Act.9-315 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜サンアヴァロン連邦帝国の愚かな第一皇子に囁く蛇〜 scene.15
<三人称全知視点>
既にカスティールは孤立無縁――本人も戦闘経験は皆無で魔人の種子というドーピング剤は持っているものの優先度は低い。
それよりも、危篤状態に陥っていることがホークからの情報で明らかになったゲルネイーラ三世の治療を優先するべきだということで、一行はカスティールが占領した玉座の間ではなくゲルネイーラ三世の寝室に向かうことになった。
オーギュローの「紫色の操糸」の対象は騎士に限定されていたため、城内に居た使用人達は無事だったが、戦禍から逃れるために使用人達はほぼ全員が城内の部屋に逃げ込んでいたため、帝城の廊下は閑散としていた。
静寂に包まれた廊下をエイミーンを先頭に一行は進んでいく。やはり、オーギュロー以外に『這い寄る混沌の蛇』の刺客は潜んでいなかったようでエイミーン達は一度も戦闘を繰り広げることなく目的地のゲルネイーラ三世の寝室に到着することができた。
「母上!」
「マシャルド、無事だったのね。……本当に良かったわ」
寝たきりになってしまったゲルネイーラ三世の寝室で献身的に看病をしていたシャウナ=サンアヴァロン王妃が部屋に入ってきたマシャルドを優しく抱擁する。
実の息子であるマシャルドをカスティールによって投獄され、夫のゲルネイーラ三世も寝たきりになってしまう状況でシャウナは肩身の狭い思いをしてきた。
カスティールが実権を握ってからはシャウナの言葉がカスティールに届くことは無くなり、それどころか今なお衰えぬ絶世の美女である母親にカスティールが懸想をして強引に妻にするという最大の禁忌すら犯そうとする始末――圧倒的な権力を手にしてから傲慢な態度が悪化し、酒池肉林を築き上げたカスティールに恐怖を感じたシャウナはゲルネイーラ三世の寝室に引きこもり、ほんの僅かな信頼に足る使用人の協力を得て暮らしてきた。
シャウナが心から信頼する使用人達はカスティールが圧制を敷き、真っ当な使用人達が挙って逃げ出す中でもゲルネイーラ三世とシャウナのことを思い危険を冒して帝城に留まってくれた。
そんな数少ない忠臣達の中にもカスティールの毒牙に掛かりそうになってしまった者もいる。
騎士団もまともに機能しなくなった絶望的な状況の中、身の危険を感じながらも仕えてくれた忠臣達はシャウナにとってこの孤立無援な状況の中で唯一信頼に値するものだった。
「……カスティールの行いが為政者としてアウトだってことは素人目から見ても分かることよね? それを諌めることなく中立ぶっておいてカスティールが劣勢になったら『ここから先は私達に任せてもらいたい』なんて掌を返していたことがついさっき非難されていたけど、改めて考えるとろくに調査もせずにマシャルド殿下とヴォガスレス宰相閣下を投獄した実行犯も騎士団だし、その時はオーギュローに操られていた訳でも無かった。……この人達、当たり前のように味方面しているけどグレー通り越して真っ黒よね」
「……今回の件で国は大きく荒れた。事件が解決した暁には国の中枢を一掃せねばならないだろうな。シーラ殿が指摘するように、実質的にカスティール殿下側として行動していた騎士団は一度解体すべきと私は考えておりますが、私はあくまで補佐、最終決定はマシャルド殿下が下されることです」
「国の建て直しの方針と今回の一件の処罰に関しては父上と相談して決めるつもりだ。兄上が起こしたくだらない戦争も止めねばならないしな。……だが、兄上を止めるよりも前に父上の容体だ。ダフネ殿……」
マシャルドとシャウナが心配そうに見つめる中、ゲルネイーラ三世の状態を確認していたダフネはにっこりと微笑を浮かべ――。
「ゲルネイーラ三世の身体からは二種類の毒が見つかりました。一つ目は騎馬連合国出身、火閻狼が好んで使うことでお馴染みの太陰毒。体の活力を低下させることで人をしに至らしめる毒ですが、かなり薄められているようですね。この毒はペドレリーア大陸において幾人もの権力者達を死に追いやってきた一見すると恐ろしい毒ですが、太陽毒という全く逆の性質の毒を適量飲ませることで毒を無毒化できます。鳥兜の毒と河豚の毒を同時に服用した時にも似たようなことが起きますが、あちらと違いしっかりと相殺されます。まあ、太陽毒の原料となる蕈もこの大陸には恐らく存在しないんじゃないかと思います。もう命も僅かだったようですし、我々がいなければもう数日で命を落としていたでしょうね」
「……ダフネ殿、笑いながら言うことではないと思うのだが。……それに、太陰毒と太陽毒など聞いたことがない。私達だけではやはりここまで到達できても救うことはできなかったな」
