Act.9-320 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜妖魔犇く未開の森と妖狐棲む火山帯〜 scene.3
<三人称全知視点>
門を潜り抜けた先に待ち受けていたのは殷王朝の宮殿を彷彿とさせる場所だった。
しかし、彷彿とさせるだけで実際の宮殿とは大きく異なる。その際たるものが小さな装飾の一つに至るまで全て純金で作られているという異質さだ。
黄金の建物といえば中尊寺の金色堂があるが、金色堂とは比較ならないほど巨大な建造物が全て黄金によって構成されており、その光景は最早荘厳を取り越して悪趣味の領域に到達している。
宮殿を彩るのは無数の髑髏――金色に染め上げられた人の頭蓋骨と思われるオブジェクトは白面金毛九尾の狐の残虐性と人には理解の呼ばぬ妖魔の価値観の象徴のようである。
……まあ、ラインヴェルド達はそれを見ても「なんだ、この世界。目がチカチカして見にくいんだけど」くらいの感想しか持たなかったが。
「この先に巨大な反応が四つ。……まあ、一番奥にいる巨大な反応が白面金毛九尾の狐だとして、残りはなんだろうな?」
「まあ、強い奴ならなんでもいいけどなぁ! よし、丁度三体いるみたいだし白面金毛九尾の狐以外は一人一体、白面金毛九尾の狐は早い者勝ちでいいんじゃねぇか?」
「早い者勝ちってのは最高だな! 誰よりも早い俺が白面金毛九尾の狐を翻弄して討伐する! こと素早さに関しては陛下達にも負けねぇからな!」
「いや、俺が白面金毛九尾の狐は討伐する!」
「ラインヴェルド、レナード、お前らに白面金毛九尾の狐は渡さねぇ!! 白面金毛九尾の狐との戦いを愉しむのはこの俺だ!!」
『おやおや、随分と身の程知らずな方々が三人も。本当に哀れな方々ですね』
『白面金毛九尾の狐様の真の腹心である我ら五凶悪獣を倒す未来を想像したか。全く愚かで身の程知らずな者達だな、人間というものは』
『この地まで辿り着いたということは数多の妖魔達を倒してきたということだろう。しかし、これまでお前達が倒してきた妖魔と我々では格が違う。お前達の旅もここで終わりだ! 我らがお前達に引導を渡してやろう』
「何者だ? お前ら」
レナードが「一応、討伐する前に名前くらいは聞いておいた方がいいか?」という程度の軽い気持ちで名を尋ねると五凶悪獣は品性の欠片もない笑い声を上げた。
『クカカカ! 冥土の土産に我らの名前くらいは教えてやろう! 我は凶禍麒麟!』
『我は凶禍鳳凰! あらゆる妖魔の中で最速の飛行能力を持つ空の王者である!』
『そして、我は凶禍霊亀! 我の防御は鉄壁、人間如きでは決して打ち破ることはできんぞ!!』
これまでの五凶悪獣と同じく凶禍麒麟は伝説の神獣・麒麟を彷彿とさせる姿をしており、他の二体も鳳凰と霊亀を彷彿とさせる姿をしている。
ラインヴェルド達は後に圓からの説明で知ることになるが、五凶悪獣は鳳凰、麒麟、霊亀、応竜からなる別名『四霊』と呼ばれる四大瑞獣に瑞獣の一体である白澤を加えた五体の瑞獣によって構成されていた。ちなみに、九尾の狐がこの瑞獣に数えられることもあり、九尾の狐と全く関係のない存在という訳では無かったりする。
「凶禍鳳凰、お前、最速だっていうのは本当なんだな?」
『いかにも! 我は最速の瑞獣! 我の速度について来られる者は誰一人としていない!』
「そいつはいい度胸だ! ラインヴェルド陛下、オルパタータダ陛下、こいつは俺がもらってもいいよな!!」
「おいおい、一言も良いって言っていないのにもう突撃しているじゃねぇか!?」
「まあ、後残り二体残っているし、ラインヴェルド、どうする?」
「決まっているだろ! 凶禍麒麟狙いだ! 凶禍霊亀、あれ、硬いだけで多分戦闘力低いだろ? 防御力極振りの相手は正直あんまり楽しめそうにないしなぁ」
「……やっぱり被るのかよ!! よし、先に凶禍麒麟に一撃でも加えた奴が凶禍麒麟の討伐権を得るってことでどうだ?」
「やっぱりそういう分かりやすいのが一番だな!」
「「――ってことで、凶禍麒麟! 勝負だ!!」」
『グォォォ!!! 貴様ら! この我のことを散々愚弄してくれたな!!』
凶禍霊亀が烈火の如く怒り狂う中、ラインヴェルドとオルパタータダはほぼ同時に神速闘気を纏うと俊身を駆使して一気に加速――剣に武装闘気を纏わせて凶禍麒麟に斬り掛かる。
『――面白いッ! 光輝く麒麟の角!!』
『――我の怒りを喰らうがいい!! 霊亀の砲哮!!』
「おいおいあの亀、遠距離攻撃持ち合わせているのかよッ!?」
凶禍霊亀の口から出現した砲身に膨大な霊的エネルギーが収束し、砲撃となって放たれる。
狙われたオルパタータダは武装闘気を纏わせた剣に更に覇王の霸気を纏わせて斬撃を放ち、砲撃を両断するが、その隙にラインヴェルドの放った斬撃が凶禍麒麟の角と切り結んでしまっており、オルパタータダの狙っていた凶禍麒麟と戦う権利は完全に失ってしまった。
