Act.9-308 ペドレリーア大陸・ラスパーツィ大陸臨時班派遣再始動〜サンアヴァロン連邦帝国の愚かな第一皇子に囁く蛇〜 scene.8
<三人称全知視点>
ナガス辺境伯領の外れにある荒屋にナガス辺境伯夫人のウィレミアとナガス辺境伯令嬢のパメラは囚われていた。
ジャビスがナガス辺境伯領を離れている隙に執事長のアーモグドの手によって捕らえられた二人はその後、数ヶ月にわたってこの荒屋に捕えられている。
最低限の食事を与えられてはいるものの、置かれている環境は劣悪でウィレミアもパメラもこの数ヶ月の間に大きく疲弊していた。
荒屋の警備はどうやら三交代制で行われているらしく、荒屋には常に九人の男達が留まっている。いずれの男達も武器を持っており、武術の心得のないウィレミアとパメラでは仮に捕えられている座敷牢から脱出できたとしても男達を突破して脱出することは不可能に近い。……まあ、そもそもピッキングの技術など持ち合わせていないため座敷牢の鍵を突破できないのだが。
捕らえられた当初はジャビスが助けに来てくれると信じていた二人だが、次第にウィレミアとパメラの心から希望は失われていった。
既に数ヶ月が経過しているが、誰も助けに来る兆候はない。最近では「自分達は夫に見捨てられたのではないか?」とすら思うようになった。
――誰も助けてはくれない。私達はこのまま二人で死んでいくことになるんだわ。
ウィレミアとパメラの心が完全に折れようとしていたまさにその時、ウィレミアとパメラは屋敷の外の方で騒ぎが起きていることに気づいた。
「……お母様、もしかしてお父様が……」
「それはないと思うわ。……もし、そうならもっと早く来てくれてもいい筈だもの」
ウィレミア自身も本当はパメラのようにジャビスが助けに来てくれたと無邪気に信じたかった。
しかし、「もし騒動の中心にいるのがジャビスならば何故今になって」という疑問がウィレミアの中で渦巻く。
ジャビスが助けに来たというよりも別の騒動が起こったと考えた方が自然だ。そして、その騒動がウィレミア達にとって良いものになるかどうかは未知数である。
これまでは劣悪ながらも食事と寝床は与えられていた。しかし、この襲撃者はその最低限の食事と寝床すら奪うかもしれない。場合によってはそれ以上のもの――つまり、ウィレミアとパメラの命を。
「……パメラ、私が必ず何があっても貴女を守るわ」
「……お母様」
ウィレミアはパメラを優しく抱擁しながら「これ以上の不幸が自身と最愛の娘に降り掛かることがないように」と天に祈りを捧げた。
◆
突如として現れた襲撃者はたったの二人だった。
一人は夜の闇に溶け込んでしまいそうな漆黒のマーメイドラインドレスに身を包んだエルフの女性。その手には自分の背丈を超えるほどの長さの青龍刀「偃月蒼雲」が握られている。
ビオラ特殊科学部隊のサブリーダーを務めるエルフの女性――リコリスの実力は折り紙付きだが、今回は武器を持ち込んではいるものの戦いに参戦する気は無さそうだった。
「E.DEVISE」を掛けた彼女は怜悧な視線を彼女と共に現れたもう一人に向けている。
そのもう一人こそが今回の戦いの主役だ。全てが真紅のハートでできた胴を絞り胸を強調した真紅の豪奢なプリンセスラインドレスを身に纏い、耳には薔薇型の耳飾りを嵌めている。他にもハートの意匠が刻まれた様々な宝飾品を身につけており、その女性が身分の高い女性であることを嫌というほど強調している。
銀色の髪は縦ロールに巻かれており、髪にもハートや薔薇の髪飾りが過剰なほど施されている。
容貌は絶世、この世のものとは思えないほど整った美貌は見るものを圧倒する。
瞳にはハートマークの彩光が浮かんでおり、その絶世の美貌と相まってこの世の存在にはとても見えない。
本来、白磁のような白肌だったものはとある種族の遺伝子を取り込んだためか褐色に変色し、背中には灼熱の炎に包まれている翼を有する。
「――おいおい、何者かは知らねぇがたった二人でこの屋敷の防御を突破できると思っているのか?」
アーモグドによって雇われた男の一人が下卑た表情を浮かべながら襲撃者達を小馬鹿にするが、シェンテラ・ルプシス・ヴァル・オルカスの現身――Queen of Heartにそっくりの女性は特に反応せず、もう一人の襲撃者――リコリスはにっこりと笑いながら「二人ではなく一人で十分ですわ」と男の言葉を訂正した。
「さあ、NBr-熾天-1・Queen of Heart! ウィレミア=ナガス辺境伯夫人とパメラ=ナガス辺境伯令嬢以外を皆殺しにしなさい!」
新型のブリスゴラ――Queen of Heartのブリスゴラはリコリスの命令を受けた直後に一つ目の固有魔法「礼儀知らずは妾には届かぬ」を使用して無敵状態になり、赤熱の翼を羽搏かせて一気に加速――すれ違いざまに掌に搭載されたレーザー兵器を利用して作り出した光の剣で次々と男達を両断していく。