「プリムヴェール様達も本当に困ったら圓様に連絡を入れますよね? 我々はあらゆる毒に関する知識を頭に入れていますが、その知識は圓様より賜ったものですから私達諜報員がいなくても解毒はできたでしょうね。まあ、仮に運良く茸が見つかって太陰毒の解毒ができてももう一つ毒と解毒はどう頑張っても無理だったと思いますが。……そうですね、ヒントは死後、体内からも毒が検出されず、相手を衰弱死させて殺すという魔法みたいな毒です」
「人が夢を見ている時にのみ効果を及ぼし、衰弱死に向かわせる毒――帝器、夢の毒ね」
「流石はレミュア様、博識ですね。ただ、どちらも少量ですから比較的長期間昏睡状態ながらも生きることが可能でした。恐らく、完全に自身が権力を手にできる状況にするまではゲルネイーラ三世の代理という立場を取り続ける必要があった。そのためにしばらく生かしておいて、後から追い毒で始末する算段だったんでしょうね。まあ、どっちも魔法で解毒できるんですけど」
聖属性の解毒魔法であっさりと二種類の毒を解毒した後、そのまま治癒魔法を掛けてゲルネイーラ三世の体力を回復させた。
「……うっ……ここは……」
「父上、意識が戻ったのですね!」
「シャウナ、マシャルド、ヴォガスレス、ホーク……それに見慣れぬ者達もいるようだが、一体何があったのだ?」
意識を取り戻したゲルネイーラ三世とシャウナにマシャルドはサンアヴァロン連邦帝国が置かれている現在の状況を説明した。
限られた情報しか入手できていなかったシャウナもそれほどの緊迫した事態に直面していたとは想像もしていなかったようで、破滅寸前まで進んでしまっていた帝国の現状に驚いている。
「エイミーン女王陛下、マグノーリエ王女殿下、プリムヴェール殿、レミュア殿、シーラ殿、ラファエロ殿、ダフネ殿……本当にすまなかった。貴殿らの助力がなければこの国は間も無く終焉を迎えることになっていただろう。……どうかもう少しだけ力を貸しては頂けないだろうか? 勿論、相応のお礼はさせて頂きたいと思っている」
「別にそういうのは要らないのですよぉ〜」
「お互いの目的が一致しただけですし、将来同盟国になる可能性のあるフィクスシュテルン皇国に迷惑が掛かる可能性を潰しておきたいという思惑もありましたので。マシャルド殿下にも伝えてありますが、我々に対してこの件で義理を感じる必要はありません。では、マシャルド殿下、懸案事項も消えましたし参りましょうか?」
「……そうですね、行きましょう」
「待ってくれ……我も……」
「まだ病み上がりですから陛下はここでお待ちください」
「母上、ヴォガスレス宰相閣下、ホーク騎士団長、父上のことを頼む」
一番はカスティールを捕縛することだが、そう思い通りに行くとも思えない。
場合によっては変わり果てたカスティールを討伐する必要が出てきてしまう。その行いが決して許されるものではないとはいえ、ゲルネイーラ三世とシャウナにとっては大切な我が子――その我が子がもう一人の我が子に殺される様をマシャルドは両親に見せたくは無かった。
ちなみに騎士団をこの場に留まらせたのは騎士団を連れて行ってもダフネ達の負担を増やしてしまうと判断したからである。
ホーク達も本当はマシャルドに同行したいところだったが、現在の騎士団の信用はガタ落ちで更に状況によっては足手纏いにしかならない。……まあ、ダフネ辺りは平然と肉壁として利用しそうだが。そのため、マシャルドの意を汲んでこの場に留まることになった。
◆
「遂にここまで来てしまったか。……だが、父上に飲ませた毒は決して解毒できない代物だと聞いている。お前をここで始末すれば私がこの国の皇帝だ!!」
「……父上の毒はダフネ殿の助力で解毒できた」
「なんだと!! オーギュロー! さては余に嘘をついたな!! まあ、良い! 父上とお前をここで始末すればいいだけのこと。お前達多種族同盟の者達も始末……いや、随分と美しい者達が揃っているようだから、全員余のハーレムに加えてやるとしよう!」
女性陣と婚約者――つまり、多種族同盟の者達全員の地雷を踏み抜いたことにも気づいていないカスティールはオーギュローが残していった魔人の種子を取り出した。
「ま、待ってください! それは――」
「フハハハ! 私はお前が憎らしい! 私の完璧な策をここまでも潰してくれたのだからな! 昔から鼻に付く奴だった! 善人ぶって人気を集めて! 私が力を付けるのが怖いか? 怖くて怖くて仕方がないのだろう!! フハハハ! 残念だったな、貴様の意に従うつもりはないッ!!」
マシャルドが止めようとする中、カスティールは魔人の種子を飲み干した。
そして、カスティール自身の憎悪と魔人の種子が結びつき、カスティールは文字通りの人でなし――理性を失った化け物『魔人』へと変貌を遂げる。
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それでは、改めまして。カオスファンタジーシリーズ第二弾を今後ともよろしくお願い致します。
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