Act.9-326 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜生徒会選挙当日、激突するミレーユとリズフィーナ、エイリーンとトーマス〜 scene.4
<三人称全知視点>
「事の発端は昨年の早秋の頃、ブライトネス王国の王女宮筆頭侍女のローザ=ラピスラズリ公爵令嬢はブライトネス王国国王ラインヴェルド=ブライトネス陛下より現魔法学園の教師への就任を打診されると共に、新しい時代に対応する魔法学園の改造案を提出するよう勅命を賜りました」
「いやいや、それだと俺が強制的に丸投げしたみたいに聞こえるじゃねぇか。俺は親友を信頼して協力を要請したってだけであって、俺と親友の関係は対等だ! そこを間違えると俺がクソ野郎に聞こえるじゃねぇか」
「いや、どう考えてもお前がクソ野郎なのは明々白々じゃないか(意訳)」と会場の心が一致する中、エイリーンは話の腰を折ったラインヴェルドを一瞬だけ睨め付けると何事も無かったように話を戻す。
「そもそも学園にすら入学していない公爵令嬢が教鞭を取るという時点で異常なことですが、そちらは教鞭を取る各分野の博士論文に耐えうるレベルの論文を五年以内に執筆し、提出、審査を経ることで博士課程の代わりとするという条件になったそうなので特に問題はありません。元々、教師になるつもりは更々無かったローザ公爵令嬢ですが、折角教師の資格を得て学園を改革するならばと一つの計画を立てました。その計画はアネモネ閣下、魔法学園学長兼理事長のフューズ=シンティッリーオ大公様、私の三人が共有し、私達は学園改造の最終目標に位置付けております」
「……おいおい、俺、その話聞いていないんだけど。なんでそんな面白いことを俺抜きで進めていやがったんだ?」
「そもそも、まだその最終目標に至るためには踏まなければならない段階があるからです。大き過ぎる変革は反発を招きます。ラインヴェルド陛下もオルパタータダ陛下も思い付いたらすぐに実行に移してしまうことができる力をお持ちですからできるだけ少数で、水面下に進めていくつもりでした。……本当は秘密裏にミレーユ姫殿下とリズフィーナ様を巻き込みたかったのですが、悉く失敗してしまったので正直に話しますわ。ただ、まだ情報を表に出すべきではないですから、この場だけに留めるようにお願いします」
「なんだか、知らない間にとんでもないことに巻き込まれそうになっていたんですわね! って、協力関係を築く時点で約束をしてしまっているのでもう逃げられない所まで来てしまったんじゃ……」と選挙戦のスタートの時点でとんでもない悪手を打ってしまっていたことを知り、ミレーユは激しく後悔していた。
まあ、それを決して表情には出さないため、『帝国の深遠なる叡智姫』はエイリーンの企みすら読んでいたなどとあらぬ解釈をされ、更にミレーユの株が急上昇していたのだが……。
「これは個人的な感想ですが、私はセントピュセル学院をあまり良い学校とは思っておりません。セントピュセル学院は確かに大陸随一の学校機関ですわ。最新の設備が揃い、この大陸において最も優れた学び舎であることは紛う事無き事実。ですので、これは我々があまりにも高過ぎる理想を持っているが故の低い評価であることをご理解ください。……もっとも、それを当然のことであると言えるのが本来あるべき形であると私は思いますが。セントピュセル学院の入学基準は少しだけ特殊です。金や地位があれば通うことができる他の学び舎とは違い、田舎貴族や一般の民衆であっても入学することができます。これは我々の理想に近い基準であると言えますが、そんなセントピュセル学院にも決して入学基準がない訳ではありません。その基準とはリズフィーナ様のお眼鏡に適うこと……つまり、リズフィーナ様から学院に相応しいないと烙印を押された方はこの学院に通うことができないということになります。ミレーユ姫殿下はヴァルマト子爵領に学園都市を築く計画を立てておられます。その学園都市はセントピュセル学院に入学できなかった者達の受け皿となるでしょうが、まだそれでも足りない。まあ、長々と話してきましたが、私達の最終目標は人種、信条、性別、社会的身分もしくは門地などで差別されることなく誰もが学び、生きるために必要な力を身につけることができる世界を作ることですわ」