一方、屋敷の防衛を任された男達も武器を構えてQueen of Heartに攻撃を仕掛けていくが、勿論無敵の防御魔法である「礼儀知らずは妾には届かぬ」の効果で剣はQueen of Heartにまで届かず逆にQueen of Heartの強度に耐えきれずに折れてしまう。
「ばっ、化け物!! おい、増援を呼べ!! このままじゃ――」
仲間の一人に味方を呼んでくるように求めた男は直後にQueen of Heartの掌から放たれたレーザーによって心臓を撃ち抜かれて一瞬にして絶命した。
「『全ての生の向かう先は断頭台』や『原初の魔法』を使うまでもないようですね。『礼儀知らずは妾には届かぬ』も突破されないため、『攻撃力は高いが防御力が紙装甲になる攻撃形態』、『防御力は極めて高いが攻撃力と敏捷が低下する防御形態』、『敏捷が極めて高いが防御力が紙装甲になる敏捷形態』を使い分ける必要もない。……実験としてはあまり良いものにはなりませんでしたね」
「くっ、まだ終わっては――ぐはっ」
「この状況で余所見をするとは随分と余裕そうですね。最初から言っているでしょう? 今回の戦いの相手は私ではなくNBrであると。NBr-1! 引き続き邪魔者の殲滅をお願いします。私はウィレミア=ナガス辺境伯夫人とパメラ=ナガス辺境伯令嬢を探しに行きますので」
その場をNBr-1に任せてリコリスは先へと進んでいく。
NBr-1が交戦したのは全部で五人――つまり後四人残っている。
そのうち三人がリコリスの前に姿を見せると一斉に一人になったリコリスに襲い掛かってくる……が。
「……まさか、私一人ならば容易に突破できると思われているのですか? 随分と舐められているようですわね。青龍の熱息砲!!」
リコリスが青龍刀「偃月蒼雲」を薙ぎ払うと同時に切っ先から放たれた灼熱のブレスがリコリスに向かって斬り掛かってきた三人の男達を一瞬にして蒸発させる。
「さて、入り口付近で五人、ここで三人。増援は呼びに行けていないようですから残りは一人ですね。……さて、一体どこに……おや?」
見気の範囲を広げて最後の一人の位置を捕捉したリコリスの表情が一瞬だけ強張る。
しかしそれもほんの数秒のことだった。次の瞬間にはリコリスの表情からあらゆる感情が抜け落ちる。
死体が転がる廊下を抜け、リコリスは無言で地下へと続く階段を降りていった。
◆
「ウィレミア! パメラ! とっとと牢から出やがれ!」
唐突に牢の扉が開けられる。驚く暇もないままウィレミアは男に剣の切っ先を突きつけられて血の気が引いた。
「お母様!!」
「おい、餓鬼! 騒ぐな! ちっ、とっとと牢屋から出ろ! そして俺と一緒に来るんだ!! ちっ、なんでこんなことに……」
長いこと牢の中で暮らしてすっかり動けなくなってしまった身体に加え、足枷に付けられた重りもあってウィレミアとパメラはなかなか立ち上がることができなかった。
そんなウィレミアとパメラを男は苛立たしげに見ながら「おい、早くしろ!」と怒鳴りつける。勿論、足枷を外そうとすることはない。
自分達が足枷を付けておいて「遅い」との賜るモンスタークレーマーと化した男にウィレミアとパメラは睨みつけることすらできなかった。
男を逆上させてしまえば何が起きるか分からない。もし、パメラの身に危険が迫ってしまったらと考えると恐ろしく、ウィレミアは男に従うしなかった。
「貴方が最後の一人ね」
「てめぇが襲撃者か! 動くんじゃねぇ! 動いたらこいつらを殺す! とっとと武器を捨てろ! そしてこっちに来い!! たっぷりと可愛がってやるからよ!」
「つくづく性根まで腐っていますね。……ウィレミア様、パメラ様、我々は敵ではありませんわ。お二人のことを人質に取られて迂闊に動けないジャビス様に代わりお二人を救出に参りましたリコリスと申します。さて、武器を捨てればいいんでしたっけ?」
あっさりと青龍刀「偃月蒼雲」を床に置いたリコリスにウィレミアとパメラだけでなく命令した男も驚く……が、男はすぐに余裕を取り戻して「とっととこっちに来い!」とリコリスを呼びつけた。
しかし、リコリスは一向に男の方へと近づこうとはしない。
「おい、どういうつもりだ!!」
「ウィレミア様、パメラ様、しばらく目を瞑っておいてください。少しグロテスクな絵面になりますので。……人質を取られた場合の対処方法はいくつかありますが、やはりどうしても武器を持った相手がいる場合は人質が傷つけられる可能性が出てきてしまいます。私の『偃月蒼雲』は破壊力には優れますが、大雑把なので人質救出には役に立ちません。ですので、別の方法を使わせて頂こうと思います。NBr-熾天-1・Queen of Heart!」
リコリスが名前を呼ぶと階段を降りてきたNBr-1が姿を見せる。
「ちっ、増援がいやがったのか! だが、女二人でこの俺を倒せるとでも――」
「NBr-1! 殺りなさい!」
『全ての生の向かう先は断頭台!!』
NBr-1が死刑宣告をした瞬間、突如出現した断頭台の刃が背後から的確に人質を取っていた男の首を吹き飛ばした。
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