイアモンド帝国相手に宣戦布告も辞さないって正気なのか!?」
「田舎貴族のマリア・レイドールの起用もそうですけど、一番許せないのはあのエイリーンという外様の伯爵風情を重用していることですわ! どうしてくれようか……」
エメラルダの持つ手に持つ紅茶が、プルプル震えていた。
「……辺境伯や宮中伯というのはダイアモンド帝国にはないけど侯爵相当の爵位だそうだよ。決して下級貴族という訳じゃないし、トーマス教授からの覚えもめでたくブライトネス王国とフォルトナ=フィートランド連合王国の両国王から親友と呼ばれている彼女はかなり敵に回すと危険そうだと前々から思っていたんだけどね。……あー、一応言っておくけど、あんまり大きな騒ぎを起こさないようにね。それと、サファルスさんじゃないけどエイリーンとは事を構えない方が良いと思うよ。まぁ、止めないけど……」
「あら、止めなくていいのかしら?」
「あはは。……だってさ、目をつけてた騎士を引き抜かれてしまったんだよ? そりゃあ、私だって少しは姫殿下には思うところがあるさ」
エメラルダの問いに笑うルヴィだったが、その目は全く笑っていなかった。
かくして、四大公爵家の跡取り達はそれぞれの思惑を持って動き出す。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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