「つまり、普通教育の実現ってことか? 話は聞いていたし、いつかは実現のために動くだろうとは思っていたが、もう実現に向けた道筋を付けているとは、流石は俺の親友達だぜ!」
「流石に初等教育、前期中等教育、後期中等教育までを無償化までは難しいとしても誰もが通えるレベルの金額にしつつ補助金でフォローし、高等教育区分の教育機関に関しては選択制にすることを検討しています。もし、この最終目標が現実のものになった暁にはブライトネス王立学園も最終的にはセントピュセル学院が初等部、高等部と分けているように機能ごとに細分化していくことになると思われます。そして、これは多種族同盟のあるベーシックヘイム大陸だけの話ではありません。可能であればペドレリーア大陸、ラスパーツィ大陸なども巻き込み、全世界に普通教育を広めていきたいと考えています。勿論、通うかどうかは本人の自由ですが、選択肢が初めから与えられていないのと選ぶ権利があるのでは雲泥の差ですからね」
「なるほど、予想以上の答えだった。まさか、これほど先を見据えた一手だったとはな。最早ここまで来ると選挙戦の方がおまけだったようにも思えてくる。……私も教育者の端くれとして誰もが学ぶ権利を与えられる世界が来ることを望んでいた。しかし、同時に現実的な話ではないと諦めていた。……この中には誰もが教育を受けられる世界に不満を持つ者もいるのではないだろうか? 特権階級である自分達のみが教育を受けられれば良い、平民は無知蒙昧のままであった方が御し易い、そう考える者の気持ちも分からない訳ではない。だが、もし逆の立場だったらどうだ? 貴族の子女は貴族の親から生まれた故にその立場にある。生まれとは自ら選ぶことができないものだ。君達貴族子女達が平民に生まれた可能性もあるし、この学院に入学することができた平民達もそもそも学院に通えないような環境に生まれた可能性もある。その上で、『誰もが学び、生きるために必要な力を身につけることができる世界』というものを改めて考えてみるべきではないだろうか? 私の質問は以上だ。お答え頂きありがとう、エイリーン殿」
「いえいえ、ご期待に添えたようで何よりですわ」
◆
ミレーユは恐れていた。これから自らが巨大な畝りに巻き込まれていくことを。
ミレーユは圓を頼るという選択をしてしまった。自ら蒔いた種は自らの手で刈り取らなければならない。
「でも、圓様が主導していくなら別にわたくしがそこまで責任を負うこともありませんし、大丈夫なんじゃないかしら?」と思い直し、ミレーユの気持ちは少しだけ軽くなった。
一方、リズフィーナは自らがどれほど身の程知らずなことを考えていたのかを思い知らされていた。
リズフィーナが選挙戦でミレーユ達に勝利することだけを考えている中、ミレーユと圓は選挙戦の遥か先を見据えていた。
学院の改修を通じた大陸諸国の連携の強化、普通教育の実現――まるで選挙戦での勝利の方がおまけであるかのようにペドレリーア大陸を、そして世界を良い方向に導いていく方針を提示してみせたのだ。
――やっぱり、凄いわ。ミレーユさん、圓様。
既に勝敗は決したようなものだが、リズフィーナがここで選挙を降りることは許されていない。
山場を越えたように思えるが、まだ生徒会長選挙公開討論が終わったのみで儀式の大半も残っている。エイリーンも席に戻り机が片付けられる中、リズフィーナは気持ちを切り替えてミレーユと共に儀式に臨む。
いくつかの聖歌を歌い終えた後、まずミレーユが聖餐卓の前に進み出た。
ベールが落ちないように気をつけながら盃から聖人の血を表す葡萄酒を飲み、清廉潔白で公明正大な会長になることを神の前で誓う。
ミレーユが聖餐卓の前から元の場所に戻った後、リズフィーナも聖餐卓の前に進み出て清廉潔白で公明正大な会長になることを神の前で誓った。
生徒会長選挙公開討論、聖歌斉唱、聖餐の儀が無事に終了したところでいよいよ最終演説である。