「よし、凶禍麒麟の討伐権は俺のものだ!」
「ちっ……まあ、いいぜ! 凶禍霊亀もそこそこ戦えそうだしな! おい、凶禍霊亀! 俺の期待を裏切りやがったら容赦しねぇぞ!」
◆
凶禍麒麟はラインヴェルドという人間の男の放った斬撃を角で受け止めた瞬間から内心恐怖を感じていた。
妖魔力を纏って強化した角を呆気なく受け止めてしまう膂力と武器の強度、そして凶禍麒麟の視野ですら捉え切れないほどの圧倒的な速度。
『くっ! 光輝く麒麟の角!!』
「おいおい、どうしたァ? まだまだ楽しいの勝負は始まったばかりだ! 俺を失望させるんじゃねぇぞ!!」
愉快そうに笑いながら鋭く強烈なほど重い斬撃を放ってくるラインヴェルドの姿が凶禍麒麟の目にはまるで悪魔のように映る。
『光輝く麒麟の角! 光輝く麒麟の角! 光輝く麒麟の角!!』
「アハハハ! いい斬撃だぜ……そこらの騎士に比べたらな! 弱過ぎる……お前、それで本気か? 六凶禍とは違う? だったらその違いを俺に見せてくれよ! 神退!!」
凶禍麒麟の目でも捉えられるほどの膨大な黒い稲妻が載せられた剣が凶禍麒麟の角目掛けて薙ぎ払われ、「ガギィン」という音と共に凶禍麒麟の頭が僅かに軽くなった感触を味わった。
次の瞬間、凶禍麒麟の双眸が捉えたのはキラキラと輝きながら回転して落下する凶禍麒麟の角――凶禍麒麟が最強の剣だと自称する己の刃があっさりと打ち砕かれたことを理解し、凶禍麒麟の顔が絶望に染まる。
「凶禍麒麟、角が折れちまったな? さて、武器を失ったお前はもう終わりか? それとも――」
『例え我が角を失っても白面金毛九尾の狐様への忠誠心は決して失われぬ!! 角が折れたのならば、我自身が角となって貴様を貫けばいいだけのこと!!』
先程の手合わせでラインヴェルドと自身の圧倒的な実力の差は理解していた。
だが、凶禍麒麟にも自身が白面金毛九尾の狐の騎士であるという自覚がある。角が折れたからとここで引き退り、白面金毛九尾の狐の待つ女帝の間への道を譲る訳にはいかなかった。
「いい顔になったじゃねぇか。こい、お前の全力を受け止めてやる!!」
『吠え面かくなよ!! 光輝く麒麟の刺突撃!!』
自身の身体全身に妖魔力を収束させ、金色の光をその身に纏った凶禍麒麟はラインヴェルドに突撃攻撃を仕掛けた。
「くぅ、効いたぜ! なかなかやるじゃねぇか」
凶禍麒麟の攻撃を浴びて遥か後方の壁まで吹き飛ばされたラインヴェルドは服の埃を払いながら凶禍麒麟の目の前に戻ってきて剣を構え直す。
先程の攻撃をラインヴェルドは「なかなかの攻撃」と評したが、凶禍麒麟の攻撃がラインヴェルドに全く通用していなかったことは凶禍麒麟自身が誰よりも分かっていた。
ラインヴェルドに攻撃を当てた感触が凶禍麒麟には全く伝わっていない。凶禍麒麟の全力の攻撃はどんな魔術を使ったのかは凶禍麒麟自身にも分からないが完全に無力化されてしまった。
吹き飛ばされて一見するとかなりのダメージを受けたように見えたが、戻ってきたラインヴェルドはほとんどダメージを負ったようには見えない。
「面白いだろ? 紙躱って。相手の攻撃を最低限の動きでひらひらと紙のように躱す体術なんだが、見気の未来視と組み合わせればどんな攻撃も受け流すことができるようになる。……お前も賢いだろうし攻撃が直撃していないことは分かっていただろう? まあ、その後の吹っ飛ばされた方が対処が難しかったけどな。身体の中で衝撃を循環させて受け流すとか、親友の剣術がどれほど非常識なものかよく分かるぜ」
『……言っていることの一割も分からないが、我の全力の攻撃を受け止められてしまったのは事実だ。……悔しいが、今の我では貴様に勝てない。だが!!』
凶禍麒麟の身体が金色に輝く。再び「光輝く麒麟の刺突撃」が放たれるのかと身構えたラインヴェルドだったが。
『我が命を全て賭けた一撃! これが我が全てだ!! 命輝く麒麟の光突!!』
「――ッ!? おいおい、そんなのありかよ!!」
凶禍麒麟の身体を構成する妖魔力が全て金色の輝きに変化する。
凶禍麒麟だった妖魔力が小さな球体へと収束していき、次の瞬間――球体から細く鋭い光条が放たれた。
凶禍麒麟が残る命を全て賭けた一撃は狙いこそ単純なものではあったもののラインヴェルドの見気を上回る速度で放たれ、ラインヴェルドも咄嗟に武装闘気と覇王の霸気を防御に回すのが限界だった。
凶禍麒麟の置き土産の光条はラインヴェルドの纏った闘気と霸気の防御を貫くことはできずに霧散する。
「なんとかギリギリ間に合ったか……って、結局死闘を演じられなかったじゃねぇか!?」
凶禍麒麟との戦いには勝利したもののラインヴェルドにとっては決して満足できない内容だったようで、ラインヴェルドは戦闘中のオルパタータダとレナードの方に恨めしそうな視線を向けていた。
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