ここから先はエイリーンの力に頼ることはできない。ふぅーっと深呼吸をして緊張を和らげた後、ふと背後に視線を向けるとそこにはミレーユのことを応援するフィリィス達――この選挙期間の間、ずっと共に戦ってきた仲間達の姿があった。
「ご機嫌よう、皆様。わたくしはこの度生徒会長選挙に立候補させて頂いたミレーユ・ブラン・ダイアモンドですわ。さて、この度演説の機会を頂きましたが、皆様が一番疑問を持っていたであろう点はエイリーン様が全てお話ししてしまいましたので、わたくしはもっと別のお話をしたいと思っています。今回の選挙戦のテーマは『団結』であったとわたくしは思っていますわ。たった一人ではきっとこうして最終演説の場に立つことすらできなかったと思いますわ。沢山のわたくしを支えてくださる仲間がいたからこそ、わたくしは今この場にいることができます。皆様には本当に感謝しても仕切れませんわ」
ライネ、ミラーナ、フィリィス、マリア、圓、エルシー、リオンナハト、アモン、ウォロスを筆頭とする帝国貴族達、ルーナドーラを初めとするミレーユの取り巻き達――共に選挙戦を駆け抜けた仲間達の顔を一人ずつ思い浮かべながらミレーユは自らの思いを語る。
その気持ちが伝わったのか、ミレーユを支えたサポーター達の中には目に涙を浮かべている者もいる。
「また、今回の選挙戦の最大の争点になったセントピュセル学院の改修についても、『協力』がテーマでしたわ。大陸のシンボルとも言えるセントピュセル学院を国の垣根を越えて新たな学院へと変えていく――まだ行うかどうかも確定している訳ではありませんが、そのような先が不透明な状況でも多くの方々がわたくし達の考えに賛同し、協力を取り付けることができましたわ。そして、わたくしはこうした関係を決して今回のことだけに留めるべきではないと思っています。本当に助けが欲しいと思った時に手を差し伸べられるのはどのような方なのかしら? 自らが蒔いた種は自らの手で必ず刈り取ることになる……良い行いをすれば良い行いが、悪い行いをすれば悪い行いが、わたくしは悪い連鎖よりも良い連鎖が起きる方が良いと思いますし、きっと皆様もそう思っているとわたくしは信じていますわ。――もし、今日食べるものが無くて餓えている者がいるならば、明日、貴方が楽しみに食べる予定だったケーキを出して共に食べなさい。そのケーキを惜しんで困窮した者を放っておいてはいけませんわ。そうした助け合いの輪がこのセントピュセル学院から世界に広がっていって欲しいと思っておりますし、わたくしは生徒会長に就任できてもできなくても助け合いの輪を学院から世界に広げていくことを目指していくつもりですわ。皆様、ご清聴ありがとうございました」
この選挙での圓の目標が普通教育の実現であるならば、ミレーユの最終目標は生徒会長就任と飢饉が起きた際に周囲の国々も備蓄を解放せざるを得ない状況を創り出してダイアモンド帝国の負担を減らすことだった。
そして、その目論見はエイリーンの力を借りたミレーユの最終演説によって成されることになる。
この日語られたミレーユの言葉は後に「相互扶助宣言」として後世に記録される言葉となる。
語られた瞬間は紛れもなく凡庸な言葉で、埃を被った綺麗事だった。
ここまでミレーユとエイリーンが仕掛けてきた冴えた一手と比較するとミレーユの最終宣言の言葉はあまりにもありきたりで使い古された綺麗事で、その場で聞いていた者達のほとんどは陳腐な言葉だと嘲笑った。
しかし、その言葉は時間を経るごとに少しずつ輝きを放つようになっていく。
それを語ったミレーユ自身がその言葉を体現するように率先して振る舞ったからだ。
ミレーユは誰一人として見捨てることなく困窮している国に物資を送り続けた。そして、そんなミレーユの後に続く者達があった。
初めはミレーユの友人達が属する国から始まり、やがては大陸全土を覆い尽くすほどに拡大していく――ミレーユが最終演説で「助け合いの輪」と表現したそれは、後にミレーユの友人、フィリイス・クロエフォードが中心となって作り上げ、大陸から餓死を一掃したとまで言われる食糧の相互援助機構【ミレーユ・ネット】を支える基本理念として語り継がれていくこととなる。
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